第706話 人気な国と不人気な国
そうしてジェードのアドバイスを受けつつ、ハルはカゲツの国攻略のための準備を進めていく。
あの国の厄介なところに、現状あまり広く情報が出回っていないという点があった。基本的に皆、情報を秘匿しがちなのだ。
重要な取引の情報は生放送で公開していては不利になってしまうし、すぐに真似されてしまう。
そのために、国風として(といってもプレイヤーだけの空気感であるが)かなり閉鎖的なエリアとなってしるのであった。
「実に勿体ないことです。目立つこと、人を集めることは、商売の大原則だというのに」
「そのメリットよりも、他人に出し抜かれるデメリットが大きいと思っているんだろうね、みんな」
「そこが勘違いだということは、最も成功している商人がアイリス所属のハル様だという事実が証明していますね」
「いや、僕の例は少し特殊だから……」
「特殊であろうが事実は事実です」
ずいぶんとグイグイくる。自分の専門分野だからか。
ハルとしては自分では、再現性のない例なので自分のケースは無視してもいいと思っているのだが、成功は成功だとジェードは語る。
まあ実際、再現性ばかりを追い求めては、大きく成功など決して出来ないのも確かだ。
「ここは、是非ハル様がカゲツの地で、商売というものについて正しい在り方を知らしめてきませんと」
「別に、競争相手が小さく纏まっているなら放置でいいんじゃないかなあ……」
とはいえ、盛り上がりに欠けるということがハルとジェードにとってマイナスになるのも事実だ。
生放送をしてリアルタイムで熱狂する。これが、あのゲームにおける柱の戦略だ。
そこを否定したプレイスタイルが主となってしまっていると、単純に六分の一を機会損失していると言うことも出来る。
「まあ、そうだね。優勝は目的じゃあないし、ゲーム全体を盛り上げることも僕の仕事ではあるか。一国だけ収益が上がっていない状況は、奥様も悲しまれる」
「……その程度でいちいち悲しむ方ではないとは思いますが。ハル様は、あの方には随分と甘いですね」
「ふむ? 『甘い』、というのは面白い視点だ。確かに、そう見られても仕方ないのかも知れない」
ハルとしては、大切な家族に報いようというだけの気持ちなのだが、見かたによってはルナの母をことさら贔屓しているという意見もまた事実だろう。
戦略が上手く回っていないならば、それは彼女自身のミスであり、ハルがわざわざ尻拭いをする必要はない。ジェードとしては、そのように厳しく考えているようだ。
「ジェードは奥様とはけっこう交流があるんだろ?」
「交流といいますか、単にビジネスパートナーですよ。日本における活動の補助をお願いし、代わりに彼女の事業に有利な助言をする。それだけです」
「警戒してるのかな」
「いえ、警戒が必要なほど深く立ち入ってはいません。ハル様の大切な方ですし」
「含みのある言い方だ……」
まあ、普段から厳しくしかも掴みどころのない人なのは確かではある。だが、根はとても素直で優しい人だ。その辺の姿はほとんど見せないので仕方ない。
ジェードが事実上警戒しているのも当然といえば当然。それだけ影響力の大きな人物である。
「とはいえあの方の為でないとしても、カゲツにおける配信の流行を牽引することは利点が大きい。我々にとっても、それは同じですね」
「魔力収益が変わってくるからね」
ハルは再び、先ほどのジェードから提供された資料をモニタに広げて確認する。
これまでのゲーム運営における魔力の収集量。その内訳。どこからどの程度の量が取れたのかという詳細を示したグラフの上にて、カゲツの占める割合はやはり小さかった。
別に赤字ではないので問題はないとはいえ、やはり少々もったいないのは事実。
「今のところ、アイリスが頭一つ抜けてるか。これは、守銭奴のあの子も満足だろう」
「ハル様がアイリス所属ということは非常に大きい。彼女は、もっとハル様に感謝すべきでしょうね」
「別にそれはいいけど。あの子も何が目的なんだか。というか……、アイリスが商業の国の担当の方が良かったんじゃないの……?」
どうにも、彼女の性格と『騎士と伝統の国』はあまりマッチしていないように感じてしまうハルである。
「二位が『リコリス』、三位は『ミント』、ちょっと意外だ。ペットとの平和な生活には思った以上に需要があるのか。リコリスはまあ、妥当だけど」
「どんな時代でも、野蛮な殴り合いの観戦には一定の需要がありますね」
「ジェードお前、言い方……」
「おおっと、失敬失敬。はっはっは」
まるで失礼だと思っていない様子でジェードは笑う。これでいて、必要ならばその野蛮な催しもしれっと取り入れるのが彼の困ったところだ。強かともいう。
ハルのまだ関わっていない国の一つに戦士の国、『リコリス』がある。日本における彼岸花、曼珠沙華を示す名だ。
これは特に説明要らずの国であり、強者こそ正義、強いプレイヤーが偉いといった分かりやすい国。
ある意味、RPGにおける不変の真理を体現しているといえるだろう。
ここはハルが関わらずとも、日夜、自己研鑽と互いの格付けを繰り返し、その様子が勝手に放送のコンテンツとして盛り上がっている。
ある意味とても手間いらずの国である。やることの分かりやすさからも所属人数も多い。
ハルと関係するところでは、瑠璃の国の王女であるアベルの姉も、ここに異世界枠として参加していたりする。
「まあここは、今のところは放置でいいでしょう。戦略的に、ハル様が参加する利点があまりない」
「そうだね。それこそ、戦って勝つだけならいけるだろうけど」
今のハルに敵うプレイヤーがまだリコリスには居ないだろう。
身内で最強を決めるために盛り上がっているところに、外部からハルが乗り込んで全滅させてしまのは興醒めだ。
諸行無常といえばそれまでだが、この場合重要なのは、誰が事実として最強なのかよりもその過程なのであろうから。
「だから行くとしたら、リコリスは最後かな? もちろん何かイベントがあれば、その限りではないけど」
「運営のテコ入れという観点からみても、それがベターではありそうです」
そんな風にして、主に経営的な視点からハルは今後の方針についてジェードの意見も聞いていった。
どうしても運営の神様の目論見や、謎の指輪の事について意識が持っていかれがちであるが、興行としての盛り上がりを牽引するのも『ローズお嬢様』としてのハルに課せられた重要な役目だ。
ゲーム全体としても、そろそろ進行がだいぶ熟成してきた。
ここからは、『どう着地するか』を考え始めてもいい時期になってくるだろう。
*
「それじゃあ、僕はそろそろお暇するよ。邪魔したね、ジェード」
「いえ、有意義な時間でした。また、いつでもどうぞ。お待ちしていますよ」
運営側からの視点での戦略会議を終え、ハルは次元の狭間の基地を後にする。
ハルにとっても、今回の話は有意義なところが多かったと言えよう。普段はあまり自分の内面を語らない、ジェードの願いについて触れられたことが特に大きい。
いまいち何を考えているのか分からない、胡散臭さ満点の彼にも、意外な熱い一面があったのが分かった。
そんなジェードに別れを告げ、ハルは指令室から<転移>する。帰りは入口まで戻ることなく直帰である。ゲーム感覚である。
ダンジョンの最深部から、徒歩で戻らずワープ帰宅する感覚に似ているな、などと取り留めもないことを考えつつ、ハルは分身のひとつを消去した。
「にゃー」
「おや、こっちにもメタちゃん」
「にゃうにゃう」
分かれていた思考が統合されると、先ほどまで分身の膝に乗っていたメタが、こちら、本体の側にも現れていた。微妙に色違いである。
別に既視感でもなんでもない。メタもまた何処にでもいるだけだ。
「むむむっ!? あ、分かりました! 神界でのお話合いが終わったのですね!」
「そうだよアイリ。良く分かったね」
「はい! わたくし、お嫁さんですので!」
そんなハルの微妙な意識の変化に気づき、こちら側でハルの膝に乗っていたのはメタではなくアイリ。
小さな彼女であるが、猫のメタと比べればずっりとした人間の重みを感じる。
ジェードと話している間、アイリはずっとハルの上でレーシングゲームに興じていた。なかなかの集中力だ。
「だいぶ、“どりふと走行”にも慣れてきました! これなら、飛空艇の操縦もおまかせなのです!」
「……あ、飛空艇の操舵士について決めるの忘れてた。カゲツに着いた後の戦略よりも、まずそっち決めなきゃいけなかったのに」
「わたくしが、飛空艇も“どりふと”するのです! カゲツまで、全速前進です!」
「にゃうにゃう♪」
「お手柔らかにね……」
さすがにあの巨大な飛空艇でタイムアタックさせるのは憚られる。アイリのレースの腕も上達してきたとはいえ、まだ三周に一度は事故を起こしている。
危険である。非常に危険である。
そんな、意外にもハンドルを握るのが好きだったらしい小さなハルのお嫁さんをどう説得するかに頭を悩ませつつ、ハルは次なる目的地であるカゲツ行きの行程表を組み始めるのだった。




