第705話 局地で強く大局に弱い
「まあ、応援はするけど、場合によっては止めに入る場合もありけり」
「ふみゃ~お!」
「分かっていますよ。メタも、そう念を押さずとも。そもそも私は、既にハル様の支配下にあるのですから」
ジェードの理想は高く、その理念は素晴らしいものだと思う。
とはいえ、何時いかなる時においてもそれを支持するかどうかはまた別の話だ。
そもそも、ハルは個人的には停滞を好む。
無限に発展し続けるよりも、仲間と静かに閉じた世界で暮らすことを良しとするタイプであった。
もしそちらの方がどう考えても利点が大きいのならば、その時はジェードの夢を踏みにじる結果になるかも知れない。
「私自身も、この理想が絶対の正解だと思っている訳ではありません。その戒めも込めて、私はハル様の指揮下に入っている所もありますから」
「そうだったんだ」
「うにゃあ!」
「そうだねメタちゃん。不純な動機だ」
「ははは。やりたいようにやっていると、つい周りが見えなくなる時が多くて」
ついついゲームで毎回、最高スコアを求めてしまうような気持ちだろうか?
たまには変わったプレイスタイルを試してみようと思ってプレイしておりつつも、体が無意識に効率を優先してしまう。ハルの悪い癖だ。
「そもそも、私達全ての願いを余さず叶えるのはどうあっても不可能です。必ず、どこかで妥協点を見つけなければならない」
「まあ、そうだね。実際僕は、既にマリーゴールドの願いを否定してしまっている」
「気にすることはありません。その代替として、貴方と共に居られることを享受しているのですから。マリーゴールドも、同じ気持ちですよ」
「そう言ってくれるのは、嬉しいけどね」
「なに。その大変な決断を、全部放り投げてハル様に押し付けているとも言えますから」
「締まらないなあ……」
「にゃあー……」
膝の上のメタと顔を見合わせて、二人して首をかしげる。
彼らを支配し導くハルは、そんな彼らの誰か一人が割を食うことのないように常に気を配らなければならない。
支配し押さえつけて、それで解決では済まされないのだ。
そういう意味では、マリーゴールドには特に我慢をさせている。とはいえ、彼女を野放しには出来ないのも事実なのだが。
「……野放しに出来ないといえばミントもだな。後の五人も、何を考えているのやら」
「ですねぇ。蓋を開けてみたら、ミントが一番マシだった、なんてこともありますからね」
「怖いことを言うなよ……」
「にゃっ! ふみゃーご!」
「おっと確かに。私だけ詳細を知っている状態で、高見の見物はあまり良い趣味ではありませんねメタ」
「みゃお!」
何やらメタがジェードを咎めているようだ。まだ複雑な猫語は聞き取れない。
そんなメタを、ぽんぽん、と撫でてなだめつつ、ハルはゲームの『収益』として得られた魔力データについて目を通す。
魔力の他に日本円も得られているが、そちらの運用はジェードに一任しよう。
ゲーム内ではお金持ちのお嬢様を演じてはいるが、本体のハルはあまり金銭的な欲求が無い。
自分では小市民的な性格なのだと思っていたハルだが、ルナ曰く、『ハルは金銭的な手続きをすっ飛ばして何でも出来るから、そもそもその部分を超越しているだけ』、なのだとか。
「何か気になるところがありましたか、ハル様?」
そうしてハルがデータとにらめっこしていると、解説役としての出番が待ちきれないのかジェードが割り込んで来る。
生憎だが、単純に定期的なプラスしかない収支に特に疑問が生じる部分はない。語るとすればその量だけだ。
「まあ、気になるというか、やっぱり多いね」
「ですねぇ。やはり、人の多さは力となります。言うなれば常時、対抗戦イベントを開催しているようなものですから」
「僕らのゲームだけじゃ、この速度での魔力収入は決して賄えない。機密性を高めたままじゃあ、やっぱり厳しいか……」
「それは仕方がありません」
カナリーたちのゲームは、なるべく日本と異世界の接点を少なくし、異世界の事情を露呈させないことを念頭に置いた構造をしている。
それはまず規模感に現れており、人を集めつつも大きく話題にならない作りに仕上げられていた。
だが、今回はその前提条件がまるで違う。
ゲームの舞台設定こそは完全に異世界から切り離されてはいるが、集客の段階で非常に深く二つの世界が交わっている。
リターンは大きいが、リスクもまた高い。
「……まあ、この星全体を再生させうる魔力を集めるには、リスクを取る必要は必ず出てくるか」
「はい。いつかは、避けられないことです。我々のゲームだけでは、次の百年を重ねても間に合わないでしょう」
ハルたちはいくらでも気長に構えられるが、この星に住む異世界の人々にとっては死活問題だ。出来れば、早めになんとかしてやりたいハルである。
その為には、やはり今回のような大規模なプロジェクトを、ルナの母のような日本の人たちを巻き込んで展開することが不可欠であると、収支報告を読みながら改めてハルは感じるのだった。
◇
「さて、それで私への疑いは晴れましたか、ハル様? 良ければ嫌疑を取り下げていただければ、幸いですね」
「いや、別にジェードをそこまで疑ってた訳じゃあないけどね。黒幕っぽいと思ってたのは事実だけど」
「ははっ、仕方ありません。経営者というものは、そう見られがちなもの」
「……いや、お前、実際に前科があるからね?」
以前の『冬騒動』にて、七つの国中を混乱させたのは正にジェードの暗躍が原因だ。
その本質自体は何も変わっていないこともまた、ハルは忘れないようにせなばならない。
「とはいえ今回はそういった理由じゃないんだ。単に次の目的地がカゲツだからね。商売の神様としての、君の意見なんかも聞いておこうかと思っただけさ」
「光栄なことです。お役に立たせていただきましょう」
飛空艇という『足』を得たハルたちのクランは、ミントの国で外交官のテレサを保護した後にそのままカゲツへ飛ぶ計画だ。
何故カゲツなのかといえば、例の鉱山の後ろで糸を引いているだろうプレイヤーが十中八九カゲツの所属プレイヤーだからである。
金の力で鉱山組合そのものを配下に置き、国外にもその販路を伸ばしているプレイヤーがほぼ確実に存在する。
そう考えると、あの責任者NPCの不可解な行動の数々にも説明がつく。
一応、まだ彼が謎の組織の潜入工作員だという可能性自体も微妙にのこってはいるが、まあほぼないだろう。
「しかしながら」
「どうした? 守秘義務によって僕のサポートは出来ないかな」
「いえいえ。彼女らの邪魔さえしなければ関係ありません。そうではなく単純に、恐らく私がお手伝いするほどの内容など存在しないかと」
「ふむ?」
要は、ハルの力で全ての事象が解決可能だと言っているのだろう。
だが自慢ではないが、ハルは経済には疎い。そちらに強いルナがいつも隣にいるので、なんとなく分かった振りはしているが、どちらかといえば苦手であった。
一方のカゲツの国は、ジェードの国と同様に商業国家。ゲームシステムもプレイヤーも、きっと本格的なもので構成されていることが予想される。
「何も心配はいりません。ええ、何も。そもそもハル様は、現時点で最強の商人プレイヤーじゃあないですか!」
「それはそうだけどね」
ハルは<貴族>として、領主として、他の追随を許さぬ莫大な既得権益を有している。
その力は凄まじく、単純な取引量の多さは多少のセンスなどひっくり返す。
更には、自身の圧倒的な生産系スキルも相まって、次々と他にはないレア商品を作りだし出荷を重ねていた。
「商売の世界も、物理的な戦争と同じ。圧倒的な物量の前には、小手先の技術など無意味です。ただ金を積み上げていくだけで、自動的に貴方の勝利だ」
「なんという品のない……」
「そういうものですとも。その差を縮めようと無茶をする者は、勝手に潰れるでしょうしね」
太陽が東から登って西に沈む。そんな不変の真理を語るくらい力強くジェードは語る。地軸の乱れたこの星においてすら、西から太陽が昇るまでには至らなかった。
資本の量というのはそれだけ絶対だと自信満々だ。
「それに、ハル様にはその洞察力があるじゃあないですか。実に商売人向きだ。流石は私のご主人様ですね」
「……いまいち素直に喜べない」
「みゃうみゃう」
「ねえメタちゃん」
「なーう」
「信用されていませんねえ……」
基本的に胡散臭いジェード先生である。嘘をつかない神様たちであるが、冗談は言うしからかいもする。
それにハル当人が、己の経済センスには懐疑的だ。『商売上手』と言われても、裏に『経営下手』という意味が隠れているのではないかと勘ぐってしまうのだ。
そうハルが胸の内を語ると、ジェードは『なんならそれでも構わない』と念を押してくれるのだった。
「いいじゃあないですか。商売上手、つまりは短期的な取引には自身がおありなのでしょう?」
「まあ、ね。個人的な取引であれば、僕が負ける要素がない。安く仕入れて高く売る、これだけだからね」
「正解です! 他に、いったい何が必要でしょうか」
「広い視野かなあ……」
確かに、一つ一つの取引においては例え歴戦の商人相手であろうと負ける気はしないハルだ。一対一の対戦であるからだ。
相手の思考を読み、商品の本質を見抜き、逆にこちらの考えは悟らせない。
そうした、対人戦における根っこの技術は近接格闘だろうと物の売り買いだろうと一緒だ。
ただ言うなれば、そうした局所で勝利しても、全体の戦局で優位に立てるかはまた別の話ということだ。
ハルが僻地で大勝利に酔っている間に、本丸が奇襲されて陥落していたら何の意味もない。
「そこも、大した問題にはならないでしょう。そもそも貴方の視野は広い、いえ、多い」
「そうだね。今も、物理的に視野を増やしているし」
「にゃんにゃん♪」
「うん。メタちゃんも大得意だ」
「みゃーお♪」
「いえ、物理的な分身はこの際、無駄が多いと言わざるを得ませんが……」
「ふみゃみゃっ!?」
無駄扱いされてしまった。世界中に分身をばら撒いているメタがショックを受けている。
まあ、ここでジェードの言う『視点の多さ』とは、ハルの得意とする並列思考のことだ。要は、強引に全ての戦場にハルが参加すれば、当然それで勝利だという力技の理屈。
「それに、今回のゲームにおいてマクロの視点を持つ必要性はほぼありません」
「それは何故?」
「さて、何故でしょうか。ハル様は、どう思います?」
「くっそう……、質問を質問で返された……」
「ふふふ、教師の特権ですね」
先生っぽいから冗談まじりで『ジェード先生』と呼んでいたら、最近はずいぶんその気になってしまったようである。やりすぎたか。ハルは反省した。
今後は神様たちを煽てるのは、そこそこに留めておこう。すぐに『キャラ』に反映されてしまう。
「……そうだね。たぶん、言いたいことは理解できる。『未来を考慮する必要がないから』だ」
「素晴らしい、満点の答えです!」
「みゃー♪」
褒められて悪い気はしないが、なんだか素直に喜べないハルである。メタが喜んでくれたから、いいとしようか。
この回答であるが、この場でとっさに閃いたものではない。ハルが常々、ゲームをする際に感じていたことだ。
ゲームの攻略というのは、“攻略後の未来”を考慮する必要がない。
例えクリア後にすぐ世界が滅ぼうが、悪夢のような時代が幕を開けるのが確実な状況であろうが、『クリア時点のスコア』が高ければそれが正義だ。
だからスコアの為にいくらでも無茶ができる。
スコアの為にクリア直前に地獄のような増税を課したり、スコアの為に敵キャラクターを一人残らず抹殺したり。
そうした、“未来を省みない行為”で成果を上げるのがゲームの常だった。
今回も、同じことだとジェードは語る。
大会の開催期間が定められている以上、マクロの視点で経済を語る必要などどこにも存在しない。
ハルが得意なミクロの部分での勝利を積み重ねれば、それでいいのだと彼は力説するのであった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/27)




