第700話 神の技術のその限界
700話です! あっという間にそろそろ二年!
キリの良いところで、今話でガザニアを出て次なる国へ向かいます。……なんだかガザニア編と題しつつ、半分アイリス編2といった感じになってしまいましたね。
「ひとまず理由を、聞かせてくれないかな。君の計画を破棄するってのは、いったいどうして? 当然なにか望みがあって、始めたことなんだろう?」
ガザニアはこの計画、人の意識を束ねて世界を生み出すという画期的な技術の開発をここで手放すという。
そうすれば確かに、危険はないのは当然だ。これ以上進めないならば、危険など起こり得ない。
神が『止める』と宣言したならば、その停止は絶対だ。彼女らは決して嘘をつかない。
だが、気にかかるのはその理由だ。嘘をつかない一方で、願いをそう簡単に手放す者たちではないこともハルは良く知っている。
何か企んでると疑ってしまうのは申しわけないが、そう思ってしまうほど決断があっさりとしすぎていた。
「ええ。お話いたしましょう」
「頼むよ」
もしかしたら、ここは『黙秘』で通すのかとも思ったが、意外にもガザニアはあっさりと語り始めた。
嘘はつかないが、黙ることが多い神様にしては珍しい。と言ってしまうと他の者に悪いだろうか。
「とはいえ、そう難しい話ではありません。単純に、実現の可能性が皆無だからですよ」
「……なるほど。これだけのプレイヤーが居て、作り出せたのはあの範囲となると」
「はい。到底『世界』などと呼べはしません。“空気があるだけ”の箱庭、何が楽しいでしょうか」
「それでも十分、画期的ではあるけどね」
どれだけ小さかろうと、成功は成功だ。それがもし、例えミクロン以下の世界であろうとも、まったく新たな技術の実証に成功したのならば十分に表彰されてしかるべきだ。
しかしガザニアは、いかに新しかろうと画期的であろうと、己の望みへ届かぬのならばそれは無価値と切り捨てた。
そこに、一切の迷いも躊躇も存在しない。
「物理的に、どうあがいても不可能と分かりました。『世界』は常に、参加者の総数よりもスケールが小さい。例えどれだけ規模を拡大しても、例え日本の全人口にご参加いただいても、決して世界のスケールが規模に追いつくことはないのです」
そこが、彼女が『可能性は皆無』と語った理由か。どれだけ規模を増やそうと、世界の不足も同じ比率で同時に増えていく。
永遠のいたちごっこ。決して追いつくことはなく、決して引き離されることもない。
これはある種、エーテルネットワークの仕組みと同じだ。
エーテルネットは日本の人々をほぼ全て接続し、その運用には接続者ひとりひとりの、脳の処理能力を使っている。
それ故に、ネットワーク全体の処理能力は参加人数に正比例するが、その上昇幅は常に一定だ。
しかしエーテルネットは、参加者全てが常に最大の処理能力を要求している訳ではない。
寝ている者、休んでいる者、エーテルネットを使っていない者が必ず存在する為に、人口が増えれば増えるほど効率が増す。
「……だけど世界となると、そうはいかないか」
「はい。世界は参加者全てに平等であるべきです。全ての方が参加した場合、ただただ“すし詰めの個室が増えて行くだけの世界”に、価値などありません」
「それは、技術のブレイクスルーで何とかなったりはしないのでしょうか?」
「無理なのですよ、シルフィード様。いかに技術が発展しようとも、光の速度は一定でしょう?」
「な、なるほど……」
どう頑張っても物理的な特性自体は変えられない、ということだ。将来的にワープが開発されることを夢見て無理に事業を続けるのは愚かなこと。
教師に質問するように、おずおずと手を上げたシルフィードが不正解に、しゅん、とうなだれる。
ただ、積極的に“こちら側”の会話に参加しようとしてくれる姿勢はとてもありがたいとハルは感じる。彼女に伝えると決めてよかった。
「という訳で、私はここに計画を凍結し、新たな手段を再び模索することにします。画期的なブレイクスルーが見つかった時は、改めてご協力を要請しましょう」
「今度は、協力するとは限らないけどね。目的を知った以上は」
「まあまあ、そうイジワルを仰らずに、ハル様」
「だからいちいち色っぽいシナを作るんじゃないっす! さりげなくハル様に一歩踏み込むなっす! ……しかし、良いんですかガザニア? そーすると今後は、タダ働きっすよ。開催期間中は、データ取ろうとは思わないんすか」
「ええ。今後はハル様のお役に立ちとうございます」
随分と欲のないことだ。失敗事業の損切り、傷はなるべく浅いうちに撤退するということか。今後の新たな研究の為に、今は魔力を貯める判断なのかも知れない。
ハルとしても大人しくしてくれる方がありがたいので、それは歓迎であるのだが。
そんな感じであっけなく、ガザニアはその身に秘めた自身の願いを、完全に手放したのだった。
◇
「やはり怪しいっす。わたしたち神が、そう簡単に自分の願いを捨てるなんて思えないっす!」
「説得力があるね、エメ」
「ぐおおおおお!! た、耐えろわたし、己の過去に耐えるっす! そ、その通りで、“わたしの例を見れば明らかなように”、神は諦めたと見せかけて裏で計画を進めているんですよハル様、そういうもんなんす!」
「ハル様? エメをあまり虐めないであげてくださいね」
渦中のガザニア本人からエメをフォローされてしまった。なんだか妙な状況だ。
まあ、こうした定期的な罰は彼女の望んでいることでもある。打てば響くので今後も継続するであろうハルだった。
「まあそこは、重々承知ではあるよ。でも、今はやらないのもまた事実なんだろう。後のことは、後で対処すればいい。今は、他にもやることがある」
対処すべき神様は、ガザニアだけではない。アイリスやミントの動向に目を光らせつつ、残る三人についても調べを進めて行かねばならない。
ここで負担が一人分減るというのは、歓迎すべき事実だろう。
「シルフィードを巻き込んだのも、その一環かハル? そっちの事情は良く分からんが、秘密だったんだろ?」
「あ、わ、私、口外はしませんよ? そもそも、よく理解していませんし……」
「ありがとうシルフィー。まあ、協力者が欲しかったのも確かなんだけど、未来永劫、秘密にしておけるものじゃないからね。良いタイミングだと思った」
ハルの世界と、アベルたちの居る世界。この地球と異世界の二つの距離は、日に日に近くなっている。
必ず、そう絶対に、何処かのタイミングにおいて、あちらの世界の存在が露見する日が来るだろう。さすがに、それは今すぐではないにせよ。
特に、カナリーたちのゲームと比べ、このゲームの開催規模は非常に大きい。異世界に関わる人間の数は、急速に増えている。
その中において事実を知る人間を徐々に増やし、慣らしていけたら、とハルは常々考えている。
専属でサポートしている、ソフィーもその候補の一人だ。
「まあ、本音を言えば、僕らだけの素敵な秘密としてしまっておきたい気持ちもある。でもそうするには、世界をきっぱり切り離さないといけないからね」
「そうは、なさらないのですか?」
「しないよガザニア。寂しいからね」
かといって、いきなり全世界に向けて別世界の存在を大々的にアナウンスすることもまたしない。
急すぎる変化は、混乱を生むだけだということはルナの母とも話した通りだ。
今はこうして少しずつ、信頼できる相手に一人一人明かしていこうと思うハルである。
「まあ、ハル様が認めたならいいっすかね。でもっ! 安心するのは早いっすよガザニア! わたしの目の黒いうちは、裏でコソコソ動こうとしてもすぐ分かるんですから! せいぜい、せこせこ稼いで貯金を増やしておくんすね!」
「精進しますわ。半分を、税金で持っていかれてしまいますけれど」
「まけてはあげないよ」
ガザニアの言う『税金』とは、ハルたちが取り分として徴収する魔力のことだ。
このゲームの開発費にあたる魔力として、ハルたちが集め管理している七つの国の魔力を彼女らに提供した。
その対価として、このゲームの運営によって生まれた魔力の半分は逆にハルたちへ支払われる契約となっているのだ。
「……その収支も、そろそろチェックしておくか。一度、ジェード先生の所にも戻ってみようかね」
「その前によ、ハル。まず元の場所に戻らないか? 話は終わったというか、一応解決したんだろ?」
「確かに。そういえば、ガザニアは何でここに僕らを呼んだの?」
今回、この空間にハルたちを転移させたのはガザニアだ。そこには何かしらの、彼女の狙いがあるのだろう。
この話をする為、というだけでも構わないのだが、それはそれで、終わったのであれば帰してほしい。
今ハルたちはせっかく作った飛空艇を人質に取られているようなものなのだ。
「これは、失礼しました。今回お呼びしたのは、この機会に私もぜひ、お連れいただきたいと思いまして」
「君を? 僕らと一緒に? それって、大丈夫なのかな」
「もちろん運営として攻略に手出しはいたしません。ただ、以前も言いましたように、こちらも懸念する事案がございます」
「……この指輪か」
最近は、特に光ることもなく大人しかったのでつい忘れがちだった。
ガザニアたち神様の他にも、対処すべき案件の一つである、管理システムであるらしいこの指輪。これを見張るために、ガザニアは同行したいと語る。
まあ、それも好都合ではあるのかも知れない。聞くところによれば、彼女は飛空艇の核の内部に潜み姿は出さないとのこと。
こちらもこちらで、未だ疑惑の完全に晴れた訳ではない彼女を見張ることも出来る。
そうしてまた一人ハルと行動を共にする神様を増やしながら、ハルたちのゲームはまだ続いていくのであった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/26)




