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第7話 神託

 アイリと三人で夕食を頂き、今日は屋敷に泊めてもらうことになる。

 夕食はとても美味であり、ここでもゲームの進化を感じさせられた。ハルはマナーにうとかったので、ルナとアイリの所作しょさ模倣トレースして乗り切った。


「称号が変わっていらしたのでびっくりしました。でも上位の存在へ昇華されたのですよね! 残念がっていてはいけませんね」

「大丈夫よアイリちゃん。二人が同じ信仰でお揃いなのは今も変わらないから。安心なさい」

「そういえばわたくしは<王女>で最初からおそろいじゃなかったです! えへへ」


 食事を終え、なごやかに語らう。アイリの二人への好感度は最初から天井を突き破っているようで、懐いているという表現がしっくり来た。神殿での落ち着きようは緊張していたのか、神域だから押さえていたのか。

 こちらの事を何でも知りたがり、聞ければ何でも喜ぶ。

 こちらもアイリの事について少し聞いた。ここに住む王族はアイリ一人で、離れて暮らす兄が三人居るらしい。公式紹介の画像によると年も少し離れて見える。


 それにしても現在の称号、<ブラックカード>が上位の存在でいいのだろうか? <火星人>ならもしかしたら上位存在かも知れない。


──そういえばルナとの最初のゲームも食品関係だったな。

 出会ったばかりの頃が脳裏をよぎる。あやうく事件になりかけたゲームを、ルナの依頼で共に解決したのだった。

 あらましを簡単に語れば、美食の再現がまるで進まない会社が業を煮やし、“美味しい”という感覚情報だけを突き詰める事にした。高額食材アイテムほどその添加量が高く設定され、それはほとんど麻薬と化してしまっていたのだ。


 色々あってその後、仮想現実の料理業界は今も試行錯誤を続けているが、現実の美食を再現するには至っていない。電脳世界はやはり視覚と聴覚が他の感覚と比べ水をあけている。

 その意味でもここで頂いた料理の味は一歩抜きん出るものだった。神製ショップの食べ物が平均的ふつうあじだったのは何故なのか。

 思い返してみれば、神殿の作りも特別感の無い見た目をしていた。





「すぐにお部屋にご案内しましょうか? 今日はお疲れになったでしょう。わたくしのせいでご迷惑をおかけしました。ゆっくり休んでくださいね」

「おかまいなく」


 実際に構われなくても問題はない(ハルが寂しがる事以外)。プレイヤーである。寝ずに食べずに活動可能、疲れたら勝手に消える自由な存在だ。

 だが多くの者は活動拠点を求める。落ち着ける場所は必要であった。


「アイリちゃんこそ疲れてるでしょうに。お客様の応対をしてたのでしょう?」

「ええ、まあ……」


 歯切れ悪くアイリは語りだす。


「お二人をお待たせしてしまい本当に申し訳なく思っています。言い訳になりますが本日の予定は外せないものでした。お二人を低く見ていた訳ではありません、ですが」

「そちらも礼を失する事の出来ない相手だったんだね」

「はい……」


 どうやら微妙に異なるような雰囲気も感じるが、アイリを困らせるつもりはない。ハルとルナはこの話は終わらせる事にする。


「でもそうすると朝は何で神殿に居たんだい? 忙しかったでしょ」


 慎重に話題を選び方向転換するハル。神殿では焦ってはいたが思いつめた様子は無かった。気を紛らせられればよいのだが。


「それはですねっ! カナリー様からお告げがあったのです! 十時に祈りを捧げなさいと!」


 効果覿面こうかてきめんであった。逆側に向けて予想外だったので、ハルは笑顔で己の読みの未熟をかみ締める。


「そうしたらお二人に会えました! やっぱりカナリー様はすごいです!」


──まあ自作自演だからなあ。

 やはりあの女神何か企んでる。そう痛感するハルであった。とはいえアイリに害が及ぶ事ではない限り全面的に協力するつもりだ。

 アイリと出会わせてくれた恩は大きい。


──考えるべきは神殿に僕ら以外プレイヤーが来ない事か。

 コミュニティを見ると少ないながらも居るプレイヤーはスタート直後に顔を合わせて、そのまま組んで冒険に出かける事もあるようだ。

 あの神殿はカナリー専用の領域で、カナリーの許可した者しか入れない等の制限があるのだろうか。王女のお膝元なので厳重でちょうど良いのだろうが、誰も来なければイベントが進まない。

 つまりその内容はハルとルナが接触した時点で問題ないという事か。

──まあ、問題あっても他に候補者が誰も居ないって事もあるだろうけどね、はは。


 せっかくの良いゲームだ。知られていないのは勿体無い。外に向けて宣伝活動がしにくい仕様なのも向かい風だ。

──ただ、ルナの思惑としてどうか。人を増やしたほうがいいか、増えない方が都合がいいのか。本人も計りかねてるんだろうし。


「アイリはカナリーの事が好きなんだね」

「もちろんです!」

「女神カナリーとは会った事はあるの?」

「あー、いえそれは実は無いのです」


 しょんぼりする。二人で頭を撫でる(すぐに喜ぶ)。

 ちなみにハルが玄関で会った時に慌ててアイリと呼んでしまって以降、そう呼ぶ事をねだられ、呼び方は結局アイリとなった。

──アレを知らないんだとしたらアレに会って大丈夫かな。まあ、おおらかな心で受け入れそうではあるが。

 いや、むしろ性質は案外近いのかも知れない。そう思うハルであった。




 いつまでもアイリを拘束しても悪い。二人は客室へと案内を求めた。


 当のアイリは疲れを感じさせないので要らぬ気遣いだったかも知れないが、ルナの方も時間が押しているかも知れない。連休初日とはいえ、ハルと違い生活は規則正しそうだ。


「こちらの奥に、っと、クレア? どうかしましたか?」


 案内され部屋へと進むと朝に会った侍従が通りすがった。ハル達を見て驚いた顔をしている。

 いや、あるいは、さも偶然であるように見せかけて待ち伏せ(エンカウント)したのだろうか。彼女は例のスパイ(暫定)女子だ。


「申し訳ありません、王女殿下……。ですが、本当にその方々をご逗留させるおつもりなのですね」

「当然です。お二人はカナリー様の遣わした使徒様。我が家でお世話させて頂く事は喜ばしいことなのですよ」


──この言い方、アイリも彼女を不審がってるんだろうか。しかし信徒は主に似るのかね。

 “二人は”、“カナリー様の遣わした”、“使徒”である。正確ではないが、嘘は言ってない。二人ともカナリーが転送した。

 天真爛漫てんしんらんまんに見えた彼女もやはり王女である。何か目的のために戦っている事があるのか。そんな政治的やりとりの片鱗を感じさせた。


「ですがっ、殿下をお食事にも誘わず追い返し使徒様はお泊めになるなど、問題が」

「クレアッ!」


 声を荒げたのはアイリではない。後に控えていたメイドさん(案内してくれた方)だった。雰囲気的に彼女の方が立場が上なのだろう。

 この世界の貴族形態がどうなっているかまだ知れないが、主の決定に口を挟む事は出過ぎた行為になるのだろう。まして相手は王女だ。

 クレアと呼ばれたメイドには悲痛な決意が見えるようだった。その禁を破ってでもハルとルナを排除したいのか。

──まあ、僕らは見るからに怪しい連中なのは確かだが。


「クレアがご迷惑をおかけしました。すぐに下がらせますのでお許しください」


 深々と頭を下げる。アイリはほとんど目線だけでうなずいて二人を下がらせた。

──珍しく怒ってる? いうほど付き合いは無いが、こちらには見せない顔だね。


「当家の者がご迷惑をおかけしました……」

「迷惑かけてるのは僕らの方だよ。実際こんなだしね」


 迷惑かけてるのは僕ら、ではない。僕、が正しい。





「殿下だって」

「そうね。殿下ですってね」


 部屋の中に入るとすぐ二人で悪い顔をする。


「目の前に殿下が居るのに別の殿下」

「これは問題ですよ」


 証拠を口走ってしまった犯人を見る目だ。いや、悪いのは犯人であるはずなのだが犯人より悪そうだ。

 単に殿下、と呼ぶのであれば目の前に居る主、この場合はアイリであるべきではないか。だがメイドのクレアは、恐らく今日の訪問者をそう呼んだ。

 普通ならそこまで気にしないかも知れないが、彼女はハルによってスパイ疑惑がかかっている。彼女の気持ちが別の殿下に向いているのではないか、と邪推してしまう。


「もしそうなら、どの殿下だと思う?」

「北西の殿下かしら。決め手は無いわね」


 地図を見ながらあれこれ世界情勢を確認する。

 この国、『梔子くちなしの王国』は小国だ。四方を三つの大国に囲まれており、立地で見るとかなり存続が危うい。

 余談だが、周囲の国も含めて名前にファンタジー感が無かった。運営かみさまはネーミングセンスが悪いのだろうか。


「国取り系シミュレーションの初期立地みたいだね」

「ここから反攻を開始し世界征服が始まるのね」


 無さそうである。


 そういったゲームは何だかんだで一つの国を攻め滅ぼすまで他の国は待っていてくれたりする。そうしないとゲーム進行が難しくなりすぎるからだ。

 ストーリー性を廃したシミュレーションでは、まずそういった立地にならない事から立ち回る。可能なら海を背にしたい。あえて絶望的な立地からの難易度を楽しむ場合もあるが。

 色々とリアル重視のこの世界では、戦争状態になれば三正面作戦(三つの国と同時戦争)に突入しかねない。詰みだ。

 残る二つの国同士をぶつけたとしても戦争のどさくさで片手間で滅ぼされる。システム上の宣戦布告が必要とも限らない。

 そう考えるとよく現在まで均衡を保ってきたものだ。


「国王からの公式スパイ、つまりお目付け役って線もあったけど消えた」

「殿下ですものね。お兄様方って線も無くはないけど」

「今日のアイリの様子を見るとなー。兄さん達とは別に仲悪くないみたいだし」


 食事の際に出た話などをつなぎ合わせる。なお食事中に談笑するのは別にオーケーらしい。


「いきなりキナ臭い話が出てくるんだね。まいったね、何も準備出来ないよ」

「軽いジャブかもしれないわ」

「巨人のジャブを受けると人は死ぬ」


 ハル達がここに送り込まれたのはこの話を聞かせるためだったのだろうか。こういった小さな事件が各地で起こっており、コミュニティで情報を持ち寄って全体像を明らかにする。


 何となくだが、ハルには少し違うように思えた。





 やることをやって、ルナはログアウトしていった。もういい時間になっている。ルナはああ見えて長時間のプレイは苦にしないが、それでも今日は長い間拘束してしまった。


 そんな長時間のプレイ内容だが、ゲーム的にいえばオリジナル性の高い体験をしているが、逆に本筋にあたる体験は一切しなかった。

 ちらほらと書き込みが増えているコミュニティを見てみれば、ハル達のようにNPCと交流を持つ者は皆無だ。皆、基本的には依頼を受けて、それに対応するダンジョンへ挑戦しているようだ。

 もしかしたら居るのだが皆秘匿(ひとく)しているのかも知れない。ハルも人の事は言えないが。


「まあ戦わなくてもレベル上げには事欠かない。どうせなら内政に走ろうか」


 最も効率が良いのはモンスターとの戦闘なのだろうが、全くやらなくても各種スキルを使えば経験値が入ってくる。効率が落ちてもハルのダイブ時間の長さを使えば挽回が可能だ。

 戦えばHPMPの消費も激しい。そこの効率を突き詰めると必ずしも戦うのが最適とは言えなくなってくる。


「戦闘無しだとゲーム内マネーが手に入らないけどね。防具でも作って売るか」


 モンスターを倒せば資金が手に入る。それを使って回復薬を買えば、使ったHPMPを取り戻せる。ハルにはそれが無く一長一短といえた。


 夜は長い。明日の朝アイリに呼ばれるまで防具のオーダーメイドでもやって資金を稼ぐか、などと考えた所でノックがあった。


「ハルさん、ルナちゃん、起きていらっしゃいますか? アイリです」

「今開けるよ、待ってて」


 鍵は閉めてある。人の家であまり良くない事かもしれないがハルの癖だった。


「どうぞ」

「わざわざ申し訳ありません、失礼しますね」


 ともはつけていないようだ。自分の家とはいえ良いのだろうか。王女で、男の部屋である。

──信頼されていると言えば嬉しいけどね。


「ハルさん達はお風呂はどうですか?」

「ああ、いや有り難いけど僕らは体が汚れないんだ。入ると気分は良いけどね。今日は急の訪問だし遠慮しておくよ」

「まあ、素敵です」


 確かにものの見かたによれば素敵だろうか。穢れぬ体と言えば神っぽい。実情はただのプレイヤーであれども。


 そういうアイリは入浴後のようだった。髪にかすかな水気を含んでいる。寝巻きもまとっており、それも含め色っぽさが感じられる。重ねて言うがこの状態で男の部屋に来るものではない。

 本来はルナも居ることを想定していたのか。


「ああ、そうだ、ルナは向こうの世界に帰ったよ。僕らは眠る時は向こうで眠るんだ」

「そうなんですか! 神界でしょうか。神界のお話もお聞きしたいです!」

「何度か言ったけどそんなに高尚な存在じゃない。僕らも向こうじゃ人間だ。あ、カナリー達はちゃんと神様だよ」


 がっかりさせてしまうかも知れないと思いながら正直に話すハル。どの道プレイヤーが増えてくれば隠し通す事も不可能だろう。


「エインフェリアみたいなものなのかなー」

「まあ、ハルさん達の世界、どんなものなのでしょう」


 特にハルへの評価が変わる事は無かった。なおエインフェリア(神話で、人間の魂が死後、神の兵士となった存在)は通じなかった様子である。


「ハルさんもお帰りになられるのですか?」

「僕は眠らない。ここに居させてもらうよ」

「すごいですー……」


 ただの廃人宣言なのだが、まあ凄いことは凄いのだろう。


「で、では、もう少しここでお話しててもいいでしょうか……?」


 アイリはそう言いながらベッドの上にのぼり、枕を抱きながら上目遣いに見つめてくる。かわいすぎた。


「問題ないよ。何の話をしようか」


 問題しかない。

 が、この家の主は彼女だ。全ての問題は無視できるだろう。できるといいのだが。


「そうだな、カナリーの話にしようか。アイリはカナリーのお告げを聞いたって言ったけど、どんな感じなの?」

「はい! そうですねー。夢の中で声を聴く感じでしょうか。これは起きている時でも変わりません。カナリー様のお声ははっきりと認識できるものではないのです」


 いかにも神らしい話だ。神秘性を演出するためにそういう事にしているのだろう。


「ただ内容は夢のように薄れる事はありません。それは完遂するまでハッキリと認識に残ります。今回のものならば『本日十時、カナリー神殿の祭壇前にて祈りを捧げよ』といった感じでしょうか。急でしたから緊張しましたー」

「ふむん、神からの依頼の受注って感じだね」


 緊急ミッション・祈りを奉げろ、といった感じか。達成報酬としてプレイヤーユニット二体がアイリに贈られた。


「ハルさんはカナリー様のお声を聞いたことが有るのですよね」

「ああ、この世界に来る前にね。この体を作る時に色々教えてもらった」

「ハル様のお体はカナリー様がお創りになられたのですね。わたくしもお聞きしたいです!」


 お聞かせしていいのだろうか。そして聞かせる事は出来るかも知れない。詳細不明のものをぶっつけ本番で試すのは、ハルのプレイスタイルではないので踏ん切りがつかないが、<神託>のスキルを持っている。


「んー、僕も<神託>は持ってるんだけど、どうなるんだろう。まだ使った事無いんだよね。こっちにも使える人は居るのかな」


 カナリーの話し方によれば結構気軽に使えるスキルだとは推測できる。だがモノがモノだ。慎重にもなる。

 神からのミッションをランダムに受注する類のものだったら今は困る。役に立つのか立たないのか分からない電波メッセージをランダムに受信するスキルならば連打するのだが。


「すごいですー! こちらから神に問いかけが出来る者はこの世界の人間には居ないのです!」


 居ないらしい。どうなるかは分からなかった。




「じゃあやってみようか」

「はい!」


 結局、キラキラした瞳に負けたハル。ぶっつけ本番を避けながらも、衝動的に試してしまう事があるのもまたハルだった。

 ハルはブラックカードからウィンドウを一枚抜き出して広げると、それをアイリは目で追う。カードを最初に見たときから目線が行っていたので、ウィンドウが見えているのは分かっていた。

──このブラックカード、特殊NPCの判別にも役立つかもね。

 アイリ以外の人間にはカードに目を向ける者は居なかった。


──<神託>。

 ハルは神託を発動する。するとすぐにウィンドウからカナリーの声が響いた。


「はい、こちら運営事務局です。何か問題がおありでしょうか」

「GMコールかっ!」


 GM、つまりゲームマスター。神託という名の運営への連絡であった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。

 途中、アイリがルナになっている致命的なミスにまったく気がついていませんでした。ずいぶんと長い間このままで、ご迷惑をおかけしました。(2021/8/4)(2021/8/11)

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