第695話 時化の試験
「確かにハル様なら、船の姿勢制御のための計算をこなすのも余裕なのはその通りっす。でも、ちょっとお仕事が多すぎます。ただでさえ、自分のレベルアップと<召喚魔法>の制御があるのに、これ以上処理を食うのは容認できないっす! それならわたしが代わりにやります! そしてハル様にいい子いい子してもらうっす!」
「長い長い長い。あとお前もデータ収集の仕事があるだろ」
「むー! むー!」
「短いのは良いがせめて言葉にしろ……」
だが、エメの言うことも尤もだ。ハルにしろエメにしろ、現状でも相当の処理能力を他のゲーム内要素に割いている。
このうえ、更に船の姿勢制御プログラムを兼ねるとなると、負担が増すのは勿論、さすがに視聴者に怪しまれる。分かりやすく人間味が無いからだ。
高い戦闘能力を発揮したり、多数の使い魔を操ったりといったプレイは、まだ『ゲームが上手い』で済ませられる。
だが、船の姿勢計算となると、それは最初から自動制御プログラムの領域。自身の力で難なく、しかも他の作業もこなしつつ行えば、明らかに普通じゃないことがバレてしまう。
《頭がパンクしちゃうよぉ》
《確かに不可能ではないけど》
《それ一本に集中しないとなー》
《事故ったら大惨事》
《いまいちイメージ湧かない》
《めっちゃ速いレースゲームやるよなもん》
《そりゃ神経削るわ》
《お姉さま、安全第一にしよ?》
「よくわからんが、“あっち”では確か出来てたよな? 同じ感じだろ、『船の制御』って奴はつまり」
「難しいと思います、アベル様。“あっち”の船はあのハルさんの力作、オートバランサー付きのターボボートです」
「……どう違うんだ?」
現代的な船の知識に疎い、異世界人であるアベル王子にはいまいちピンと来ていない話のようだ。
彼はこの中では、『ローズ』の中身がそのハル当人だと知っているという事情もある。同じ人間が作った船なのだから、同じように動作するのではないかと。
アベルの住む異世界においてハルが作った船は、まさに自動制御プログラムが搭載されたオート制御の物である。
あれは、魔道具という複雑な魔法のプログラムを組み込める仕様のアイテムであるからこそ出来た物。その点でこちらとは天と地の差があった。
このゲームのアイテムは、決められた性能でしか作れない。同じ内容でスキルを発動すれば、誰がやっても同じ結果になる。
平等ではあるが、応用性はなかった。船の操作も基本は手動である。
「んー……、確かに問題かなあ……」
「問題っす! ハル様が船のパイロットで手一杯になったら攻略はどーすんすか!」
「といっても他に人材がなあ。モノちゃんをこっちに呼ぶ訳にもいかないし」
《船長って?》
《気になる!》
《まだ人材が?》
《そりゃいくらでも居るだろ》
《お金持ちの人脈すごい》
《船まで持っていらっしゃる?》
《このご時世に船とか、格がちげぇ》
《船とか実物見たことないよ》
ハルの戦闘艦を管理してくれているモノならば適任ではあるが、彼女は彼女で問題がある。
モノはカナリーよりもずっとあちらのプレイヤーと接点が多く、あちらでも『モノ艦長』として有名になっている。
つまりは、正体がバレるリスクが高いという訳だ。
他の神様たちも同様である。一瞬、マリンブルーのやりたそうな顔がよぎったハルだが、その一瞬のうちに却下した。彼女は運転が荒すぎる。
「……まあいいか、後回しだ。理論上は可能になったんだ。不可能じゃないならなんとかなるだろう」
「豪儀だなぁおい。思い切りがいいのか、向こう見ずなのか。それくらいじゃなきゃ領主様なんてやってられないのかねぇ」
「いえ、この方だけだと思いますよ?」
「シルフィー、一言多い」
造船所の所長ほか職人NPCも、理屈の上では問題ないということは納得してくれているようだ。
難しくはあるが、波や風の横殴りのエネルギーを横向きの魔法エンジンの噴射で相殺すれば姿勢の安定は可能。
あとはそれを、上手く操る操舵士が見つかるかどうかだ。
「一つアドバイスしといてやる。この船を走らせるなら、なるべく最高速でカッ飛べ。そうすりゃ、多少の波が来ても直進するエネルギーでなんとかなる」
「あっ、両方のスラスターを常に全開にしとくってのはどうでしょうか?」
「悪くはねぇが、やっぱりデケェ波が来れば傾く。何よりエネルギーが無駄だ」
意外に乗り気なシルフィードも合わせて、バランスを見ながら追加装備が取り付けられていく。物理の科目が得意なのだろうか。
そうして船体がほぼ完成すると、ドックの窪みの中には水が注ぎこまれ、実際に浮かべてのテストとなった。
金色に輝くハルの船は問題なく浮かび上がり、水の照り返しの光も相まってより一層美しく船体を淡く発光させている。
「おっし、波起こすぞ! 嬢ちゃん、エンジンを起動しなっ」
《波起こせるの!?》
《すげー設備じゃん》
《魔法の装置が付いてたの見逃さなかった》
《壁面になんかあったな》
《そんなんあるのか》
《だったら自動制御もあってよくない(笑)》
《ゲームバランスの問題だろ》
ドックの壁面に取り付けられた装置から、波を起こす魔法が発動される。
その波に煽られて、ぐらりと大きく船体が傾く。やはり、オリハルコンの船は船体が軽すぎるようだ。波間に漂う枯れ葉のごとく、成す術もなく攫われそうになる。
「よし、吹かしてみろ嬢ちゃん!」
「オーケー、サイドエンジン、起動」
その波に抗うように、逆側の腹に取り付けられた噴射装置をハルは発動する。
大きく一気にMPが持っていかれ、水しぶきを巻き上げるようにして勢いよくエンジンは起動した。
上手く出力を調整すると、大波の中にあってもぴたりと綺麗に船は平行を維持できている。これならば、問題はなさそうだ。
「上手ぇじゃねぇか! だが安心すんのは早いぜ! 時化の海は、こんな単純な波じゃないぞ嬢ちゃん!」
言うと所長は、逆側の装置も起動し反対向きの波も起こし始める。
それは対岸からくるものと合わさって、複雑な波模様をドックに描き出す。次第に内部は渦を巻き、異常な荒れ狂い方をし始めた。
「……所長? これはさすがにやり過ぎじゃあないのかな。いくらなんでも、こうはならないでしょ」
「馬鹿、おめぇ! 海をナメんな! なるったらなるんだよ、酷いときはこんな風に!」
「確実に楽しくなっちゃってるじゃん。これ、重い船だろうとどう考えても無理でしょ」
そんな一秒ごとに強さが変わる両側からの疑似大時化を、ハルはサイドエンジンの出力を丁寧に調整して乗り切っていく。
そうして、ついには所長の方が先に音を上げてしまい、どうにかハルは合格点をもぎ取ることに成功したのだった。
◇
「や、やるじゃねぇか……、ひぃ……、忘れてたぜ、嬢ちゃんの体力がバケモンだってこと」
「だらしないね」
《ローズ様と比べたら大抵はだらしないのよ》
《これで試験は合格か》
《おっさん合格させる気なかったろ(笑)》
《厳しい現実を見せたかった》
《逆に現実見せられちゃったか》
《ケンカ売る相手間違えたな》
《……これ、転覆しなくてよかったな》
《あ、もしひっくり返って壊れたら……》
《賠償責任……》
確かに、もし無茶が過ぎてハルが制御を誤り、失敗したらどうする気だったのだろうか。さすがにあれだけやって過失は通らない。
彼と、彼の造船所に弁償するだけの財力はなく、まず間違いなく破産である。
「……ふむ? ここはわざと手を抜いて、賠償として会社ごと僕の物にしてしまうのが最善手だったか?」
「こ、怖えぇこと言うねぃ! し、信じてたぜ、お前さんの操舵のウデをよ!」
「めっちゃ声震えてますね、親方さん。やっぱり気付いてなかったんですね」
シルフィードは気付いていた、というよりもその算段をしていたようだ。可愛い顔をして、割と容赦がない性格のようだ。
ハルはといえば負けず嫌いなので、失敗することなどそもそも想定していなかった。これは視野が狭いと言えよう。反省するハルである。
「な、何にせよこれだけやられちゃ認めん訳にはいかねぇな! この船なら、どんな荒波の中でも大丈夫だろうよ!」
「ありがとう。まあ、まだ操縦を誰に任せるか決まってないけどね。エンジンの魔力の問題もある。これだと、やっぱり僕しか候補が居ない」
サイドスラスターとして機能する魔法のエンジンを動かすには、当然だが魔力、MPが必要だ。
この巨大な船を動かすためのエンジン、当然出力も莫大な魔力を食うこととなる。
これでは、もし神様の誰かを招集するにしても、低レベルでは一瞬でMPが干からびてしまうだろう。
「おぉ? いや、これから飛空艇にすんだろ、こいつは。それなら、どうせ核の魔石を組み込むんだ、供給はそいつに任せりゃいい」
「ん? ああ、確かに。船を飛ばす魔力は、そういえば人力じゃあなかったね」
「人力で飛ばせるなんて思うの嬢ちゃんだけだっつーの……」
所長に呆れられてしまった。補佐の職人たちも首を振っている。
確かに、ハル以外ではそんな魔力を個人で供給できる人間はいない。少し、自分を基準に考えすぎていたようだ。
「んで、核にはどれを使うんだ? 言っとくが、この量のオリハルコンだ、バカほど燃費わりぃぞ。それもこいつをオススメしない理由でもある」
「ああ、魔力を通しやすいからね、この金属」
「一応、無限に魔力ぶち込んでやりゃ防御も鉄壁にはなるだろうけどよ。現実的じゃねぇ」
「まあ確かに、それは僕でも厳しいね」
ハルがオリハルコンを持て余していたのにはそういった理由もある。
確かに装備者から魔力を吸い取れば、無敵の防御力を発揮することは出来る。しかし、その量は甚大であり逆にMPが枯渇して死んでしまうだろう。
そのため機能を限定された小さなアクセサリーくらいにしかならず、大量の在庫を抱えてしまっていたのだ。
「魔石というと、こういうのでいいのかな」
「ん? なんだ、知らんのか。核に使うのは普通の魔石じゃダメだぜ嬢ちゃん。使いはするが、これはタダの燃料だな」
ハルがアイテム欄からころころと魔石を取り出してみるが、それらは使えないとバッサリ切り捨てられた。
なんでも、こういった普通の魔石や人間の体から、魔力を吸収して貯め込む機能をもった強力な精製品が必要であるらしい。
それを聞いて、ハルは思い出す物がある。工作員の少女、リメルダが胸に装着していたあの石のことだろう。
彼女はきっと常日頃からあの石に自身の魔力を貯め込んでおくことで、あの時の自爆に使った超強力なエネルギーを確保できたのだ。
「なんだ持ってねぇのか。錬金術が得意だから、当たり前のように持ってるもんかと思ったぜ。言っとくが、ウチじゃ核は扱ってねぇぞ」
「在庫もない?」
「無いこたねぇが、コイツを動かせるだけの量なんか無いぞ」
「困ったね」
困ったと言いつつも、ハルには一つ心当たりがあった。
アイテムレシピの心当たりではない。核となる特殊な魔石の代用品の心当たりである。
あの謎の太陽型レイドボスを撃破した際に手に入れた、『神核石・ガザニア』、これが、ここで使えるかもしれない。
※表現の修正を行いました。大筋に変更はありません。(2023/5/26)




