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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部3章 ガザニア編

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第694話 姿勢制御装置

 そうしてハルは有り余るリソースを贅沢に投じて、巨大な船を作ってゆく。

 淡く黄金に輝くその船体は美しく、全てが超高級な魔法金属で作られていることが誰の目にも一目で理解できた。


 磨き上げられたその表面は、何も光源に変化がなくとも常に波打つかのようにゆったりと光を揺らめかせ、船全体に魔力が通っていることを分かりやすく現していた。


「よし、船は完成か。結局、在庫だけじゃ足りなかったね」

「……本当にオリハルコンだけで全部作っちまった。開いた口が塞がらねぇ」


《足りない分はこの場で<錬金>してたもんね》

《ちょっと力を込めれば両手から金属》

《好きに金を作れるのと同義なんよ》

《お金に困ったらちょっと死にかければいい》

《死にかける言うな(笑)》

《<復活者>のコスト上限無視はほんとチート》

《臨死体験でオリハルコン余裕でした》

《自殺未遂は日課》


 本来、ミスリルやオリハルコンといった上級金属を作り出すには非常に手間が掛かるか、到底払えないコストを一括で支払う必要がある。

 その量の多さはハルのHPMPですら賄いきれないレベルであり、要は実質作成不能だ。


 だがハルは自分の体力以上のコストを強引に指定し、その反動で本来なら死んでしまうところを、<復活者>というスキルにより死ぬまでの猶予時間を作って強引に復活しているのだ。

 体力がゼロになっても、スキルの効果時間に回復すれば死亡判定は免除される。いつもの『完全回復薬』との連携技コンボである。


「さて親方さん? これで、この船は完成でいいのかな。海に出られる?」

「あぁ、出られるは出られる。もったいなくって、出したかねーがな」

「いや、美術品じゃないんだから。言いたいことは分かるけど」

馬鹿野郎ばーろぅ! 美術品で済むか! こんなん金塊を丸ごと海に放り込むようなモンだぞ! それに、正直な話ちーっと航海には向かねぇ船なんだよな……」

「ふむ?」


 初めての『船舶建築』コマンドであったが職人NPCたちの補助もあって、スキルは失敗することなく最後までつつがなく発動し、船の<建築>は成功した。

 成功しアイテムとして定義された以上、この船は問題なくその機能を発揮できるはずだ。それは、世界システムに保証されているともいえる。


 では、いったい何が問題なのだろうか?


「……軽すぎる。軽いってのは利点でもあるが、欠点でもある」

「なるほど。あまり軽いと、ちょっとの波でもさらわれやすいってことか」

「おおよ。そもそも、船ってのはきちんと作れば鉄の塊でも沈みはしない。むしろ重い方が安定するくれぇだな。そういう意味でも、この船は鑑賞用だ」


《うーん、ダメかー》

《せっかく凄いのが出来たと思ったのに》

《高けりゃいいってものじゃない》

《どうする? 重くする?》

《せっかくの長所を捨てるのか》

《長所じゃなくて短所なんだろ》

《それなら、コンセプトがそもそも間違いだ》

《なんとか良い方法ないかなー》


「まあ、重くするだけなら簡単ではあるけどね」


 ここ最近のハルにとっては、むしろ得意分野だ。重くするだけならいくらでも出来る。

 ハルは手慰みに、鉄鉱石を取り出すとその手の中で握りつぶす。そうして生まれた『ダマスク神鋼』はずしりと重く、その手を離すと、ごとん、と重々しい音を立ててドックの床に安定静止した。


「オススメはしねぇなぁ。確かにソレを積みこみゃ重くはなるが、そうすっと今度は外壁の防御力に不安が残る」

「まあ、そうなんだよね。オリハルコンは直接の打撃には大して強くないから、軽さのメリットを消すだけだ」

「そうだ。それなら、いっそダマスク神鋼で最初から船体を作った方がマシかも知れん」

「おいおい……、それは今度は重すぎでしょ親方さん……」

「いや、俺はむしろそっちの方が興味があるな、めちゃくちゃ強そうじゃねぇか! がはは!」


 超高密度の鉄であるダマスク神鋼によって武装された船。それは圧倒的な物理防御を誇り、対艦戦闘においては不沈艦として非常に頼りになることだろう。

 そうした実用面での優位性を求めるのが、さすが現場の人間という感じはする。


《ダマスク神鋼も高いけどな(笑)》

《生産性も実は低いし》

《ローズ様が丁寧に一個ずつ作らにゃ》

《お姉さまの時間は有限だ》

《作れるの一人しか居ないもんな》

《時間単価で見ればオリハルコンより高級》

《ローズ様の手作りだもん!》

《ハンドメイドは高い》

《ハンド(握力)メイド(圧縮)》


 視聴者たちの言う通りだ。現在、ダマスク神鋼は一個一個ハルの手で、スキルを介さず肉体動作によって生み出さねばならない。

 それはスキルに頼らない追加経験値としての観点では優秀なのだが、生産コマンドとしては難がある。


 システムによって補助されていないため、他のスキルとの組み合わせによる生産加速ブーストが効かない。

 先ほどの<錬金>のような裏道が使えないということだ。

 さすがのハルも、この見上げんばかりの巨大な船を作るだけのダマスク神鋼は、地道に作る気はしなかった。


「さて、どうしたものかね」


 とはいえ、作ってしまったものは仕方ない。どうせなら、このまま使いたいものだ。見た目の美しさも気に入っている。

 なにかこのオリハルコンの船を有効活用する、良い方法はないものだろうか。





「あの、この船ってこれから飛空艇になるんですよね? それなら、別に問題ないんじゃありません? 空を飛ぶんですし」


 ハルたちが頭を悩ませていると、ドックのくぼみの外からシルフィードの声が掛かる。

 下から船を確認していたハルは、難なくその高さを飛び越えて彼女の居る通路まで一息で降り立った。

 その非常識な身体能力に、所長を含め職人NPCたちはツッコミを入れるのを諦めたようだ。


「確かに、飛ばすには軽い方がいい。だがそれでも、問題点はそのままだ。空には波が無いとでも思うかいお嬢さん」

「あ、風がありますもんね」

「風に煽られて船体バランスを崩すってことか」

「そもそも入港時はどうしても海に入るんだ。一切入水を考慮しない飛空艇って物は、まずありえん」

「なるほど、残念です……」


 むしろ、場合によっては海の波よりも風の方が厄介になることだってある。

 海であれば、なぎならさほど船体に負荷は掛からなくとも風はそうはいかない。地上に居ると軽視しがちだが、風の力は強力だ。実は容易たやすく鋼鉄をもへし折る。


「つまりはな、この問題点を解消しないことにゃ、このまま練習航海に出させることも、コイツを飛空艇にアップグレードさせることも、到底許可できないってーワケよ」

「それこそただの自殺未遂にしかならない、か」

「未遂どころか普通に自殺だ。いや……、嬢ちゃんなら、しれっと生きて帰ってきそうだな……」


 先ほどのハルの身体能力を思い返したのか、作業員たちが『うんうん』と深く頷いている。

 まあ、海に沈んだ程度で死ぬとはハルも到底思えないが、あまり怪物を見るような目で見ないで欲しい。


「間違ったか、お嬢様としての選択を」

「いや、今更ですよあるじ様……」


 余計なお世話である。アベルのつぶやきを無視しつつ、ハルは尚も対策を考える。


 せっかくここまで組み上げたのだ、このままボツにして廃棄も惜しい。

 式典用としての慎重な運用くらいなら可能かも知れないが、そんな使い方をするのも趣味ではない。ハルは実用重視である。


「所長。完成したとは言うけど、これにオプションなんかは付けられないのかな? 武装もまだなんだ、当然あるよね、そういうの」

「おお、あるにはあるが、そりゃ運用が決まってからのトッピングだぞ? 使えるかどうかも分からん物に、装備を載せるのは無駄になりかねんのだがな……」


 このハルの船は、今のところ素体プレーンな状態だ。つまりは、武装などの付属品トッピングはまだ備わっていない。

 戦艦として使う為の大砲を始め、船体には色々なパーツが取り付け可能だ。だがそれは、基本の土台が出来ていてこそ。

 波に少し煽られれば転覆するような船に装備を積んでも、海の藻屑もくずになる高級品の数をいたずらに増やすだけである。


「だとしても、やらせて欲しい。教えてもらえないかい、所長?」

「……しゃーねーなぁ。まぁ、嬢ちゃんの船で嬢ちゃんの金だ。それに、ナンか考えがあるんだろうしな」

「助かるよ」


 彼が支援を許諾すると、スキルメニューの中で封鎖され非表示となっていたコマンドが解禁される。

 そのメニューは完成した船に様々な付属品を取り付ける為の追加コマンドであり、各種武装を始めとした様々なオプションが、その画面には並んでいるのだった。


「うん、やっぱり。これを使えば、なんとかなるかも知れない」

「へー……、どうするんですか、クラマス? あっ、分かりました。この追加装甲を使って、船体を安定させるんですね? 重い装甲板を使って」

「ハズレ。発想は悪くないんだけどね、シルフィー」

「うっ、不正解……」


 ぱっと対応策を思いつくのは優秀ではあるのだが、やはりそれでは長所を殺すだけになりかねない。それなら、最初から重い金属で船体構成した方がいい。

 なにより、見た目が不格好になるのでNGである。今のこの、美しい船体を維持したハルだった。


「このサイドスラスター用の魔力放射機を各部に取り付ける。これで、波のエネルギーを打ち消して船体を安定させよう」


《おお! 頭いい!》

《ジャイロ機能ってやつ?》

《姿勢制御装置だ》

《傾くなら、押し返しちゃえばいいじゃない》

《でもそんなに上手くいく?》

《現代なら、そりゃ出来るだろうけど……》

《ファンタジーだよ?》

《エーテル技術のサポート無いからなー》

《魔法があるんだから、いけるんじゃない》


「……無理だ。確かに理論上は可能だ、理論上は。だがそれを誰が制御する? 波は気まぐれだ、すぐに機嫌を変える。その機嫌を読み違えると、自分の推進力でひっくり返るだけだ」

「当然、僕がやる」


 このサイドスラスター、本来は港への入港時などに船を河岸に横づけしやすくする為の推進機だ。

 補助エンジンのようなもので、この世界の時代背景に対して考えれば非常に進んでいると言えた。流石は魔法の世界。


 ただ、やはりそれでも姿勢制御装置バランサーとして作られている訳ではなく、操作は手動で行う必要がある。

 オートで船体バランスを計算してくれるような、高度な自動制御は存在しなかった。


 当然、ハルの頭脳をもってすれば計算が可能である。しかし、あまりの人間離れした提案に所長は納得しきれない様子。

 そればかりか味方であるエメも、ハルの処理する要件の増えすぎることに良い顔はしていない。


 何か、この状況を打開するいい方法はないものであろうか?

※誤字修正を行いました。「浮沈艦」→「不沈艦」。なぜか変換候補に普通に出てくるので間違えたのだと思われます。(2023/1/14)


 スキル名の調整を行いました。(2023/5/26)

 誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/27)

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