第693話 飛行金属
「おっし、そんじゃ早速はじめっか。まずは、普通の船を作ってみろ」
「水上船か。飛空艇は、普通の船に飛行機能を持たせた物ってこと?」
「そこまで単純な話じゃぁねぇけど、飛空艇も海上に降りることは多いからな。そこの機能がイケてないと成り立たんのよ」
「いけてない」
《い》
《け》
《て》
《な》
《確かに入港時は海に入ってるもんね》
《むしろ飛んでる時より多いイメージ》
《い》
《やっぱ飛ぶのは疲れるのかな》
《惜しい》
《変な慣れ合いやめーや》
実際、国土の上空を出て海を渡るときは、海上に降りて船として進んでいることも多い。
それでもかなりの高速を誇るのは普通の船とは異なる部分だが、そこはエンジンが水空両用で使用可能なのだと考えれば辻褄は合うだろう。
「こっちだ。五番ドックを好きに使え。ウチで一番のデカさのドックだ。どんんだけ巨大な船だろうと収まるぞ」
「ああ、助かるよ。やはり枠は広くないとね」
「おおよ。デカいの好きそうだからな、お前さん」
「良く分かったね。大きいのはロマンだよね」
可憐なお嬢様の見た目をしているのに何故バレてしまったのだろうか、などとは言うまい。
鉄を素手で握りつぶして、巨大馬車を巨大モンスターに牽引させてお淑やかぶるのはさすがに無理があるというものだ。
そういった男の子ロマンの意味以外にも、今の立場においては大きいということは重要だ。
上級の<貴族>として、己の威光を目に見えて分かりやすく主張するというのは基本であり非常に有効な手段である。
「いい趣味してんな、嬢ちゃん。だが、最初は小さな小舟から始めるのをオススメするぜ。何であろうと基本は重要だ」
「一理ある」
素材も、無理せず木製が良いらしい。やはり空に浮かべる以上軽いに越したことはなく、どうしても重くなる鉄系であると難しくなるようだ。
金属素材の生成を得意とするハルとしては少し残念なところもあるが、ここは教師役の言う通りに進めるとしよう。
そう思っていると、横から騒がしい声が待ったを掛けてきた。エメである。
「待つっすよハル様! こんなちゃらんぽらんの飲んだくれの言う通りしちゃダメっす! いまさら基礎からなんてダルいっすよ、配信映えもしませんし。デカいの作りましょうデカいの! 使うのもお得意の金属素材っす、しかも最高級の。それしかない、それしか!」
馬車を降りてからはずっと大人しくついて来るだけだったが、口を開くと急にやかましい。
このアンバランスさがAIらしいと言うべきか。いや、今まで静かだったのはきっと裏で処理を走らせていたのだろう。
全てのユーザーの全ての放送を同時チェックしている彼女だ。その労力は計り知れない。
「……別に構わんがな、どう作ろうが。だが推奨はせんぞ? やっぱ最初は、思うようにはいかんもんだ」
「シャラップ! ハル様をそこらの平均値で語るんじゃねーっすよ。それに、経験値効率の面からしても認めらんないす。初回ボーナスはダマスク神鋼より重いんです。それを木製の小舟で捨てるとか、経験値マネージャーエメちゃんとしては絶対許せません!」
「なるほど。それも一理ある」
スキルの使用によって入るスキル経験値というものは、熟練すればするほど入手効率が悪くなる。
分かりやすい例は、ワラビの<修行>だろう。体中に重りを装備して負荷を掛けていても、徐々に『効き』が悪くなってくる。
そのため彼女は、もっと重い物、もっともっと重い物を日々探し求めているのだ。
船を、飛空艇を<建築>する初回となる今、その効率は最も高い。これが『船舶建築』コマンドがレベル2になってしまうと、もう一気に半分近く効率が落ちることとなる。
なのでなるべく高難度のもの、つまり入手経験値の多いものをというエメの意見も、また尤もなものだった。
大型であるがゆえに、一回における絶対量がかなり違ってくる。
「どうするね? そこはお前さんの好きに決めりゃ良い。無謀だと俺は思うが、ま、失敗しても消えるのはお前の資材だしな」
「失敗するワケないっす!」
確かに、ハル自身も自分が一般的な<建築>ユーザーと同列に語れる存在ではないという自覚はある。
基本から順に攻めることが、逆に遠回りになる可能性は十分にあるだろう。
「そうだね。ここはエメの言う通り、一気に大物いこうかな」
《おお!》
《期待》
《ギャンブラーだ》
《チャレンジャーと言え》
《いうてギャンブルにならなそう》
《賭ける? 俺はローズ様の成功に賭ける》
《俺も》
《私も》
《ならば拙者も》
《この我も》
《だよね。失敗するイメージが湧かない》
決め手となったのは、やはり見栄えの問題だ。エメの言っていたように、基本から地道にというのは華やかさに欠ける。
確かにリスクはあるのだが、それでもハルは『躍進し続ける派手なお嬢様』を演じ続けなければならない。他人と同じ道を辿って、大成功なし。
「よし、ではやってみよう」
そうして、ハルの初めての『船舶建築』が始まった。
*
「ふむ? なかなか大きい。領地の屋敷以上の大きさあるんじゃないか、このドック」
「豪華客船ですねー。<貴族>らしくて、良いんじゃないですかクラマス。船上パーティーなんかも開けますよ」
「もしくは、戦艦とか空母だね」
大きな船を思い浮かべて、お金持ちの乗る客船を想像するか、軍艦を想像するかの差が出てしまった。
ここは、シルフィードの意見が正解なのだろう。彼女もしっかりとお嬢様だ。
《物騒なんよ》
《武闘派お嬢様》
《でも領主だし、それが正解なのかも》
《大砲たくさん乗せよう》
《王城に乗り込め!》
《無礼な連中をわからせろ!》
《威圧目的は考えてるだろうね》
《戦艦に乗って凱旋である》
「ところで、素材は何を使いますかクラマス? いまクランのミスリルは、契約分の在庫を既に拠出確定分として移動禁止にされちゃったので、少し心許ないです」
「もともと装備生成でかなり使ってたしね。ミスリルの船体は無理か」
「怖ろしいこと言い出すんじゃねぃ。ミスリルで船だぁ? 国が買えるだろそんなん」
「さすがに国は買えないよ。そんなに甘くない。街ひとつくらいなら買えるだろうね」
「買えんじゃねーか!」
自分たちが門外不出の製造技術と引き換えにしてやっと手に入れたミスリル。それを使って巨大な船を造るという話に、眩暈を覚える造船所の所長だ。
ここが、買うしかない者と、自ら作り出せる者の違いである。
確かに量産にはそれなりに時間とコストが掛かるが、それでも売値と比較すれば微々たるもの。
この先<錬金>でハルに追いつく者が出てこない限り、もうミスリルを売っているだけでゲームクリアできるのではないかという需要の跳ねあがりぶりである。ガザニアに来てよかった。
「という訳でミスリルは無理なので、オリハルコンを使う」
「はぁ!?」
「驚くことじゃないだろう? 僕らのドレス、オリハルコン合金だって説明したよね」
細く柔らかなミスリル銀糸、その美しい金属糸を紡ぎだすには、オリハルコンという上級素材を混ぜ込む必要がある。
このオリハルコン、実はミスリルよりもランクが上の素材であり、<錬金>するにもミスリルよりもコストは上だ。しかし。
「余ってるんすよねえ、これ。合金に入れるにも大した量を使わないですし、かといって武器防具にするには軽すぎて合わないしで。魔法防御は上がるんすけど、作るにしてもアクセくらいにしかならないってゆーか。イマイチ汎用性に欠けるんすよね」
「そのくせ良く出来るしね。今のところ、ミスリルの副産物でしかない」
「ここの方々もあまり買ってくれませんでしたしね」
エメ、シルフィード共に、オリハルコンの評価は少し持て余し気味だ。
ガザニアの職人たちも、基本的にミスリル合金にしか目がなく、合金はともかくオリハルコンそのものに関してはあまり欲しがらなかったようだ。
やはり、使い道に困るのだろう。であれば、余っている在庫をここで放出してしまうのは有りだろう。
「そりゃ、売れんだろうな。扱いに困るし、そもそも買う金なんかあるかっての」
「将来を見越して確保しておかないの?」
「そういう商売はカゲツの連中に持ち掛けな。ウチは、そういった投機目的の売買には手を出さん。欲かいて使えなかったら閉店まっしぐらよ」
不良在庫を抱えるリスクは取らない、ということだろう。しっかりしている。
楽しくなってつい使いもしない素材を次々と生成しすぎてしまったハルも見習った方がいいのかも知れない。
商業の国カゲツであれば、そういった『将来使うかも知れないもの』への先行投資も積極的に行っているらしい。
後で、カゲツの有力者であるシルヴァ老に話を持ち掛けてみようかと思うハルである。
「まあ、今はお金儲けよりも自分の為に使うとしよう。それっ」
ハルはまだ水の入っていない船渠の巨大な窪みの中に、どさどさとオリハルコン鉱石をアイテム欄から取り出して放り込んで行く。
それは窪みの中に巨大な金属の山を作り、造船所のNPCたちの口を開きっぱなしにした。ついでに目も見開いて閉じないようだ。少し気分が良いハルである。
その大量の魔法金属を贅沢に使って、ハルは最大サイズの『船舶建築』を実行していく。
なんとか立ち直ったNPCたちの補助のもと、次々と巨大な船体が組み上がって行くのであった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/26)




