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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部3章 ガザニア編

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第692話 造船所

 エメのる快速の召喚獣によって港町に戻ってきたハルたちは、そのまま船と積み荷が大量に行きかう港へ向かう。

 とはいえ、このまま船に乗って何処かへ向かう訳ではない。活気に溢れるエリアは素通りして、人通りの少ない、奥まった港の端へと進んで行った。


 徐々に人は消え、逆に資材の入った大きな箱が目立ってくる。

 まさに足の踏み場もない、視界を覆い隠す、というほどに積み上げられた資材の数々は、この場で使用する素材アイテムの大量さを物語っていた。


 ここは造船所。この港町で行きかう貿易の要である船舶せんぱく、そして更には空をゆく飛空艇の製造現場になっているのだ。


「お待ちしてましたクラマス。アベル様。あちらの方は、大丈夫なんですか?」

「交渉ごくろうさま、シルフィード。なんとかね、安地あんちに入れたから。しばらくは姿を隠す必要はなさそうだ」


 ここより遠く離れたミントの国。そこで謎の暗殺者の魔の手からの逃避行を繰り広げていたテレサも中央庁舎へと辿り着いていた。

 そこで<隠密>を解き姿を現すと、彼女は仕事場でもある安全な上層階に匿われる。しばらくは安地、安全地帯で過ごせると考えていいだろう。


 ハルが合流した騎士シルフィードは、“向こう”でもお馴染みのアベル王子のファンの女性だ。

 ファンクラブのまとめ役であり、今回このゲームでもアベルについて来た女の子たちのリーダーでもある。


 あちらでは蝶の翼などの妖精のようなファンシーな姿の衣装を着こなしていた彼女ではあるが、こちらでは普通に人間。

 アベル同様にミスリル合金の豪華な鎧に身を包んだ、真面目そうな女騎士といった雰囲気だ。


「契約は、ほぼ完了しています。あとはクラマスの調印ちょういん待ちですね。製造リソースは自分で用意することを条件にですが、この工廠こうしょうの使用も、技術提供も快諾かいだくいただけました」

「やるねシルフィー。流石、優秀な交渉力だ」

「あ、はい。えと、光栄です。でもクラマスほどではないですから。最近、自信なくしてばかりですよ」

「自信もって」


《シルフィーちゃん十分ハイスペックだよな》

《お嬢様学校の生徒らしい》

《マジか、こっちもお嬢様》

《自信持っていいのにー》

《気持ちは分かるけどね》

《ローズ様たちが相手だとねー》

《<男爵>は凄いけど<侯爵>には劣る?》

《そんな感じなのかもな》


 シルフィードの言う『最近』、というのは、このゲームだけでなくここ一年の事であると予想できるハルだ。

 あちらでも、ハルがやりたい放題暴れてしまったため、十分に優秀なシルフィードの活躍は微妙にかすんでしまっていた。


 そして現実リアルでも、ハルが同じ学園に通っているのを彼女は知っているので、ルナとも合わせて余計に比べてしまうのだろう。

 ……というか、いつの間にかあそこの学生であると周知の事実としてバレてたようだ。少し、脇の甘い子である。


「ここだけじゃなくて、いくつも契約まとめてくれたんだろう? 自信持っていいさ」

「いえ、上には上が居ますから。クラマスも、ハルさんだって、もっと上手くやるでしょう」


 申し訳ない。どちらも同一人物である。

 リアルの彼女とは会話を交わしたことはないが、この際ローズがハルであると教えてやっても良いかも知れない。

 それを吹聴ふいちょうして回る子ではないことは、よくわかっている。


「んなコトよかシルフィー。あるじ様を玄関先で足止めする(すん)な。これ以上更に、悪いとこ積み重ねる気か?」

「あっ、はいっ! 申し訳ありません! どうぞ、こちらです!」


 そこで、ハルに付き添ってきたアベルが落ち込む彼女を叱咤しったする。

 憧れの対象から声を掛けてもらったことで、シルフィードも劣等感を忘れ立ち直ったようだ。


 ハルも負けず嫌いなので負けてやることはできないが、後で話を聞いてやっても良いかも知れない。

 結局は自分で折り合いを付けねばならない問題だが、組織管理のストレスなど話せば楽になることも多かろう。


 今は、一先ず全てを胸にしまって、シルフィードは工廠の奥へとハルたちを案内してくれるのだった。





「……へえ、中は広いね、思ったよりも」

「ええ、ドックは海岸沿いの崖をくりぬいてそこまで続いているので、外観以上の敷地面積があるみたいですよ」


 造船所の中へと入って行くと、そこは三階の天井から、掘り下げられた地下階まで吹き抜けの巨大な船渠ドックになっていた。

 地下部分にあたるくぼみのいくつかでは、今も船舶が建造されているようで、人気ひとけのなかった外から一転、非常に活気のある賑わいを見せている。


 忙しく行き交う作業員たちの合間を縫ってハルたちが進んでいったのは、最初にギルドの集会所にも姿を見せていた年配の職人NPC。

 彼が、この造船所のトップであるようだ。気さくなおじさんでしかなかったが、普通に超の付くお偉いさんである。


「おう! 来たか来たか。些事さじは済んだか? 済んだな? よっしゃ、本題に入るぞ!」

「いや、あっちが本題ね、僕にとっては。まあ、一応探してた犯人は捕まえたよ」

「よしよしよしよし。これで気兼ねなく、取引の話が出来るって訳だ」

「よろしく頼むよ」


 このガザニアの国に来た目的であるリメルダの逮捕。それを些事と切って捨てる彼の頭はもう商売のことで一杯のようだ。


 まあ、ハルとしても乗り気でいてくれるに越したことはない。

 船や飛空艇の<建築>に関わる情報というものは、一から習得しようと思えば非常に険しい道のりになるのは間違いないだろう。

 それを教えてくれるならば、多少コストが高くついても見合う価値はある話だった。


「でだ、改めてお前さんの要求はなんだったかな?」

「僕個人の飛空艇が欲しい。叶うなら、自ら<建築>出来るようになりたいね」

「そうだった、そうだった。大きく出たな。まっ、可能なんじゃねーの? お前さん次第だな、頑張んな」

「こりゃまた適当な……」

「ガハハ! 実際、どっちでも良いからな、俺は! 技術は与えてやるし設備も貸してやる。しかし、作れっかどうかは本人次第だ」


 まあ、確かにハルの船が完成するかしないかは彼にとって関係のないことだ。

 職人気質な者であれば、『必ず完成させると誓え、そうでなければ教えん』、と言う者も居そうだが、それよりは話が早くて助かる。


 どちらかといえば職人というよりも、商人の部分が強いのだろうか。

 それともそんな事情は二の次、三の次で、ハルの持つ新素材しか既に頭にないのだろうか。


「……だが、お前さんが作れようが作れまいが、お代はきっちりと頂くぞ。俺の技術も、このドックも安くはねぇ」


 そこで初めて、気さくなおじさんから一転、熟練の職人の部分が顔を出してくる。

 その鋭い眼光はまさに頑固親父といった風格が満点であり、気に入らなければ一歩も譲らないと雄弁ゆうべんに物語っていた。


「そっちのお嬢ちゃんと、粗筋は組んである。ハッキリ言ってぼったくりに感じるだろう。だがそれが飲めなきゃ、この話は無しだ。一切教えん」

「いいよ、飲もう。シルフィード、契約書を」

「はっ、はい! ……えと、いいんですか、クラマス? 実際、やりすぎかもって私も思いましたし。値切りとかは」

「構わないさ。部下を信頼するのも、僕の仕事だ」

「クラマス……」


《か、かっこいい……》

《こうしてまた一人落ちたな》

《王子様からファンを強奪!》

《こんな上司の下で働きたいー》

《支配してー》

《養ってー》

《お前がローズ様を養うんだよ!》

《養分にしてー》

《吸い取ってー》

《ダメだこいつら……》


 安心して欲しい、こうしてハルの放送をいつも見てくれているだけで十分に役に立っている。願わくば、いつまでも養分であらんことを。


 ……そんな冗談はさておき、実際シルフィードの交渉力は信頼できるだろう。あの学園に在籍する優秀な生徒として、日々未来のトップエリートとしての戦略を学んでいるのだ。

 それでなくともこの一年、アベル王子ファンクラブのリーダーとして、癖の強い女の子たちを纏め上げてきた実績だってある。かつての仲間として、またライバルとして、その実力に信を置くには十分だった。


「君が妥当だと判断したんだ。きっとそうなんだろう。そこから値切るのは君を信用してないことにも繋がるしね」

「泣かせるじゃねぇか。だが、騎士の嬢ちゃんじゃ分からねぇことだって多いんじゃないか? 俺に、丸めこまれてるかも知れないぜ?」

「それならそれでいいさ。何より下手に値切るのは、貴方の技術を安く見積もっているようで嫌だからね」

「へっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか……」


 もちろん嘘ではない。嘘ではないが、実はここで重要なのは値切ることではない。『常にこちらが値切る立場である』ということだ。


 実際のところ、飛空艇の<建造>技術はいくら払ってでも欲しい。それこそ現状の全財産をはたいてでも買う。

 それだけの価値があり、将来性がある。確実に、その技術をもってそれ以上の額を取り戻せるだろう。


 故に現状でもハルの見積よりは破格の安さであり、もう既に値切っているも同然だ。

 ならば必要なのは、相手にこれ以上値をつり上げさせないことである。


「……そんなに評価してくれるなら、もっと出せるか? なんせ、俺の技術は安くはないんだろう?」

「それは出来ない。部下が『この条件が妥当』と決めてくれたんだ。そこから上げることも、また彼女を信じないことになるからね」

「あっ、ありがとうございます、クラマス……」

「それに、君さっき、言ってただろ、『ぼったくりだ』って。じゃあやっぱり、これ以上は出せないね。ぼったくりは良くない」

「ははっ、一本取られたか!」


 あくまで余裕の態度で、『値引かないでおいてやる』、といった姿勢でハルは交渉を進めて行く。

 この場合、求める新素材の相場を知らない相手側が実は圧倒的に不利なのだ。ハルなら大した苦労もなくミスリル合金は<錬金>可能である。


 そうして交渉は特に揉めることなく、シルフィードの決めた条件のままで穏便に締結された。

 条件は一定期間、価格変動なしでのミスリル合金の優先供給。ハルにとって、なんでもない破格の安さの条件であった。

※誤字修正を行いました。(2023/1/14)

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