第690話 救出任務
ハルたちは鉱山の街の宿へと入ると、ようやく腰を落ち着ける。
外ではまだ山から飛び出したビーム騒ぎと、それによって開いた大穴を巡って騒ぎが収まらないようだが、ハルにとっては好都合だ。むしろそれを狙って穴を開けた。
鉱山側が対応に追われている間に、自分の問題を片付けてしまうことにする。
「さて、当面の問題は、テレサの安全確保だね。連絡を入れてみよう」
「おお、『貿易』機能だね。それ、どーなってんの、そーいえば。どういう理屈なん?」
「……さあ? ゲームだから、としか」
「NPC側は疑問に思わないんだろーか……」
ハルが自身のメニューの中から呼び出し、ユキがのぞき込んでいるこれは、他国の要人と貿易による取引を行うための専用メニュー。
最初の頃に、『六花の塔』においてそこに集った有力者たちを登録してある。
ここでアイテムや資金の取引をするにあたり、その際に必要になる交渉も同時に行えるのだった。例え相手が、海の向こうに離れていても。
これはゲームを円滑に進行するためには必須の機能ではあるが、世界観を考えると明らかにオーバースペックだ。
貿易による取引を行える者だけが、遠方のNPCと通信を行える。
「……なるほど。つまりは、先ほどの“えぬぴーしー”と組んでいた相手も、『貿易』を使えるということか」
「鋭いじゃあないかアベル。その通りだよ。彼と接触した記録が生放送の履歴に無いことから考えても、<商人>系のプレイヤーだと考えられる」
「《そうっすね! <商人>、特に本場のカゲツのプレイヤーは、かなりの秘密主義っす。基本的にプレイ内容は生放送では映さず、結果だけを配信するってスタイルですんで。そん中の一人が、さっきの案内の奴と接触してる可能性はありますよ》」
「説明ありがとうエメ」
そう、商売の道を志すプレイヤーは、己の取引内容を他人に悟られないように、極力生放送を行っていない。
それはこのゲームにおいて非常に不利となるが、代わりに大きな商売がまとまったタイミングで、それまでの軌跡をダイジェスト風に編集して動画として発表するのだ。
アイドル的な人気は出ないためハルのような熱心なファンは付きにくいが、代わりにずっと放送を追ってはいられないという視聴者相手にはそちらの形態の方がウケている。
《『〇〇したら大儲け!』シリーズとか見てる》
《言うほど儲かってないよねあれ》
《ゲーム内の儲けはさほど重要じゃない》
《インパクトあればそれでいいからな》
《重要なのは日本円をいかに儲けるか》
《最悪ゲーム内は赤字でもいい》
《リアル商人じゃん》
《だから本当に成功してる人あんまおらん》
《プレイヤーで誰が一番お金持ちかな》
《そりゃローズ様よ》
《間違いない》
《絶対に商人で一番成功してる》
恐らくはその通りだろう。<貴族>として絶大な権限を持ち、自身の人気で視聴者から多大な支援を得て、しかも自分でも課金や生産スキルで『種銭』を生み出せる。
商売内容がバレるデメリットを、ハルの動かす資金の大きさと生産力は軽々と上回っているのだった。
「だから今回も、資金力を盾にして正面から殴り込めば……、っと、繋がったね。テレサ?」
「《ローズさん! た、助けてください!》」
「おっと、随分と展開が早い」
なかなか接続が出来ずにいたテレサとの貿易回線。それが繋がった端から第一声で飛んできたのは、彼女からの救援要請だったのだった。
◇
「オーケー、テレサ。現状を」
「《い、今しがた、自宅の監視網に多数の侵入者が引っ掛かりました。なのですが、なぜか迎撃が働かずにどんどん内部に侵入を許してしまっています……!》」
「君のとこのセンサーっていうと、<召喚魔法>によるものか。凄いね。侵入自体は感知できるんだ?」
「《なにを落ち着いているんですかぁ……!》」
「おお、狼狽えてる声がかわいいね」
《口説いてないで助けて(笑)》
《言いたいことは分かる》
《普段は落ち着いた女の人だからね》
《焦る姿はレア》
《ギャップが良い》
《でも確かにセンサー凄いね》
《王城まで侵入した謎の組織なのに》
ハルの所の優秀な<隠密>であるメタでさえ、近くに居ることを認識してからでなければその存在に気づかなかった。
その相手を、不意打ちの段階で捕捉するとは流石は<召喚魔法>の本場、ミントの国の要人である。
彼女の家の警備を担当する召喚獣は優秀なようで、その活躍でテレサはいち早く厳戒態勢を敷くことができたようだ。
「仕事が早いといえば敵も優秀過ぎだけどね。まだ一時間も経ってないよ」
「《あの、何か事情をご存じなのですか?》」
「ああ、うん。それ半分は僕のせいなんだ。ごめん」
ハルの追撃を防ぐため、盟友であるテレサを狙うと謎の男は語った。その宣言は脅しでも偽りでもなく、本当に早速、刺客を送り付けたようだ。
まったくもって容赦がない決断力だ。ハルが信じずに、構うことなく自分を追跡するとは思わなかったのだろうか?
一方で、ハルの関係者の中でもテレサが選ばれたのには理由がある。
彼女は彼女で、ハルとは別方面から紫水晶の謎を追っていた。そのことを相手に察知され、かねてから目をつけられていたのだろう。
そして、ハルもまたその時の為の準備は済ませてある。
「落ち着いてねテレサ。助かるから。慎重に僕の指示を聞くように」
「《本当ですかぁ……、言う通りにしますぅ……》」
《うわ、本当にかわいい》
《恋しそう》
《よわよわテレサちゃん》
《また女の子攻略しちゃうん?》
《お姉さま節操ないね》
《男の子は攻略しないんですかぁ!?》
《男なぞ要らん》
《いや、要る》
《ライン君が居るだろ!》
弱々しい声で『言う通りにする』などと言われると確かにドキリとするが、そうするとハルが女性の弱みに付け込んでいる悪い男のように思えてくる。
本当に操作キャラクターが女性でよかった。
しかし、そんな助けを求めるテレサの居場所は海の向こう。普通なら、このまま手をこまねいて彼女が暗殺者の手にかかるのを見ているしかない。
出来る事といっても、逃げ道をアドバイスする程度だろう。
しかしハルには、自分が何処に居ようとテレサの支援ができる準備があった。
「テレサ、僕の渡したカナリアはどうしてる? あれを自分の傍に呼び出して」
「《神鳥様ですか? あまり負担を掛けては申し訳ないので、普段はお休みいただいているのですが》」
「ステイタスのアピールになるんだろ? なに遠慮してんのさ。常に身近に置いとくように」
「《は、はぁ……?》」
ハルが彼女に契約を譲渡したカナリアの使い魔。それを通じて、ハルはテレサの元へと干渉することが出来る。
どうやら向こうの労働環境はかなり良いようだ。ハルの下に居る使い魔とは大違いである。
今もハルの呼び出している小鳥たちは、休息もなにもなく世界中の監視作業に勤しんでいるのだ。
「《お、お呼びしました》」
「オーケー。じゃあ、少し借りるよ。<存在同調>」
テレサが呼び出した使い魔に対し、ハルは<存在同調>を発動し操作を乗っ取る。遠く離れたミントの地であっても、何の問題もなく自分の体のように動かすことが可能となった。
これが、テレサに使い魔を渡した真の理由であった。
「《よし。じゃあここから、僕が直接支援しよう》」
「《うほわぁあ!? 神鳥様から、ローズさんの声ぇ!?》」
「《おちつけ外交官。上級議員の肩書が泣くぞ。ちょっと待って、姿も出すから》」
操作を乗っ取った小鳥の口から、ハルの、『ローズ』の声が流れる。
そのまま彼女の肩へと飛び乗ると、手早く戦闘用に<調合>したアイテム類を使ってテレサのステータスをアップさせていく。
予想だにしなかったあまりの急な展開に、テレサはまだ状況が飲み込めずあたふたとしているが、残念ながら説明している時間はない。
侵入者が彼女の元に辿り着く前に、テレサを逃がす準備を終えねばならない。
「よし、支援効果はこんなものでいいか。あとは、白銀、居るね?」
「いるです! ようやく、出番です? 腕が鳴るです、やってやるです」
「うん。頼りにしてる。とはいえ、やるのはそう大層なことじゃないんだけど」
「なっ、馬鹿なっ……、何時から……」
「最初から居たです。地下でもずっと居たです」
空気の中から浮き出るように現れた幼い白銀の姿に、驚愕の声を漏らしてしまったのは捕獲したリメルダだ。
彼女も同様に透明になって潜伏するスキルの使い手だが、白銀たちの<隠密>はやはり頭一つ抜けて優秀なようである。
そんな優秀な<隠密>をハルは自身に対しても使うようにと彼女に指示を出した。このスキルは、自分一人ではなく体を接触させた者にも同様の潜伏能力を発動させる。
白銀がハルの手を握りスキルを発動すると、再び白銀の姿は、そしてハルの姿さえも、掻き消されるように空気に溶けてゆくのだった。
「《さて、ひとまずこれで安全になったよテレサ》」
「《えっ? えっえっ?》」
そして、透明化するのは白銀とハルだけではない。ハルの召喚した使い魔も、正確には<存在同調>した召喚獣も、更にはそれが接触している相手も、同様に<隠密>の効果範囲に含まれる。
そうして姿が消えたテレサがしばらく息を潜めていると、ついに室内に暗殺者が踏み込んで来る。
しかし、彼らはテレサを見つけることが出来ず、それどころか逆に安全とみて透明化を解いてしまうほど。
そんなある意味マヌケな状況に、暗殺対象であるテレサも狼狽を解いて口をぽかんと開けていた。
「うん。<隠密>が察知されないのは、リメルダが証明してくれている。このまま堂々と、外へと脱出しよう」
ハルは使い魔の姿でテレサの肩にとまったまま、彼女に指示を出し自宅から脱出させて行くのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/25)




