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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第3章 アルベルト編

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第69話 理解できるもの、できないもの

 対抗戦、俗に言う運動会まではまだ時間がある。他ユーザーはそのための準備に追われているようだ。

 レベルを上げたり、チームでの戦い方を練習したり、これと決めた神との契約に臨んだり。

 だがハルには特にそれらの準備は必要ない。既に神との契約は済ませているし、その契約者はハル一人だ。

 契約者は、未契約の人間を何人か指名出来るようなので、ユキはもちろん、ルナやアイリも手伝ってくれる事になっている。気心の知れたチームと言える。連携に問題は出ないだろう。


 なのでハルは今、思考の調子を万全にして備える事で準備としている。つまり、特に何もしていない。

 戦闘の経験に乏しいであろうアイリが不安要素ではあるが、そこはハルがカバーすればいいだろう。


 そのアイリと共に、ハルは浴室に来ていた。


「大きなお風呂だね」

「ハルさんは、来るの初めてでしたっけ?」

「うん、変な言い方になるけど、僕はお風呂入らないからね」

「ハルさんの体は、汚れる事が無いですものね」


 入らない、と言うとなにやら不衛生に聞こえてしまって嫌だが、ようは入る必要が無い。

 プレイヤーの体は魔力だ。汚れは付着しないようになっているし、代謝とも無縁だった。


「それでも入れば良いですのに。向こうの世界でもお風呂はあるのですよね?」

「もちろんだよ。皆こっちの人と同じくらい入ると思う」

「そうなのですね!」


 ただしハルは、恐らくはユキも、あまり入らないので、この話は自信をもって語る事は出来ないのだが。

 何しろ二人は医療用のポッドに入りっぱなしだ。汚れはその溶液の中のナノマシンが完璧に洗い落としている。常にお風呂に入っているようなもの、と言えば格好がつくだろうか。


「お風呂の時間はちょっと慌しくなるしね。僕らが入ったら、メイドさんも気を使っちゃうでしょ」

「メイドたちは気にしませんよ? もし問題があるようなら、時間を早めれば解決です!」

「いつでもご自由にお入りくださいね」


 アイリの言葉に、傍に控えていたメイドさんが微笑みながら控えめに肯定する。

 『いつでもご自由に』、と言ってくれるが、はち合わせてしまったらどうするのか。


 この屋敷ではメイドさんもこの大きな浴場で、アイリの後に入浴している。

 王族と使用人、という立場で考えればありえない事かも知れないが、『お湯がもったいない』、というアイリの一言で断行されているようだ。

 案外庶民的なところがあるアイリだ。よくハルの庶民的な所にも難なく合わせてくれるのは、元々そういう気質があっての事だろう。


──いや、こんな場所で生活してるんだ。庶民的にもなるか。周囲には自分達しかいない。何でも自分達でやるしかない。


 アイリも、メイドさん達も、辛い顔ひとつ見せる事は無い。

 一ヶ月以上、ずっと彼女たちの表情を見てきたハルだ。それがやせ我慢でも何でもなく、本心からこの生活を受け入れ、また楽しんでいる事はよく分かる。

 街に買い物に行ったりはするとは言え、きっと彼女たちの心は、この土地の中で完結しているのだろう。

 ハルが来る前は、どうだったのだろうか。


「そ、その、ハルさん……」

「どうしたの?」


 ハルがそんな彼女たちの生活に思いを馳せていると、アイリから意を決したように声がかかる。

 上目遣いでもじもじとした様子がかわいらしい。言葉をしぼり出すのに苦心しているようだが、現在のハルはその内容を推測する力に欠けている。

 アイリが意を決するのをじっと待つ。いつも自己主張にためらいの無いアイリだ。そんな彼女が言いよどむ内容、重要な事だろう。可能な限り聞き届けようとハルは誓う。


「そ、その、それならば! わたくしゅ……、わたくしと、一緒にお風呂に入るのはどうでしょう! 余計な時間を使わずに済みましゅよ!」

「無理だ!」


 誓いは簡単に破られた。





「そうですよねー……」

「僕の理性が持たないって」

「持たなくてもよいのですのに……」


 アイリが落ち込む。可哀そうだが仕方ない。

 隣では、メイドさんがニコニコ顔でアイリの健闘を褒め称えていた。メイドさん達はこういう時、わりかし自由だ。観劇のノリだ。

 静かに控え、麗しの主人の手足となる従者の姿から、可愛らしい主人の恋を応援するお姉さんに早変わりする。

 ……実はハルは年齢は知らないのだが、アイリが小さいのでお姉さんに見える。


 ハル達は単純に『メイドさん』、と呼んでいるが、彼女らの仕事は多岐にわたる。おおよそこの屋敷に関わる事全てだ。

 メイドのする仕事は勿論、侍女としてアイリの身の回りの世話、事務仕事の補佐、そして護衛。特に戦闘能力の高さは侍女の基準を大きく超えている。

 そしてアイリの家族、なのだろう。


「ん、失礼しました。本題に移りましょう」

「お願いね」


 そんなメイドおねえさんがアイリを立ち直らせ、ハルとアイリは浴室に来た目的を果たす事にする。


「水を出す魔法は、一般的に広く使われているものです。誰でも使える、という訳にはいきませんが、そこまで難度は高くありません。魔法を専攻した者なら大抵は使えるはずです」

「その魔法があったからこそ、お風呂の文化が発展したんだね」

「……発展、とは言えないかもです。これもきっと、カナリー様が与えてくれた文化ですから。わたくし共は、それをただ使っているに過ぎません」

「発展したさ、きっと。百年以上それを継続させてきたんだ。そこに必ず発展はあるよ」

「ハルさん……、はい、ありがとうございます!」


 この世界、何から何まで神の手の内ではない。カナリー達にも制御できない部分は多い。

 その部分こそ、この世界の人間が自ら選び取り、発展させてきた道だ。そこは誇っても良いだろう。


「それで、その何気なく使ってる水の魔法だけど、僕のあれと同じなんじゃない?」

「比べる事なんて出来ませんよ? わたくし達は水しか出せません。ハルさんのように何でも作り出せるものとは違うものです」

「それでも、魔力を物質へと変換しているのは同じだと思うんだけど」


 この認識の違いは、常識の違いだろうか。

 ハル達の世界の感覚で言えば、ナノマシンであるエーテルその物が、水へと変身するようなものだ。まさしく魔法、現代では実現不可能なもの。

 それとも、この魔法も、神に与えられた物だからだろうか。自分達の力ではないという感想を持つのか。


「とりあえず、使ってみますね!」

「お願いね、アイリ」

「お任せください!」


 アイリが魔法を発動すると、複雑な式が展開されて行き、水が生み出されてゆく。

 難しくはないとアイリは語ったが、これは十分難しい部類に入るだろう。優秀なアイリにとっては、という比較で論じていると感じられた。


 こうして見ると、アイリの言う通り、違うものだということが理解出来る。ハルは<神眼>で魔法の様子を観察する。

 違う、とは言っても、魔力を物質に変えているのは同じだ。空気中の水分を集めて水にしていたりはしない。

 違うのは手順、過程の部分だ。ハルのそれと比べて工程が多い。


 例えるなら、ハルが手から直接電撃を発生させて電気を生み出したとする。

 一方この世界の魔法はお湯を沸かし、蒸気タービンを回す過程を必要とする。そういった違いだ。


「なるほど、アイリの言う意味が理解できた気がする」

「はい! 人の技と神の御技には差があります」

「こっちも凄いけどね。ちゃんと理論立ってる。僕のは自分でも分かってない」

「呼吸をするのに、理論は必要ありませんもの」


 アイリの中では、呼吸するかのごとく世界を作り出すのが神という存在なのだろうか。

 だが残念ながら、この世界の自称神様はAIだ。誰よりも理論立った存在である。


「ここのお風呂全部を溜めるのは大変だね。僕も手伝うよ」

「ありがとうございます! 共同作業、ですね!」

「そういう概念もあるんだね……」

「?? どういう、でしょう? 普通のことでは?」

「あ、うん、勘違いだった、わすれて?」


 『新郎新婦、初めての共同作業』、とか言われたのかと思ってしまった。意識しすぎた自分に、恥ずかしくなる。


 ウェディングケーキも伝わっていないようだし、結婚式の文化は来ていないのかも知れない。

 時期の問題だろうか。前時代では、結婚式を挙げる割合はかなり低くなっていたようだ。フルダイブ技術の隆盛により、電脳結婚式が最近では盛り上がっている。

 文化の基準は前時代の物なのかも知れない。


 一人で勝手にまた顔を赤くする自分を抑えるために、そんな思考で頭を埋める。

 そうして、ごまかすようにハルは作業に没頭する。エーテルを水として構築し、それを<物質化>する。比較してみれば違いは明らかだった。


「早いです!」

「一度“もと”が出来ちゃえば、それを増やすだけだからね。どんどん二倍になる」

「にばにば! っ、……えへへへ」


 噛んだらしい、何を言おうとしたのだろうか。今度はアイリが顔を赤くする。

 そんな二人を見守るメイドさんの視線が、とても暖かくなっていた。





「あっと言う間に終わりましたね!」

「これを毎日やるのは大変だね」

「もちまわりで、やっておりますので」


 メイドさんは何でも無い事のようにそう言うが、労力はかかるだろう。

 魔法に精通したアイリが使うスピードでも、この広い浴槽を一杯にするには中々に時間がかかるようだった。

 アイリよりもMPの低い、すなわち魔法の威力の低いメイドさんでは余計だ。

 彼女たちさえ良ければ、これからはハルも力になろうと思う。


「わたくし、最近魔法の力が上がっているように思います」

「……きっと、僕の影響だね。僕からMP、いや魔力が流れていってるんだと思う」

「まあ」


 つるりとした、白い石の床、一段低くなっている浴槽のふちに腰を下ろしつつアイリは語る。

 なみなみと張られた浴槽の水に手を泳がせ、ちゃぷちゃぷと波立つ水面を感慨深げに眺めていた。


「ハルさんとふたりでやったお仕事だと思うと、ただの水も違って見えるものですね」

「そういうこともあるね」

「ハルさんは、この事を言いたかったのですね」

「それは忘れてね?」


 アイリは立ち上がると、控えめにスカートをたくし上げつつ、靴下を脱いでいく。

 するすると、素足があらわになっていく様子にハルは目が離せなくなり、なまめかしさを感じるその動作に心臓が跳ねる錯覚がする。

 すぐにメイドさんが手伝いに入ったのが幸いだった。


「あまり冷えないように気をつけて」

「気をつけます!」


 アイリは浴槽に足を入れると、楽しそうにちゃぷちゃぷと飛沫しぶきをあげる。この頃は少しずつ暑くなってきた。水が気持ち良い季節だ。日本で言えば六月くらいだろうか。

 その楽しそうな様子と、水に塗れたすらりと美しい彼女の足にまた目を奪われる。


「ハルさんもやりましょう!」

「僕はこれだから」

「むー……」

「……少しだけね」


 押しに弱いハルだった。

 ズボンを無理やりたくし上げるとアイリに並ぶ、ルナの作った細身のものなので、少しキツい。

 水に足を入れるとひやりと冷たいが、心地よさは感じない。プレイヤーの体は温度変化に強かった。

 アイリと同じ物を感じられない事が、少しだけ寂しい。彼女と繋がり、彼女の感じているものを理解したい。


「わたくし、ハルさんと繋がっているのですか?」


 また、タイミングの良い発言にハルはどきりとする。

 以前から気になっていたが、偶然と言うには数が多すぎた。


「……さっきの話だね。うん、多分そう。アイリだけが他のメイドさん達と違って、魔力が増えていってる」

「それはハルさんに頂いているのですね。素敵ですー……」

「単純に喜んでいいのかね」

「いいのです!」


 セレステ戦以降、アイリのMPは微妙に少しずつ増加していた。最近では誤差で片付けられないほどになっている。

 ハルのウィンドウをアイリが出した事も加えて考えると、アイリはハルのステータスと接続されたと考えるのが自然だ。

 どうやらNPCのMPは、周囲の環境に影響を受ける。魔力の濃いこの神域では高く、薄い外に出ると低くなる。平均化のようなものだろうか。

 魔法を使うときは、事前に集中し体内へと取り込んでMPを増やすようだ。『祈り』コマンドである。


 今は、ハルの体が“周囲の環境”として判定され、その分が徐々に彼女に平均化されているのだと思われる。

 これは素敵な事と、素直に喜んでいい事態なのだろうか。


「最近、なんだかハルさんを身近に感じるような気がしていました」

「……僕の考えてる事が、分かる気がしたり?」

「はい! ハルさんもわたくしの考えが分かるのですよね?」

「僕のは推測だから、少し違うかなー」


 ハルの読心は、知識と経験則によるものだ。表情や動作の微妙な変化を、それに照らし合わせて答えを探る。

 アイリの読心は、そうではなく感覚的なものかもしれない。例えば魔力の流れと同様に、ハルの心もアイリに流れて行っているのだとすれば。

 確証は無いが、そんな事を、最近はよく考えてしまう。


「ハルさんは、お嫌ですか?」

「嫌じゃないよ。ちょっと恥ずかしいけどね」

「えへへ、わたくしもです……」

「嫌ではないけど、少し不安かな。何が起こってるか分からないのが」

「素敵な事ですから、大丈夫です!」


 そう単純に済ませて良い話なのだろうか。ハルとしては、理解できないものは気になってしまう。先に出た、幽霊の話のようなものだ。


「<物質化>して、理解できればいいのに」

「それです!」

「どれかな?」

「ハルさんが<物質化>すれば、同じものを感じられます!」

「それは、またずいぶん勇気の要る選択だね」


 どんな結果になるのか分からない。うかつに試せる内容ではないだろう。

 しかしそれも興味深い話だと、ハルはそう考えてしまうのだった。

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