第689話 臨時の搬入路が開通しました
さて、考えなければならない可能性は二つだ。一つは、目の前のいかつい男が謎の組織のメンバー、鉱山経営の組合に入り込んだ潜入工作員である可能性。
ただ、この可能性についてはかなり低いとハルは考えている。
ここまでの道中、そして戦闘中も、ずっと反応を観察していた相手だ。さすがに、敵の一員であるならそのサインを見逃すハルではない。
ならば二つ目の可能性。誰かハルたちとは別のプレイヤーと接触したか、彼自身がプレイヤーである可能性だ。
なお、本当に彼一人の商売人としての野心でこの主張を始めたという可能性については一旦考慮しない。あまりに不自然すぎるからだ。
とりあえず、大きく感情を揺さぶって反応を引き出してみるとしよう。
「……ふむ? ずいぶんと、大きく出たものだ。彼我の実力差が分からぬほど未熟ではあるまい? 交渉事ってのは、契約書に書いてあればそれが額面どおりに遂行されるなんて甘い考えではないだろう?」
「遂行される、べきでしょう……」
「理想論だ。それに契約上、君の主張はまずまず甘い」
確かに、契約書に書いてあるならそれは守られるべきだ。ただ、世界は往々にして理想通りには回らぬもの。
ここが現代であるならばいざ知らず、法整備の整わないファンタジー世界では、結局のところ力がものを言う。
ただし、ゲームシステムにより保証されている場合を除く。
まあ逆に言えば、ハルに反論を許している時点でシステム制限は働いていないとうことだ。
「……それに貴女様は、そんな脅迫まがいのことは出来ないはずだ。我々の命や財産を、おびやかす方ではないでしょう」
「そこが、何か勘違いをしているようだね」
《えっ、違うの?》
《ローズ様、お優しいじゃん》
《そうだな。『味方には』な》
《行動自体は結構えげつないよ(笑)》
《割とぶっ飛んだ作戦は多い》
《巻き込まれる方は大変だぞー》
《アイリス騎士団とか胃痛が凄そう》
《責任者さんご愁傷様》
《大丈夫、命は保証されるよ》
《命は、ね》
その通り、確かにハルは、NPCの命を奪わないという縛りを自分に課してプレイしている。
そこが弱点となるのは確かだが、だからといってそこに付け込めば万事うまく行くほど甘いつもりはなかった。
そして、ハルは自分に敵対する相手には容赦しない。握手には握手を、拳には拳を。
これはこのゲームに限ったことではない、ハルの基本的な行動理念だ。
「確かに僕が君たちの命を奪うことはない。それは約束しよう。ただ逆に言えば、『命以外はどうでもいい』ってことでもあるんだ」
「なっ……」
「例えば、僕がこの地を去った後で君らが全滅しようと、職を失って路頭に迷おうと、僕としてはどうでもいい。保証もしない」
要は、ハルの目の前で人が死にさえしなければ構わないのである。
これも、ゲーム内に限らずハルが徹底して冷徹に振る舞っている部分だ。
ハルの視界は広い。その気になれば世界の全てを見渡せてしまうハルが、見える範囲の全てを守ろうとすれば逆に自分が潰れてしまう。多くの矛盾も生まれてくる。
その前提についての宣言が済むと、ハルは改めて彼に対する『脅し』に入った。
「さて、以上のことを踏まえて、それでも君は僕に歯向かうかい?」
《ひぇっ……》
《やばい、ローズ様本気だ!》
《お姉さまかっこいいーー!》
《あのエネルギー、王城の時以上じゃね?》
《まだ本気出してなかったってこと!?》
《あの戦いでレベルアップしたのかな》
《いや、きっと食事直後だからだ》
ハルは責任者の男に向かって凄味を利かせると同時に、右手を天に突き上げる。
そこに発動された<神聖魔法>は、『魔力掌握』によって過剰にMPを注ぎ込まれて巨大な光球になる。
もはや、光球というよりもいつかの太陽のようだ。神聖なはずの輝きも、ぎらぎらと見る者を威圧して離さない。
「相変わらず、なんという凄まじさだ……」
「おっ、キミもハルちゃんのファンになっちゃたん? 心まで捕まっちゃったかにゃー?」
「ばっ、馬鹿を言うな!」
「うっへっへー。ツンデレさんだ。弄りがいがある!」
マイペースにリメルダを弄っているユキを除き、この場の全ての者がその巨球に釘付けになる。
ワラビは『ほえー』、と口を開いて感心を。アベルは驚きつつも『またか』と若干呆れている。余計なお世話である。
そして、ハルと対立中のNPCの男は、その圧倒的な力に足の震えを隠せずにいた。
そう、視聴者のコメントにもあったように、この<神聖魔法>の出力は王城の屋根から放ったビームの威力を超えている。
リメルダの自爆エネルギーを全て吸い取り、それを流用したが故の強大さだ。
逆に言えば、この出力を用意できたリメルダに感心するところなのだが、反応を見るにこれは胸に埋め込まれていた宝石の補助があってのことなのだろう。
「確かに命は奪わない。奪わないが、君らの職場は奪ってしまうかも知れないね? 明日の朝には、出勤する山が存在していないかも知れないよ?」
「……そ、そんなことが、許され、」
「許されてるんだなあ、これが。それこそ契約によってね」
「……くっ、ぐぅっ」
ハルは捜査の為に、必要とあらばこの鉱山施設を破壊することを許可されている。そしてこれは、『敵組織の設備を手に入れる為に必要な措置』になるのだ。
法に基づく己の権利を主張してしまったが為に、彼はハルのこの暴挙を否定できない。
「という訳だが、どうするね責任者くん。なに、僕も鬼ではない。主張を取り下げてくれるなら、この魔力もしまうとしよう」
「…………っ」
揺れているようだ。ハルの顔と、その頭上の強大な魔法エネルギーを交互に見やり、その内面には葛藤が飛び交っている様子が表出している。
この反応は、責任の所在が自身に無い類のものとみて間違いない。
目の前のハルの脅威と、内面の使命、この場合は誰か裏からの指示であろう、その板挟みになっている。少し可哀そうだ。
そんな、常人ならストレスで吐きそうになるような極限の選択の重圧を、彼は鍛え上げた鋼の肉体と、それに宿る鋼の精神で跳ねのけたようだ。
渋面の強面に、平時の無表情が戻る。
「……お断り、いたします」
「へえ」
これは、なかなかに驚いた。この状況で、面と向かってハルに対して反抗を選べる者は多くないだろう。
「凄いじゃあないか、君。いくら僕が君を殺さないという確信を持っているといえど、その芯を貫き通してそれにベットし続けられる人は多くないよ」
「いやいや。感心して褒めちゃってどーすんのさハルちゃん」
例え理屈の上で正しくとも、それを徹底できるものは多くない。
言うなれば上がると確信した株価が一時的に暴落しても所持し続けられる胆力。それか大事な試合で、敵のHPが隠されている状況においても、有効と信じた攻撃を打ち続けられる精神力といったところか。
……少し変な例えだったかも知れない。つまり凄いということだ。
《まぁ、認めてやってもいいかな!》
《何様だよ(笑)》
《でも、認めちゃっていいのかな》
《確かに、装置が手に入らなくなっちゃう》
《きっと何か考えがおありなんだ》
《お姉さまがタダで諦めるはずはない!》
《もう次の手を考えているはず》
《震えて眠れ》
《もう十分に震えてたから許してあげて(笑)》
「君の勇気に免じて、ここの装置は譲るとしよう。せいぜい有効活用するといい」
「……恐れ、入ります」
「さて、そうなると搬出口が必要だね」
「は、はぁ?」
「ほら、入口の隠し通路は崩れちゃっただろう?」
ハルはそう言うと、おもむろに極大魔法を保持したままの右手をこの隠し部屋の石壁に向ける。
そしてそのまま宣告も無しに、魔法を壁に向けて解き放った。
《や、やったッ!》
《やりやがったー!》
《さ、流石はお姉さま》
《やっぱ怒ってるー!?》
《もうレーザーとかビームとかじゃねぇ……》
《レベルが違う》
《まるで戦艦の主砲》
《お前は戦艦を何だと思ってるんだ》
《宇宙戦艦なら撃ちそう!》
警告もなしに放たれた極太のビーム砲は、一切の抵抗を感じさせず岩壁を貫通すると、そのまま山肌から飛び出し、彼方の空へと突き刺さって行ったのだった。
*
「さて、無事に街まで戻ってきたね。便利な直通路が引けて良かったよ」
「……さ、左様ですね」
「道も広い。ここから装置を運び出すといい」
「……了解、しました」
「おーい、あんま虐めてやるなーハルちゃんー」
《やっぱりローズ様怒ってる!》
《責任者の胃はストレスでマッハ》
《す、素敵な道ですね》
《なめらかな円形トンネル、惚れ惚れします》
《搬出もやりやすいだろうなー……》
ビーム砲が削り取ったトンネルを通って、ハルたちは鉱山を出て街へと戻ってきた。
突如として山から飛び出して来たありえない威力の魔法は当然騒ぎを呼び、出口には住人やプレイヤーが集まっていた。
この穴から不逞の輩が侵入しないように、警備を頑張ってもらうとしよう。
「じゃあ、僕らはこれで。何かあれば、宿まで頼むよ」
「……お、お気をつけて」
ハルはこれから対応に追われるだろう責任者を放置して、仲間を引き連れ街中へと去って行く。
対応の雑さから、不機嫌さは伝わっただろう。朗らかなハルの表情に反して、責任者の顔にはシワが寄りきっていた。
そうして人波を割り開くように、ハルたちは宿へと向かう。
先ほどのビームの衝撃と一同の取り合わせの奇妙さに、近寄って来ようとするものは皆無であった。
無理もない。ワラビに加えて、両手両足を拘束された少女が新たに追加されているのだ。
「……んー、結局、あげちゃって良かったん?」
「良くはないよユキ、当たり前だけど。当然、後で取り返す」
「やっぱり」
「ただ、後でだね本当に。今は、リメルダちゃんの事とか、やることが山積みだから、正直関わっている時間が惜しい」
「ふん……」
ハルの二歩後ろで不機嫌そうな顔をする黒髪の少女、リメルダ。
今は大人しく付いてきているが、ずっとこのまま引き回す訳にはいかない。なにか根本的な対処が必要だ。
「それよりも、奴はどうなんですか主? やはり、草の類なのでしょうか」
「いや、組織の一員という線はなさそうだ。恐らくは、誰かプレイヤーと共謀しているんだろう」
一連の反応から確信した。彼は、ハルとの会話中にもどこからか通信を受けている。
では、プレイヤーとの連絡機能があるのはプレイヤーなのか? それもまた否である。
プレイヤーであれば、つまりは日本人であれば、それに特有の反応をハルが見逃すはずはない。
今まで数え切れぬほど接し、データベース化してきた日本人プレイヤーの無意識のサイン。それは消し切れるもではない。
そして、NPCであってもまた、プレイヤーと通信をする方法はある。
それは当のハルが最も、心当たりのある方法であった。
「さて、僕もテレサと通信しておかないと。狙われてるらしいしね」
敵組織のターゲットになってしまったらしいテレサ。彼女の安全を確保することを、ハルは当面の最優先目標とするのだった。
※誤字修正およびスキル名の調整を行いました。(2023/5/25)




