第688話 現場の利権
ハルの腕の中で、ぱちくりと目を瞬かせながらリメルダは不思議そうにハルの姿を見つめてくる。自分が、何故生きているのかが不思議なようだ。
完全に自爆する覚悟で切り札を切ったのに、いざ発動したと思ったら何故か体調が最高に戻っている。
あまりの不自然さに、ここは死後の世界なのかと錯覚するくらいの状況の落差だろう。
そうしてしばらく彼女はきょろきょろと辺りを見渡し、どうやらここはまだ現世らしいとの理解を得たようだ。
「落ち着いたかな? とりあえず、はだけた服を直すのをオススメするよ」
「!!」
周囲の状況に続いて自分の格好も認識したリメルダは、がばっ、と勢いよくハルから離れ、ばばっ、と勢いよく胸元を直す。
その慌てぶりは冷徹だったかつての姿に似合わず乙女のごとく。ハルも自分の姿が女性であることを改めて確認したくらいだ。
どうやら中身が男であるとバレた訳ではなく、単純にただ恥ずかしかっただけのようだが。
《ちっ、惜しい、あと少し》
《お姉さま、余計なことを!》
《どう頑張っても見えないんよなー》
《むしろ服が開けただけでもレアだよ》
《服の防御力はゲーム中最強だからな》
《シャツの下が見えたNPC初めてじゃね》
《よし、俺も謎の組織を追うぞ!》
《動機が不純すぎる……》
《お前じゃ自爆されて終わりだが良いのか?》
リメルダの胸元に熱い視線を注いでいた視聴者たちは置いておいて、改めてハルは彼女と向き合う。
身繕いを終えた彼女は完全に体から力を抜き、脱力の勢いのままその場に座り込んでしまった。
これで、本当に無抵抗になったと見ていいだろう。
「なかなか肝が冷えた。けど、これで本当にチェックメイトだね。改めて捕まえさせてもらうよ」
「……抵抗はしない。これで正真正銘、私に打つ手はなくなった」
ハルがへたり込んだ彼女に手を伸ばすと、少し逡巡しつつもリメルダはその手を取って立ち上がる。
そうしてその手を引き寄せたままもう片方の腕も重ねると、ハルは小さな両手に手錠をかけて拘束するのだった。
「はい逮捕。ああ、あとついでに足も鎖を掛けさせてもらうよ。歩くのに支障のない幅にするから」
「好きにし……、な、なんだこれは、重いな……!」
「ダマスク神鋼の拘束具。単純に、重さで動きを封じる特注品だ。さっき作った」
「また妙な物ばかり作る……」
爆発する剣に続き、再び変な発明品を見せられて呆れ顔のようだ。
名誉の為にも、『普通の物も普段は作っている』、と抗弁したいハルだったが、どうにかその言葉は飲み込んだ。
己の行いを顧みると、どうにもちょっと、否定できそうにない。
「そういえば、さっきの男の武器は、僕らの奴を参考に、」
「あーっ!! 欲しい欲しい、それ欲しいなー!! ローズちゃん、私にもその手錠つけてつけて!」
「……また誤解が深まるね、これは」
先ほどの彼が使っていた爆発効果を持った大剣について聞こうとしたところ、防御姿勢を解き元気いっぱいに復活したワラビが割り込んで来た。
これはハルの周囲は奇人変人ばかりに、失敬、個性的な面々ばかりにこの新たな同行者には誤解されてしまいそうだ。
「つけてつけて! 逮捕して!」
「……ワラビさん、重りはともかく、腕の可動範囲まで縛ったら意味ないでしょ。戦えなくなっちゃうよ?」
「あっ、そっか! でも、その制限が新たな<修行>になるのかも!」
「ポジティブすぎる……、そもそも何の罪で逮捕されるの……?」
「んっ? んーー? あっ!」
ワラビは何か逮捕される為の罪を探すように辺りを探ると、良い考えを思いついたとばかりに顔を輝かせた。
元気いっぱいの可愛らしい顔だが、発言の内容はお察しである。
「はい! 私ワラビは、だいじな証拠品である器具をぶっ壊しました! その反省として、逮捕されます!」
「別に、全部確保しなくても平気だからいいのに」
先ほどの戦闘において、ワラビはその大胆な戦い方で敵組織のアイテム生成装置をいくつか破壊してしまっている。
確かに、貴重な証拠品ではあるが、<解析>用にそのうち一つを押収できれば上々だ。まだ半数ほど無傷で残っており、成果としては十分である。
「まあ、そんなに欲しいならあげるけどね」
「やたーー!! へっへっへー、お揃いだね、リメルダちゃん」
「……組織の人間より、変人ね貴女」
その評価は果たして良いものなのか悪いものなのか。ともかくワラビは大変うれしそうだ。喜んでくれて何よりである。
両手両足にかかるずっしりとした負荷を噛みしめながら、それでも割と機敏に動き回っている。凄まじい。
さて、リメルダの肉体的、そして精神的な拘束も済んだ。ここから抵抗することはもうあるまい。
だがこれで終わりではない。続いて、ワラビとの話にもあったこの場にある装置の数々を、回収していかなければならないだろう。
*
「さて、ではどれから手をつけるか」
《謎の組織の謎の装置、わくわくするな!》
《新たな生産スキルに繋がるかも》
《生産職としても楽しみ》
《紫水晶作る装置はあるかな?》
《それは無いんじゃない?》
《資金調達用アイテム作ってたんでしょ》
《大した発見はないかも》
《まあまあ、目的は敵組織の情報だから》
「そうだね。そこは、きっと<解析>することでまた何か見えてくるものがあるだろう」
これまた、毎度<解析>に頼りすぎな気もするが、便利なものは仕方ない。
ハルは早速、一番近い装置から調べようと歩み寄ると、それを遮るかのように声が掛かった。その声は、敵であったリメルダのものではない。
「……お待ちいただきたい」
低く重く、それでいてしっかりと通る迫力のある声の出所は、この鉱山の責任者NPC。
アベルにより護衛され、背後に庇われていた彼が、全ての脅威が去ったここで前へと踏み出してきているところだった。
「おいアンタ。主様の邪魔はしてくれんなよ? オレらの国にとって、重要なことなんだ」
「……失礼ながら、わたくし共にとっても重要なことです。ここは我らの管理下にある山の中ですので」
ハルの邪魔をするなと、多少の凄味を利かせたアベルの言葉にも、ひるむことなく責任者は反論する。
確かに、彼らの組合の所有する地での調査とあって、監査の為にこの男は付いて来た。だが、ここまで調査を妨害することはなく、ハルたちの無茶もずっと放置していた。
ここで、初めて自身の権利を主張するのはいかなる意図か。
「今も申した通り、ここは我らの土地。さすれば、その中にある備品の所有権も我らにあります」
「なるほど? 一理ある。つまりは、これらの装置は僕には渡さない、君らに引き渡せということだね」
「……左様です」
さすがにハルに睨まれると(ハルとしては睨んだつもりはないが)緊張を隠し切れないようで、その強面も言葉に詰まる。
さりとて、引き下がる気もまたないようで、押し負けることなく正面から理屈で立ち向かってきた。
「だが、受け入れはしないよ。そもそも、捜査の過程における損害が出ることは君も許容しており、その為の保証も支払ったはずだ。利益が出そうになったら反故にするのは、虫が良すぎるね」
「……業務に差し支える損害が出そうな時は、私から止めていただくよう進言をする権利があるはずです。あらゆる非道を、許したわけではありません」
「非道ときたか」
「…………」
《なんだこいつ!》
《ローズ様、怒ってるー!》
《金の亡者か!》
《そんなに利益出るもんなん?》
《場合によっては》
《もし紫水晶生成機なら、かなり稼げるな》
《経営者としては、逃したくないね》
《ローズ様に立ち向かう男気だけは立派》
《でも生意気》
《やっちゃえお姉さま!》
確かに、無傷で謎の組織の独占技術を入手するチャンスとあらば、なんとしても手に入れたいと思うのは当然だ。上手くすれば、巨万の富を築けるチャンスになる。
とはいえ、急にこんなことを言い出すのは少し妙ではある。しかも散々強大な力を見せつけたハルに逆らって、と大きすぎるリスクを取るほどのことだろうか?
これは、少し探りを入れてみる価値はあるかも知れない。
「ふむ? では、君たちの取り分は装置のうち半分。僕は残りの半分を貰うとしよう。それなら構うまい?」
「……いいえ、“全て”、我々が頂きます。これは、正当な権利ですので」
「ほう。ならばこうしよう。僕の取り分は、そこの壊れてしまったものだけでいい。廃品回収という奴さ。最悪、そこからデータが取れればそれでいいからね」
「…………拒否します。そこにも、未知の素材が含まれているやも。それも、我々の物です」
「ほうほう。いい覚悟だと言いたいが、強欲は身を亡ぼすよ」
どうやら、なにがなんでも装置が欲しいと見える。これは、普通に怪しい。
この男、謎の組織の送り込んだ最後の安全装置ではないか。そうハルが疑いをかけるには十分である。
リメルダの自爆が成らなかった時のため、更に先んじて手を打っていた。あの慎重すぎる組織なら、やりかねないと思ってしまう。
「見るに堪えないな。醜すぎる」
そんな、二人の火花を散らす交渉に割って入る声はリメルダ。
彼女にとっては組織の危機を救う救世主であるはずの責任者に対して、軽蔑の視線を向けながらそう吐き捨てた。
「私たちが排除された途端にそれか、屑が。おおかた、ローズ侯爵がお前を殺せないと踏んでのことだろ」
「何とでも言いなさい、犯罪者め。私には、私の組織の利益を追及する義務がある。お前たちと同じだ」
「誇りは無いようだがな?」
《……この二人、怪しくね?》
《ケンカしてるのに?》
《それも演技よ》
《組織側じゃないって装える》
《示し合わせてケンカしてるってことか!》
《あーもー、訳わからん》
《何が真実なのか》
まあ、一応は、筋が通ってはいる。
普通はこんなところで、こんな無理を言い出しをすれば、強引に叩きのめされて終わりだろう。最悪、口封じされる。
だが、リメルダの組織にすら情けを掛けるハルの姿を見て、どんな無茶を言っても自分の無事は保証されると確信を得た。
そこで、大胆な交渉に出たという線もなくはない。
ここは、あえて泳がせてみるのも有りかも知れない。もし彼が裏で組織と通じているならば、彼を見張れば逃げた連中の消息も追える可能性がある。
ハルはその方向にて、この責任者の彼にカマを掛けることにするのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/26)




