第686話 影に潜む者の実力
「まあ、かく言う僕も叶うことなら裏から世界を操ってのんびりしたくはある」
「互いに自分の持ってないとこが羨ましい、ってことかな?」
事情を知らないワラビだけが、きょとん、と首をかしげる。
その可愛らしい仕草に反して、彼女の体が少し傾いただけで地面が、みしり、と悲鳴を上げるのが何やらシュールだ。
ハルの持っていない部分というよりは、本来ハルはそちら側だ。ゲーム外のハルは、まさに強い力を持ちながらもそれを誰に悟られるでもなく、ひっそりと生活している。
暗躍は、別にしていないが。
今の操作キャラクター、『ローズ』のように皆の上に立ち、巨大な組織を導くのは柄ではないと感じている。あくまでロールプレイだ。
だがこの世界においてはそれが正義、最高率。
目立つことなく巨大な力を手にする、などという都合の良い展開はありえない。リスクなくして、リターンあらず。
「そんな君たちが、何故あそこまでの力を得るに至ったかには興味がある。今回で、見極めさせてもらうよ」
「ほざけ。もう我々の殆んどは脱出に成功した。一度見失ってしまえば、もう捉えられまい」
「どうかな? 君たちも、まさか透明のまま生活できる訳じゃあるまい?」
この地下に作られた広間は、奥へと進むと予想通り地下水の流れがすぐ近くに隣接していた。
それは辿って行くと鉱山の外へと続いており、逃げた面々はそこから脱出したようだ。
ハルもまた使い魔を飛ばしてその道を先回りしており、既に出口で追加の<召喚魔法>でその数を増やして監視網を形成している。
ただの小鳥にしか見えないそれらは自然に溶け込み、彼らに負けず劣らぬ隠密性を発揮していた。
「安心して姿を現し、再集結したところを必ず補足する。僕に見つかった時点で逃げ場はないと思いなよ」
《スパイ鳥こえー》
《国家権力がスパイするのズルじゃない?》
《これが権力ってやつだ》
《表も裏も兼ねる》
《広域監視システム》
《今の時代当たり前だけどな》
《それをファンタジーに持ち込むな》
《時代考えるとチート》
《お姉さまもしかしてわざと逃がした?》
実はその通りだ。この場で全員を捕縛するのはあまりに面倒と判断し、いったん拠点から脱出させる。そして安心した所を追跡し、一人ずつ捕えて行くのがハルの目論見だった。
既にこの場に残っているのは、大剣でユキと互角に打ち合う覆面の男と、リメルダと呼ばれた少女のみ。
この二人はここで捕えておこう、というのが今のところの予定となっている。
「ワラビさん、ユキの加勢に。まあ多分、その男は叩いても壊れないだろう。きっと」
「わかったの!」
「怖い怖い。物騒なことを言わないでくれよ、っと……」
「逃がさーん! お前だけはー!」
仲間が脱出しきったのを見て、自らも退こうとした際の微妙な姿勢のズレをユキが捉える。
容赦のない頭部への槍の突き込みに、男はその場に踏みとどまって大剣で防御せざるを得なくなった。
退路を背にしてはいるが、ユキを相手に背中は見せられない。だがユキの方も、防御に徹する彼を相手に有効打を決められない。
そんなギリギリのバランスで、なんとかユキは男をその場に釘付けにしている。
《ユリちゃんすげー……》
《動きがタツジンのそれ》
《でも殺意高すぎない?》
《全弾、急所狙い》
《当たったら殺しちゃうんじゃ》
《ローズ様、止めた方がよくない?》
《いや、そうしないと逃げられる》
《日和ったら終わりって理解してる》
《凄い幼女だ……》
《実は成人してるだろ(笑)》
《馬鹿! 見た目が幼女なら幼女なんだよ!》
《この世界のルールを破った奴が居るな》
《極刑》
ユキの実年齢はともかく、ユキにあまり余裕がないのは本当だ。
下手にここで甘い攻撃など放とうものなら、以前のメタが取り逃がしてしまった時のように、ダメージ覚悟で強引に抜けられてしまうだろう。
それを防ぐためには、防御せざるを得ない一撃を放ち続け、敵の体幹を逃げの姿勢に整わせない攻撃をし続けるしかない。
ゲームにおける近接戦闘は百戦錬磨、格闘系の対戦ゲームにおいては特に敵なしのユキがここまで決め手に欠けるという事それ自体が、男のステータスの高さを物語っているのだった。
「よし、ワラびん、私が抑えている間に回り込め! 挟み撃ちじゃ!」
「わかったどーん! うしゃー!」
他の構成員が逃げてしまったことで、結果的に自由になったワラビが地面を砕きながら男の背後に回り込む。
彼を挟んでユキとは対象の位置に立ち、両側から包囲を仕掛ける。
その勢いのまま、ワラビは男に殴りかかるが、彼はその背後からの強襲にも冷静に、焦ることなく剣を合わせた。
《うおお!?》
《抜けられた!》
《曲芸すぎるだろ!》
《これは裏目ったか》
ワラビのその岩をも砕く拳の一撃に、相手も振り向きざまの遠心力の乗った大剣で迎撃する。
剣と拳は空中で衝突し、互いの威力で押し合いになる。
ここに来て初めて見せた彼の攻撃行動。やはりその攻撃力は相当なもののようだ。ワラビの怪力にも押し負けていない。
本来あり得ない鍔迫り合いが一瞬続き、押し勝ったのはワラビの方だった。剣と正面から打ち合って傷つかないワラビを褒めるべきか、彼女の拳と打ち合って無事な彼の武器を褒めるべきか。
だが、押し負けてついに体勢を崩したかのように見えたマスクの男は、その崩れた勢いのまま剣を軸にして、くるり、と空中で体を捻るとユキとワラビによる包囲を潜り抜ける。
咄嗟に突き出したユキの槍さえ利用し、その柄を蹴って更に距離を空けてしまう。
「しまったー! やっちゃったのー!!」
「まだだよワラびー! 後ろは壁だ!」
「よし、追い詰めよう……っ!」
彼の飛んだ方向は背後に壁。むしろ好都合とばかりに二人は追撃をかける。
しかし彼は、その開いてしまった距離を利用して自らの得物である大剣を投擲してよこすのだった。
「舐めるなこんなものー!!」
「あっ、ワラびー、まずっ、」
「どんだけのもんじゃー! どすこーいっ!!」
《あっ》
《あっ》
《武器を投げたってことは》
《そうなるよね》
《これはまずい》
大した速度ではないその投擲に、ワラビは無意味とばかりに再び自らの拳で迎撃する。
しかし、彼女のパンチが投げつけられた剣を打ちすえたと同時に、その衝撃によって大剣は大爆発を起こすのだった。
彼はその間に後ろへと飛びつつ防御姿勢をとり、爆風に乗って壁際まで後退してしまう。
《投げた剣は爆発する》
《世間の常識》
《これはやられたね》
《それが常識なのここだけだと思うの》
《もう爆発するのが当たり前になってた》
《ローズ様慣れが足りなかったね》
《どんまいワラビー》
《つまり謎の男はローズ様のファンだった?》
まさか、ハルたち以外にも爆弾と化す武器を作っている者が居るとは思わなかった。
ルナの作った武器のいくつかは流通しているが、彼の大剣はそのデザインではない。これは、別ルートによって生み出された物となる。
「……なるほど。中々便利だ。だが、やはり投擲専用にするべきなのだろうな。兼用にして使うには痛すぎる」
爆風が晴れると、巻き込まれてフードとマスクを吹き飛ばされた男が姿を現す。
風圧にたなびく銀の髪。油断なくこちらを見据える鋭い瞳。そして表舞台に出れば見る者の心をつかんで離さないだろうその美貌。
イケメン美少年ひしめくゲーム世界であれど、尚も平均から抜きんでたその容姿は視聴者たちを魅了していた。
《かっけぇ……》
《イケメンすぎ》
《この顔は無理ですわ》
《いや、キャラクリ出来るだろ》
《やろうと思えばできる》
《でも男前すぎて、中身が負ける(笑)》
《これに見合うロールプレイできない》
《だから平均顔にしちゃうんだよなぁ》
《平均顔で作っても十分イケメンだしね》
大抵どんな顔でも作れるとはいえ、やはり極端な構成というのはセンスと度胸が要る。
美形すぎると中身が追い付かないとして、無意識にセーブする気持ちが働いてしまうのだ。それと、初期設定値から遠い作りは面倒くさい。
そんな、ある種人外の美貌を不機嫌そうに歪め腕で隠しながら、彼は背後の壁に手を突いた。
ハルを足止めしていたリメルダもその鬼気迫る様子に、モンスターを呼び出す手を止めて彼の動向に注目している。
「ここで容赦なく<神聖魔法>を彼に叩き込むってのはどうだろう?」
《鬼すぎる(笑)》
《外道だ!》
《ちょっと空気読めてないかもです!》
《何か話したそうにしてるよローズ様!》
《聞いてあげるべきかなぁ》
《お前らイケメンに甘すぎ》
《まあ、なんかイベントっぽいし?》
《ライバル宣言かも!》
仮面やマスクを剝がされた美形の敵が、『フン、今日の勝負は預けておいてやる』、と言って撤退するイメージだろうか?
確かに、そういったイベントが起こるとその後もその敵は事あるごとに登場することになる気がするのはハルも同意だ。
ただ、暗部組織の人間である彼と因縁が出来るのは少し御免な気がするし、何となくそんな熱血なセリフを吐く相手ではない気がした。
「ローズと言ったな。警告しよう、我々を追うのは止めておくことだ。我々を探らなければ、こちらも貴様を狙わない」
「あ、やっぱり」
「……なにがだ?」
「いや、続けて?」
ユキとワラビに睨まれながらも、彼はこの場から逃げきる気でいる。
果たしてどうやって、と思ったのもつかの間、彼が手を突いた壁が大きく音を立てて崩れ落ちた。恐らく、もしもの為にそこにも爆弾や魔法などの何かを仕込んでいたのだろう。
「貴様の力は理解したが、それでも世界のあらゆる存在を守れはすまい。そして我々は、裏から世界のあらゆる人間をこの手に掛けられる」
「……全世界が人質って訳か」
「いかにも」
確かに、ハルの手の届かぬところで無差別に暗殺などされてはさすがにハルも守りきれはしない。使い魔のネットワークも、無限ではないのだ。
「テレサとかいう、ミントの議員にも伝えておけ。そして追って来たら、まずそいつから殺す」
「あっ、おい」
そう一方的に言い放つと、彼はユキたちが動かないうちに壁の奥へと消えて行った。
その先には流れの早い地下水脈が続いており、ユキが追い付くころには既にそれに乗ってその姿は見えなくなっているのだった。




