第683話 隠し扉に関するあれやこれ
「みー」
子猫を送り出してしばらくすると、ハルたちの“後ろから”その可愛らしい声が掛かった。
てこてこ、とのんきに散らばる岩石で荒れた足場も器用に飛び移り、ハルの足元に頭をこすりつけてくる。
《かわよ》
《すりすりいいなー》
《すりすりされたい》
《すりすりしたい》
《見逃さねーぞ》
《こいつをコメ欄から叩き出せ!》
《でも何で後ろから?》
《抜け道は見つかったようだな》
「そうだね。どこから出てきたの?」
「みー」
ハルが問いかけると、子猫はくるりと向きを変えて、てこてこーっ、と元気に駆けだした。
ワラビが砕き割って作った臨時通路を皆で戻り、一行は本来の坑道に再び顔を出す。
その道を奥まで進むと、ざりざり、と子猫は岩の折り重なった窪みの地面を引っ搔いて、そのまま一声鳴いて消えて行った。
「みー……」
「ご苦労様。あとは好きに遊んでおいで」
どうやら、その岩陰から猫は出てきたようだ。先ほどの空洞の割れ目から道が続き、この場へと通じていたらしい。
しかし、ハルたちが見る限り、そこには子猫一匹すら通り抜けられる穴など見当たらなかった。
その窪みをのぞき込むようにしゃがみ込みつつ、ユキが首をかしげながらハルに尋ねてきた。
「どーなってると思う? ありがちな、見えない入口かな。立体映像というか、当たり判定のないオブジェクトというか」
「そう単純な話ではなさそうなんだよね。既に、そうした隠し通路が無いか簡単に調べてある」
「どやって?」
「カナリアを手当たり次第に体当たりさせて」
「おー、やるやる。壁への体当たりは基本だ」
《その基本、ちょっと古くね?》
《今どきその手の隠し通路ってほぼ無いよ》
《何で古いことを知ってるんですかねぇ》
《い、いや、単なる知識の探求だし……》
《ただのレトロマニアだから!》
《老人じゃねーし!》
《そこまで言ってねーし!》
《相変わらず使い魔ちゃん便利だな》
《ねこさんも活躍して大満足》
一見壁があるように見えるが、実は通り抜けられる、という作りの隠し通路はゲームにおいてよく見られた表現手法だ。
ただ、キャラクターの体を含む物体の描写方法が今のようになってからは、あまり見られなくなった構造だ。
ポリゴンによる描写の時代までは、その部分の衝突判定だけをカットしてしまえば済んだのだが、今は厚みを持った奥側のデータまで弄ってやる必要がある。
ならば、稼働ギミックにしてしまった方が良いという判断だった。
「てい、てい! ん、ダメだね。岩!」
「あ、私もやる! て、」
「まちまちまち。ワラびーがやったらぶっ壊れちゃう」
「がーーんっ!!」
ユキがつま先で岩を蹴って、“透けて”いないか確認しているのをワラビが真似しようとする。
まあ、崩して通っても別にいいのだが、どうせならどういった仕掛けになっているのか見てみたいところだ。
「そもそも、隠れてるだけで物理的な穴はあるんじゃないのかなぁ。猫ちゃんが出てきたってことは、塞がってないってことだし」
「そーとも限らないんだよワラびー。あのにゃんこ、壁とか関係なく通り抜けられるし」
「そうなんだ、すっごいの!」
すっごいのである。神出鬼没である。
召喚獣を使ったスパイ行為の対策に明るいミントの国の中枢にも平気で出入りできる以上、入り込めない場所などなかなか無いと思われる。
ただその為、あの猫が入れたとしても、ハルたちプレイヤーが入れるかというとまた別問題となるのが難しいところだが。
「とりあえず、<解析>してみようか」
《出た、<解析>》
《困ったら<解析>》
《地味だけどチート級だよね》
《そもそも地味じゃない》
《普通にヤバイ》
《使い手もヤバイ》
《つまり二乗にヤバくて無敵》
《派手さはないという意味では地味》
《見た目で分かりやすくはないよな》
攻略上、公開されていない非表示データを表示させるという、あらゆるゲームにおいて高い効果を発揮するだろう<解析>スキル。
未だハル以外に所持者がいないようで、これはユニークスキルなのではないかという疑惑が飛び交っている。
ただ、そのスキル名のシンプルさと、ハルしか所持していないスキルが多すぎるため、疑惑は疑惑のままお蔵入りしているのが現状だ。
ハル自身も、出来れば知りたいところである。
「……んー、これはただの岩だね。特に何の変哲もない」
そんな便利な<解析>を使って、ハルはユキが足でつついていた岩を調査する。
結果は、その辺に転がっている他の岩と同じ。実際の物体であれば細かい成分にあたるだろう、アイテムの<特性>はもちろん異なるが、それでも岩は岩としか言いようがない。
これが隠し扉の鍵となるような、特殊なオブジェクトではないようだった。
「残念。この岩を持ち上げると、隠し通路が開くとか、そーゆー仕掛けかと思ったのに。えい」
「あぁっ! ユリちゃんずるい! 私が砕きたかった!」
「目的変わってんぞお前ら……」
「……元気なお嬢さんがただ」
岩を踏みつけて粉砕するのを『元気』で済ます責任者NPCも中々に豪気だ。
彼もまた、服装だけは事務員だがそれなりに戦えるのだろう。その筋肉が物語っている。現場で鍛えた叩き上げであろうか?
そんな元気な彼女らによって、転がる岩の数はいくつか減ったが、特にその裏に扉が隠されているということもない。ただ、後ろの岩がまた顔を出すだけのようだった。
「どうしますか、主。また、先ほどのように強引に道を作るのも有りだとは思いますが」
「アベルがそれを言うとはね。常識人枠かと思いきや、割と大胆だ」
「いえ、別に彼女らに合わせるつもりはまったくありませんが……」
「なにおう! 私が非常識だとう!」
「ユキ、どうどう! ちなみに非常識だね」
まあ、アベルの言いたいことも分かる。この先に道があることが子猫の調査で確定しているのだ。正式な手段で侵入することに拘る必要はない。
特に今は時間も押している。入口を破壊して突入すべきというのは、自ら騎士を率いて活躍していた彼らしい判断だともいえる。
特殊部隊が、犯罪者の立てこもる住居に突入するイメージが重なるハルだった。
「ただ、それでも正当な入口から入るべきだという僕の直感がある。もしかしたら、入口を破壊したことも伝わるかも知れないしね」
「なるほど」
番犬代わりのモンスターを始末したことが伝わっている、その前提で動いているハルだ。であるならば、扉にもまた同じ効果があると考えるべきだ。
敵が把握している現状が、『番犬が消え、扉も破壊された』、となってしまえば、いよいよ一も二もなく逃げ出してしまうだろう。
「だからこそ、せめて入口は正式な方法で……、と、あったみたいだね……?」
この場にある岩石の数々を、順に<解析>していっても一向に『当たり』はなく、最後に壁に埋め込まれた、いやほぼ壁と一体化して突き出した岩にスキルを掛けるハル。
その岩こそが、隠し通路へと続く『扉』の役割をしているようだった。
「ふむ? この岩全体が、魔法で作られた物質のようだ。触れるうえに存在し続けるけれど、しかし本物の物質ではない」
「ほえー」
まるで、カナリーたちのゲームにおける、プレイヤーの体のようである。ハルとしては、それを思い描かざるをえない。
魔力で編まれた、物質じみたもの。見えて触れられるけれど、しかし物質ではありえない。
その共通点が何を意味するのかという疑問を思考の一つに走らせつつも、ハルはその扉のギミックを解除していった。
*
「よし、開いたね。入るよみんな」
「おー! で、どうやったん?」
「コスモスの国で<解析>を覚えた時と似たようなミニゲームだったよ。中に回路みたいのがあって、正しいルートで魔力を流すみたいだ」
「わからん!」
「僕も『魔法支配』がなければお手上げだった」
《なんて都合の良い(笑)》
《本当にお手上げか?》
《そう言いつつ、なんとかしちゃいそう》
《岩がぽっかり消えちゃった!》
《ありそうでなかった仕掛け》
《鉱山の人も気付かない訳だ》
《触ってもただの岩じゃあなぁ》
このように普段はただの岩のふりをしつつ、この鉱山で働く者たちの目を欺いていたのだろう。
透明化するスキルでここまで潜り込み、入口は逆に物質化させて隠蔽する。かなりの慎重派組織である。
「閉まるよ。お早くね」
「……失礼。あっけにとられておりました」
最後に責任者NPCが扉を潜ったのと同時に、再び岩は物質となり入口を施錠した。
壁に埋め込まれていたこの魔法を発生させる装置にも興味があるハルだが、今は急ぎだ。手早く奥へ向かうとしよう。
真っ暗になった通路に<神聖魔法>で灯りを点けると、その道は下へ下へと向かってどこまでも続いているようだった。
「……これは、恐らく地下水脈へと続く道でしょう。こうした割れ目を下って行くと、稀に、巨大な流れに行き当たることがあります」
「へえ、いよいよ“それっぽく”なってきたね」
「ちょと懐かし。前もあったね、こゆこと」
「足を滑らせれば命に関わることもあります。お気を付けを」
ユキと同様に、ハルもまた以前似たような割れ目に潜ったことを思い出す。
あれはマリンブルーの開催したイベントについて調査するために、地下水脈を通って忍び込んだのだった。
最初は人一人が通れる程度だったその通路も、徐々に横幅を増して広がってゆく。
そこまで来るとハルは再び<召喚魔法>を発動し、偵察に使い魔を飛ばすのだった。
「お、出た、『坑道のカナリア』。ハルちゃんどう? 先はどーなってる?」
「……ちょっと待ってね。うん、当たりだ、生活の形跡、人工物が見える」
「やったね! あ、でも当たり前か、入口が隠してあって、何もない訳ないもんね!」
「ワラびん、しーっ……」
「ごめんねぇ、しーっ……」
二人で口元に指を当てて、『しーっ』、と声を潜めている女の子たちが可愛らしい。
ただ、そこまで隠密性に気を遣う必要はなく、こちら側に見張りなどは特に居ないようだった。
足場の悪さにも特に阻まれることなく、一行は難なくその下り坂を最下層まで降りる。
そこには、先ほどと違って今度は明らかに人工の『扉』が道を閉ざしていた。
「……作りはさっきと似たようなものだ。魔力を流すことをキーとして作動する仕掛けらしい。大した技術力だね」
ハルが<解析>を掛けると、形は違えど同じ構造の扉だと分かる。
ユキとワラビの好奇心旺盛な少女二人が、その扉に耳を張り付けて聞き耳を立てにいっていた。
「おお、話し声が聞こえる!」
「なんだか騒がしいよ! やっぱり、モンスター倒したのがバレたのかも!」
ただ、まだこの拠点を放棄するには至らず、状況を協議しているようだ。
ハルたちはこの機を逃さず突入すべく、準備を整えるのだった。
※スキル名の調整を行いました。(2023/5/25)




