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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部3章 ガザニア編

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第680話 坑道に蠢くもの

 閉鎖された坑道、その立ち入り禁止に封じられている区画にハルたちが差し掛かると、その奥から何者かがうごめく音が聞こえて来た。

 それは人間のたてる足音や衣擦きぬずれ、話し声などではなく、もっと動物的な、多足移動の起こす不規則な音であるとすぐに判断できた。


「責任者さん、この坑道が封鎖された理由って?」

「……いえ、少なくとも“アレ”ではありません。モンスターの出没が理由であれば、凍結ではなく討伐を試みます」

「だろうね。生息範囲を他のエリアまで広げられたら面倒だ」

「岩盤の構造上、崩落ほうらくの危険が大きいという調査結果から、作業エリアの変更を行った次第」

「ふむ?」


 その判断自体は問題ないだろう。安全第一。生産性が上がっても事故を起こしていては次に続かない。

 ここで問題となるのは判断そのものではなく、誰が、その調査を行ったかだ。

 もしその調査結果が偽りとあらば、彼らはまんまと人の目が届かない格好の隠家アジトを手に入れたことになる。


「まあ、放置している間にモンスターが住みついてしまった、という可能性もあるから、穿うがちすぎは危険か」

「定期的に、監査の手は入れているのですが……」


 とはいっても、その担当者がグルであったり、調査の日程が漏れていたりすれば隠しようはある。

 その日だけ、モンスターを隠しておけばいいだけの話だ。


「ねーねー探偵ハル(ローズ)ちゃんー。推理もいいけど、現行犯すればよくね?」

「物証を抑えてしまえば、言い逃れできないの! よーし、燃えて来たぁー!」


 既に槍を取り出して構える好戦的なユキと、絶好のトレーニングチャンスとして、ぶんぶん、と“重りを手に持ったまま”ボクシングのようなパンチをくり出すワラビ。

 二人はもう、強行突入する気で一杯のようだ。血の気の多い捜査員である。


《ついに筋トレ少女の戦いが見れるのか》

《筋トレで済ましていいのか?》

《戦闘時も<修行>は止めないのな(笑)》

《止めたら<修行>にならないからな》

《一度も見たことないよ》

《リミッターを外す日は来るのだろうか》

《まだ誰も彼女の本気を知らない……》


 なかなか興味深い。戦闘時だけは全力を発揮できるよう重りを外すのかと思いきや、加重し制限を課した状態を『自分の実力』として定義しているようだ。

 株式などに例えれば、分配金、配当金を一切受け取らず、その場で追加投資し続けるようなものか。

 目先の利益に惑わされず、あくまで長期的なリターンの最大化を見据えた手堅い選択である。


「あっ……、その、ローズ、ちゃん……? このまま戦っても、大丈夫、かなぁ?」

「どうしたの、急に元気なくなって。もちろん構わないよ」

「いやー、あはは……」


《パーティ組んでた時に、ね?》

《そう。ナメプだって怒られたの》

《どういうこと?》

《<修行>解いて全力でやれって》

《なにそれ酷い!》

《まー、気持ちは分かるけど》

《本気出してないせいで負けたらね》

《もちろんワラビーは適正レベルだったよ》

《むしろ<修行>中でも誰より強かった》

《それ以来、ずっとソロでやってるんよ》


 確かに、他のプレイヤーも命がけ、いやステータスがけだ。ワラビが<修行>で力を制限していたせいでデスペナルティを受けてしまっては、たまったものではない。

 そんなリスクを最小限に抑えるため、彼女に<修行>を止めろと迫ったそうだ。

 その時の言い方は悪かったのかも知れないが、考え方自体はそれも間違いではないだろう。短期で期間を切り取って判定すれば、そちらの方が成果をあげられるのは確実だ。


 そんな事があって以来、彼女はずっと一人ソロでプレイし続けてきたらしい。

 その道程は、まさに『修行』の道行きである。


「問題ない。君の将来への投資と考えれば安いもの。存分に<修行>するといい」

「ぬ、ぬおおおおおぉ……、ローズちゃーん!!」

「……ぬおお?」

「うれし、うれじぐでーー!!」


《感激してるんよ》

《初めて出会えた理解者に感涙してる》

《リアルなら号泣してた》

《涙出ないゲームで良かったな(笑)》

《姉妹ゲーならボロボロ出てた》

《ひとまず落ち着け》

《感動でダンベル振り回すのやめろ(笑)》

《(笑)》

《お姉さまがまた女の子落としてる》

《ローズじゃなくてリリィなんよ》

《リリィはユリちゃんなんよ》


 残念、ハルの中身は男なので百合(女の子同士)ではない。

 ワラビも、初めて努力が認められた感動であって、好意ではないだろう。確かに少しチョロそうではあるが。

 それも、もう少し年齢と経験を重ねれば自分の中に芯が出来るだろう。


「……あー、そんで、どうする(どーすん)だ? 突入ぶっこむか?」

「そだね。私とワラびんがゆく! アベル君は待機だ!」

「まぁ、いーけどよ。オレは主様の護衛だからな」

「悪いねアベル。後で見せ場を作るから」

「不要です、主。騎士は前に出ないもの」


 ……なんだかやりずらいハルである。アベルにかしこまられると、調子が狂う。

 まあ、役に没入するのは良いことだ。別に改めさせる気はない。


 そんなアベルと共に責任者NPCを守りながら、ハルたちはモンスターの巣食う坑道へと突入していった。





「ワラびん! 三匹任せた!」

「よっしゃーー!」


 少女二人の掛け声が閉所に反響するように響きわたる。

 まるで躊躇などという概念は知らぬ元気のかたまりであるユキとワラビは、モンスターの姿が見えるや一切の躊躇ためらいなく坑道の奥へと突進していった。


 長物は閉所では不利、などという常識など意にも介さず、ユキはその小さな体を生かして器用に、そして大胆に槍を振るう。

 クモのような多足で、鉱石のような硬質な外骨格に守られた、まるでエイリアンじみた奇妙なモンスターを次々と切り刻んで行く。


「ぬどりゃーーっ!!」


 そのユキが小柄な体躯たいくですり抜けるように前へ出るのであれば、ワラビは殿しんがり

 ユキが後ろへと流したモンスターを、決して通さずせき止める。


 石や重りを大量に詰め込んだぱんぱんのリュックによって大きく見える背中が、今は非常に頼もしい。

 どっしりと、いや、ずっしりと地に根を張った彼女の防御は、小型モンスターの攻撃程度ではびくともしなかった。


 クモ型モンスターの爪攻撃をしっかりと受け止め敵の勢いを完全に殺すと、その頭の上からダンベルごと全体重を乗せたパンチを叩き込んだ。


「ぶっ潰れーー!!」


《うっわ》

《粉砕された……》

《やばいって……》

《もう拘束じゃなくて武器になってね?》

《修行とはなんだったのか》

《<修行>しつつ攻撃力も上げられる》

《効率がいいな》

《効率が良いことはローズ様も大好きだ》


 実にその通りである。<修行>のため自らに課した重量が、そのまま攻撃力に結びついている。この効率の良さは実に見事で無駄がない。

 ワラビはその全体重を乗せた凶悪なパンチで、一匹たりともモンスターをこちらに流すことなく砕き潰していた。


「やるんじゃん! そんじゃ、もっと流していいかなー?」

「もちろんなの! てかユリちゃん早すぎ、独り占めしないでーー!!」

「あはは、さよか」


 四方を壁に囲まれた戦場でのユキの強さは折り紙付きだ。

 足場は床のみに限らず、壁を蹴り跳ね返るように飛び跳ね、更に敵のひしめく深部へ颯爽さっそうと降り立つ。


 自ら完全に敵に包囲された状況でもなんら余裕の表情を崩すことなく、ユキは美しい所作しょさにて無駄なく、しかも豪快に槍を回転させるように振り回し続けた。


《ふつくしい……》

《やんちゃでもやっぱお嬢様や》

《狭くて振り回せないなら中心に入ればいいじゃない》

《なんだその貴族の余裕は(笑)》

《逆に敵が壁で逃げ場がない》

《一気に数減ったー!》

《ワラビちゃんがお怒りである》

《腹ペコである》


「食べないよ! でももっと欲しい! 敵さんおかわり!!」

「はいよー」


 ユキと比べ、ワラビの攻撃スピードは遅い。一匹一匹丁寧に、しかし確実に叩き潰している。

 だがそんな己の処理速度の遅さに業を煮やしたのか、ワラビも一度に多数のモンスターをほふろうと決意を固めたようだ。


 ユキが先行して前に進んだ分、あぶれた敵はこちらへ、ワラビの方へと向かってくる。彼女は今までのように一匹一匹を処理することなく、あえて複数敵の猛攻を受け止めた。

 モンスターの爪を受け、また脇にがっちりと抱え込み、その敵の身体そのものをくさびとして後の敵も絡めとる。


 まるで、ワラビを起点に団子のように、モンスターがぎっちりとかたまりを作っていくのだった。


「なるほど。これがわらびもちという奴か」

「……すみません、どういうことでしょうか、主?」

「いやいい。そういえばこの場に通じる者は残っていないんだった」


 異世界人のアベルと、このゲームのNPCには、悲しいかなハルの渾身のギャグは通じなかった。

 いや、別に渾身でもなんでもないので別に構わないのだが。少し寂しい。やはりツッコミは必要である。


 そんな巨大ワラビ餅と化したモンスターの塊を、ワラビはまさに渾身の怪力で一気に粉砕しつくそうとしているようだった。

※誤字修正を行いました。(2023/1/14)

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