第679話 坑道の金糸雀
坑道内へと侵入して行くと、内部は思った以上に活発に人の行き来がある。ハルたちは仕事の邪魔にならないように、端の方に寄って進んで行った。
坑道といっても入口部分はまだ非常に広く、豪邸が入るほどの広さを作業スペースとして運び出された鉱石類の処理などに利用していた。
「もう外に運び出す前に、この場で商品に加工しちゃう物もあるんだね」
「ええ。それがウチの強みでもあります。間に業者を挟まないことで、手数料を抑えられますから。とはいえ、数は出せないですけどね」
この鉱山の責任者であるという強面の大男が説明してくれる。
ゲームでありがちな廃坑と違って、この鉱山はまだ“生きて”いる。当然持ち主がおり、関係者以外立ち入り禁止だ。
とはいえゲームであるからか、それともハルに発行された捜査のための許可証書の効力が思いのほか高いのか、ほぼノーチェックで怪しい四人組は入坑を許可されていた。
「あれ、んじゃさハルちゃん? 追ってた商品の出所ってこの加工所じゃないの?」
「いや、違うみたいだユキ。確かにこの出口加工所で作られたアイテムもあるにはあるが、怪しい謎店舗の登録名とは一致しない」
「……にわかには信じがたい話です。この山のことは誰よりも我々が詳しい。そんな隠し工場など、存在するようには思えませんが」
「まあ、この目で見なければ僕らにもそれは分からない。申し訳ないがお邪魔させてもらうよ」
「どうぞ。保証は十分に頂きましたから」
鉱山の男、というよりはやり手の商人といった風体の責任者。紳士的で落ち着いた態度でありながらその貫禄で、荒っぽくなりがちな鉱山の男たちをしっかりと纏め上げている。
服装も、作業着というよりも高級スーツのようなイメージの事務用。土埃で汚れるのも構わず、びっちりと着こなして現場に登場していた。
彼が視界に入っていると、鉱員たちも気が気ではなさそうだ。
「いや、格好については僕らも人のことが言えないか」
「ドレスだもんね」
「……オレは一緒にしないでくださいね。鎧姿は問題ないでしょうよ」
「んー! きらっきらの騎士様は、やっぱ場違いだと思う! 王都とかに居なきゃ!」
「お前だけは、唯一それっぽいな。荷物だけだが」
《鉱石掘りの帰りみたいだな(笑)》
《リュックに成果物いっぱい》
《ただしこれから挑戦である》
《大量の鉱石を持って入る謎の女》
《そして落ち着きがない》
《坑道でジョギングやめろ(笑)》
まるで鉱山に入ってリュックに大量の成果を詰めてきたかのように、ワラビは大量の石を背中の荷に背負っている。
本来、プレイヤーには採掘した鉱石を運搬するための心配など存在しない。アイテム欄に直接放り込めばいいからだ。
だがワラビは普段から、<修行>の為に重すぎる荷を大量に運搬していた。
その重さは、日々パワーアップしているようである。
「せっかくの鉱山だし、背中の重しを追加しよーかなぁ」
「まだ増やす気なのか、それよ……」
「当然だよアベルくん! 日々トレーニング! ただ、どんどん大きさが膨れあがって重量じゃなく体積的に問題になるのが悩みなんだよね~」
「申し訳ありませんが、採掘には採掘許可証が必要となります。本日は、調査のみでお願いします」
「おおっ、ごめんなさい! 取りません!」
丁寧に、それでいて有無を言わせぬ迫力で、責任者NPCはハルたちに釘を刺してくる。
ここは天然の採取ポイントではなく、お金を払って使わせてもらう一歩上の採取ポイントになっているようだった。
「ふむ? せっかくだし、そっちの許可も取っておくか。サンプルが欲しいこともあるだろうしね」
「どするん? 一回、街もどる?」
「いいや? 彼に『課金』する」
「……承りました。本日限定となりますが、無制限の採掘許可をこの場で発行させていただきましょう」
「うお、ずるいーー!!」
「ワラビさんも掘っていいよ」
「やたーー!! ローズちゃん神! ずるくない!」
《ちょろい(笑)》
《ここも課金で解決できるのな(笑)》
《ブレねーなぁ、このゲーム》
《なんでこんな金の亡者なん?》
《仕方ないよ。賞金やばいし》
《広告費だってエグイからな》
《配信で稼げる代わりに、有利になるには課金》
《上手く出来てる》
《収支マイナスのプレイヤー多いんじゃね》
《センスが問われるな》
実際、マネーバランスを見極める力は非常に重要になってくるだろう。
課金が攻略の近道であり、課金すれば、しないプレイヤーと差を付けられる。それは一歩先を行く者として、人気にも繋がるだろう。
だがやりすぎれば人気で得られる額よりも課金額が勝る。バランスが重要だ。
「では、そろそろ参りましょうか。ご案内いたします……」
「あれ、オジサンも来るの?」
「ここの責任者として、調査内容を見届ける必要もありますので。言葉は悪くなりますが、監視が必要とご理解ください」
「まあ当然だね。実際に犯罪者が居た場合は、鉱山としても対応が必要になるし」
そして、ハルたちが逆に何かしでかさないとは限らない。調査の名目で坑道を破壊しないとも、何か良からぬ仕込みをしないとも限らないのだ。
まあ監視の目があろうと、するときはするハルなのだが。
そんな強面が目を光らせ、また案内をしてくれる中、ハルたちは鉱山の奥へと続く道へ入っていった。
一般の作業員が、より一層このパーティに近寄らなくなったのは言うまでもない。
*
「……時に皆様。我々、安全には常日頃から気を配ることを徹底しておりますが、それでも鉱山は危険な場所です」
「そうだね。落石やらなにやら、100%避けれると断言はできないだろう」
「ご理解いただき感謝します。ですので、それを踏まえてご自身の身は、ご自身でしっかり安全を守ることを徹底されますよう」
言外に、『お前ら鉱山をナメた格好で来すぎ』、と言われているのだろう。これも気持ちは分かる。現実なら着替えなければ絶対に入れてくれない。
そこが緩いのはゲームだからだろうか。プレイヤーの中には、自分の美しい顔をヘルメットで隠したくない、せっかく着飾った衣装を野暮ったい服に変更したくないという者は多そうだ。
「まあ、安心してよ、僕は強いから。ただの石の自然落下で傷つくような僕らじゃないしね」
「そらそうだ。あぁ、見せてあげればいいんじゃねハルちゃん? はい、石」
「確かにねユキ」
《また握りつぶした(笑)》
《隙あらば圧縮》
《これで脅すの楽しくなってるでしょ(笑)》
《『次はお前だ』》
《『五秒後のお前の姿だ』》
《責任者さん引いちゃってるじゃん!》
《あんなに表情動かなかったのに》
ユキが手近な石を拾い上げてハルに渡すと、流れるようにハルはそれを圧縮する。
ユキはユキで大きな石を片手で粉砕して、力の強大さをアピールしていた。
巌のように動かなかった責任者NPCの表情が、微妙に引きつっていたのが印象的であった。
実際、これを見た相手の反応を楽しんでしまっているのは否定できないハルとユキだった。
「とまあ、こんな感じで、問題ないと分かってくれたかな」
「……よく、分かりました」
「それに君だって、己の力に自負があるからその格好で来ているんだろう?」
「これは、一本取られましたな」
まるで高級スーツじみた事務用の衣装の彼も、同じ理由でそうしているのだろう。恐らく、豪華なのは見た目だけでなく性能も同じのはずだ。
数々の高級防具を生み出してきたハルたちだ。彼の服の素材もまた、レアアイテムによって織られた高品質生地であるのがよくわかる。
「では、進んで行きましょうか。この先は実際に、落盤等の危険があるエリアです。ご注意を」
「了解した。落盤を“起こさないように”注意しよう」
「ローズちゃん暴れたら、やっぱ落盤起きちゃうの?」
「起きちゃうぜぇワラびー」
「むしろ、山が消滅しそうですね、主様が全力でやったら」
「失礼だなアベル。内部の人間の安全は確保してから崩すさ」
「崩すんじゃーないですか!」
《ナイスツッコミ》
《苦労人じみてきたな》
《いつもはカッコいいのに》
《ある意味気楽なんじゃない》
《ファンの子に囲まれて大変そうだもん》
《は? 贅沢な悩みすぎるんだが?》
確かに、アベルにとってもいい息抜きになっているようだ。普段は王子として、また自分を慕う女の子たちの期待に応えるために気を張っているところはあるだろう。
ある意味ゲーム中にもリアルのしがらみを持ち込んでしまっていると言える。
そうした対象の居なくなった今、真に『ロールプレイング』を楽しめているのかも知れない。
まあ、敬愛すべき主人の中身が実はハルだった、という最強のしがらみは最後まで残るのだが。ご愁傷様である。
「それで、どちらに進むんだい?」
「……そうですね。侯爵どのは、どういった所をご覧になりたいですか? 何を調査したいかによって、道も変わって来そうですが」
「確かに。んー、とりあえず最深部を目指すか。悪事を働くなら目の届きにくいところだし」
「畏まりました。では、現行の最も深いエリアよりは、むしろ計画を一時中断し凍結中の『9-14坑道』が宜しいでしょう」
「なるほど、そうかもね」
ハルたちは、時にエレベータのような装置などにも乗りつつ奥へ奥へと進んで行く。
向かう先のエリアは、事業計画の変更により廃棄、というよりは開発計画を中断した坑道のようだ。
確かに、現行の最深エリアということは、今まさに掘り進んでおり活発に人の手が入っているということ。
隠れ潜むには不向きであり、そもそも前人未到ならば隠れるも何もない。
「とはいえ、そっちの道もチェックだけはしておこう」
「RPGの基本だね。ゴールに行く前に、行き止まりは調べつくしておく」
「……やはり先に、開発エリアへ向かわれますか?」
「いいや、僕らはこのまま閉鎖坑道へ行くよ」
「??」
怪訝な顔をする責任者を前に、ハルはいつもの<召喚魔法>を発動する。
呼び出されたのはいつものカナリア。小鳥の姿の使い魔だ。
それを、ハルは選ばなかった方の分かれ道へと飛ばしていった。
カナリアが更に分かれ道へ差し掛かると、その身を起点として<存在同調>によって次のカナリアが呼び出される。
そうしてパイプに水を流し込むように、ハルの『目』は鉱山にくまなく広がっていくのだった。
「あっ、これってアレじゃねハルちゃん? あれだ」
「……まあ、そうだね。僕もそう思ってたよユキ。『坑道のカナリア』だね」
「そうそれ。んー、誰かさんが気にしないといいけど」
鉱山の作業員が有毒ガス検知に使っていたという話から来た、『坑道のカナリア』、という言葉がある。
危険な場所に、先遣隊として出向いて行くときになどよくそう例えられたりするものだ。
カナリアというとどうしても、我らがカナリーを連想してしまうハルたちであるが、当の本人であるカナリー自身はこの例えについて大して気にしていないと以前語っていた。
なお余談ではあるが、エーテルネットにおいて使われる走査プログラムには『カナリア』と名の付くものが幾つかある。語源は同じで主に犯罪捜査に使われているが、これもカナリーとは関係がない。
「……あれ? 最初から、それで調査すれば良かったんじゃないの、ローズちゃん」
「……気付いてしまったか」
まあ、実際その通りなのは確かだ。ワラビの言うように最初からカナリアを流し込めば、許可も課金も必要なかった。
とはいえ、実際に自分が入って見た方が調査はしやすいのも事実だ。
それに、あまり自由な外出がしにくい身の上、たまには冒険に身を投じたいハルなのだ。
そんなハルたちの珍しい冒険は、ついに凍結された坑道の最深部へと辿り着くのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/1/14)




