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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部3章 ガザニア編

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第678話 名探偵

 鉱山の街アセントのショップにて、ハルたちは工作員の少女についての聞き込みを行っていった。

 それによれば、たびたび店を利用する姿がショップの店員たちに目撃されていたようだ。


「常連と言うほどではないが、一見いちげんさんという訳でもない。普通に、たまに店を利用する範囲」

「ほうほう? つまり、どゆことかなハル(ローズ)ちゃん」

「犯人はこの街に生活拠点がある」

「犯人はこの中に居る!」

「いや、この中にはいないから。言い掛かりつけないの」


 店員たちが聞いていたら冗談ではすまないレベルで驚かせてしまう。まあ、ユキの言いたくなる気持ちも分かるが。


《あなたが犯人です!》

《お前が犯人だ!》

《決まった……》

《言ってみたいよね》

《あれって実際どうなるんだろう》

《『違います』、で終わりだろ?》

《現代で、“推理”なんて意味無いからな》

《証拠がないと言っているのと同じ》


「無意味ではないけどね。証拠がないと無意味なのはその通り」

「そうなんだぁ。ローズちゃん、くわしいの?」

「それなりに」


 むしろ専門家である。

 事件の捜査、今日こんにちにおいては科学捜査ははぼ100%エーテルネットワークを利用して行われる。

 そのため、その最上級管理者であったハルは普通にその領分もつかさどることを前提に役割を設定されている。


「現代では、物理的犯行に及べばまず間違いなく物証が上がる。これは、証拠の隠滅がほぼ不可能なためだ」

「ふんふん!」

「知っての通り、普段から使っているエーテルネットは空気中に散布されたナノマシンの群れ。その特性上、物証の探査能力は分子レベルにまで及ぶ」

「ふんふんふん!」


 ハルの説明に、鼻息荒く感心してワラビは聞き入っている。こうした話には興味があるが、まだあまり詳しくないらしい。

 仕事を始めてある程度すると、自然と常識になってくるので、実年齢はまだまだ若い、といった風に感じる。

 まあ、何時まで経っても興味がなければつちかわれない知識ではあるが、真面目なワラビはやはり若年層だろう。


「ワラびんは真剣に説明聞くときも<修行>は止めないねー。もう染みついてる?」

「ご、ごめんね……? 癖になっちゃってるの!」

「構わないさ」


 ハルの話を食い入るように聞きつつも、手足を振るのは忘れない。

 なので彼女と居ると、常にそのトレーニングの音が効果音代わりに周囲に響いているのだった。


「故に、物理的犯罪において『物証が出ない』ということは、そもそも推理として非常に弱い。出ない訳がないからね」

「なるほど!」

「オレにはついて行けない話ですね」

「探知の魔法が非常に優れてるってことさ。アベルの世界で言えばね」


《さらっと答えたねお姉さま》

《あっちのゲームも知ってるん?》

《そうういえばコラボキャラだった》

《アベルくんってNPCなんだよな》

《他のゲームの、NPCな》

《ややこしい》

《人間にしか見えない……》

《このゲームのキャラはまだAIっぽいのにな》


 カナリーたちのゲームから、『コラボキャラ』として参加しているアベルたち。実際はゲームを装った異世界の住人であり、その挙動は当然人間そのものとなる。

 その凄さ、転じて異常さやありえなさというものも、このゲームを視聴する多量のユーザーを通じて、徐々に認知を広げて行っているようだ。


 他の異世界の人々は、どうしているだろうか?


「……話を戻そう。なので通常、推理だけで物証が上がらないという『推理もの』にありがちな状況は、現代では『推理が間違っている』、ということになるんだね」

「絶対に証拠が出ちゃうってこわー……、悪いことできないねぇ……」

「でもさハル(ローズ)ちゃん? 逆にエーテルネットを使って、細かい所まで完璧に証拠隠滅することも出来るんじゃない?」

「そうだね。なので犯罪調査においては、むしろそちらの方に重きを置かれている」


 捜査能力が上がったからといって、この世から犯罪が無くなることはない。

 調べるための道具ツールが進化したなら、犯罪も同じステージで行えばいいだけ。


 なので、場当たり的、突発的な事件は別として、計画犯罪を行う者たちの目指す舞台ステージは電脳世界の、電脳犯罪が主となる訳だ。


「なので、証拠が出ないことなどより、今はバレないこと、疑われないことが何より重要となる。裏を返せば、現場に居合わせた時点で『探偵』の勝ちだ」

「……この中に犯人が居る? あっ、お前やろー!!」

「あっはは、ユリちゃんかわい~~。面白ーい!」


《完》

《もっと悩め(笑)》

《探偵、見せ場ないな(笑)》

《でも探偵と居合わせた時点で犯人の負けよな》

《そこは昔から同じだね》

《今は、過程を全部すっ飛ばしちゃうってことか》

《証拠隠滅よりも、犯行隠滅しないといけなんだな》

《知能犯しか生き残れないじゃん》

《それは昔から同じ》


「じゃあさじゃあさ、ハル(ローズ)ちゃん? 今って探偵や推理は不要なの?」

「いいや? むしろ、『証拠』ではなく『現場』を見つけるために、推理の力の重要度は上がり続けていると言える。犯人の思考を読み、先回りし、起こっていないはずの事件を見つけ出すんだね」

「すっごーい……」


 そして、今ハルが行っていることもそれに近い。

 さすがにエーテルネットを使った空間解析ほどの万能性は見込めないが、スキル<解析>により得られるデータは非常に多い。

 いちプレイヤー、いちNPCがどうあがいても消すことのできない行動の記録が、今店に並んでいるアイテムの数々にはしっかりと記録されている。


「……このアイテムには全て、作った人売った人、使った素材、そうした消せない履歴が刻まれてる。それらをデータベース化するだけで、もうこの店一つで街の流通の全体像が見えてくる」

「いや、『見えてくる』じゃないんよ。バケモンなんよ相変わらずハル(ローズ)ちゃんは」


《見えて来ません》

《貴女だけです》

《名探偵ローズちゃん!》

《今週もあなたの秘密をまるっとお見通し!》

《『変態ですね、逮捕します』》

《コメ欄全滅やん》

《一緒にしないで……?》

《流通が見えると何が分かるの?》

《店を利用した犯人の行動履歴》


「その通り。買い物をするということは、お金があるということ。お金があるということは、自身も経済の一部であるということ」

「どゆこと?」

「はい! 何かしてお金を稼いだってことです!」

「その通り。正解したワラビさんにはこれをあげよう」

「やたー!!」


 ただの重い石を貰って喜ぶのは彼女くらいだろう。


 このように、譲渡であれば通貨のやりとりは発生しないが、工作員たちは街に溶け込んで生活している。

 それはどこかでお金を稼いでいるということであり、支出があるなら当然収入もあるはずだ。


《買った形跡だけじゃなくて》

《売った記録も残ってるはずってことか!》

《税務署かよ!》

《あなた、こちらの紫水晶を売りましたよね?》

《税金の申告がされてないようですが》

《払ってもらおうか、お前の命でなぁ!》

《ローズ様は命は取らない》

《じゃあどうするの?》

《……ペットにする?》

《ごくり……》


「逮捕するよ? この変態どもめ」

「あ、それじゃアレじゃんハル(ローズ)ちゃん。ならまず公爵のおっちゃんペットにしなきゃ」

「変なこと言わないでユキ(ユリ)……」


 ハルも男なので、美少女の工作員を捕らえて手元に置くことには心()かれるところもあるが、小悪党の老人が対象となると話は別だ。素直にない。それはない。


 まあそんな話は置いておいて、こうした地道な<解析>作業によって膨大なデータを蓄積していけば、いずれは何らかの行動履歴が引っかかる。

 ハルはそう確信し、商品の<解析>を進めていくのだった。





「さて、地味な画面が続いてしまったね。ここからは、いよいよ現場入りだ」

「待ってました!」

「待ってました!」

「体力有り余ってんなぁ。守り切れなくなる(なっ)からあんま離れんなよお前(オメー)ら」

「アベル、その二人、たぶん君より強いよ」

「げっ、オレ、守られる役ですか……」


 当然一番強いのはハルである。ユキは確実に強い。ワラビはまだ未知数だが、かなりの実力者であることは間違いないだろう。

 あるじを守るべき自分が一番弱いという、騎士として、男として、非常に情けなさを感じる逆風がアベル王子を襲っていた。強く生きてほしい。


「……ところで、ここが目的地ですか、主? 確かに坑道の奥は、隠れ場所に最適ですね」

「そだねー、定番だしねぇ」


 アベルは現実に部隊を率いた経験から、ユキはゲームのお約束から、それぞれこの立地に納得する。

 ハルたちが目指すことになったのは、巨大な坑道。鉱山の街というからには勿論、鉱石類を山から採掘している洞窟じみた穴が口を開けている。

 その巨大な入口に、ドレスの女二人と、過剰な重量トレーニングを続ける少女、そして護衛の騎士という奇妙な面々が集っていた。


「服、このままで行くん? 場違い感は良いのかなハル(ローズ)ちゃん」

「もういいかなって。僕らだけだと考えたところだけどねユキ(ユリ)

「ん、ワラびんが加わることで、もう何がなんだか分からんくなった」

「ごめんなの! でも止めない!」


 ドレスで坑道に入るお嬢様たちだけなら『無謀な場違い』だが、そこにワラビが加わることで『意味不明』となり見る者は思考を放棄する。

 内部に踏み込むのを止めようとする者は皆無であり、ワラビには非常に感謝しているハルである。


「とはいえ、そこまで危険は大きくなさそうです。廃坑ならともかく、普通に稼働している」

「うん。アベルの言う通り、入った途端に襲撃を受けるといったことはまずないだろう」


 坑道には今も普通に人の出入りがあり、彼らの雰囲気も落ち着いたものだ。

 生活の為に、仕方なしに命がけの採掘に挑むといった緊迫感はまるでない。もちろん危険はあるのだろうが、それでも日常の業務を怪我なく気を付けてこなそう、といった程度の緊張感。


 しかし、逆に言えばそれは普通に探索していても、『謎の組織のアジト』、といった場所には行き当たらないことも意味している。


「質問! なんでローズちゃんはここを選んだの!」

「うん、それは、この坑道内で『現地生産』されたアイテム類がそこそこ出回っていたのが気になったからだね」

「それが、犯罪組織の資金源の可能性がある、ということですね主」

「アベルの認識で正しい」


 お金を得ないと買い物は出来ない。

 その生産事業が、彼らの通貨調達手段である可能性を『推理』し、ハルたちはこの坑道内へと挑んで行くのだった。

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