第677話 修行
「売って! ねぇその石売ってちょーだいローズちゃーん!!」
「……ずいぶんとアクの強い人が来たね、これまた。何に使うつもり、かはもう大体想像はつくけどさ」
「新しい“重し”にするんだぁー」
「だろうね……」
見れば分かる。体中のいたるところに、まるで装備品であるかのように『見るからに重そうなもの』の数々を取り付けているその少女。
細身で可愛らしい姿との対比が怖ろしくアンバランスで、逆にその可愛らしさが見る者に不安を抱かせる。
まあ、美形なのが基本なのはプレイヤーの『普通』であるので、そこに突っ込んでも詮無いことなのではあるが。
彼女の勢いや異様さは、ハルたちだけではなくNPCにも影響を与えているようで、プレイヤーの奇行には多少は寛容な傾向のある彼らも若干引いている。
ある意味で、豪華なドレス姿のハルたちよりも目立っていた。
「ふむ? この状況は、利用できるか……」
《あ、弾避けにする気だ》
《この子が居れば、誰も近寄って来ないと(笑)》
《そりゃ近寄って来ないかも知れないけど(笑)》
《デメリット大きいぞこの子は(笑)》
《知ってるん?》
《有名人だよ》
《トレーニングマニア》
《さっき言った会議中に筋トレする人》
《常にうるさい》
《まず見た目がうるさい》
《文字通り音もうるさい》
「あはは、散々な評価だねーキミ」
「仕方がないよー。強くなるためには、日々のトレーニングを止めるわけにはいかないもん。あ、私はワラビ。ローズちゃん、ユリちゃん、アベルさんもよろしく~」
「おう」
「あいー、よろしく~」
「よろしくね。僕はハルだ。知ってるみたいだけどね」
「知ってる知ってる! 配信見ていそいでこの街来たんだもん、全力ダッシュで! いやー、近くに居てよかったー」
聞くところによると、どうやら二つほど離れた街でトレーニングをしていたようだ。まあ、何処にいようとトレーニングはしているのだろうけど。
ここは分類するならハルの領地クリスタと同じく『後半の街』であり、道中に出現するモンスターも強い。
徒歩での到達は現状のトッププレイヤーでも数十分は要するとのことで、単独で、しかも走って到達したということから彼女のレベルの高さが知れるだろう。
「強さの秘訣は、そのたゆまぬトレーニングかな?」
「うん。そーなの。とのとーりなの。私、他の有名な人たちみたいにユニークスキルが出るような才能も、戦闘センスもなくて。かといって生産や商売で稼げる知識もなくて」
「だから、地道な努力で強くなったんだねぇ。うんうん。好感持てるよー」
賞金が出るゲーム攻略である以上、全てのプレイヤーはライバルだ。
当然、時にはお互い協力して苦難を乗り切る場面も多いのだが、しかし最終的には勝者は一人。最大報酬を貰えるのは『パーティ』や『グループ』ではない。
いずれは、お互いがお互いを出し抜くために行動することが確定しているといえる。
そんな前提があるため、誰もが己のレベル上げやスキルアップをサボらない。
ステータスの高さは人気度に比例するため、レベルが全てとはならないゲームだが、基本的に高ければ高いだけ有利な大前提は動かない。レベル制ゲームの鉄則だ。
「人と同じことやってても、才能ない私じゃどーしようもないからさ。だから、やれることはプレイ時間を伸ばすか、手数を増やすかだけなの!」
「その考え方は非常に正しい。そう思い、行動できるということが、一つの才能だよ」
「んにゃっは!? 褒められるようなことじゃないと言いますかあー……、これ完全にローズちゃんの受け売りの考えかただから……」
「それでもだよ。『自分には無理』と思ってしまいがちな障壁を乗り越えて、行動し続けられるというのはやはり評価すべきだ」
「うおおおおお……、は、恥ずかしさでどうにかなるぅ……」
《落ちたな》
《でもなんだろう、この残念さは》
《恥じらう乙女なのに》
《絶妙に可愛くない(笑)》
《たぶんこのうるささだと思うの》
《ガチャガチャいわすな(笑)》
ハルに褒められて照れるワラビはセミロングのさらさらした美しい髪を、ぶるぶる、と振り乱しながら照れ隠しする。
その最中にも両手両足の上げ下ろしは決して止めず、ダンベル器具と足の重量負荷のリングが盛大に金属音をかき鳴らしていた。
確かに、絶妙に残念な美少女である。
とはいえ、その徹底した努力の継続は非常に好感の持てることであるのは間違いない。
スキルの実行枠は誰もが同じ(まあ、ハルだけは<二重魔法>で他人より多いのだが)なので、他人と同じことをしていても差はつけにくい。
とはいえ、誰もがハルやミナミなどのように資本力があり課金で差を付けられる訳ではない。
かといってソフィーのように、ほぼ睡眠時間も抜きでぶっ続けの連続プレイをしていては体調を壊して本末転倒となってしまう。
あれはソフィーの特性に加え、ハルが用意した医療用ポッドの機能あってのことだ。
では、他人との大きな差を持たぬ『一般プレイヤー』はどうするか。大きく二つの道がある。
一つの道は『魔王ケイオス』のように、極端なプレイスタイルによって人気を得る方法。これは失敗の大きなリスクを伴う。
そしてもう一つが、自身でも行えるあらゆる強化手法を、地道に、堅実に、そして病的に、熱量をもってひたすら継続することである。
「とはいえやっぱり気になるのは、それ、効果あるの?」
「あるんだな、これが!」
ここで重要なのが、努力なら何でもいいという訳ではない。
無意味な努力など無いが、結果に結びつかない努力は確実に存在する。特に、このゲームは競技であり、期間が定まっている以上そこは重視せねばならない。
結果が伴っていなければ、言っては悪いがワラビはただの『痛い人』である。
「その話を聞いていきたいところではあるが……」
「そだね。まずはどっか落ちつこっかハルちゃん。死ぬほど目立ってるし」
「で、では、予定通り、うちの店へ移動しましょう。従業員スペースをお貸しできますよ」
「お願いしようかな」
通行人に絡まれる心配はなくなったが、今も遠巻きに視線を送られている。居心地の良いものではない。
ユキの言う通りひとまず落ち着いて話をすべく、ハルたちは店員NPCの案内で彼の店へと向かうのだった。
*
案内された店は、それなりの大きな店舗だった。とはいえ一等地に建つ大規模店舗という訳でもなく、全国規模の系列店という訳でもない。
いくつかの街に支店を持てる規模の、中小企業レベルというところだろうか?
最大手と比較してしまえばそれは霞むが、全体目線で見るとかなりの上位企業であろう。
「今、店長を探しているところです。少々お待たせしてしまうかも知れませんが……」
「構わない。僕らも話をして待ってるよ」
ハルたち一行を裏の従業員スペースへと案内すると、店員の彼は責任者を探しに去っていった。
丁度いいので、ここはワラビの話を詳しく聞いていくとしよう。ハルは、今ももちろんトレーニングを続ける彼女へとその効果について尋ねるのだった。
「さて、さっきの話を聞かせてくれないかな。当然、タダで情報を聞き出そうとは思わない。教えてくれたら、ダマスク神鋼でトレーニング器具を作ってあげるよ」
「!! 話す話す! なんでも話すよローズちゃーん!! 聞いて聞いて、すぐ聞いて!」
「じゃあスリーサイズ、」
「ユキ、おだまり」
ハルがアイテム欄から圧縮を重ねた『ダマスク神鋼』を取り出すと、分かりやすくワラビがそれに反応する。
試しに持たせてみると、そのずっしりとした重みをかなり気に入ったようだ。確かめるように腕を上下に振り回している。
「おー、すごいすごい。ワラびー流石だね。その石、普通の人じゃ多分持ち上げられもしないよ?」
「うーん、そういうユリちゃんも流石だよね。私が力負けするなんて」
「これでもハルちゃん一味だからね。一般の方に負けてたら不甲斐ない」
「一味言うな」
その手のひらサイズの小さな見た目に似合わず、異常な重量を誇るまでに圧縮された鉄の塊。
それを、『丁度いい重さ』、と気に入る程に、彼女のトレーニングは極まっているようだ。
「まず、その単純なトレーニングで効果は出るの?」
ワラビが行っているのは、負荷を掛けた腕の上げ下ろしと足踏みの繰り返し。言うなれば、その場ジョギングを行っているような見た目になる。
ちょっとした健康管理には良さそうだが、実践的なトレーニングとして効果が出るのか。そこが、ハルは少し気になっていた。
「うん! えとねー、これは体のトレーニングというよりは、『負荷をかけること』、それが一番重要なんだよ」
「ふんふん。私も敵が居ない時に『型』の練習で経験値の足しにしたりするけど、そうじゃないてことか」
「それは技術的な経験値稼ぎかな。素振りとかなんかでもスキルは育つけど、それするのって結構才能が物を言っちゃうの」
「素振り、かぁー……」
「ユキ、素振りの話はやめよう」
素振りと聞いて、ハルとユキの脳裏に浮かぶのはやはり『素振りオンライン』のことである。
今は、関係ない。あんな虚無の体験など。語り過ぎれば身バレにも繋がる。
「最初は、私もこんな単純なことでスキル生えるか不安だったんだけど、ローズちゃんが<読書>見つけた時に『これだ!』って思ったんだよねぇ」
部屋の飾りでしかない書籍オブジェクトを読もうとし続けることで、<読書>スキルが発生することがハルの放送を元にして体系化された。
それは何も<読書>に限らず、他にも単純な行動の繰り返しによって無からスキルが生まれるのがこのゲーム。
ワラビは、その仕組みの中で自分にも実行可能なレベルアップ方法を探し出したのだ。
「常に、ひたすら本を読み続けるって方法も考えたんだけど、それはみんな考えることだし……」
「そうだね。それに、案外<読書>で読める本というのは少ない。それに、未読の本を収集するのにはコストが掛かる。お金はもちろん、時間もね」
「そうなの! そうなの!」
ハルが<読書>を追加経験値を得る為のプランに取り入れていない理由もここにある。得られる経験値に対して、収集するコストが割に合わない。
本は一度読んでしまえば、内容は全て詳らかになる。そうして内容表示の終わった本をもう一度<読書>しても、ほぼ誤差程度の経験値しか入って来ない。
だからといって新たな本を捜し歩くくらいなら、冒険に出てモンスターを探した方が割が良い。
「その点この<修行>なら、重さを上げてけば何回やっても問題なし!」
「それ、修行だったのか……」
重い荷物を背負い移動する、重い物を持ち腕を振る、重りを付けた足を上げる。そうして肉体負荷をかけると、スキルが育ちそれが経験値となりレベルも上がる。
それが、ワラビの選んだ自分でも出来る追加経験値の得かた、<修行>であった。
「でも最近は、私の<修行>に見合った重りが無くなってきちゃったんだー」
「……相当だなおい。本当なら、筋肉ムッキムキだろ」
「だよねアベルくん! ゲームでよかったぁ!」
その<修行>に使うため、ハルの作り出した『ダマスク神鋼』を利用したい。それが、ワラビがハルと接触した目的だ。
妙な縁もあったものである。




