第676話 採掘好景気にようこそ
「ハルちゃんそれって続けてればブラックホールになるん?」
「いや無理だろユキ、どう考えても。このサイズでブラックホール化させようと思ったら地球と同じ重さにでもしないとね」
「じゃあまず地球持ち上げられんとね。力持ちだ。なんだけ、そんな神様いたね」
「アトラスとかかな? 大地を支える巨人」
「そうそれ」
鉱山の街までもう少しかかる。無作法にお許しがでたこともあって、ハルは『圧縮錬金』(結局そう呼ぶこととなった)の更なる展開について試行していた。
「……凄いですね、これだけ重い金属、もうそれだけでいくらでも需要がありますよ」
「でも加工できんくない?」
「確かにその通りです。しかしユリ様、重さを必要とする部品の中に埋め込むなど、使い道は必ずあります」
今ハルがやっているのは、鉄を圧縮した『ダマスク神鋼』を更に二つ三つと重ねて圧縮錬金する試みだ。
アイテムの種類自体は変わらなかったが、個別に付与されるアイテム品質が変化する。『超硬質』、『極めて重い』、といったような感じだ。
《砲弾とかな》
《重いと飛ばしにくいんじゃない?》
《そりゃそうだけど、威力が出る》
《弾丸の重さがほぼ威力みたいなもん》
《ゲームで関係あるかね》
《わざわざ重さ設定してるならありそう》
《ただ武器や防具には難しそうだな》
実際、今ハルがこうして持っているだけで、ずっしりと“重み”を感じる。
そうした物理的影響度、『物理演算』などと言われる処理もしっかり働いており、視聴者たちが言ったような効果もきちんと発揮されるだろう。
「良ければ、うちの店でその素材を取り扱わせて頂けませんか?」
「お、ちゃっかりしてるねぇキミ。店員さんとは言うけど、ただのバイトじゃないなぁ?」
「す、すみません、もしやご不快だったでしょうか……」
「いや、チャンスを掴もうとするのは商売人として当然だからね。ただ、僕としても現状独占の希少素材を軽々と売り渡しはしない。今回の捜査、期待しているよ?」
「りょ、了解です!」
まあ実際は、公的な捜査は捜査、店としての商売は商売でキッチリ分けるべきなのだろうが、とはいえ完全にそうはいかないのが人情。
どうしても、ただ面倒なだけの捜査協力よりも明確な報酬があった方がやる気は出るというものだ。
ハルとしても、独占とはいえ簡単に作れるアイテムだ。そう惜しむものでもない。
どうせこの先、在庫が大量にダブつく物である。
「しかしあの港町ギルドの秘書さん、よーキミが知ってるって分かったね。そのほが驚きだ」
「そうですねユリ様、私も驚きですよ。なぜ私が知っていることを知っていたのか……、むしろ私が港へ来ていることをなぜ知っていたのか……」
「街の入出記録を逐次把握しているとしても不思議なじゃいね。まあ、迅速なイベント展開のためのご都合と言えばそこまでだけど」
《何故ですか? ゲームだからです》
《RPGでよくあるよな》
《なぜか毎回すぐ近くに居る重要人物》
《探偵もので何故か毎回事件が起こるようなもん》
《そこに突っ込んだら物語が進行しない》
《でもあの秘書は有能そうだよ》
《有能すぎて怪しくね》
「うん。確かに、最初から全て知っていたからこそ店員さんをピックアップできた、という視点は持っておくべきだろうね」
要は、秘書NPCはギルドに潜入している謎の組織のメンバーであるという可能性だ。
車内に同行中の彼をすぐに見つけて来れたのは、そもそも最初から知っていたので当たり前。まあ、『何故それをわざわざハルに教えるのか?』、という新たな疑問は生まれてしまうが。
「……考えすぎても仕方ないことだ。罠の可能性も警戒しておけばいいだけのこと。実際、アルベルトのように無駄に仕事の出来る秘書もいることだしね」
「《お呼びになりましたか? 我が働きを評価いただけているようで、光栄ですね》」
「呼んでない。そういうところが無駄だというんだアルベルト。もう少し控えめなくらいでいい……」
《呼べばすぐ来る(笑)》
《常に主人の動向をチェックしているな》
《執事の鑑》
《若干ストーカーぎみ》
《……若干?》
《護衛じゃなかったらキモイぞ》
《でも、俺らも常にチェックしてね?》
《つまり、俺らは実質ローズ様の護衛!?》
《いや、ただのキモいストーカー》
気の利きすぎる有能SPであるアルベルトは、現在その有能さゆえに別行動中だ。
新技術の収集と、今後の領主としての販路拡大の営業に港を起点に奔走してくれている。
きっと、合流する頃にはその無駄な有能さでもって、多数の契約を取っていることだろう。
「あ、わかった! その大きさじゃブラックホールにならないなら、更に小さく圧縮すればいいんだ!」
「……まだ言ってるのかユキ。そうなると今度は、手のシワ以下の小ささになって握れないよ?」
「残念!」
そもそもブラックホールなど生み出したら、最初に飲み込まれるのが生成者のハルである。ご勘弁いただきたいところである。
そんな他愛もない雑談も交えながら、馬車は店員NPCの出身地である鉱山の街へと向かって行った。
*
辿り着いた『鉱山都市アセント』は、よくある鉱山街のイメージとはかけ離れた活気に満ちていた。
人々は巷に溢れ、皆せわしなく道を行きかう。その人と物が織りなす商いの活発さと、その活気をあてこんだ彼らをターゲットにした商売。
日用品、仕事道具、食事に寝床、そして酒。それらを提供する店の数々は、ここが首都かと言わんばかりの賑わいを見せているのだった。
「おー、すごいすごい。鉱山ったらてっきり、もっと疲れた雰囲気を想像したたんだ私」
「確かに、そうした鉱山の街も国内にはありますよ。どうしても有限の物ですからね」
《俺もそんなイメージだった》
《なんでだろ?》
《ゲームに出てくる鉱山がだいたいそうだから》
《言われてみればそうかも》
《ステレオタイプってやつだな》
《住人は疲れてて》
《全体的に色あせてて》
《坑道にはモンスターが》
確かに、ユキや視聴者の言うように鉱山都市といったらそんなイメージがあるというのはハルも同意だ。
幾つか理由は考えられるが、大きく分けて二種類の予想ができる。
ひとつはゲームの舞台としての妥当さ。特に坑道が肝となる。
アリの巣のごとく複雑に入り組んだ坑道は、まさにモンスターの巣となったダンジョンにうってつけ。そんなダンジョンとして説得力を持たせるには、人の出入りのなくなった廃坑の方が都合が良いためだ。
もうひとつが、いわゆる『ゴールドラッシュ』の後の栄枯盛衰を味わった街、という舞台がイベント展開におけるドラマを生みやすいためだ。
言い換えれば『テンプレ』になっていると言っていい。
「活気があって結構だね。ただ、僕らは少し場違いかな」
「ドレスだと浮きまくっちゃうねハルちゃん。というか、このまま馬車じゃ入れないまである」
人でごった返す道々はどう見ても馬車が通る隙間などなく、ましては馬車を牽引する強力なモンスターなど論外だ。
既に遠目からもその姿を認めた人々により騒ぎになっており、このまま突っ込めば剣を向けられてもおかしくない。
ハルは仕方なく外へと出ると、エメから操作を譲り受けた中型のドラゴン、召喚獣を帰還させ消し去った。
「馬車どーするん? アベルくんに引かせる?」
「いや、おいおい……、引ける訳あないだろ。いや、今なら引けるのか?」
「真面目に悩むなアベル。どこに筆頭騎士に人力車させる主人が居る」
《居るかもしれない》
《むしろお嬢様っぽい》
《オホオって高笑いしそう》
《これぞ真の贅沢って感じ》
《そして中盤にその騎士に反逆される》
《あー、ありそう!》
《でも騎士は本当はお嬢様が好きで……》
《えっ? ドMか?》
《ロマンスだよ! 主従逆転型なの!》
《しらんわ》
《というかアベルくん居たんだ(笑)》
まあ、確かにそうした横暴な貴族というのも映えるのは確かだが、今のハルのスタイルではない。
部下想いの領主であるハルは、実は同行していた御者兼、護衛のアベルに馬車馬の代わりをさせることはせず、大きすぎる馬車を<建築>により解体した。
「便利だな……、あ、いえ、流石は主」
「毎回取り繕わなくていいんだが。まあいい。実際便利だよ、生産スキルに力を入れていてよかったと思う」
「スキル解体できなかったら、馬車も素手でぶっ壊すとこだったねー」
「『ぶっ壊す』なんて言うんじゃあない。ルナが居たら指導が入るよ?」
「解体されるのは勘弁。きーつけよー」
久々にハルと二人になって、お嬢様成分が抜けがちなユキだった。そんなやんちゃな一面が、今の小さな見た目も相まって視聴者には人気ではある。
とはいえ、ハルとユキは見た目は完全に超高級ドレスを翻して歩くお嬢様。この労働者ひしめく鉱山の街には絶望的に合っていない。
このまま真っすぐ進むべきか否か、ハルが考えているところに、人混みを掻きわけて、いや若干跳ね飛ばして、もの凄い勢いで駆けてくるプレイヤーの姿が見えた。
「見つけた見つけた見つけたー!! ローズちゃんみっけーっ! とう!!」
その姿、一言でいえば『異様』。いや、別に容姿が奇妙なわけではない、むしろ良い。
ただ、そのプレイヤー特有の細く整った美しい女性の体に、不釣り合いな装飾品がいやに目立つ。
……装飾品、なのだろうか? 足首には拘束具かと見まがうように巨大な鉄のリングが何個もはめられており、背には巨大なリュックに大量の荷を背負っている。
百歩譲って荷は良いとしよう、鉱山街だ。荷物があるのも納得だ。
だがどうしても目が行くのは、背でも足でもなく彼女の両手。そこには、もはや武器のような巨大なダンベルが握られており、それを常に上下に揺らしてトレーニングを続けている謎の少女なのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/1/15)




