第675話 車内で暇をつぶすには
「元々私はこれから向かう鉱山の街アセントの出身でして、港へは出向で来ていたんです」
「出向して出航だ!」
「あ、あはは、そうですね。私は船には乗らないのですが」
「ユキ、僕と話すときのノリで困らせるなって」
「めんご。ハルちゃんこそ、馬車の中で暇だからって握力トレーニングやめない?」
「めんご」
ついついやってしまう、『鉄鉱石』を握りつぶして『ダマスク神鋼』に変換する作業。
素材以外のコスト消費無しで行える生産作業とあって、今のような“馬車の中に居る”時などはその時間を利用してついやりたくなる。
そう、今はガザニアの港町を出て、工作員の少女に見覚えがあるという店員NPCの出身地である、鉱山の街へとユキをお供に馬車にて向かっているところだった。
《どんな街なの?》
《ガザニアの配信はあんま見てない》
《レア鉱石採れる後半の鉱山だね》
《まだプレイヤーはあんまり到達してない》
《戦闘能力を鍛えてる人少ないしね》
《護衛を雇うにもお金がかかる》
《自然と高レベルになるのは変わらないけど》
《ガザニアの高レベルは、生産の成功者だから》
アイリスは正統派のRPGプレイヤーが多いというか、どちらかといえば戦闘を嗜む者が多い。
モンスターと戦いレベルを上げて、その冒険で得た素材を使ってアイテムを生産する。
もちろん専門の生産職も存在するが、そうした自給自足を絡めたバランスの良いパーティが基本となっていた。
一方ここガザニア所属のプレイヤーでは、職人の国という性質上、完全専門職の生産プレイヤーが多数を占めている。
そんな彼らが高レベルのモンスターが跋扈する地域へ行きたい時には、お金を出して優秀な護衛を雇うことになる。
いわば、資金の保有量こそが彼らの強さ。そして商業的に成功しているということは、生産職として高レベルであるという証であった。
「なるほど。つまり今の僕のような存在ということだ」
「いや、いやいや。ハルちゃん、徒歩でも余裕じゃん。それにこの馬車、自分で作ったし」
「ここまでくると、もはや別格の存在です。戦力も含め全てを己の技術で作り出すマイスターなど、国内でも何人居るか……」
「まあ、『馬』はエメの力によるものだけどね」
この馬車の箱部分は確かにハルが<建築>した物だが、それを牽く『馬』はエメの<召喚魔法>で呼び出したモンスターだ。
操作権限がハルへと譲渡されており、移動くらいの簡単な指示であればエメ本人が居なくとも行える。
エメをはじめとするユキ以外の仲間たちは今、港町で知り合った<職人ギルド>のNPCから技術提供を受けるべく現地に残って交渉役を務めてくれている。
「あ、あははは……、もう馬車というより、『竜車』ですよね。アイリスの貴族様は皆こうなのでしょうか……?」
「安心しろい店員くん。こんなんハルちゃんだけだよ。この人はこうやって、アイリスの連中もビビり散らかせてきた」
「そうなんですね。安心したような、不安なような」
「まあ、安心して欲しい。周囲に損害を与えるようなことはしないから」
《そこは安心》
《犠牲ゼロに定評のあるローズ様》
《城壁は壊したがな》
《必要な犠牲でした……》
《あれ結局どーなったん?》
《王様が直すって》
《こども王の方ね》
《その資金は全てお姉さまから提供》
《それによってライン君の存在感増したらしい》
《よかったね》
《傀儡政権の誕生である》
《おねショタ政権》
「やめないか君たち。僕は別に、彼を通じて政治介入する気はないよ」
とはいえ、これを機にアイリスの淀んだ政治体系の是正をしていこうとは思っている。今回の国外遠征もその第一歩としての計画進行だ。
ハルがこれからも<貴族>として活動するにあたっての障害が多すぎるし、何より見ていられない。
まるで配列最適化のされていないデータベースを見ているような気分が、どうにも気持ち悪いハルだった。
さて、そんな目的のためにも次の街へと急ぐハルだが、馬車内の移動中はさすがに待つしかすることがない。
そんな中で行うのはもちろん生産作業となるのだが、ついやってしまう握力生産は隣のユキからダメ出しをいただいてしまうのだった。
「あ、まーたやろうとしてるー! ダメだぜハルちゃん? お嬢様がそんなことやっちゃ。追加で何かしたいんなら<読書>にしなさい! それでも経験値入るっしょ」
「そうだけど、<読書>していると雰囲気が話しかけにくいだろユキ? なら、圧縮の方が……」
「だーめ。どうよハルちゃん、もしルナちゃがお茶会の最中にクルミを片手で握り潰し始めたら?」
「んー、『機嫌悪いのかな』、って思う」
「だしょ?」
「はは、私は気にしませんけどね。むしろ、興味深いです、それ」
店員の青年は、ハルの手の中で鉄鉱石がレアアイテムに生まれ変わる様子を本当に興味深げに眺めていた。
このあたり、ガザニアの国民だな、と感じさせる。
やはり商品である鉱石や、生業である生産スキルへの興味は大きいのであろう。
「むー、多数決で負けかー……、しゃーないなー……」
「この際、ユキもやろう」
「んにゃ、出来ないんだよね、私それ。ステが足りないんかなぁ」
「わっ!」
「おっと、ごめんね店員くん」
ユキが鉄鉱石を握りつぶすと、それは圧縮されて『ダマスク神鋼』になることなく、単純に砕け散って周囲に破片を飛散させた。
まあ、鉄を素手で砕けるだけでもユキの<体力>ステータスが非常に高いのは良くわかるのだが、それでもハルのような特別な結果ではない。ある意味、“普通の”結果だ。
「普通に砕けるだけなんだよねー。もっと鍛えないとダメなんかなぁ……」
「いえ、普通じゃないですけどね、どう考えても」
「とはいえ店員くん。ハルちゃんのおててこそ普通じゃないぜ? 私と、何が違うと思う?」
「……そうですね。確かに、魔法や工具を使った圧延工程を含む処理を行う工房は数多くありますが、『ダマスク神鋼』などという物が生まれたなど聞いたこともありません」
「ほうほう。つまりハルちゃんのおてては、単純に力持ち以外の何かがあると」
《良い視点だ》
《流石は職人の国》
《何が違うんだろ》
《美しさ》
《そりゃな(笑)》
《じゃあ工作機器も美しくするか(笑)》
《魔法があるせいで否定できないのが嫌だ》
《神様が、美しい工具にはボーナスを与えるってか》
《無いとは言い切れない》
考えられるとすれば、やはりハルの持つ<特性>であったり、『賢者の石』だろうか?
もし<体力>のステータスの高さが要因であるならば、いずれ<冒険者>のような戦闘職も皆、レアアイテムを生産する役も兼ねてしまうことになる。
それは、<役割>分担的にバランスが悪い。そうした視点でも、考えにくいことではあった。
「まあ、僕の存在がそもそも、バランスなんて語ることを無意味にしてるんだけど」
「とは言え、やっぱ戦闘職が簡単に売却益の高いアイテム出せたらバランス悪いよ。生産職が超レベルの戦闘ロボ簡単に生み出すようなモン」
「一時期、危惧されたりしましたね。マイスターのカラクリ兵が傭兵たちの仕事を奪うのではないかって」
なかなか興味深い話だ。そういえば国外でも、ガザニアのロボット兵器の話は聞こえてきていた。よほどインパクトのある話なのだろう。
ただ、やはり生産や運用のコストに問題があるのか、それさえ有れば戦闘職要らず、ということにはなっていないようだ。
「それも少し興味があるね。兵をロボットで固められたら、人的被害を気に掛ける必要はなくなる」
「ハルちゃんがロボ部隊作り出したら世界の終わりなんよ」
「戦闘力よりも、精密動作性が問題で難しいらしいですよ? 数を用意しても、全て術者が直接操作する訳にはいきませんから」
《あっ……》
《お姉さまの同時操作は……》
《終わったか、世界?》
《全部操作してしまってもいいのだろう?》
《使い魔で証明済みだもんなー》
《マルチタスク最強!》
《さすがに複雑な戦闘は無理っしょ》
恐らくは問題ない。加えて、ハルには<存在同調>や<精霊魔法>のように、多くの対象を同時に自分の操作対象にするのに適したスキルがある。
それを応用してそのカラクリ兵とやらを量産し操作すれば、一つの意思の下に統一された無敵の軍団の完成であった。
「まあ、そんな机上の空論は置いておいて、今気にするべきはこっちだね」
ハルは再び手の中で『ダマスク神鋼』を生成すると、ころころ、と手のひらで転がすように弄ぶ。
「お、ハルちゃんの手つきがやらしい」
「やらしくない。何を言ってるんだユキは……」
「いいや、やらしいね。ハルちゃんは自分のやらしさをもっと自覚すべきだ。ところで、それって何がどうダマスカスなん?」
「急に話を変えるね……、まあ、構造だと思うけど。きっと圧縮によって内部の不純物がダマスカス状のまだら模様になってるんだろう」
ハルはアイテム欄からナイフを一本取り出すと、小さく固められたその鋼鉄の塊をきれいに両断する。
するとハルの予想通り、中身の見た目がまるでミルフィーユの切り口に見えるパイ生地のように、波を打った積層構造に折り重なっていた。
「所持品が何から何まで一級品ですね……、そのナイフも、ギルドで出していたらまたオヤジ達に囲まれて質問攻めでしたよ……」
「さすがにあれ以上時間とられるのは勘弁だから、出さなくてよかったかな」
「ほー、綺麗な模様になってんね! この模様が出来るように、きれいに圧縮しないといけないのかな?」
ユキが再び生成にチャレンジするが、模様以前にただ砕けて周囲に飛び散ってしまうだけだった。これでは圧縮ではなく破砕である。十分非常識だが。
「わからん! そもそも、手のひらより大きい石がきれいに収まって行くのがおかしいでしょ! 魔法使ってるじゃんそんなの絶対!」
《<魔力>ステも重要なんかなぁ》
《やっぱ賢者の石だと思うね!》
《俺は<信仰>だと思うなー》
《何にせよ、ユリちゃんに無理なら無理だな》
《上級の<冒険者>もユリちゃん以下だし》
《検証するならローズ様レベルまでならんとね》
《まだまだ開きがあるよなー》
ハルと他の女の子たちは、同時に始めた一つのグループではあるがそのレベルやステータスには大きな開きが出来ている。
それは、戦略上ハルに全てのステータスポイントを集中させる構造だからだ。
視聴者をハルに集め、人気を集中させる。仲間たちも全てハルにレベルポイントを集中する。
それにより得られた力でハルが一気にレベルを上げ、得られたポイントを逆に仲間に分配していくのだ。
その戦略は上手く機能しているが、今のようにハルの力を検証できる同等の存在が居ないことがネックといえばネックになっていた。
まあ、色々と試していればいずれ見えてくることもあるだろう。
そのように思いハルは、文句の出ないのをいいことに馬車の中で鉄の塊を握りつぶし続けるのだった。
※誤字修正を行いました。「tやんローズ」→「ローズちゃん」。本当に申し訳ありません、やらかしました。自分でも、しばらく何を間違ったか理解に苦しみました。(2023/1/14)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/26)




