第674話 成功率の跳躍点
ガザニアの<職人ギルド>の者たちの話を聞いていると面白いことが分かった。
いつの間にか勉強会のような様相を呈してきた会議所は、NPCだけでなくガザニア所属の生産職プレイヤーも数多く見られるようになってきた。
そんな彼らの話を総合すると、どうやらハルが気軽にやってきた合金の配合作業というものは、そうそう成功しないという話だ。
それは、例え配合比率を理解した後でも変わらない。
「ダメだ、出来ねぇ」
「やっぱレベルか?」
「それは大きいよな」
「でもローズさんは最初の一回から簡単に成功してるよな」
「確かに。適正な配合率見つけるために試行錯誤してた様子はないよね」
「出来るけど、三回に一回くらいしか成功しない」
「それでも十分多いだろ。何が違うんだろ」
「<特性>欄の記述とか」
「ありうるね」
「ローズ様は失敗したの見たことないし、何かあるはず」
「……君たち、僕のファンなのかな?」
なんだか話を聞いていると、いつの間にかここに集った職人プレイヤーは皆ハルの放送を視聴している前提で話を進めている。
見れば誰もがそれなりにしっかりとプレイ経験を積んだ者たちであり、『ローズ様』に会えるからと押しかけたハルのファンという様子ではなさそうだ。
だというのに、当然のようにハルの放送した内容を理解していた。
「そりゃ、私ら生産職の中ではローズちゃんの配信は教科書だもん」
「生産スキルの基礎を作り上げたと言っても過言じゃない」
「マジで何でガザニア所属じゃないのか」
「最近は生産少ないからもっと生産して?」
聞けば、ハルのこれまでの生産行動の歩みを個別にまとめた動画群が生産職の中では教科書代わりになっているようだ。
ハルは自身の放送内容の二次利用を禁止していない。そのため、有志のプレイヤー、または視聴者が、その内容を細かくまとめて見やすく編集し再発表することがある。
そこで発生した収入もまたハルに入り、そちらは何もしなくても稼ぎが出る効率の良い装置のようになっていた。
なお、禁止してもゲーム内スキルでは問題なく使用できてしまうミナミのような厄介な者も居る。
「……確かに、考えてみれば合成に失敗したことは一度もないな。配合率だって、完成品を<解析>して初めて知ったものだし、最初から合金生成に苦労したことはない」
「ちなみに、自分で頑張って合金の作成を成功させた人ってほとんど居ないっす。これは今出てるミスリル合金みたいなハイレベルなアイテムに限らず、鉄の合金みたいな低ランクのアイテムでも同じっすよ。人物特性なんかも含めて考えても、乖離は許容値を超えてるかもですね」
エメが、放送している全てのプレイヤーの<錬金>を使った生産状況を解説してくれる。
それによれば、ハルのステータスの高さ、スキルレベルの高さ、持っている人物特性(<称号>のようなもの)などを加味して考えても、成功率100%というのは本来ありえない数値であるという。
「確かに人によって成功率の上下はあるっす。ステもスキルも低いAさんの『鋼鉄』の合成成功率は、熟練のBさんより70%以上落ちるっす。ただ、それらの相関関係を計算してもハル様とて、どんなに高くても上位のミスリル合金の成功率は91%が限度なはずっす」
「相変わらずの生きたデータベースね、エメは?」
「なるほどわからん。まあ、感覚的に対数グラフっぽいのは分かった」
「エメさん、すごいですー!」
「にへへへへ、いやー、照れるっすね……」
「説明が長いですよー? わかりにくいですー」
「カナリー、水を差さないで欲しいっす!」
女の子たちがじゃれ合う様に場が和む。
まあ、つまりはエメが何を言っているのかというと、多くのプレイヤーの試行した<錬金>の結果から導き出される計算式は、決して100%成功にならないはずだ、ということだ。
それを完全成功させているハルには、通常の計算では導けない何かがある、ということだ。
「……といっても、何だろうね?」
「あなたは特殊な要素が多すぎるものね……」
ルナの言う通り、<貴族>の<役割>であったり、<信仰>のスキルであったり、様々なイベントにより得られたキャラクター<特性>であったり。
他のプレイヤーがほぼ誰も持っていないだろう要素を、数多くハルは所持していた。絞り込みが難しい。
直近の王都防衛戦においても、<救国の英雄>という<特性>を得てしまったばかりだ。
これは、直近であるが故に関係はないだろうが。
「んー、色々ある中で、最も関係ありそうなのはアレじゃんハルちゃん? アイテムのあれ。なんか出来ちゃったやつ」
「『賢者の石』かいユキ?」
「そうそれ」
ハルはアイテム欄から『賢者の石』を取り出すと、皆に見えるように高く掲げる。
これは<錬金>の使い始めの頃に偶然生まれたアイテムであり、魔法の国の神コスモスに呼び出される切っ掛けとなった特別なもの。
確かにこれが、ハルの<錬金>の成功率を大きく上げる補助アイテムとして機能しているということは十分に考えられた。
「出た」
「これが噂の」
「数多くの<錬金術師>を死に追いやった伝説のアイテム」
「術師の血と魂が浸み込んでいるとか」
「俺も死んだ」
「私の魂も入ってる」
「自業自得なんだよなー。出来るわけないのに」
「ワンチャンいけるかと思うだろ!」
会議所に集った生産プレイヤーの一部が、阿鼻叫喚、といった様子で石に反応する。
その他の者とNPCは、初めて実物をその目で見るレアアイテムに感心するのみだ。
この反応の違いが何処から来るかといえば、この石をハルが作り上げた時のエピソードにあった。
あの時は『完全回復薬』のテストで、HPMPを限界を超えてマイナスまで使用して<錬金>を行う実験をしていた。
石はあくまでその実験の副産物。用途も分からないので今まで放置していたくらいだ。
ただ、それでも石を求める者は後を絶たない。
運よく自分も作り出せれば、ハルと同じようにコスモスの空間に呼ばれるのではないか? あわよくば自分が<賢者>に成れるのではないか? そのように皆、夢を見る。
そしてその結果としての現実は、ただただ限界を超えたコスト消費で無意味に死んでしまう<錬金術師>を量産したのみだった。
このゲームの死亡ペナルティは重い。せっかく集めたステータスポイントを一部失ってしまうのだ。
「確かに、これは僕の功罪とも言えるかな? 決して届かない夢を見せてしまった」
「言えないわよ……、どう考えてもギャンブルに出る方が悪いわ……?」
「分の悪い賭けってやつだ。投資は慎重にせんとね」
ユキの発言に何か言いたげなルナだが、本題と関係ないので飲み込んだのがハルには観察できた。
きっと、投資とギャンブルは本質が違うと言いたかったのだろう。経営者のルナらしい。
投資と言えば、このゲームそのものが投資の側面も持っている。
手持ちの資金と魔力を融資することで、成長の半分を回収できる契約だ。
今のところ投資は大成功であり、既に元手をもう回収できているはずだ。
その計画を発案した、やり手の投資家であるジェードはどうしているだろうか。そんなことを考えつつ、ハルと職人たちはその後も互いの技術を交換していくのだった。
◇
「なるほど? 飛空艇の製造は、船体よりもむしろコアの生成技術こそが肝要と」
「そうだな。嬢ちゃんならば難しいことじゃないだろう。後で俺の工廠に来な。色々教えてやるよ。もちろん、タダじゃないがな」
「おい抜け駆けした挙句まだおねだりする気かぁ? 今ここで教えてやれよ、がはは!」
「お前らも居る中で喋るワケねーだろ! 企業秘密だ!」
「んなこと言って、お前は仕組みを知らないだけだろ~?」
「んだと!」
「仲いいね君たち」
ミスリル合金のレシピや、他にもハルが所持している様々な生産スキルの実験結果、それらに食いついた職人NPCは多かった。
中でも、ハルの興味を引いたのはこの港で造船業に携わる職人。彼の造船所では、海を行く船だけでなく、空を飛ぶ船である飛空艇の製造もまた行っているらしかった。
まさに、ハルが知りたかった技術だ。
個人で飛空艇を作り出し自由に運用できれば、今のように国に縛られることなく行動の範囲がぐっと広がるだろう。
もちろん、アイリスの<貴族>であるが故の制約は残るだろうが、それでも非常に夢のある話だ。
他にも、ルナの<鍛冶>に興味を示した鍛冶職人や、スキルではなく領地をもつ<貴族>としてのハルの立場、すなわち顧客として販路に価値を見い出す売り手、逆にハルの持つ潤沢なアイテムを買いたいという工房も多く現れていた。
「まいったね、どうも。カゲツは避けたというのに結局商談に捕まってしまった」
「ハルさんは<貴族>ですからねー。もうそこは宿命として、受け入れた方がいいかとー」
「しかし、これでは皆さんとお話しするだけでもたいへんですね! 鳥さんを使うという訳にも、いかないでしょうし……!」
アイリの言う『鳥さん』、使い魔を介した立体映像で各人と取引すれば、一斉に商談を行うことは出来るだろう。
ただ、さすがにそれは失礼にあたるのと、得体の知れない対面方式に警戒されるのは避けられない。
とはいえ、順番に一人一人の下に出向いていては、時間がいくらあっても足りはしない。
何より、この国に来た目的は商談ではないのだ。非常に魅力的な話ではあるが。
「……うん。すまないが、本来の目的を優先させたい。造船所には後で寄るとして」
「よっしゃあ!」
「ずりーぞお前だけ!」
「目的……、なんだっけか……?」
「やはり<錬金>を極めることか?」
「<錬金術師>ギルドならやはり首都がいいか」
「馬鹿、犯罪者の捜索だろう」
「待ってな。秘書が知ってそうな奴引っ張って来るって話だからよ」
そんなギルド責任者の言葉にタイミングよく、彼の秘書がこの場の職人たちに比べて若いNPCを連れてきた。
彼にとって、錚々たる面々の集ったこの場の異様な面子に腰が引き気味なその青年は、この街の雑貨屋の店員だそうだ。
熟練職人に囲まれた豪華なドレスの女であるハルたち一行の前に、恐る恐る歩いてくる。まるで連行されているようである。
「突然申し訳ない。いや、別に君が何かやったという訳じゃないんだ。心配しないで欲しい」
「ひゃ、ひゃい……」
ハルが捜査令状代わりの証書を見せると、彼の顔は余計に緊張が増してしまった。申し訳ない。
「さて、僕はこの書類の通りアイリスの犯罪者を探している。心当たりはないかな?」
「ど、どうでしょう……」
ハルは彼にもミナミの水晶玉を見せると、店員の彼に工作員の少女について聞いて行くのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/25)




