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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部3章 ガザニア編

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第673話 生まれを間違えた貴族

「ふむ? この圧縮錬金はいいね。スキル実行枠が埋まっていても、問題なく実行できる。これは新しい抜け道を見つけてしまったかな?」

「戦闘行動とおんなじですねー。自分の体を動かして、経験値を得てるんですしー」

「……いいけれどハル(ローズ)? 会話中はおやめなさいな」

「職人さんたち引いちゃってるよーハル(ローズ)ちゃん」

「おっとすまない」


 まるで豆腐でも握りつぶすかのように、『鉄鉱石』を素手で圧縮し続けるハルにNPCたちの顔は畏怖いふで引きつっていた。

 この圧縮で新たなアイテムを作り出す新たな手法が楽しくて、つい他人の目を気にせず連続実行し続けてしまった。


 これの何が良いかといえば、<錬金>や<調合>などの生産で二つのスキル使用可能枠が埋っていても行える、第三の生産行動であること。

 当然アイテムが完成すれば経験値が入り、ハルのレベルアップを更に加速する一助となるのであった。


《確かに失礼だ(笑)》

《会議中に握力トレーニングするみたい》

《んな奴おるん?》

《おるんよ。ギィギィって軋ませて》

《ちなみにランニングもする》

《……さすがにゲーム内だよな?》

《うん》

《筋トレマニアで有名》

《常にトレーニングして経験値アップしてる》

《見た目はともかく、思考はローズ様と同じよな》

《発想は同じだね。見た目はともかく》

《ちなガザニア所属》


 酔狂すいきょうななプレイヤーもいたものである。その人もハルに言われたくはないだろうが。

 職人の国であるガザニア所属ということは、生産系のプレイヤーであろうか? <錬金>のような生産スキルは、体を使ったアクションをせずとも実行出来る。

 その間にトレーニングで追加経験値を稼ごうという発想は、なかなかハル好みの効率化だ。会ってみたくなってきた。


「さて、失礼した。せっかくなので、僕からも一つ聞きたいことがあるんだけど、構わないかな?」

「お、おう……、答えなかったら、どうなるんでい……」

「それは、どうなるんだろうね? あまり僕の口からは、語りたくはないかな?」

「ひええぇ~」


 ハルが茶化すように再び鉄鉱石を握りつぶすと、一同に笑いが巻き起こる。

 今回は冗談でやっているが、使いようによってはこの握力は威圧の手段に使えるかも知れない。


「おお、こわいこわい。握りつぶされたくないから答えてやりてぇとこだが、オレらにゃ死んでも言えない内容ってもんもある。そこは、理解して欲しいもんだね」

「安心しなよ。生産レシピなんかを聞くつもりはない」


 どうせ<解析>でだいたい分かるから、などと余計なことは言わないハルである。


「ただ、もしかしたら答えてもらえないことかもね、一応、顧客情報になるだろうから」


 そう言いながらハルは、例の侵入者が身に着けていた装備のうち、ここガザニア産の物を選出して取り出していく。

 職人たちの目の前に並べられたのは、どこにでもある、とりとめのない服の数々。『これがどうしたのか?』、と言いたげな彼らに、ハルは追加で小ぶりな水晶玉を取り出した。


 ミナミから預かったそのアイテムにはハルの放送から編集した映像が記録されており、その中には工作員の少女の顔がしっかりと記録されていた。


「これらの装備は、僕らの国の王城に侵入した諜報員ちょうほういんが身に着けていたものだ。僕は彼女と、その所属組織を探している」

「……確かに、こりゃうちの国で作ったモンだな。よぉ分かったな、嬢ちゃん」


 むしろ、そっちこそ良くわかるものだと言いたいハルである。

 恐らくではあるが<解析>スキルは持っていないだろう彼らが、一目で産地を見抜いたのは何か別のスキルによるものか。それとも純粋な経験か。

 口には出さないが、ハル同様に生産者や販売店まで見抜いている職人も中には居るのだろう。


「確かに嬢ちゃんの言う通り、客の情報は口が裂けても言えねぇな」

「ああ、ただ犯罪者となれば話は別だ」

「犯罪の片棒を担ぐのはごめんだからな」

「その為の特別法もある」

「ただ、それを話すにはギルドを通した手続きが要ってな」

「嬢ちゃんはまず職人ギルドに行ってもらわにゃ」

「ここがギルドだろーが!」

「がっはっは、そうだったわい!」

「しっかりしろ責任者!」


《爆笑》

《いや笑いごとじゃないんよ》

《大丈夫ですかね、このギルド……》

《だめかもわからんね》

《酔ってんのかこの人ら(笑)》

《仕事中に飲んでたら困るんですが》

《シラフでこれならもっと困らないか(笑)》

《つまり詰みですね!》


 まあ、彼らには彼らにとってやりやすいテンションというものがあるのだろう。この一連の流れも、半分は冗談のはずだ。そのはずだ。たぶん。


 そんな冗談交じりの会話の中でも、ハルの求める内容の処理は的確に進められていく。

 いくつかの書類がハルの前に運ばれて来て、それに触れると特殊なメッセージウィンドウと情報登録画面が表示された。

 そこに必要データをハルが放り込んでいくと、それで処理は終了のようだ。


「結構簡単なんだね」

「そうかぁ? 『わからんわからん』っつって、何時間も何日も書類と格闘する奴ばっかだぞ」

「むしろ組合長が一番格闘してる」

「そして秘書に全てぶん投げる」

「最後に泣きながら山のようにサインする」

「やめろやめろ!」

「流石は貴族様ですね。公的文書の扱いに実に慣れていらっしゃる」

「君も上司の扱いに慣れてそうだね」


 確かに、この手のシステムは『領主コマンド』で普段から慣れ親しんでいるハルである。いまさら対処する書類が一枚や二枚増えたところで、別段どうということはない。

 ちなみに、ハルの領地であるクリスタの街の管理は、今もハル自身が行っている。<存在同調>した<召喚魔法>による使い魔は本当に役に立つ。

 執務室ではこの瞬間も、小鳥が事務作業中だ。


 それら文書作成の処理がつつがなく終わると、秘書であるらしい落ち着いた人物が最後に証明書のような物を用意してくれた。


「こちらが、聞き取りの際に必要な証書になります。捜査の際に提示してください」

「なるほど、ありがとう。使わせてもらうよ」

「ただ、注意点がいくつか。他の街、特に首都内においては、別途、現地のギルドの許可が必要になる場合がございます。その時はお手数ですが、追加でお手続きを」

「なるほど。管轄かんかつが違うんだね」

「ええ。それと、ほぼほぼ居ないのですが、<職人ギルド>に未登録の店においては、この証書は価値を持ちません」

「理解した」


 ギルドは法でも警察でもなく、あくまで互助ごじょ組織。未登録の職人は、その恩恵を受けられない代わりに内部のルールに従う必要はない。

 職人の国であるガザニアでは、その利便性ゆえほとんどの職人や店舗が<職人ギルド>所属のようだが、ごく稀に一匹狼を好む変わり者も居るそうだ。


 ハルの持つ証拠品は、全て普通の店で普通に買われた物であるので、今回は関係なさそうである。

 そうした、『隠れた頑固職人の店』、というものは、隠れている故に普通ではない。普通ではない店を利用することは目立つことだ。工作員は避けたがるだろう。


 そうして、この国における捜査の足がかりを得たハルたち。

 後は、くだんの店を探し出すだけである。





「さて、嬢ちゃんの要件は済んだな? 今度はこっちの用事だ。嬢ちゃんの腕、もっと見せてくれよ」

「いや、前提が整っただけで何の用事も終わってないんだけど……」


 ハルが証書を受け取ると、手続きが終わるのを待ち焦がれていたかのように、目を輝かせた職人たちに再び詰め寄られる。

 お互い席についているので、今度は騎士団が出動する事態は避けられたが、身を乗り出してくる様は少々怖い。

 それだけ、新技術に飢えているのだろう。


「……まあいいか。先に恩を売っておくのもやぶさかではない。まさか、人から技術を聞き出しておいて自分は何も語らないなんて恩知らず達ではないだろう」

「おいぃ! 聞こえてっぞ嬢ちゃん!」

「では先に、契約書を交わしておいてはいかがでしょうか? ご用意しますよ」

「お前もぉ! 秘書のくせに誰の味方なんだっての!」

「私はあくまで『ギルドの利益』の味方ですが?」


 ハルから一方的に技術情報を引き出す短期的な利益よりも、ハルの信頼を得る長期的な利益を選択できる、出来た秘書である。


 まあ、根は善人な人たちの集まりだというのは一目で分かる。

 ここで技術の独占を守るよりも、ハルの知らぬスキルとの交換を試みた方がハルにとっても利益は大きそうだ。惜しまず公開することをハルは選ぶ。


 そもそも、ここで特殊イベントが発生したという事実こそが、『彼らに教えてあげると特別な報酬がありますよ』、と言ってきているようなものだ。

 ゲーム慣れしていると自然と読み取れるようになる、いわばゲーム語、という奴である。


「さて、とはいえ何が知りたいんだい? 僕としてはそれほど、君たち熟練の職人の知識に無い情報を持っているつもりはないんだけど」

「いや、無自覚に持ってるだろうどうせ……」

「そもそもさっきの『ダマスク神鋼』とやらがまるで未知の素材なんだが?」

「ああ、あれは僕も驚いた。他の鉱石類も圧縮してみるか」

「待て! 収拾がつかなくなる!」


 確かに、ここでまた検証作業を始めると無限に脱線しそうなハルである。

 新たな素材が生まれてしまったら、それを使った新たな開発もしてみたくなるというのがハルのさがだ。


「まず俺らが気になったのは、オタクらの装備の製法よ」


 職人の一人が口に出すと、他の面々も『うんうん』と一様に頷く。

 ハルたちが身に着けている装備の数々は、ハルが<錬金>の実験によって生み出した鉱石類が大量に余ったのでそれを使って作り出した物。

 確かにどれも非売品ではあるが、まだそこまで非常識な装備だとは思っていなかった。


「製法と言っても、単にミスリルの合金だよ。鎧はルーンストーンを混ぜた硬質な物で、ドレスはオリハルコンを混ぜて柔らかい糸にした物」

「簡単に言ってくれるなよ……」

「頭痛がしてきた……」

「それが出来れば苦労しないんだが?」

「嬢ちゃん本当にアイリスの生まれか?」


《確かに、ローズお姉さまってガザニア向きだよね》

《やだやだ! ローズ様は華やかじゃなきゃやだ!》

《アイリスだからこそ輝いているところはある》

《でもガザニアでも無双してそうじゃね?》

《してる》

《むしろ今してる》

《ここから職人ローズ伝説が》

《カゲツでも大商人伝説いける》

《リコリスでもグラップラー伝説いける》

《コスモスでもいける》

《ミントでも》

《万能超人じゃねーか!》

《なにをいまさら》


 実際、ハルのプレイスタイルの根幹を成しているのは生産スキルなのは確かだ。

 領地管理も商業も、戦闘も魔法も召喚も行いはするが、常に使い続けているスキルは生産系。これは本当に、ログイン中は途切れることなく実行し続けている。


 そんなハルがここガザニアの国で開始していたら? と思うことは自分自身でもたまにある。

 今よりも更に、生産スキルによる開発が加速していたのは間違いない。またそれによる、現状のようなイベント進行も。


「ああ、これが配合率ね。使っていいよ」

「なんじゃと!?」

「神か!?」

「信仰に目覚めそうだ」

「教えていいんか嬢ちゃん?」

「いいよ別に。僕が成功したのはただの偶然だし」

「嬢ちゃん、本当に生まれる国を間違えたのぉ……」


 手放しでの賞賛の数々が更に続く。こうまで評価されると、ハルも面映おもはゆくなり反応に困る。

 特に、アイリスでは貴族連中に邪険にされた直後である。

 とはいえ、この気分の良さに酔ってばかりはいられない。気を引き締めて、本来の目的を忘れないようにしなくてはならない。そう、改めて思い直すハルだった。

※誤字修正を行いました。(2023/5/25)

 追加の修正を行いました。「いてな」→「要ってな」。少し訛っている感じです。分かりにくくてすみません。報告ありがとうございました。

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