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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部3章 ガザニア編

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第671話 鉱山と職人の国

 そうして、ハルは表向き城から追い出されるようにして国外に向かうことになった。

 向かう先は鉱山と職人の国、『ガザニア』。今はその道中となる空路のただ中、ライン少年王が用意してくれた飛空艇ひくうていの船上である。

 せめてもの支援として、現地までの移動手段を彼が用意してくれた。


「しかし、どうしてガザニアなのかしら? てっきり、私はカゲツに行くのかと思っていたわ?」

「そうですねー。カゲツの方が、ハル(ローズ)さんの好みというか、行きたがると思っていたんですがー」


 ルナとカナリーは、ハルがガザニア行きを選んだことが少々意外だったようだ。

 確かに商業が盛んな国であるカゲツはハル向きのエリアと言える。足を運べば、その豊富なアイテムの数々によりハルお得意の生産スキルは更に向上するだろう。

 ただ、今回はそもそもの目的が異なる。あくまで、目的は謎の組織の調査であった。


「理由はいくつかあるけど、一番大きな理由は動きやすさだね。ガザニアは職人の国。そこでは、アイリスの地位はさほど尊重されはしない」

「盛大な歓迎を受けてー、何日も迎賓館げいひんかんに足止めー、ってことにはならないんですねー」

「そうだね。ミントの国はうちと親しくてその辺も重視してくれたから、自由に出歩くってことも出来なかった」

「その点、あくまで実力重視の職人国家なら<貴族>でも気にされないんですねー。でも、それはカゲツでも同じではー?」


 確かにカナリーの言う通り、商人の国であるカゲツもまた、生まれ持った地位などより実力主義の国家と言える。

 だがこの場合、<貴族>という立場はその実力に含まれてしまうのだ。


「……お金を持っている、ということを評価するなら、領地持ちの<貴族>なんてまさにそれですものね? むしろ、いいカモが来た、って離してくれないかもしれないわ?」

「それは、面倒なんで勘弁願いたい」


《社長さん、お安くしとくよ!》

《よっ、お大臣さま!》

《ローズさんの良いとこ見てみたいー!》

《なんの掛け声だよそれは……》

《掛け声はともかく、おべっか攻撃は避けられんな》

《商談で身動きとれないかも》


「それに、品物が多すぎるってのも問題だ。流動性が高すぎると、証拠品の調査もやりにくい」

「そうですねー。目的の店が、既にもう無くなって別の店になってた、なーんてことも有りかねませんねー」


 競争著しい経営競争の社会のようだ。そういうことも十分に考えられる。

 その点ガザニアは腰を落ち着けての堅実な経営を好むらしく、くだんの店舗が今も継続して商売をしている可能性は高そうである。


 そして、口には出さないがもう一つ、ハルにはガザニアに行っておきたい理由があった。

 アイテム欄にひっそりと眠る謎のアイテム、『神核石・ガザニア』。これがいったい何のための存在なのか、少しでも手掛かりが欲しいところだった。


「さて、現地で調査を始める前に、エメ(イチゴ)

「はいっす!」

「例の侵入者の顔、過去、ガザニアのプレイヤーの視点に映り込んだことはあった?」

「ないっす! ガザニア、カゲツに限らず、あらゆるアーカイブをチェックしましたが、該当の人物はノーヒットですね。似たようなフードの女すら見当たらないことから、あのNPCは“あのイベントの為に生まれた”物と見ていいかと!」

「なるほど、ご苦労様」

「にしし、次も頑張るっす!」


 満面の笑みで喜ぶエメの仕事だが、その内容は全てのプレイヤーの全ての放送の記録から侵入者の情報が無いかチェックするという膨大な作業。

 生放送することを強く推奨しているこのゲーム。その特性から、登録している数多あまたのプレイヤー一人一人が監視カメラの役割を果たし、それらの情報を繋ぎ合わせると大抵の情勢は見えてくる。


 立ち入り禁止区域や、ほとんど人の訪れぬ秘境を覗き、だいたいの街に住むNPCの生活はほぼつまびらかにされている。

 そんな天然の監視の目にも、侵入者の少女は一切の痕跡がなかった。

 考えられる理由は二つ。普段から常に透明スキルで潜伏しているか、それとも彼女は“最近生まれたか”だ。


 別段、何かおかしいことではない。これはゲーム。イベント用にふさわしいNPCを新しく作り出すなんてどのゲームでも良くあること。

 ただ、このゲームでは同時に個人の『過去』も一緒に作り出されることと、最近までずっとやっていたカナリーのゲームでは全てのNPCの行動履歴が追えたことから感覚が狂いそうになる。


「記録から洗うのはやはり無理か……」

「とはいえ、今後どこかの視点に映り込むことも考えられますからね、いっそう気合入れて、チェックを続けるっすよお。エメ(イチゴ)ちゃんのブラック労働の成果に乞うご期待っす。よーし、なんとしても見つけ出して褒めてもらうんだー」

「自分から真っ黒に浸かりに行ってるのに雇用主の責任みたいに言うんじゃない……」


《ワーカーホリックか……》

《お姉さまに褒めてもらいたんだね》

《よくわかるよ》

《イチゴちゃんは健気だなー》

《ちょっと病んでね?》

《だがそれがいい》

《褒めてくれって脅迫しそう》

《それは病みすぎ(笑)》

《しかし、調査力えぐいな》

《一度顔を見られたら終わりっていう》


 まあ、ファンタジー世界で持ち出して良い技術ではないだろう。これも、膨大な生放送のデータがある故に可能な手法である。

 まるで現代の刑事捜査であるかのように、一度でも容疑者として補足されたら最後、もはや対象に安寧あんねいの地はない。


 一瞬でも放送中の誰かの視界を横切れば、AIであるエメにより即座に補足され、現在地が割り出される。

 これは現実であれば、更に厳しい。

 顔を初めとするパーソナルデータを警察に捕まれた犯人は、国の空気中にどこであれ存在するナノマシン(エーテル)が、全てそのカメラ代わりとなるのだ。


 そのパーソナルデータを登録された捜査プログラムは、国中のエーテルネットワークを自動巡回クロールし犯人を突き当てる。

 一応欠点はあり、これも人間の数が少ない場所では精度と捜査頻度が落ちてしまうが、問題となるケースは少ない。

 人間である以上、特に現代人である以上、人の生活圏内から離れてはなかなか生きられないのだ。


「今回の相手も同じだ。彼女の装備から読み取れた潜入スタイルは、『人の中に溶け込むこと』。今後もそのスタイルで任務を続けるならば、必ず人波に紛れて姿を見せる」

「常に潜伏しているのは、大変ですからね! ……メタちゃんたちは、大丈夫なのですか?」

「……プロだから、にゃー」

白銀ハクたちは超優秀ちょーゆーしゅーです!」

「ご心配には及びませんよ、アイリ(サクラ)おねーちゃん。空木シロは元気です」

「すごいですー!」


 まあ、彼女らは疲れ知らずのAI三人組である。二十四時間潜伏しっぱなしだろうが、何ら問題はない。

 ただ、見た目も言動も幼女そのものであるのが問題か。彼女らではなく、ハルにとって。

 児童に過酷な労働を強いていると、訴えられないように気を付けよう。


 そんな敏腕調査員たちの乗った飛空艇が、そろそろガザニアの港町へと到着するようだ。アイリス首都、王城から直接出発する特別性の船、相変わらずのスピードである。

 初めて降り立つことになるガザニアの地、どんなゲームであっても、この瞬間は特有の高揚感こうようかんがある。


 その高揚に胸を躍らせつつ、ハルは下船の準備に入るのだった。





 その港町は、思いのほか活気で溢れているのが既に船上へも伝わってくる。こう言っては申し訳ないが、『職人の国』というイメージから、もっと落ち着いた、言い方を悪くすれば陰気な印象を想像していたハルだ。


 しかし実情はそれに反して、大量の人と物資が行き交う賑やかで熱気溢れる港町であった。


「まあ、考えてみれば当然かもね。工業国家であると言い換えれば、生産に必要な大量の素材アイテムや、完成した生産品が盛んに輸出入されていて当然だ」

「そうですね! 買いに来てくれるのを待っているだけでは、商売は成り立ちません。逆に、商品を取り扱いたい店側も、輸入しての自国での販売を求めるでしょう」


 騎士の国でもあり、商業の国でもある梔子くちなしのお姫様なアイリだ。このあたりは造詣ぞうけいが深いのだろう。

 黙っていても商品が集まって来るアイリの国だが、当然それに甘んじずに他国に商品を仕入れに行く商人も多いようである。キャラバンという奴であろうか?


「しかし、賑やかなのは良いことだけれど、これだけ人や物が多いと大変そうだ。こんなひらひらしたドレスの集団が歩いていたらドヤされかねない」

「荷物に引っ掛けて、やぶいてしまうのです!」

「……まあ、実際は荷物よりずっと頑丈でしょうけれどね? このドレスは」

ルナ(ボタン)さんお手製の、すごい防具ですもんね!」


 なんにせよ、この場にそぐわぬ一行であろう。

 国を挙げての特別扱いをされないのは良いとしても、場違いに目立ってしまうことには変わりはない。

 さすがに絡んでくるような者は居ないだろうが、邪険にされるようなことがないかは少し心配である。


 計画通りとはいえ、城を追い出されるようにしてこの地へと飛んだハルたちである。

 ハルと、事情をよく知る女の子たちはいいのだが、このことは実はあまり良い展開とは言えない。

 今も同行しているアベルを始めとしたクランのメンバーや、そして当然、視聴者も。『ローズ』を好きでいてくれる者にとって、その功績が正当に評価されない状況は当然だがストレスを生む。


 そんな中で、追いやられたこの地でも邪険に扱われては、彼らのストレスも更にかさんでしまうというものだ。


「……とはいえ、下りない訳にもいかないね。さて、せめて堂々と行くとしよう」

「前みたいに、兵士たちを『ぶわぁ~~』って展開するのですね!」

「さすがにあんなに派手にはしないよアイリ(サクラ)。まあ、ただ、アベル!」

「はっ。我ら騎士隊が、先行し露払つゆはらいをしましょう」


《人混みを始末するってこと!?》

《我が剣の露と消えるがいい》

《道を開けよ愚民ども》

《いや、本来の意味だろ……》

《貴族の列の先頭に立って先導するってこと》

《はえー》

《血祭り的な意味かと思った》


 一瞬、ハルも同じように思ったなどと口が裂けても言えない。ゲーマーとしての感覚であった。

 そんなクランの騎士隊に先導され、ハルたちはガザニアの地を踏んで行くのだった。

※誤字修正を行いました。ルビの振りミスを修正しました。(2023/1/14)

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