第670話 左遷計画
首都へと押し寄せる大量のモンスター、それどころか、街の中にまで突如として巨大な怪物が出現する。
そんな突然の大災害から一夜明け、城下町はひとまずの落ち着きを取り戻していた。
落ち着くのが早すぎる、という感想を抱く視聴者もいるようだが、あくまでこれはゲーム。復興の手順までリアルに踏襲していては、まともに進行がままならない。
ここはアイリス所属のプレイヤーが最も多く利用する中央都市なのだ。
「それに、犠牲者が一切出なかった、ということも大きいだろう。家屋への被害は、ゼロとは言えないけど」
「主にハルくんのビーム砲のせいでねー」
「……あれは、必要な処置だったから」
「その理屈が頭の固い連中に通じるかなぁー?」
ユキが揶揄するようにハルのお腹をつついてくるが、実際これは論争の的になるだろう。
未曾有の大災害を未然に防いだ英雄でもあるハルだが、あまりにも活躍しすぎた為にそれを快く思わない者達もいる。
カドモス公爵は捕縛されたが、彼の派閥は公爵一人による勢力ではない。その意思を継がんとする者はまだまだ残っている。
「あ、でも、頭の固い連中はリーダーの投獄で意気消沈しちゃってるか」
「そう上手くはいかないと思います、ユキさん。むしろ、派閥の危機であるからこそ、なりふり構わずに抵抗してくるということもありますよ」
「ほへー、面倒なやーつら」
《サクラちゃん!?》
《急にキリッとしちゃってどうした!?》
《お忘れかもしれないが、彼女もエリートだ》
《ローズ様の妹ぎみだぞ》
《英才教育をお受けである》
《しっかりしていらっしゃる》
「で、出すぎたことを言ったのです!」
「構わないよ。僕はその辺、軽視しがちだしね」
「ハルは多少の抵抗ならその力でねじ伏せられるものね?」
「暴君みたいに言わないで……」
まあ、ルナの言うことは概ね正しい。有り余る力と資金、そして権力の前では、反抗のための小細工などそよ風のようなもの。
丁寧に対処するより、強引に押しつぶした方が楽であり早い。
その結果が、今も窓から見えている首都外壁の大崩落だ。
現在ハルたちは王城の一角、上階の豪華な部屋にて待機を命じられている。
なんでもあの幼き王、ラインが再びハルに直接面会したいそうだ。当然、その内容は今回の襲撃の顛末についてだろう。
《表彰されるのかな?》
《そりゃ、これだけ活躍すればな》
《でもそれにしては会話が不穏だね》
《悪い話が来るの?》
《ローズお姉さまはそう予想してるんだろう》
《は? ありえるか? 国の英雄だろう》
《しかもあれだけの力を見せつけたのに》
《歯向かう奴とか愚かすぎない?》
「むしろ、あれだけの力を見せつけたから、だね」
「そうですねー。強すぎる力というものは、憧れ、賞賛、そういったものの他にも、恐怖を生みますー」
「特に、今現在トップに立って力を振るっている者にはね」
「ハルさんは王城を踏みつけにしてずっと“その上に立って”いましたからねー。それも、面白くなかったでしょうねー」
「ちなみにアレはわざとさ」
「言ってましたねー」
巨大モンスターが公爵邸に現れて以降、ミナミに『なぜ現地に向かわないのか』、と怪訝な顔をされていた。
ハルの身体能力を持ってすれば、家々の屋根を足場代わりに借りて飛び移りながら、公爵邸まで急行することも容易だったろう。
それをせず、あえて遠距離から不便な戦闘法をとっていたのには理由がある。
あの場では、レイド戦に参加中のプレイヤーに花を持たせる為と納得させていた。
勿論それも偽りではないが、ハルの、『ローズ侯爵』としてのプレイ方針としてはここからが本命だ。
「大活躍の様子を城下の民にあまねく見せつけ、城を足蹴にして現政権に喧嘩を売る。それにより起こる政治的な動向が、あの戦いにおける僕の狙いさ」
「性格が悪いですねー」
「ふふっ、性格が悪いのは英雄たる僕を非難する方じゃあないかカナリーちゃん」
「ふっふっふー。それを理解して誘導しようとするのは性格が悪い人にしかできませんよー」
《何だこの悪の幹部の会話(笑)》
《全部手のひらの上、ってこと?》
《そう上手くいくかな(笑)》
《普通びびって手出しできないだろ》
《俺なら初手土下座》
《ローズ様支配してー》
《管理してー》
《お前らのはただの趣味なんよ》
《さてどうなる?》
そうして悪だくみをしつつ待機していると、王の入室を告げる合図が室内に響いてきた。
ハルたちは失礼の無いように、事前に立ち上がると、まだ幼きこの国の頂点を迎えるのだった。
◇
「まずは礼を言おう、ローズ<侯爵>とその家人たち。此度の働き、まことに大儀であった。民の安寧が守れたのはひとえに、そなたらのおかげ。余は賞賛を惜しまぬぞ」
「もったいなきお言葉です。我らの働きなど小さなもの、全ては<冒険者>たちの活躍によるものですよ」
「そう謙遜するでない。胸を張るがよい」
「心得ました」
「うっ、うむっ……」
《やはり好感触》
《そりゃ評価するっしょ》
《胸を張る(物理)》
《赤面させていく判断ん》
《王様かわいいー》
《お姉さま、自分の武器を分かってる》
《いやこれ、王様が勝手に自爆してね?》
自爆している。自分で言った言葉で気付いて、そこから意識してしまったようだ。ちなみにハル自身も、からかうつもりで多少姿勢を正したのは否定しない。
今ごろ、『女性に対して胸は失礼だっただろうか』、などとこの少年は考えているのかも知れない。いじらしいことだ。
「……ただ、実際にそう主張する者が多いのも事実での」
《おっ?》
《雲行きが変わってきた》
《憂い顔の美少年、いい!》
《いや王様がこの顔してちゃまずいだろ》
《やっぱり何かあったのか》
ライン王は、その文字通りの紅顔に浮ついた表情を一転させ、深刻な空気を纏わせる。
ハルたちの活躍を賞賛し、褒章を与える華々しい場には似合わぬ憂い顔だ。やはり、なにがしかの良くない事態が起こったようだ。
「僕の活躍を良く思わない層から、横槍が入ったんですね?」
「……気付いておったのか」
というより、そうなるようにハルが誘導した。
家系貴族中心の政治をよしとする派閥の急先鋒であるカドモス公爵を罷免し、絶大なる民の人気を得て、歴史ある王城の屋根に土をつける。
一連の行いは、自らがこの国の頂点に立たんとする為の下準備と取られてもおかしくない。
「まこと、くだらぬ。ローズ侯爵がおらねば今ごろ城下はどうなっていたか、赤子の目にも明らかであろうに」
「さすがに赤子には厳しいですよ、陛下」
「うむ。奴らは赤子以下よ」
「これは手厳しい」
ここまで彼がやりきれない顔をする理由はなんとなく理解できる。
現王、実際に王権を有しているライン少年ではなく、実権を握っている彼の父である前王も、それら『反ローズ派』に回ったのだろう。
それ故、実権の無い彼はハルと父の板挟みの状態になり、身動きが取れなくなっているのだ。
王なのに、中間管理職とはこれいかに。
まあ、王とは支配者にあらず全体の調整役であるべきという民が主体の考えからすれば、正しい在り方かも知れない。
《つまり、どういうこと?》
《わからん。政治のことは聞くな》
《別に難しいことじゃないだろ》
《民とラインちゃんはお姉さまを表彰したい》
《貴族と表王はお姉さまを否定したい》
《それだけのことだな》
《表王(笑)》
《ラインきゅんは裏王?》
《裏の支配者みたいでかっこいいな》
《なお実情》
「まあ、僕もやりすぎました。このままでは政権が脅かされると思う彼らの気持ちも、理解できるというもの」
「しかしっ! そなたを追放すべしなどという声も上がっておるのだぞ!? 英雄であるそなたを! くそっ、直接言いに来る度胸もないくせに……」
「ふふっ、陛下を貧乏くじの伝言役にするなど、豪胆な者達ですね」
「わ、笑いごとではないのだぞ侯爵!」
《笑っちゃうよなぁ、狙い通りなんだし》
《でも何で狙ってるんだローズ様は?》
《さあ?》
《政治のことは聞くな》
《祭り上げられるのは面倒だから?》
《あー、ありそう》
《そうかな? ローズ様なら王様も余裕では》
《なんか王様嫌いなんじゃなかった?》
《そんな話あったっけ?》
なかなかハルに詳しい者も居るようだ。確かにハルは王やリーダーを務めるのを避けたがる傾向がある。
これは生まれながらに管理者としての役割を持っていたことの名残りであり、まさに今のラインのような悩みを抱えたくないためである。
管理者は引退した身だ、悠々自適に生きていたい。
とはいえそれは現実での話、ゲーム内ともなればその限りではない。むしろ支配者として好き放題するのは好みである。
故にこれは、自らのランクを下げ大人しくするための策ではない。
「すまぬ……、余に力があれば、父に良いように言いくるめられたりはせぬものを……」
「仕方ないですよ、年季が違いますし」
恐らくは、ハルをこの王城からなるべく遠ざけろと、言ってしまえば追放してしまえと言われたのだろう。
これはハルも『直接言いに来い』と思わなくもないが、ここは矢面に立ったのがライン少年でよかったと思う。
未熟で御しやすい、もとい、ハルの味方であり話が通じる相手だ。
こんな風に考えてしまうあたり、ハルも悪い大人の一人であった。憧れを抱くのは止めておいた方が良い。
「しばし時を有すかも知れぬが、きっと、いずれそなたに報いよう。幸い、神官貴族たちはそなたの功績を正しく称えておる。いずれその声が広がろうぞ」
「いや、彼らは彼らでちょっと……」
きっと、『神の奇跡』に大げさに感動しているのだろう。
彼らに担ぎあげられるのは、それこそ面倒なので遠慮したいハルであった。
きっと、なかなか『出ていけ』などと言い出せないでいるだろう彼に、ここはハルから話を切り出すことにしする。
「ではこうしましょう。恐らく、父君は僕を遠ざけたいのでしょう。しかし、陛下は僕を表彰したい」
「う、うむ……」
「なら、まだ事件は終わっていないことにすればいい。幸い、敵の黒幕の拠点が国外にあるという情報を掴んでおります。そこに僕を派遣してください。事実上の左遷ですね」
そうすれば、ハルも合法的に外出できる。
これが、ハルが狙い、誘導していた遠征計画であった。
※誤字修正を行いました。ルビの振りミスを修正しました。(2023/1/14)
追加の修正を行いました。(2023/5/25)




