第669話 当店は生産者をしっかり表示しています
翌日の生放送にて、ハルは改めて侵入者からはぎ取った装備類を卓上に並べて検証を開始する。
ここ最近は常連のゲストと化していたミナミは今日はおらず、何回かぶりに仲間内だけの放送だ。
とはいえ場所は王城の離れに貸し与えられた簡素な個室。その背景から、まだ『番外編』の雰囲気が残っているようだ。
視聴者も、少々普段とは違う様子の放送に浮かれている。
「それとも、みんな“これ”が気になるのかな? 欲しければ、その辺の店で同じの売っているだろうさ」
「あはは。たぶん“この装備”が欲しいんじゃなくって、“女の子の着てた服”が欲しいんだろーね」
「ユキが言うと犯罪臭がするね」
「ええっ! 私は欲しくないよ別に!」
「いや、被害者の立場でね?」
今は普段の大人っぽい姿ではなく、背の低いアイリと同程度の年齢感のユキである。
そんな見た目から倒錯的な発言が飛び出してくると、自分は何も悪いことをしていなくても何だがドギマギしてくるというものだ。
《お、おませさんだな……》
《ドキドキしてきた》
《確かに同じの買ってもドキドキしない》
《捗らないね》
《捗る言うな》
《待てよ? 同じの着れば実質ペアルック?》
《天才か?》
《待てよ? じゃあローズ様と同じの着れば》
《天災か?》
《お前には無理だ》
《まず買えないからな》
大胆な課金芸で売っているハルのキャラクター、『ローズ』は、身に着ける装備も非常に豪華な物で着飾っている。
装備は最初期から高額の課金ドレスであり、遊びの一環で真似するにはハードルが高かろう。
特に、今は<錬金>でハルが作った素材を元に、ルナが装備を仕立ててくれている。
恐らく真似できるプレイヤーは一人も居ないだろう。
「そもそもー、男の人が着るにはキツいですよねー」
「あら? 着ようと思えば着れるのかしら?」
「着れますよールナさんー。デザインは男女で別れてますけどー、性別で装備制限は無いですからー」
「にひっ、結構多いっすよ、女装してる男子とか。その逆とかも。まあ男装の麗人は大抵なにやっても映えるっすけど、その逆は難度高いですねえ。ほんと、下手すると、いや非常に上手くやらないとそれこそ天災ものっす! にしし!」
「そう……、そうなのね……?」
そこで、ルナは何か言いたそうな視線でハルの方を、じっ、と見つめてくる。
……口に出さなくとも何を考えているか分かる。ハルを、今の『ローズ』ではない現実のハルを女装させることを考えているのだろう。
「そうね? 向こうでも、作ってみようかしら?」
「お手柔らかにね……」
《アパレル関係のひと?》
《コラボ商品出たら欲しい!》
《きっとブランド物だぞー》
《買えない!》
《ドレスの時点で厳しいだろ》
《でもコラボ展開欲しいね》
《着れる装備》
「まあ、その辺は運営に要望出してみるといいんじゃないかな。数が多ければ、そういう展開もあると思うし」
本来なら、日本の側には、しかも物理的な商品を展開するようなコラボ展開など決して参入できないはずの運営。しかし、このゲームにおいては事情が違った。
ルナの会社に吸収合併されてサービスが提供されており、広報を担当しているのはルナの母が中心となった巨大グループ。
商機ありと見込めれば、ヴァーチャルを飛び出し、リアルへと展開するコラボ商品もあの奥様なら企画しそうだ。
ただ怖ろしいのが、大人気キャラクターであるこの『ローズ』たちを中心に据えた悪ノリをしそうな所であるのだが。
「……さて、今はそれよりも、この服の調査だね」
ハルは話を逸らすように、目の前の装備品に向き直る。視界の端にそれを察したルナの笑みが突き刺さるようだ。
「このお洋服、調べることで何か分かるのですか?」
「うん。まずはそこから説明しようか。アイリ、潜入工作員が着る服といって思いつくのは、どんなことだと思う?」
「わわわっ、問題を出されてしまいました! えーと、えーと……、地味な服、なのです!」
「そうだねアイリ。非常に正しい。目立たないってことは最重要な要素だ」
実際、卓上に並ぶ数々の戦利品は、暗めの色の地味な服ばかり。
当然である。もし工作員が今のハルのように、ド派手なドレスで侵入してきたらその思考を疑うだろう。
まあ、このゲームにおいては姿を消せるスキルが存在するので、その裏でどんな服を着ていようが問題ないのかも知れないが。
「確かに、メタちゃんたちも黒いお洋服ですね!」
「……お和服、にゃー」
「忍者の衣装ですよアイリおねーちゃん」
「空木たちのこれは、ちょっとデザイン偏重ですけどね。これでもちょっと派手すぎるくらいです」
「実在の忍者は、むしろこういった服なんかは着なかったらしいけどね」
忍者装束と聞いてすぐに思い浮かぶ衣装は後世における創作であり、実際の彼らが身に着けていたのは、実はどこにでもあるありふれた物だったのだとか。
そうした豆知識をハルが語ると、忍者ごっこを楽しんでいた白銀たちが露骨にがっかりしていた。
……AIである白銀には、あらかじめ知っていて欲しかったところである。
「……脱線、にゃ?」
「そうでもないよメタちゃん。ここが、今回重要になってくるポイントさ」
「忍者さんが、ありふれた服を着ていたという所ですね!」
「そうだねアイリ。何故かといえば、それは目立たないためだ」
《確かに道に忍者装束が居たら目立つな》
《怪しすぎる(笑)》
《忍者なんで!?》
《署までご同行いただけますか?》
《当時なら切られてた》
《当時物騒すぎね?》
《ああ、なるほど。だからその装備を調べると》
《ありふれた装備なら、調べても無意味では》
《普通ならね。だけどローズお姉さまなら》
《そこで<解析>か!》
「そういうことだね。普通なら、装備を破損ないし紛失してそれを調べられても、店売りの品なら何も出てこない」
「あー、どーりで通常のショップで見たことあるヤツだと思った。暗殺者なら、もっと特注の使ってそうなのになーって」
「ユキの言うのはうちのスタイルだね。性能重視。あちらさんは、バレないこと最重視なんだろうさ」
「表にまるで情報出てないもんねー」
装備が特別であればあるほど、それを使っている者は限られる。
それは自然と周囲の目を引く結果となり、思いもしない所から自分の、ひいては組織その物の秘密が明るみに出る結果を招きかねない。
それを避けるため、侵入者はどこの店でも売っている特別感のまるでない装備を身に纏っていた。
そこが逆に、プロの仕事を思わせる。
「ただ、今回は相手が悪かった。これを<解析>すれば……、っと、出たね。このローブの製作者は『カゲツ』の『商業ギルド』に登録した服飾職人『ザンゲ』さん。謝ってそうな名前だ……」
「そこまで分かるのですね! すごいですー!」
「もっと分かるよ。買った店はカゲツ首都の服屋。使ってる素材は低品質のコットンフラワー、木綿製だね。この産地はここアイリスみたいだ」
「すごいですー! ……えーと、カゲツは商業のお国ですから、きっと輸入品ですね!」
「きっとそうだね」
《すげー、タグ付いてるみたい》
《ネットで追跡してるんかと》
《ファンタジー涙目》
《<解析>万能すぎん?》
《そこはもっと、魔法でぼんやりとさぁ!》
《現代か!》
《欲しがる人多いわけだ》
《これってユニークスキル?》
《命名規則的には汎用のはず》
《単に難度バカ高いだけか》
現代の衣服はどれも、その服それ自体に製造情報が『編み込まれて』いる。
俗にタグと呼ばれ、服をエーテルネットに接続すれば自動的にそのタグ情報が読み込まれて、素材から生産者まで、詳細な商品情報が閲覧できるのだった。
ハルの行った<解析>も、魔法のようなファンタジー要素よりもそうした現代要素を思わせる。
「本当に涙目ですねー。こんな風に丸裸にされるとは、謎の組織も考えてなかったでしょうねー」
「まあ、そうだろうね。既製品を使っていれば、自然と街に溶け込めると考えるのは当然だ」
「これで逆に、生産者が『ナゾー隠れ里』に住む、『秘密結社アクージ』の『ワルイゾー』さんのハンドメイドとかだったら、お手上げだったんですけどねー」
「すごく悪そうな人だねカナリーちゃん」
「でしょー?」
相変わらず命名の苦手そうなカナリーであった。ちなみにハルは好きである。
組織内の装備品を、そうしたハンドメイドにてほぼ賄っているのはむしろハルたちだ。
もし同じように<解析>で調べられたとしても、情報の何もない所から出所を突き止めるのは困難極まるだろう。
まあ、今のハルたちは有名すぎるので調べるまでもないのだが。
そうして少女の装備品を全て<解析>していくと、それらはほぼ『カゲツ』と『ガザニア』のショップにて買いそろえられた物であると判明した。
「なるほど? これは、彼女がよく利用しているのがこの二国、ってことなのかな?」
「もしくは、組織の拠点がその近くにあるか、っすね! そうだったら熱いんですけどねえ。いや、無いかー。想像するとシュールっすもんね、組織の構成員が、備品の地味な服を大量発注している図は。目立つし!」
「確かにね。でもエメの言う通りなら、その糸を辿るだけで本部まで辿り着けそうだけど」
「服だけに糸、ってことっすね! えっ、違うっすか?」
特にそういった意図はない。
それはともかく、浮かび上がった二つの店、これに着目して調査を進めれば、今まで一切手がかりを残していない謎の組織を、更には紫水晶の謎を明らかにすることも出来るかも知れない。
ただ、ここでも問題となるのはハルの立場。上級の<貴族>となった身では特に、『ちょっと国外に買い物に行ってきます』と気軽に言い出せる身の上ではなくなってしまった。
さて、そこはどのように言い訳をつけたところか。そして、どちらの国を優先して調べるべきなのであろうか?




