第666話 締めくくりは打ち上げ花火
唐突にメタが飛び掛かった何もない空間。ハルの居る頂上部と比べ低い位置にある王城の屋根。 そこにはメタの睨んだとおり、姿を消して潜んでいる影が居た。
「……つかまえた、にゃ!」
メタは飛び掛かった勢いのまま、器用にその人物を拘束し動きを封じる。
不意打ちが成功したとはいえ、あまりにあっけなさすぎる気もするが、どうやら白銀たち<隠密>が語ることには潜伏している状態のまま攻撃を受けると、しばらくの間無防備になってしまうらしい。
この間者も同じなのであろう。
「おーすげー。全然気付かなかった。あれって何のスキル使ったんだぁ?」
「勘」
「……はい?」
「メタちゃんは、勘が鋭い。猫さんだからね」
「えぇ……」
《まさかのリアルスキル(笑)》
《これって冗談?》
《スキルの詳細を隠すためのブラフ?》
《いや、マジだぞ》
《えぇ……》
《『おちびーずの冒険』動画を見れば分かる》
《気配感知に関してはガチのマジ》
《それがあったから<隠密>覚えたんだし》
《実は<隠密>は死ぬほどレアスキル》
そうなのである。まあ、半分反則のようなものなのだが、メタたちは人間ではない。そのAI特有の特殊な感覚により、このゲーム内のデータの流れのようなものを察知できる。
それにより、まだ<隠密>を習得していない初期状態のままで、強敵ひしめくクリスタの街周辺まで戦闘なしで到達できたのだった。
「……『麻痺』、にゃ!」
「あっ、メタちゃん待って」
「……にゃ? ……ふなう! みゃ、みゃ~~」
「大丈夫だよ、しょうがないしょうがない。逃げられるよりマシだ」
メタは動きを封じた敵の諜報員に対して、すかさず『麻痺』をかけて無力化する。
本来なら流れ作業のようにその処置で問題ないのだが、今だけは少しまずかった。
「どうしたローズちゃん? そいつも逃がす必要あったとかかぁ?」
「いや、今この瞬間行動不能にしてしまうと、アレの操作がね」
「あっ」
ハルとミナミ、その視線を捕獲された小柄なローブの諜報員から、公爵邸で暴れまわっているモンスターへと移す。
その巨体は今、『ハルが最もやって欲しくない行動』、として自爆を命令されたばかりだった。
「やっっっっばっ! マズくねローズちゃん!? アイツ、こなまま吹っ飛んじゅうん!?」
「落ち着けミナミ。噛んでる。『自爆』とは言っても、自爆コマンドが組み込まれたモンスターじゃなければ純粋な自爆は出来ない」
これがカナリーたちのゲームであれば、モンスターの体を構成している魔力を過剰暴走させての破裂なども応用で実行可能だが、こちらはそうはいかない。
プレイヤー、運営共にそこまでの自由度は許されておらず、基本的にスキルに無い行動は行えない設定になっていた。
だが、それでもハルの嫌がる自爆は可能だ。見れば怪獣型モンスターは今、その口腔を真下に、自分の足元に向けてエネルギーをチャージしている。
今までは自分もダメージを受けるため行わなかった位置。そして、環境に被害を出そうとするならば最適でもある位置だ。
「まいったね、どうもこれは。真下はまずい、反射で狙いにくい」
「そんなこと言わないでなんとかしてくださいよぉ! 反射レーザーは全方位対応の無敵技じゃなかったんすかぁ!」
「真下だけは別なんだよね。『鏡』が置けない」
ビームを自在に反射する、『鏡』の役割をした小鳥の使い魔。全周囲を包囲する無敵の布陣だが、唯一それでも使い魔を配置できない位置が足元だ。
それは地面があるからであり、怪獣の巨体があるからでもある。
超強力な魔法である<神聖魔法>の収束ビームを捻じ曲げているため、その『鏡』もまた強力に見えるが、中身は非力な召喚獣。
ミナミに説明したように、ビーム側にそうした設定がされているから、簡単な操作で軌道を変更できるだけなのだ。
《使い魔ちゃん潰されちゃう》
《ひ弱な小鳥さんだしなぁ》
《いけたとしても、角度的に厳しい》
《下手すると<神聖魔法>が被害出しちゃう》
《相打ちで爆発したら……》
《自分で街を傷つけちゃうな》
《また横から殴れば?》
《それも直角に曲げる必要がある》
最初にやったように、敵のビームをこちらのビームで横から殴るように方向を逸らそうにも、距離と角度がきつくなる。
真横90°に捻じ曲げなければならず、しかも地面に向けて撃つので距離が稼げない。
横から弾き飛ばそうとしても、少し離れた地面に着弾してしまうだけだ。
そして、二つのビームの複合エネルギーは崩落した城壁を見れば理解できるとおり。あの場でその爆発が起これば、街中での大災害は免れえまい。
「……と、悩んでいても発射されてしまう。カナリー、エメ、任せたよ?」
「《お任せですよー》」
「《らじゃっす! よーし、やったるっすよお、うおりゃああ!》」
「《気合入れてますけどー、実際に働くのは召喚獣なんですよねー》」
「《言っちゃ駄目っすよカナリー!》」
エメにしては一言一言が短いのが、余裕の存在しない様子を物語っている。
だが、二人は超優秀なAIと元AI。やれると言うならば必ず成功させるだろう。
ハルは初撃の対処をカナリーとエメに任せ、暴走を始めた怪獣に止めを差すための計算を始めるのだった。
◇
「《ほら、どいたどいたっすよ! 怪獣の前に、わたしの召喚でひき潰されちゃいますよお! さすがにこれで死んでも苦情は受け付けないっす、緊急事態なんで! といっても、足元にはもうほぼ残ってはいないですね、怪獣さまさまですか》」
「《馬鹿なこと言ってんじゃないですよーエメー。その怪獣が余計なことしなければー、こんな急がなくて済んだんですからー》」
エメは自身の<召喚魔法>で呼び出したモンスターたちを敵の足元に集結させ、カナリーは<攻撃魔法>の強大な一撃を詠唱する。
足元に向けた自爆攻撃を見て、プレイヤーが避難していたのが幸いした。これまた大型の強力な召喚獣が大挙し集って行くスペースが確保されている。
「なるほど、アイツらをまた盾にするんだなローズちゃん!」
「ハズレ」
「ぬがっ!」
《情けないぞミナミ》
《いけるのかそれ?》
《スペース的に厳しそう》
《口元に三段重ねくらいが限界》
《三段重ねでもシュールすぎる……》
《地面まで距離がなー》
エメの召喚獣全てを盾にすれば、もしくは防御しきれるかも知れないが、召喚獣の一体が倒れ次と入れ替えるタイミングがない。
よって、盾にするという選択は取らず、エメが命じたのは真逆の『攻撃』であった。
「《いけいけわたしのモンスター! 突進だ、頭突きだ、体当たりだ! それー、吹っ飛ばせー! ……びくともしねえ! うーむ、デカいだけはある。しかもこんだけちょっかい掛けてるのにこっち見向きもしないっすねえ、生意気》」
「紫水晶の使用者の最後の命令を遵守してるんだろうね。『自爆覚悟で足元を吹き飛ばせ』、って」
「《そこが隙でもありますよー?》」
「そうだねカナリーちゃん。お願い」
「《はーい》」
「《こっちも休まずやれー! 反撃はこないぞー!》」
召喚獣が代わる代わる怪獣の足元に突進を繰り返し、たまらずその巨体がバランスを崩しよろめく。
しかしそんな事など構うことなく、敵は狙いを真下に向けたままチャージの完了した火炎のビームを放とうとしていた。
「《いまですよー》」
まさにその瞬間、完璧なタイミングでカナリーの<攻撃魔法>が炸裂する。そのぐらついた足元が、『地属性』の大魔法により地形ごと大胆に隆起して行った。
元々崩していたバランスと相まって、プレイヤー集団の攻撃にも揺るがなかったどっしりとした巨体も、ついに崩れる。
たまらず倒れたその身は天を仰ぎ、ビームを放つ寸前の顎もまた地面から狙いを外し空を切る。
「《よっしゃー! やったっすよハル様! 見たっすか? 見たっすか!》」
「よしよし、偉い偉いエメ。よくやったね」
「《やったー!!》」
「《おおげさですねー》」
「カナリーも、流石だね」
「《いえーい》」
赤い一条の光は天に登って行き、決死の攻撃は不発に終わった。
モンスターはその巨体をすぐに起き上がらせるが、次のチャージまではまた時間が掛かる。
そして、周囲には相殺に使わなかった為に丸々残った<神聖魔法>のエネルギーが反射しながら浮遊している。
「さて、潮時だ。これを使って、この怪獣を倒してしまおう」
「つってもどーすんだぁ? あのビームが強いのは分かるけど、さすがに一発じゃ倒し切らんくね?」
「切らんね。だから、プレイヤーの皆や市民にも協力を仰ごう」
「協力っても……、ぜんぜん決定打あたえれてなかったじゃん? なんか考えがあるのかぁ……?」
ある。今カナリーたちが足元を崩したことをきっかけに、面白いことを思いついた。
特に、あのモンスターは今、己の足元に向けて自爆攻撃を放つことしか頭にない。周囲にエメの召喚獣が集ったままだというのに、完全に無視して再びビームをチャージしている。
「多段ブースターのロケット、見たくない?」
ハルは周囲に展開した使い魔から、アイテム欄に保管していた大量の装備品を地面に向けて突き立ててゆく。
それは、当然のように全てがルナお手製の投げれば爆発する爆弾武器。
その地面に突き刺さった無数の武器の数々を、周囲のプレイヤーに『自由に手に取っていい』と抜きさることを許可していった。
「さて、大きな打ち上げ花火の時間だ。派手に大気圏を突破しよう」
「まさかのモンスター花火はこの伏線だった!? あの時から、これを計画して……、ローズちゃん、怖ろしい子……!」
別にそんな予想が出来るほどハルは全能ではない。ただの遊び心である。子供じみたいたずら心。
ハルたちはこの防御が無防備となった巨大な的を、空へと派手に打ちあげることにしたのだった。




