第665話 反射結界
ハルの放った収束し超威力のビーム砲と化した<神聖魔法>。そのエネルギーは着弾の一歩手前、何もないはずの空中で突如として方向転換した。
そのままでは公爵邸の敷地に衝突し、屋敷と庭のプレイヤー達も巻き込んで大爆発を起こしていたところ、急に空へと向けて進路を変えた。
更に、その魔法のエネルギーは空の彼方へと消え去りはしない。
すぐにまた進行方向を切り替えると、怪獣型の巨大モンスターの周囲を旋回するように、反射を繰り返して空中に留まり続けた。
よく目を凝らして見れば分かるだろう、そのビームが反射しているポイントは何も無い空間ではあらず、ハルの召喚獣である小鳥が浮遊している。
「どーなってんだぁアレ? アンタの<召喚魔法>、魔法の反射スキルでも付いてんのかぁ……?」
「そんな訳ないだろミナミ。そんなバランス崩壊スキルがあるなら、直接敵の魔法を反射する」
「そらそーだな」
《いや、<支配者>も十分ぶっ壊れ……》
《そういえばリフレクトって無いよな》
《そりゃ、MMOで易々とやっていい物じゃない》
《魔法職全員死ぬもんな》
《相性バトルは少人数じゃないと》
《たまにボスであるけどね》
《魔法はともかく物理反射は許されない》
《冷静に考えて、物理反射って何だ……?》
《冷静に考えるな》
当然、ハルが都合よく反射スキルに目覚めたという訳ではない。
空中を跳ね返っているように見えているが、それはあくまで見た目だけのこと、実際に行われている処理は、鏡に跳ね返るような単純なものではなかった。
むしろ、それならどれだけハルも楽だったことか。
「では君たちに種明かしをお見せしよう。ちょうど、また怪獣もビームを吐こうとしてるみたいだからね」
足元に群がるプレイヤーを相手するのがキリがないと感じたか、それとも自身の周囲を飛び回る高威力の魔法に脅威を感じたか。
敵モンスターは再び高威力の火炎を口内にチャージし始めた。
今度はご丁寧に、ハルの位置から弾き飛ばせない角度での放射になるようだ。
「……これは、このモンスターを呼び出した術者が確実に見ているね。どこか、近くに潜んでいるのか?」
「余裕ぶってる場合ぃ!? ローズちゃん、アンタもチャージしないと間に合わないんじゃないのぉ!?」
「問題ない。もうチャージ済み発射済みの魔法が現地にあるだろう?」
ハルが杖で公爵邸の方角を指すと、巨大モンスターと、それを周回するように反射する<神聖魔法>が確認できる。
その反射を繰り返していた魔法が徐々に速度を落としてゆき、そしてモンスターの正面で完全に停止した。
「さて、種明かしの時間だ。あの反射は、反射効果のスキルによる物ではない。では何かと言えば、僕の使い魔を通しての手動による方向転換さ」
「……手動?」
「うん。手動」
《また訳の分からないことを仰りだしたぞ!》
《ローズ様はこゆとこ、ローズ様だよなぁ》
《ローズ様を理解不能の代名詞にするな》
《流石はお姉さま(思考放棄)》
《つまり、どういうことだ?》
《わからん(笑)》
《あれじゃね。発射を強引に止めてチャージと同じ》
「その通り。<神聖魔法>をこの凶悪なビーム砲にするには、発射しようとしている魔法を強引に止めながら過剰に魔力を注ぎ込んでやる必要がある」
「あー、あれかね? 反発する空気を強引に圧縮して、それを開放することで推進力にするような」
「そのイメージで構わないよ」
圧縮空気による推進力は、現代においてかなり身近に利用されている運動エネルギーだ。
空気というと非力に聞こえそうだが、大きな物では地下鉄の主機関としても利用されている。
アイリのお気に入りでもある、チューブの中をゆくカプセル状の乗り物だ。
「その『空気入れ』に当たるのが、<支配者>の中に生まれたコマンド『魔法支配』だ」
「つまりアンタは、召喚獣を通してその『魔法支配』を……」
「そう、反射の瞬間に対応する使い魔から発動して軌道を変更している」
「変態だぁ! やっぱこの人の頭、どうかしてるってぇ! 変態的だってぇ!」
「失礼な。人聞きの悪い」
ユキの言う『化け物』は喜ぶハルだが、『変態』はいただけない。風評被害である。
これは言葉の響きの問題だろうか、それとも発言者の問題だろうか?
少し気になるハルだが、これを口にしてしまうとまた別の問題が出てしまうため、疑問は自分の胸にだけしまっておくことにした。
《なら、ユキに『変態』と罵ってもらうプレイはどうかしら? そうすれば、真実が分かると思わなくって?》
……胸にしまっておいてもダメだったらしい。今のハルたちは、精神的に繋がってしまっている。
その繋がりを通じて、最も厄介なお方に察知されてしまったようだ。ルナが楽しそうにメッセージを送ってきた。
《……もう『プレイ』って言っちゃってるし。それに、そのプレイ僕だけじゃなくてユキにもダメージ行きそうなんだけど?》
《あら? 二度おいしいじゃない、それなら》
眺めて楽しむつもりである。むしろ混ざるつもりである。
怖ろしい計画だ。今すぐに話題を逸らさねばならない。
幸い、空気を読んだ怪獣が都合よく口内のエネルギーを放射してくれた。これは礼をしなくてはならないだろう。
ハルはお礼の品代わりに、こちらも目の前で待機させておいた<神聖魔法>のエネルギーの塊を解き放つ。
敵は発射直前に、せめてもの抵抗として首を強引に振りむき、あらぬ方向へと火炎を撃ち込みハルの裏をかこうとするが、発射の方向転換ならばハルの方が容易だ。
二体の使い魔を中継点として経由させることで、容易に敵の振りむき方向へと対応した。
屋敷を外れ市街地へと向けられたその炎だが、それが首都を焼く参事は起こらない。反射し軌道を曲げた<神聖魔法>が再び直撃する。
今度はビーム同士が正面から撃ちあう形となり、先ほどとは違いモンスターの本体にもダメージが入る。
押し負けた自分の炎が体をかすめ、残りのエネルギーは全て空の果てへと消えて行くのだった。
「うん、反射で減衰してもまだ出力は僕の方が圧倒している。問題ないね」
「今の一瞬で振り向きに対応するとか、どーゆー操作速度してんねん!」
《お嬢様はデイトレードで鍛えてるからな》
《一瞬の売り逃しが命取り》
《コンマ以下の売買速度を見たか》
《……無理がない? その理屈》
《俺もちょっと苦しいかなって思った》
《ちょっとじゃないんよ》
《まずお嬢様はデイトレしない》
《お金持ちはみんな株やってる勝手なイメージ》
《わかる》
この使い魔を使った反射機構の展開により、この離れた位置からも的確に高威力のピンポイント攻撃が出来る。
精密性だけが少し不安だったが、思考のほとんどを回せば対応できそうだ。今の一瞬の対応が間に合うのならば、問題ないだろう。
この反射レーザーのような全方位攻撃で、この怪獣災害からも街に被害を出さずに完封してみせよう。そう意気込むハルであった。
◇
そして、ハルの展開した『結界』による封じ込めが始まった。
敵モンスターの吐く凶悪な威力の火炎攻撃は、しかしそのことごとくをハルの<神聖魔法>により相殺される。
魔力のチャージ速度はハルの方が圧倒的に早く、それ故に敵がビームを吐こうとするときには必ずハルのビームも周囲の空間を反射しながら待機している。
その発射角度は自由自在であり、エネルギーは全て空に吸い込まれて行き街へは一切届かせない。
その焦りからかどこぞに潜む指揮者の判断も雑になり、足元のプレイヤー達への対処もおざなりになっていた。
今はもう、周囲を飛び回るハルのビームをどう対処するかで頭が一杯だ。
「当然、そうなればプレイヤー達もすぐそれに気付く。自分たちに被害が来なくなったってね」
《流石に慣れてんな》
《好機は逃さない》
《ちょっとせこいな(笑)》
《そういうもんだろ。ボスが隙を見せたらチャンス!》
《隙を見せる方が悪い》
《その間にダメージ出せるだけ出す!》
「まっ、今回迷いなく参加しようなんて思うやつはどいつもこいつも他ゲーで訓練されてっからなぁ。無防備なうちにDPS稼ぐのは体に染みついてるっしょ」
「そうだね。だから僕は敵のビームを防ぐことに終始していれば、あとは自動で倒せるって訳」
「<支配者>してるなぁ」
実際、ハルが戦況を支配していると察したプレイヤーの中には、ハルの<支配者>スキルを受け入れた者も多い。
彼らは強大に膨れあがったハルから支援を受け取ると、未支援のプレイヤーを圧倒する貢献度を稼ぎ出していた。
「何もかも思い通りってワケか。しかし、どーなってんだぁ、アレ? 確か小鳥ちゃんは、本人に比べて弱っちいスキルしか使えないんじゃなかったかぁ?」
「基本はね」
ミナミが疑問に思っているのは、ハル本体が練り上げた強力な<神聖魔法>を中継点の使い魔が制御できていることだ。
本来使い魔の出力は弱く、もし<神聖魔法>を使い魔から放ったとしてもまるで威力は望めない。
せいぜいが、始めたばかりの低レベルプレイヤーになら勝てる程度だろう。
だが今は、反射ビットとして本体の放ったビームをいとも簡単に(実際は割と疲れるが)反射や静止させている。
それが、まるでルール違反に見えるのだろう。
「話は結構、単純なことさ。『魔法支配』のコマンドの主体は、使い魔ではなく反射している<神聖魔法>の側にあるってだけのこと」
「ほーん、んん~~? つまり、ローズちゃんは手元でエネルギーと一緒に制御系もビームに注入してて、鳥ちゃんはその制御ボタンを押してるだけってことか」
「概ねその通りだよ。理解が早いねさっきから」
《ミナミ、実は頭いい?》
《馬鹿っぽいのに(笑)》
《まあ、真の馬鹿ではツッコミ役は務まらん》
《突っ込む知識がないとな》
《センスだけでやってると思ってた(笑)》
《それこそ反射で突っ込んでるのかと》
《いや、それはある》
《あるな、ミナミだし》
《きっと本人も何言ってるか分かってない》
お調子者で道化じみた姿しか視聴者には見せていないが、仮にも大人気のプレイヤーだ。
そのキャラクターを演じ続けるには、綿密な計画や計算が必要となっているのは間違いないだろう。
そんなミナミが公爵を誘導することで企画したこの騒動も、そろそろ終幕の時だろうか。
勢いづいたプレイヤーの群れの大攻勢も手伝い、モンスター側はもはや防戦一方。
いや、本人は、その指揮をしている者はなんとか現状を打開しようと色々と攻撃を試みてはいるが、全てをハルの反射ビームに封じされている。
「勝負あったかぁ? 流石に全方位反射レーザーは反則だよなぁ。怪獣選手、これは相手が悪かったかぁ!」
「そうだね。自分で言うのもなんだけど、現状で僕が居なかったら厳しかったとは思うよ」
「それはそう! ただその場合は、まだ俺が企画を実現させなかっただろーけど!」
ハルの存在があったからこそ、ミナミも計画の実行に踏み切ったのだろう。
そうでなければ、ただ王都を蹂躙した凶悪プレイヤーだ。その場合悪役として勢力を伸ばしていくことになるのだろうか?
「しかし、あまりに一方的すぎっとスリルに掛けるなぁ? 解説のローズさん! ぶっちゃけ、この状況は怪獣選手は詰みなのでしょうかっ!」
「誰が解説だ。むしろ僕が選手代表なんだけど……」
ただ、言いたいことは分かる。絵面が派手なので放送映えはしているが、現状はもはやただの作業と言っていい。
怪獣のビームのタイミングに合わせて、こちらのビームを『置き』にいく。
その一連の反復作業さえミスしなければ、あとは敵のHPが尽きるのを待つだけである。
「そうだね。つまり、現状で、『僕がやられて嫌なこと』になるね、敵の反撃の目があるとすれば」
「やっぱ、もはや何をやっても無駄、みたいな感じぃ?」
「そうでもない。僕の勝利条件は厳しい、街に一切被害を出さないことだ。そこを崩せばいい」
「……となると、市街地を狙って撃つ、は失敗したしなぁ。……どーすんだ?」
「簡単なことだ。自爆すればいい」
「なるほど! ってそれこそ無理だろぉ!? 唯一で最大の戦力なんだからさぁ!」
既に壁外のモンスターの残りは、そのほぼ全てが排除完了した。
残る水晶モンスターはこの巨大怪獣のみであり、それを失うことは攻撃側の完全敗北を意味する。
「だが、一矢報いたいならやるしかない。皮肉なことに、そこに転がってる公爵はその手の判断には長けていたね」
「あー確かに。姑息な判断は得意だったなぁ……」
このままでは、一切何も出来ないまま終わってしまう。ならば一か八か、何もしないよりは賭けに出るべきだ、と捕縛したカドモス公爵は考えそうだ。
そして、その思考こそハルが今やられて一番嫌なことになるが、この怪獣の指揮者は公爵よりも慎重な使い手のようだ。
「むっ、なんか動きが変わったか? ついに敵も詰みを察して賭けに出たかぁ!?」
「……まるで僕らの会話を聞いていたかのようなタイミングだね」
《ミナミ、お前……》
《まーた裏切ったんか》
《いつかやる人だと思ってました》
《毎度のことですね、ファンやめます》
《何回止めてるのか》
《失望しましたファンになります》
《ファンじゃなかったのか(笑)》
《情報誰かに伝えてるん?》
「いや、違う違う! 俺じゃない、俺じゃあないぜローズちゃん、信じてっ!!」
「まあ、信じるよ。ミナミの操作スキルじゃ、僕に隠れてこっそり情報を伝えるには時間が足りないし」
「信じてくれてうれしいなぁ、信じる理由ひどいなぁ! ……じゃあ誰だ!? 偶然?」
「いや、単純に近くに居るんだろう」
敵は先ほども、姿を隠して暗殺を試みてきた。つまりは、白銀たちの<隠密>のような潜伏スキルが使えるのだろう。
「というわけで、メタちゃん」
「……にゃ! …………にゃ~~~?」
メタが舌なめずりをするように周囲を見渡すと、その視線は一点で止まる。
そして躊躇することなく一気に、猫が本来肉食獣であることを思い出させる勢いでその空間へ飛びついて行くのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/1/14)
一部スキル名を調整しました。




