第664話 反射鏡
「しかし参ったね。今は上手くいったが、ここからの攻撃ではどうあがいても周囲に被害を出してしまう」
「《プレイヤーの人たちも集結してきたっすからねえ。怪獣だけに限らず、ハル様がなんか高威力の魔法でも撃つようなもんなら彼らもボンですよ、ボン! しかも今回は身内じゃないっすからねえ、恨まれちまいます》」
「《いいんじゃないですかー? ハルさんのアレを見てなお参戦してくる奴らなんて、もともと覚悟完了してるでしょーしー》」
超巨大モンスターの足元には、早くもプレイヤー達が集い始めその巨大な足へと攻撃をくりだしているのがハルにも見える。
その事を語るカナリーとエメも、外の掃除にキリをつけて現場に急行中だ。
「ついに来た地上レイドだからね。何がなんでも参戦したかろう。そこを無慈悲に吹き飛ばすのは、少しね」
つい先日、ハルが大規模な連合を組んでのバトル、俗に言う『レイド』の報酬が美味しいと示したばかりだ。
たとえ死んでも、その恩恵に少しでも預かろうと動く者の気持ちは分かる。
「《私たちはー、お外にもどりましょーかー?》」
「いや、カナリーちゃんたちはそのまま怪獣のとこへ。僕の指示に従ってくれる人員も欲しい」
「《はーい》」
モンスターの足元には続々と、壁外で戦っていたプレイヤーもこぞって逆戻りしてくる。
それにより、殲滅寸前だった外部の敵を担う者が一気に手薄になり、穴の開いた前線の一部が再び城壁へと迫ろうとしていた。
「むしろあれの対処は僕がやろう。むしろ、小回りの利くカナリーちゃんたちがあっちに行ってくれた方が良さそうだ」
「《はいはーい》」
足の速い召喚獣に乗って、カナリーとエメは素早く現着。巨体に群がるプレイヤー達から少し距離をとって、臨戦態勢に入る。
「《おーおー、うっとーしそーですねー? ぷちぷちと踏みつぶしてますねー》」
「《そらー死にますって。まあでも、記念参戦みたいなとこもあるんでしょーねー。みんな楽しそうっす! ただ、そーろそろ我慢の限界で何やかやのアレコレが来る頃なんじゃないすかねえ? 警戒した方がいいのかと》」
だがそんなエメのぼやきは、怪獣の足に必死に切りかかるプレイヤー達には届かない。
目ざとくというべきか、賢くというべきか、ハル陣営の放送内容をチェックして離れた場所にて攻撃タイミングを窺っていた者だけが、ぎょっ、として一目散に更に距離を取った。
《来た!》
《発狂入ったか》
《イライラしてるぅ》
《気持ちは分かるわな》
《あっちが小型モンスターに絡まれてるようなもん》
《足元チョロチョロしつこいなぁ……》
《どーんと一掃したろ》
その視聴者たちの予想の通り、巨大モンスターは足元に群がるプレイヤーを一掃するかのように、次々と小刻みに口から火炎を吐き出して薙ぎ払う。
その威力は先ほどの凶悪な一撃とは比べるべくもなく低いとはいえ、今の平均レベルのプレイヤーを葬り去るには十分。
更には、イライラして狂乱しているかのように四方八方に、その獄炎をまき散らしていくのであった。
「《おおっとお! 来ましたね無差別攻撃が! よし、行け、わたしの愉快な召喚獣たち! 肉の壁としてハル様の大事な護衛ポイントを守るんですよお。うおお、うーん……、胃痛がゴージャス……、ボス級の召喚獣が次々と盾になって死んでいってるう……》」
「《防ぎ切ったんだから十分な仕事ですよー。情緒不安定ですねー、エメはー》」
召喚獣やNPCなどまるで気に掛けぬ暴君ぶりを見せたかと思えば、一瞬でその消滅を惜しむ小市民へと変貌する。
普段から情緒の波が激しいエメだが、今日はまた一層であった。
「《だってこいつらハル様のお財布から生まれたモンスターなんすよ。普段はほら、無駄のないように骨まで美味しく頂いて終わりにしてるんすから。ああっ、サイコじゃない、サイコじゃないっす! コストの有効活用っす!》」
「《ただ帰還だけって絶対にしないですもんねー、エメはー》」
面倒でも呼び出した召喚獣は必ず最後まで活用してから消しているエメだ。
召喚獣の元となるコスト、すなわちHPMPがハルから供給されていることから来る負い目だろう。別に気にしなくてよいのだが。
《イチゴちゃんっていちばん庶民的だよね》
《お嬢様では、ない!?》
《いや、感覚狂ってるよ。十分おかしい》
《ちゃんとぶっ飛んでる》
《でも上下関係出てるよね》
《お抱えの天才技師とか?》
《何の技師だよ(笑)》
《先輩後輩とかならこんなもんじゃね?》
エメのハルたちに対する負い目、気にしなくては良いとは常々言っているのだが、やはりまだ割り切れないようである。
そのうち、その壁もなくなって真に打ち解けてくれる日がくると良いのだが。
……まあ、それはそれとして、今はそのキャラが受けているので追い打ちをするハルだ。
「さて、ではエメにお仕事だ。今のように、最高級の召喚獣を盾にして周囲への被害を抑えるように」
「《無駄遣いの強要っ!?》」
今は無い胃を抑えるわざとらしい姿に苦笑しつつ、ハルは一先ずの対応を現場の彼女らに任せるのだった。
◇
エメが召喚獣を飛び込ませ、カナリーが強力な<攻撃魔法>でモンスターの吐く火炎と相打ちにする。
そして文字通り蹴散らされて消滅する端から次々と、プレイヤー達の軍勢は補充されてモンスターの気を散らしていく。
その総力を掛けた攻撃により、なんとか今のところは屋敷にもその先の街並みにも、さほどの被害を出さずに乗り切れていた。
「地味だなぁ、地味地味。ダメだよローズちゃん。もっといつもみたくド派手に決めないと! 全力見たいなぁローズ<侯爵>閣下のさぁ!」
「そうは言うけどねミナミ、今の僕が全力でやったら、どうやっても街に被害が出る」
「そんときゃ恐怖で<支配者>ポイントアップよ!」
「また勝手なことを……」
案としては合理的であるのが厄介なところだ、ハルとしては強く否定できない。実際、普段ならやりかねない。
「君こそ仕事したらどうだい? アレに弱体掛けるとかで」
「むーりー。怪獣の弱みとか知らんし俺。あれかぁ? いびきがうるさくて地方一帯を寝不足にしてるとかかぁ?」
それはもう煩いでは済まない気がする。音響兵器レベルだ。
彼のスキルはそのプレイヤーの放送した内容に“失敗”が混じっていた時、それを切り取り見せつけることでその対象を弱体化するというもの。
本来なら精神攻撃にしかならないものを、システム的にステータスにまで影響させる面白いスキルだ。
そんなミナミの固有スキルは対人戦特化のところがあり、確かに怪獣には通じないが、それでも通常の弱体系スキルも彼は備えている。
全くの無力ではないはずだが、やはり今は主催者としての立ち位置を貫きたいようだった。
「まあ、仕方ない。僕も、試してみたい物があったしね」
「おっ、新技かぁ!?」
《おお!》
《またローズ様が強くなるのか》
《強くなるというかテクくなるんじゃね?》
《強さなら十分だもんな》
《強すぎて『誤射』してしまうだけで》
《なにすん? わくわく!》
《というか射角変えればいいのに(笑)》
《確かに。ローズ様も足元行けば一発だな》
《屋根の上は譲れない!》
いや、別に譲ってもいいのだが、出来る事ならこの位置、首都で最も高い位置をキープしたいハルだった。
ハルが活躍したと誰の目にも明らかになると同時に、次の一手、今後のイベント展開にも繋がる予定を立てている。
そのためハルはその身を現場に投じることなく、ビームを打ち出すには不利になっているこの高所に留まっているのだった。
「さて、少し精密作業になる。ルナ、メイド隊、壁外の対処を一時任せる」
「はっ!」「承りました、お嬢様」
「任せなさい?」
空になった馬車に乗り、現状の流れと逆行するように再び壁外へルナたちが行く。
ハルは外の対処を彼女らに任せ、しつこく迫って来るモンスターへのレーザー照射を一旦止めた。
今からやろうとしていることは、ハルにとっても処理能力をかなり割く作業になる。
「アベル、街中の警護は君の部隊に任せたい」
「《了解した、主。むしろ、貴女が全部対処してしまうから、正直手持ち無沙汰でしたよ》」
更には、避難誘導やNPCの警護を担当して街中に散っている小鳥の使い魔の大半を怪獣の周囲へと集めていく。
それにより空いた警備の穴や、混乱に乗じた犯罪プレイヤーの対処もアベルを始めとしたクランの仲間に一任した。
そうして能力と意識のほぼ全てが現地へと集中する。カナリアの群れは、今は怪獣の周囲を取り囲むように等間隔に飛行している。
そこに、ハル本体から放たれる強力無比な<神聖魔法>のビームが飛び込んで行った。
「げぇ!? やっぱ吹き飛ばすんじゃないですかぁ……、ってえええええ!? 使い魔がビーム反射しとるぅぅ!!」
「……よくこの状況で的確に実況できるよね、毎度のことながら」
現地で起こっている現象はミナミの実況の通り。まるでレーザーが空中に設置された鏡に反射して跳ね返るように、使い魔がビームを空中で何度も何度も反射してモンスターの周囲を舞わせているのであった。
※誤字修正を行いました。(2023/1/14)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/25)




