第663話 怪獣と怪物
ハルは再び城の最上部、高くそびえる塔の上へと飛び上がると、そこから公爵邸の方角を見下ろす。
そこにはもはや目を凝らすまでもなく、起立する巨体が肉眼で簡単に確認できた。
「何型、と言うべきなのかなああいうモンスターは。二足歩行だけど人型ではないし、力強さとか尻尾とかはドラゴンに似てるけど」
「だから怪獣だって。てか落ち着いてる場合ぃローズちゃんんっ! はやくさっきのビームでぶっ飛ばしちゃってくださいよぉ!」
「君はもっと落ち着けミナミ。さっきと違ってあれは完全に街中だ。幸い、公爵邸の敷地は広いからすぐさま周囲に被害は出ないが……」
とはいえ、壁外や空中に向けて<神聖魔法>を撃つのと比べればやはり慎重にはなる。
特に現状はハルが上から撃ち下ろす形になっている。狙いを違えれば、射線上の家屋や住民に直撃してしまうだろう。
「……刺激しない、という手もあるにはある」
「そうね? 狙いは屋敷内の証拠隠滅でしょうし? それが済んで満足すれば消えるという線も有りうるわ」
《ある、のかなぁ?》
《どう見ても今回のボスだよーあれ》
《ゲーム読みすれば、倒すまで消えない》
《ここまで含めてひとつのイベントだよね》
《メタ読みに考えすぎじゃない?》
《にゃ!》
《それはメタちゃんね》
だが、十分にあり得る話である。
放送の盛り上がりを演出しようと考えているのは、何もハルやミナミといったプレイヤー側だけではない。
運営側もまた、イベントの盛り上がりが最高潮になるような演出を用意しているという読みは、それなりに的を射ている。
長年ゲームをやっているとそうした『テンプレ展開』は嫌でも掴めるようになり、イベント開始と共に終了までの流れが見えてくるものだ。
それに照らし合わせると、この怪獣が家を一軒破壊して消えていく、という流れは早々あるものではなかった。
そんな終わり方は、プレイしている方としても尻切れトンボ、あるいは画竜点睛に欠けるといった不満足さがあるのは間違いない。
「……とはいえ、面倒なんで満足して消えて欲しいところではあるんだよね」
《ローズ様って防衛ミッション嫌いだよね》
《好きな人いんの?》
《だるいだけっしょ》
《爽快感ないし》
《まあ分かるけど》
《やりごたえあって好きだけどなぁ》
《腕の見せ所ではあるよね》
《お姉さまのスーパープレイも人気ある》
西に東にと、忙しく視点を操作を行き来させるプレイは確かに見ている者を飽きさせない展開ではある。
しかしながら、非力なNPCを守りながら、というプレイを強制されるのはどうしても全力を出し難く、ハルはあまり好んでいなかった。
まあ、こうして民を導く<貴族>の<役割>を選んでしまった以上、この防衛ミッションの多さは受け入れなければならないのだろう。
「仕方がないか。どのみち、あの屋敷の中にもまだ人が居るんだ。このまま壊されたら彼らも死んでしまう」
「そうじゃ! ワシの館を守れぃ! あそこにはワシの財産の七割が、むぐぅっ!?」
「……また麻痺させた、にゃ!」
「ありがとうメタちゃん。さすがに煩いからね」
ちなみにその財産だが、もう公爵の手に戻ることはないだろう。どうせ守り切っても国に接収される。
ただ、彼の部下には罪はない……、こともないが、公爵本人ほど悪くはない。たぶん。
彼の企みのあおりをうけて、突然潰されて死ぬのは忍びない。
「幸い、使用人の多くはあの姿を見てもう邸内から逃げ出してるね」
「多くは、ということは、全てではないのかしら?」
「そうだねルナ。異常に忠誠心の高いのはまだ残っているようで、例のスキル封じの部屋を守ってる。厄介なことだ」
正直その部屋が今は一番危ない。何か証拠に繋がる物が隠されているならばその範囲内の何処かだろう。そこは確実に、徹底的に破壊してくるはずだ。
「幸いと言えば、体が大きいからか『召喚酔い』があるのか、怪獣もまだ目立った動きは……」
「……見せてきたようね?」
《なんかチャージしてるぅ!》
《口からなんか吐きそうだ》
《ブレスみたいの?》
《ところで『召喚酔い』って?》
《召喚されたターンは動けないルールのこと》
《何で動けないのか。酔ってるから》
《目が回っちゃうのか。かわいい》
《ぜんぜん可愛い大きさじゃないけどな!》
怪獣はまだ待機時間かと思いきや、もう既に屋敷を破壊せんと攻撃をチャージし始めた。
口内に炎のようなエネルギーを輝かせ、多くの視聴者が予想するようにドラゴンのブレスのような一撃を放つつもりだろう。
「まずいね。現地戦力じゃ守り切れない。カナリアを侵入させて非難を促してはいるが……」
「ダメなのね?」
「うん。梃子でも動かない。むしろこっちに攻撃してきた」
「そういうのはもう、見捨てればいいと思うのだけれど?」
ハルだけは、邸内のスキル無効空間においても力を封じられることはない。
そのため使い魔を飛び込ませて退避を呼びかけているが、聞き入れらないばかりか使い魔と戦闘状態に入ってしまった。
いかにスキルを無効化されていないとはいえ、使い魔の状態ではハルも大きな力を発揮できない。
公爵の親衛隊、かなりの高レベルなNPC複数を相手に無力化できる程の戦闘力はなかった。
「どうするか。屋敷を何が何でも守り切ることで、実質彼らも防衛するか」
あまり考えている時間はない。今は、それよりも怪獣の方へと思考の数を多く回さねばならないのだ。
ハルが高速で頭を回転させていると、その足元でスカートの裾を、ちょいちょい、と引っ張る小さな姿があった。
王城の屋根を猫のように(実際、猫だが)器用に飛んで登ってきたメタが、無邪気に何かを伝えようとしている。
「……白銀と空木、着いたにゃー?」
◇
公爵邸内に小柄な二体の影が唐突にその姿を出現させる。
忍者装束をイメージした装備に身を包んだその二人は、メタと同様<隠密>の白銀と空木。首都内の警戒担当の二人が、この場へ現着したようだ。
「《推参したです! ここは白銀に、お任せです!》」
「《でもおねーちゃん、空木たちでは、無効空間を無効にはできませんよ?》」
「《無効の無効を無効とは生意気です。ならばそれを、更に無効にしてやるです!》」
《小学生か(笑)》
《実際そのくらいのちっちゃさ》
《何歳なんだろー》
《かわいー》
《はいバーリアー》
《はいバリア無効ー》
《バリア無効を無効ー》
《バリア無効の無効は無効だからー》
《もう何がなんだか分からなくなってきた》
実際どういうことかというと、スキル無効空間では彼女らの<隠密>による潜伏スキルも解除されてしまう。それをどうにかしないとならない。
既に彼女らには対策があるようで、サポートのため近くに来たハルの使い魔を、わっし、とその小さな手で大胆につかむ。
接触したことにより、彼女らのスキルがハルにも影響し、使い魔の姿も同時に宙に溶けて消えていった。
「《これで大おねーちゃんも<隠密>に巻き込むです!》」
「《そうすることで、空木たちも大おねーちゃんの一部と判定されます》」
「大丈夫かなあ……」
「《ダメならすぐに逃げるです!》」
なんとも行き当たりばったりな計画である。しかし、何事もやってみなければ分からないのはその通りだ。
成功を確信するまで何も出来なくては、動ける場面でも動けなくなる。
ハルも少し彼女らの、無邪気な行動力を見習うべきかも知れない。
「《成功です! おらっ! 食らうです! さっさと大人しくなるです!》」
「《おねーちゃん。人数が居るんですから、一人一殺では足りませんよ?》」
「殺すな殺すな……」
「《へーきです! 撃ち漏らした分は、大おねーちゃんがなんとかしてくれるです》」
「《それもそうですね》」
「押し付けるな押し付けるな……」
《ローズ様が振り回されてる(笑)》
《珍しい(笑)》
《お姉ちゃんも大変だ》
《しっかり処理してるあたり流石》
《不意打ちが決まればこんなもんよ!》
《ハクちゃんのファーストアタックが注目を引いたね》
《結果的にそれが良い感じの隙になった》
白銀の考えなしの突撃でまずは近衛兵の一人が『麻痺』し倒れる。
そこで、攻撃に移ってしまったために<隠密>が解け姿を現した白銀が兵の注目を一身に浴びた。
その注目は、他への警戒を一層おろそかにする。その死角を突くように、空木が複数まとめて『麻痺』させて現場は更に混乱。
残りはハルが、使い魔から状態異常アイテムを使用し、一人残らず動きを封じるのだった。
「《やったです! さあ、さっさと全員『麻痺』漬けにしてずらかるです!》」
「《おねーちゃん。ずらかったらダメですよ。転がってるのはぜんぶ持って帰らないと》」
「《そーでした!》」
「やはり教育を少し間違えたかも知れない……」
そんな元気なちびっ子たちによって、残りの兵士も慌ただしく屋敷から運び出される。
なお、大半の作業は周囲から集められたハルの使い魔が行ったのは言うまでもない。
◇
そんな子供たちのお使いが完全に終わるより早く、巨大モンスターからのブレス攻撃は決行されてしまう。
仕方がないだろう。悠長に構えていた訳ではないが、大勢の兵士を無力化し全員を運び出す時間をさすがに敵も待ってはくれない。
公爵邸の上階を狙ったその一撃は、見るからに過剰な威力の炎。
勢いが強すぎて、もはやビームのようになったそのブレス攻撃が届く直前、その放射はもう一条のビームによって遮られた。
「……射角がギリギリだな。これ、城壁を少し削るね。削ったね」
「少しじゃないっしょーローズちゃんんんっ! めっちゃえぐり飛ばしてるってぇ!」
「細かいことを気にするなミナミ。なに、街に被害は無い」
「細かくないんだよなぁ……、賠償責任だぜぇ?」
その時は責任を持ってハルが城壁を補修するので問題はない。ついでに何か城壁に仕込んでおこう。
しかし、危ないところだった。怪獣の上背が高くなければ、狙ったのが上階でなければ、角度的にこちらの<神聖魔法>のビームが放てないところであった。
ハルの<支配者>により強化されきった<神聖魔法>は、敵の炎を巻き込んで捻じ曲げ、城壁を砕きながら街の外へと着弾した。
街への進入路を増やしてしまう形になったが、もう外部のモンスターはその殆どがプレイヤーの活躍により更に後方へ押しやられた後だ。
空いた穴から敵が押し寄せてくる心配はない。
《さーて、怪獣大決戦だ》
《面白くなってきた!》
《雑魚ばっかじゃローズ様は満足しない》
《さりげなくお姉さまを怪獣にするのやめて?》
《いや、怪獣みたいなもんだし?》
《むしろ怪獣以上だし?》
《ビーム放つし、実質怪獣》
《お姉さま、『ぎゃおー』って言ってー!》
「言いたい放題言うのは止めるんだ君たち」
「待って待って待って! 今のでヘイトこっちに向いたんじゃねぇ!? 嫌だぜ俺、大怪獣バトルに巻き込まれんのぉ!」
「だから止めろと。怪獣の前に僕の手が届くよミナミ?」
「やっぱ怪獣だぁー!! 狂暴な怪獣じゃねーかぁー!!」
例え命がけになろうと、決して煽るのを止めないミナミである。やはりその根性だけは賞賛に値するだろう。
さて、そんな大怪獣バトル、勝てるか否かで言えばもちろん勝てる。ハルの纏った<支配者>のオーラは、既にこの首都中の人間に承認され力強く輝いている。
例え強大なボスモンスターであろうと、あの太陽を落とした時のように問題なく撃破できよう。
しかし、あの時と違うのは周囲の地形。
地平の果てまで何も存在しない平地と、多くのNPCが暮らすアイリスの首都。同じように戦えば被害は甚大。
加えて今は指輪の加護も存在しない。
この状況で、誰一人として死者が出ないのはまさに奇跡。その『奇跡』を今からハルは実現しなければならないのだった。




