第662話 黒幕の黒幕
突如ハルたちの認識の範囲外から放たれた謎の一撃。その攻撃からカドモス公爵を守るように、ハルは分身として使っている使い魔の身を割り込ませる。
幸い威力はさほどでもなく、その<召喚魔法>エネルギーと相殺するようにして、なんとか暗殺は防ぎきることに成功した。
「口封じか」
「うぇえ!? 何があった何があったぁ!? いきなり現地中継消えちゃったけどぉ!」
「落ち着けミナミ」
ハルは現地の<精霊魔法>を宿したメイドさんを通して、もう一度<召喚魔法>による使い魔を出現させる。
それを新たなカメラ代わりとして、再びミナミと視聴者向けのウィンドウパネルを出現させた。
その数秒の間に、既にメイドさん部隊は公爵を守るように彼の周囲へ展開している。
自らを攻撃するために包囲していた者たちに、今度は逆に守られるとは皮肉な話だ。
「《……動く、なー?》」
そんな、公爵を口封じに消そうと暗殺を試みた刺客に対し、こちらの<隠密>もすぐに対応する。
気付けば既に隠れ潜んでいたフードの男、いや顔が見えないので女かも知れない、その謎の人物の首筋に小刀を突き付けている。
まさに出来る忍者といった仕事ぶりであり、少しでも動けばその鋭利な刃が喉元に食い込むことであろう。
「よくやったメタちゃん」
「《……にゃん!》」
「他に刺客は?」
「《……こいつ、一人だにゃー?》」
言いつつほんの少しだけ自信がなさそうに、メタはかわいらしくその猫耳の顔をかしげる。
その無邪気さとのんびりした口調に、行動の物騒さが噛み合っていないのがまた魅力。余裕の感じられるプロの仕事だった。
だが、そのプロ忍者のメタであっても、敵が攻撃に移る瞬間までその存在を察知していなかったのは憂慮に値する事柄だろう。
初めて出会う、敵側の<隠密>、またはそれに類する潜伏系スキルの持ち主だ。
「さて、色々と聞き出さなくてはね。メタちゃん。悪いけど公爵の前に、そいつも捕まえちゃおう」
「《……にゃっ! …………うにゃにゃん!?》」
だが、自らを捕らえると宣言したハルの言葉に反応してか、その敵の刺客はあろうことか無理矢理の離脱を決行する。
既に喉元に、あと一ミリでも動けば刃が食い込むという位置から、それでもお構いなしに脱出する。
当然、小刀は首筋を切り裂き、フードにも大きく切れ目が入る。
ゲームゆえ血こそ出ないが、確実に致命傷。自らの死をも顧みないその無謀さが、逆に刺客を詰みから救った。
致命傷ではあるが、まだ死んでいない。いや、最悪死んでもいい。ここで捕らえられることが、更なる最悪。
そうした覚悟から来るであろう決断は、メタの対応を一瞬遅らせる。
その者は一瞬見えた鋭い視線をハルの方へと向け、その後は脇目もふらずに逃走の一手に徹し去って行った。
「《……逃がさん、にゃ!》」
「いいよメタちゃん。あれは無視しよう。それよりも、公爵を確実に拘束しよう」
「《……こーしゃくこーそく、にゃ~》」
少しその逃げた『獲物』に名残惜しそうな視線を向けるも、忠実な猫耳忍者はきっちりと主人の命令を遂行する。
彼へと、ささささ、と素早くそしてしなやかな足運びで接近すると、何か喋ろうとする前に小刀を装備したのとは逆の腕を公爵に叩き込む。
「《……麻痺した、にゃ!》」
「ご苦労、メタちゃん」
「ってえええええ!? あっさりすぎじゃね!? 最初から、これで良かったのではぁ?」
「うん。そうする気だったよ。君が『逃がせ』と言わなければ」
「あっ、はい……」
「《それに、あらゆる手を尽くしての敗北を与えるべき、と私が提案したのよ?》」
ルナが補足してくれる。そう、元々公爵を捕らえるだけならば、<隠密>し接近したメタがそのスキルによって不意打ちで『麻痺』を撃ち込むだけで終わりであった。
しかし今後の尋問をスムーズに運ぶための考慮も入れて、完全敗北の絶望を味あわせることに決めたのだ。
「なるほどなるほどぉ! 今どんな気持ちっすかねぇ! あっ、麻痺して喋れないんでしたかぁ!」
《煽るな煽るな》
《弱者には強いミナミ》
《強者にはおもねるミナミ》
《まさに小物!》
《まぁ、『もっと言え』ではある》
《スッとするのは事実》
《これでめでたく全部終了?》
「まあ、逃げた謎の暗殺者のことはあるけどね。それも、大方予想は付くし」
「《……ごめん、にゃー?》」
「大丈夫だよメタちゃん。かなり大胆なことする相手だったね」
「《……ゲームだと、忘れてたにゃー》」
《……えっ?》
《メタちゃん?》
《リアルでも同じようなことを?》
《お嬢様の家の護衛さん?》
《それはアルベルトさんでは》
《分からんぞ、リアル忍者も居るのかも》
《お嬢様すげー!!》
「《……にゃー?》」
確かに、これがゲームでなければ彼(彼女?)は生き残ることは難しかっただろう。
喉を深く切り裂かれて『大ダメージ』で済むのはゲームであるから。あれが現実の肉体であれば、治癒はもとより走ることすら出来はすまい。
あそこから蘇生出来る者など、それこそハルくらいだ。
メタはそこの感覚を測り損なったのを悔いているが、気にする必要はないだろう。それだけ異常な相手だった。
ハルはその謎の暗殺者のことは今は置いて、こちらは完全なる無力化が成功した公爵の身柄を移送してもらう事にするのであった。
*
「ハル、連れてきたわよ? 便利ね? 何処からでも馬車の<建築>が出来るのは」
「身晒しで引きずってくる訳にもいかないしね。ありがとうルナ」
公爵の身柄は、<存在同調>した使い魔を通じて<建築>した馬車に乗せここ王城へと特急でお届けされた。
彼にとっては数時間ぶり、実に短い逃亡劇である。
壁外ではまだ水晶モンスターの掃討戦が続いているが、時間と共に増えるプレイヤーにより完全なる優勢。
既にハルが<神聖魔法>で射撃する必要はなくなり、今はハルも中庭へと降りて来ている。
その様子を、遠巻きに城の者たちが窺っている。あとは騎士団がこの場に到着すれば、万事解決となるだろう。
「……下手人、にゃー」
「メタちゃんもありがとう」
そんな中へと公爵を馬車から引きずり下ろすように、メタが公爵を片手で引っ張って来る。扱いが雑であった。
だがそんな扱いにも文句一つ言わず、彼は命乞いを始める。
「おい、何をする止めろ! ワシをすぐに中に戻せ! 広い場所に出すでない!」
訂正しよう。扱いには文句は言わないが、場所には文句があるようだった。
公爵は先ほどの暗殺者を異様に怖れているようで、射線の通る位置にいることがもう怖ろしいらしい。
鎖でがちがちに拘束された中で、首だけをしきりに振り回してあたりを怯えるように見渡していた。
「安心するといい公爵。あいつならもう居ないしこの場に来ることもないだろう。で、誰なんだい、ところでアレは?」
「分かるものか! 今も気づかぬだけで、音もなくこの場に寄ってきているやも、」
「くどい。君はあの刺客と僕、どちらが怖ろしい相手だと思うんだい?」
「…………、っ!」
本体のハルがここに居る以上、もはや奇襲の類は意味を成さない。
それこそ城ごと吹き飛ばされようとも、この一帯だけは無傷で守り切れる自信があった。メタも今度は、接近を正確に察知するだろう。
そんな己の力を示すかのように、ハルは<支配者>のオーラの圧力を増す。
もはや彼にとっては、前門の虎がハルであり後門の狼が暗殺者。どちらが怖いではなく、どちらも怖い。
圧倒的な袋小路の状況に、流石の彼も常の大きな態度と言葉を失ってしまったようだ。
「まあいいさ。後でゆっくりと話してもらおう。それか、屋敷でゆっくりと証拠を漁るか」
「そうだ! 屋敷、ワシの屋敷を守るのだ! ワシの抹殺が叶わぬと察すれば、今度は屋敷を消しにかかる!」
また訂正しよう。ハルの圧に言葉を失ったのは一瞬だけだった。この図太さ、伊達ではない。
「ははっ、爺さんにとっては、屋敷の書類やなんか消えちまった方が都合がいいんじゃねーのぉ?」
「馬鹿を言うな! これだから小僧は浅慮だと言うのだ! 見つかる証拠などよりも、屋敷の財が消えることの方が大事じゃマヌケ!」
「左様ですかねぇ。ったく、ホントにこの状況でも元気だことぉ……」
この諦めの悪さはどこから来るのか。とはいえ、ハルとしても確かに気になる。
公爵と裏で繋がりがあった組織があるとすれば、その者らにとって自身へと通ずる証拠など出て来ては困る。
本人を消そうとしたのと同様に、屋敷の証拠を処分しようとする、という意見は納得できるものだ。
「ただ、あいつが逃げたのは街とは逆側、戻って来るとは思えない、そして単身で成せるとは思えない……」
言っては悪いがカドモス公爵本人は雑魚だ、その始末に力は要らない。しかし対象が屋敷となると、また話は別。
彼の護衛は強いし、スキルを封じる謎の施設もある。重要な品の隠し場所は更にもっと何かあるかも知れない。
《あのスキル封じの部屋って、暗殺防止か》
《確かに、それもあったのかも》
《今考えれば納得》
《あの中に入ると、潜伏系スキルも無意味だね》
《あれ? 結構すごくね?》
《やってることは本当に凄い》
《なのに何でこんな小物なんだ……》
《小物でバランス取ってる》
《もし大物だったら?》
《それがローズ様よ》
《なるほど!》
「かといって、今の厳戒態勢のこの街に、大がかりな戦力を投入できる隙があるとも思えないわ?」
「そうだね。屋敷を攻め落とせる戦力は、さすがに暗殺者のように隠れては来れない。ただ……」
「なにか気がかりがあって?」
「……アイテムは別、にゃ~」
そう、<隠密>代表のメタの言う通りだ。投入する戦力が、アイテムとして持ち込めるならば話は別。
そして、まさにうってつけのアイテムが、今この街の外で暴れている最中なのである。
そのアイテム、紫水晶の供給元が謎の刺客の派遣元だとするならば。
そう考えた瞬間、その予想を肯定するかのような光景が、公爵の屋敷を監視し移していた使い魔のモニターへと飛び込んで来た。
◇
「おお、怪獣じゃん。でっけー……、ってヤバくないローズちゃんんん!? 街中にいきなり怪獣だぜぇ!?」
「落ち着けミナミ」
使い魔越しではなく、この城にまで直接届くほどの轟音と共に現れたそれは、まさに怪獣。
二足歩行で直立する巨体は、この王城の屋根まで届くのではないかという威容を誇る。
以前ハルたちが飛空艇で降り立った広大な公爵邸の庭。そこに突如として、そのあり得ないサイズのモンスターは出現したのであった。




