第660話 空を舞う刀の群れ
「ここで僕には秘策がある」
「ほうほう。楽しみじゃん? どんな超絶テクを見せてくれんだぁ?」
「そういうのは特に無いよ。仲間の力を借りる」
ドラゴンの攻撃から逃げ続けるだけの防戦一方な小鳥型の使い魔。これを使ってこれ以上のテクニックは見せられない。
いや、既に今こうして広範囲を吹き飛ばすようなブレスの連発を的確に回避し続けているだけでも、超絶技巧と言っても過言ではない。
だがその操作テクニックによる回避もこれまで。ついに回避コースに回り込まれ逃げ場がなくなったか、というところで、敵のドラゴンが急に真横へと吹き飛ばされた。
「《なんじゃ!? 何が起こった!》」
「《小鳥一匹に大層な攻撃だこと? エネルギーの無駄よ?》」
そこには、両手に大ぶりの刀を構え、夜色の深い青のドレスをなびかせたルナが高台へと着地する姿が画面越しに確認できた。
邪竜の背後に隠れていたカドモス公爵には、その様子が確認できず、敵対判定を出せずにもろに攻撃を食らうことになってしまったようだ。
「《残念ね? 角度が良ければ、そのまま大きなペットの下敷きに出来たのに》」
「《殺す気か貴様ぁ!?》」
そう、ハルが使い魔をもってドラゴンと戦っていたのは単なる時間稼ぎ。元々狙いはルナが現地に到着するまで彼に『乗り物』を使わせず釘付けにしておくことだった。
捕縛に関しては、最初からルナに任せるつもりであった。
「《遅くなったわねハル? 少し手間取ったわ?》」
「いや、ありがとうルナ。すまないね、こちらは乗り物を用意せずに」
「《構わないわ? あれは乗り物である前に戦力ですもの。前線でこそ活躍させるべきよ》」
ルナは公爵にあてつけるかのように、わざと彼を見据えながらそう宣言する。
こちらの陣営も、エメの<召喚魔法>で素早い移動用の召喚獣は呼び出せるはずだ。しかし、彼女は今そのための召喚枠を全て前線を押し返すために割いている。
公爵も、自分が逃げる為にこの強力なモンスターを使わずに、街を攻める為に送り込んでいればもう少し厄介だった、とルナは挑発しているのだ。
「えー、見たかったなぁー。ローズちゃんのテクで、弱っちい小鳥だけでドラゴン倒すのをー」
「弱っちいとか言うなミナミ。数が集まれば結構なものだよ? 君の身で実証してみせようか」
「いえっ! 結構ですっ! ローズ<侯爵>閣下の<召喚魔法>つよい! つよつよのツヨ! だから鳥葬はマジ勘弁!」
《必死すぎ(笑)》
《実際やばそうなんだよなぁ》
《今は<精霊魔法>で強化されてるし》
《前だって初級ダンジョンなら攻略できてたべ》
《今ならもっと難しいとこ行けるでしょ》
《ちょっと楽しみ》
《大丈夫? ゲーム性壊れない?》
《はは、何を今さら》
《それよりボタン様の戦闘!》
《二刀流だー》
邪竜に向け二本の刀を両手に下げて対峙するルナ。
線の細いドレスの少女と、その刀身の長い刀の二刀流はアンバランスで、逆にそれが外連味を演出している。
巨大な武器で武装した少女は得物を問わず映えるものだ。
だが、ルナはその二振りの刀で華麗な剣舞を見せてくれる訳ではない。
先ほどドラゴンを吹き飛ばした一撃は、不意打ちだったため良く見えなかった者も多いようだが、明らかに爆発を帯びた攻撃だった。
そのルナの攻撃が、再びドラゴンに突き刺さる。
《ぶん投げたー!》
《出た、ボタン様の爆弾<鍛冶>だ!》
《武器は投げ捨てるもの》
《武器は爆弾》
《装備は消耗品》
《吹き飛んだら新しく作ればいい》
そう、ルナは握った片方の刀を、その場から竜へと向かって投げつけた。
高速で竜へと『着弾』した刀は、内部に詰め込まれた過剰な魔力をその場で余すことなく解き放つ。
これが、ルナの武器が『爆弾』と呼ばれる所以であり先ほどの爆発の正体である。
なお、ルナの名誉のために補足しておくと、この武器はあえてそのように<鍛冶>した物であり、彼女が普通に作った武具は非常に質の高いレアな装備として重宝されている。
「《舐めるなよ! おい、そんな細腕からの投擲、お前なら難なく躱せるだろう! 自慢のスピードを見せよ!》」
「《甘いわよ?》」
その場から飛び去り、二投目の刀をドラゴンは回避しようとするも、その公爵の命令は果たせずあえなく胴体に直撃する。
再びの至近からの爆発により空中でバランスを崩したところ、そのがら空きの脇腹に向けて三投目が突き刺さり追い打ちとなった。
そう、いつの間にかルナの両手にはまた同じ刀が収まっており、尽きること無き『二投流』であることを顕示している。
刀はルナが使いやすいように量産されており、そしてその装備効果には一般的な武器としてありえない特殊効果が付与されていた。
「《この刀、投げると狙った対象に向かって自動で追尾するの。私は、そんなに狙うのが得意な方ではないものね?》」
「《追尾機能……、だと……? そんな高度な、いや意味不明な武具を、なぜそんなに何本も!?》」
「《それは、作ったからよ? ……<鍛冶>の仕事は案外暇でね? 空き時間に様々な実験と、その成果の量産で貯め込んでいるの》」
「《どんな鍛冶屋だ!!》」
《おっしゃる通りなんよ》
《普通<鍛冶>持ちは暇にならんのよ》
《ローズ様が素材と体力コスト無限に用意しちゃうから》
《仲間用の武器作り終わるとやること無いのね》
《ボタンちゃ、暇なら市場にもっと武器流してー》
《売れるなら流してるだろ?》
《ボタン様の武器って高性能すぎて高いんだよ》
《だから現状、買い手があまり付かない》
《安物作ればいいんじゃないの?》
「それだと、経験値効率が悪いからね。僕が止めてる」
「ローズちゃんらしい効率厨っぷりだことぉ……」
その結果ルナが着手したのは、高性能を追及した『爆弾』の鋳造だった。
爆発力を追及することは元より、その武器が相手にきちんと到達するための補助も忘れてはならない。
ルナは<鍛冶>のために<体力>が高めの設定だが、それでもハル程のありえないステータスを誇っている訳ではない。正しく着弾させるための機能が必要となる。
「《爆発に使う内部のエネルギーを一部流用して、推進力にしているわ? その方向制御は見ての通りよ? つまり、この剣はもう『爆弾』というよりは『ミサイル』ね?》」
「《ならば推進力に使うエネルギーが切れるまで逃げ続ければいいだけだろう! おい! 最高速度で振り切ってしまえい!》」
再び放たれるルナの刀、いやもはやミサイル兵器。超高速での飛行を追尾しているとよく分かるが、その柄の部分からは魔力のジェット噴射が尾を引いて流れている。
その方向転換も非常になめらかで、日本刀が何本も宙を踊っている姿はなんだか妙にシュールなものを感じるハルと視聴者だった。
「《見ろ! 速度は我がドラゴンが上だ! このまま逃げ続ければ、いずれは内部の魔力を使い果たすわ!》」
「《……その理解の早さは長所なのでしょうけれど、やはり貴方どこか抜けているわよね? わざとなのかしら?》」
「《なんじゃと!》」
《狙ってるよな》
《ドジっ子》
《萌えキャラって奴?》
《あざとい》
《流石は公爵ちゃん》
《期待を裏切らない》
《いや、ただのマヌケだろ……》
「《あんなに遠くに離れさせて、貴方の防御はどうするのかしら?》」
「《しまったぁ!?》」
身を守る盾が無くなったカドモス公爵に、ルナは容赦なくその手のミサイルを射出するのであった。
◇
「《戻れいいいぃ! 戻ってワシを守るのだぁ!》」
「《はいご苦労様。全弾命中よ?》」
公爵をガードするため、急旋回してその眼前へと駆けつけ降り立つ漆黒の竜。その必死さをあざ笑うが如く、全ての刀がその身に向けて着弾した。
……なんだかもう、『刀』に向けて『着弾』と表現するのに違和感を覚えなくなってきたハルである。この先まともに刀を握れるだろうか?
それはさておき、その集中砲火を受けたドラゴンはさすがに耐えきれず、その身を紫の光に分解されて消えていった。
その爆風の余波に巻き込まれた公爵も、瀕死の様子でその場から一歩も動けなくなっている。
一から十まで全て、この場はルナの手の平の上に収まっているようだ。
「殺しちゃ駄目だよルナ。彼には、聞かなきゃならないこともあるしね」
「《分かっているわ? ただ、それはそうとしてキツイお灸を据える必要もあるでしょう?》」
「まあ、それはそう」
《それはそう》
《痛い目を見るべき》
《ドジっ子ぶっても許されない》
《ぶってる訳じゃないと思うけどなぁ……》
《罪には罰を》
《だが待って欲しい》
《待たない。ミサイルはご褒美じゃない》
《先回りしないで?》
《読まれるほどくだらん事言い続けるからだ》
やりたい放題やってきた公爵だ。彼を捕らえるにしても、穏便に済ませすぎても虫の収まりが付かない者が多い。
そこで、ある程度の怖い目には会ってもらうというのがルナの判断のようだ。
「まあしかし、これ以上やったら死んじゃうしね。あとは僕が拘束を」
「《……ちなみに、どうやって拘束するつもりだったのかしら?》」
「それは、いつものだよ。威力を弱めた<神聖魔法>でHP一桁まで殴り続ける。公爵は動けなくなる。そこを捕まえる」
「《あなたも大概よね?》」
そうかも知れない。言っていることは、『死ぬ寸前までじわじわと殴り続ける』、と大差ないことだ。
「《黙っていれば言いたい放題に、いい気になるなよ小娘どもが!》」
「《あら?》」
「蘇生したね。お仕置きが足りなかったか」
「《死んでおらんわ!》」
「んんー、もうすっかりツッコミキャラになっちまったなぁ、俺の元上司……」
打てば響くとはこのこと、中々の突っ込み力である。貴重な人材だ。彼にかつて顎で使われていたミナミも複雑そうである。
しかし、ただのツッコミで終わる公爵ではない。彼は必死の形相で、何処からかまた複数の紫水晶を取り出すと地面に向け叩き割るようにして発動する。
すると再び、公爵を守るようにその地面から複数のモンスターが湧き出した。
「おや。自分を守る分なら、きちんと予備選力を確保しておく知恵が働くのか」
「今あれ、どっから出したぁ? ホント隠すのが好きな奴だなぁ……」
その往生際の悪さに、画面越しに見守るハルとミナミも少々呆れ気味だ。
保身のための慎重さの何割かを、街の攻撃の方にも向けていればもう少し厄介になっていたに違いない。
「《はは! 見るがいい! これぞ正真正銘の全戦力よ! いかな珍妙なる武器を操ろうと、小娘一人ではこの数は対処が適うまい!》」
「《……別にそうでもないけれど、確かに面倒ね? それに飽きたわ? だから、あなたたち、後はお願いね》」
「《はっ!》」「《お任せを!》」「《お嬢様は、お下がりくださいませ》」
そのルナの号令に応え、死角にて待機していたメイドさん部隊が姿を現す。
彼女らの手には、余すことなくルナの用意した爆弾武器が握られているのであった。
それを目にした公爵の絶望顔は、もはや語るに及ばないであろう。




