第66話 雨の日にお祭りを
「メイド隊、整列!」
アイリから元気の良い号令がかかり、ロビーにずらりとメイドさんが勢ぞろいする。
何時もは自分達への対応は非常に落ち着いた主人が、ハルに接する時のように子供っぽく振舞う姿に、メイドさん達にも気合が入る。
緊張、というよりも何だか少しわくわくしている様子が感じられた。ぴっしりと整列した中にも、主人であるアイリの様子に微笑みが抑えられないでいる。
「今日は生憎のお天気ですので、お屋敷のお仕事はお休みにします!」
本日は朝から雨。本来は、だからといってやる事は無くなったりしない。むしろ増える。
雨だから外に出られない、などという甘えた考えはメイドさんには存在しない。雨でもきっちり外仕事をこなす。せいぜい、外に洗濯物が干せないくらいだろうか。
どうかメイドさん達には体を壊さないで欲しい。こちらの世界は、魔法でなんとかなる部分もあるのだろうけど。
「お外の警戒はカナリー様がおこなってくれます! 拍手!」
「任せちゃってくださいねー」
パチパチと大きく揃った拍手が上がる。拍手でいいのだろうか、という疑問が出てくるハルだが、無粋な突っ込みをする事は無い。
今日はお祭りなのだ。アイリも張り切っているし、カナリーも気にしていない。
「川の警戒とかその辺、普段からカナリーちゃんがやっても良いんじゃない?」
「メイドちゃん達のお仕事ですからねー。自分でやる事に意味があるんじゃないでしょうかー」
「そうなのかな」
ただ、今日だけはお休み。楽になる、とは断言出来ないが、普段とは違う一日を楽しんでくれたら幸いだ。
「では、これより収穫祭を開始します!」
◇
収穫祭。別にこれはこの世界、この国の行事という事ではない。
ではアイリの屋敷で行われている地方限定なものか。それも違った。単に名前だけだ。開催が決まったのも、なんと昨日の事である。
こんな雨の中、何を収穫するのか。もちろんそれは素材である、プレイヤー用の。
昨日ルナと話していた、採取ポイントのコピー。屋敷の中でも採取が行える、それの話を聞きつけたアイリが企画したものだった。
いくら場所を選ばないとはいえ、採取には人手がかかる。ハル一人、ないしはルナと協力して二人でやってもスピードは大した事がないだろう。
もちろん、毎日地道に続けていけばその内には使い切れない量の素材が貯まってゆく。
しかし、ギルドホームの建築にむけて、必要なのは今すぐだった。
そこを、メイドさんによるマンパワー、人数の力によって一気に収穫を済ませてしまおう、というアイリの提案である。
「アイリちゃん張り切ってるねー」
「ふふっ。プールがよほど楽しみなのかしらね」
「合法的にハルさんに肌を見せられますからねー」
「そこは普通に水遊びが楽しみって言おうよカナリーちゃん」
「でも事実ですしー」
アイリはプールの話を聞いてから、その建造を非常に楽しみにしている。心待ちにしている、と言って良い。
目的が水遊びか、ハルに対するアピールかは置いておくとして、ハルもその望みは出来るだけ早く叶えてやりたい。
「アイリは川で水遊びはしたりしないの?」
収穫祭の準備、採取ポイントに形を与えながら、てこてこと歩いて来たアイリへとハルは尋ねる。
「わたくし、こう見えても王女ですので、あまりそういった遊びには縁が無いのです」
「どう見てもアイリは王女だよ」
「最近はわたくし、あまり王女ではいられていないように思います……」
アイリとしては、ハルの前で見せる顔は王女としてのそれではない、という意識なのだろう。
重責から開放された姿でいられる時間が長いのであれば、ハルとしてもそれは喜ばしい。アイリ自身は気付いていないようだが、その状態でも十分に気品のある彼女だった。
「はは、そっか。じゃあ、プールが遅れちゃったら、いっそ川で一緒に遊んでみる?」
「お外で、裸に……!?」
「水着、水着ねアイリ」
まあ、外はともかく、意外に深く、流れも速い川だ。やはり安全を確保したプールの方がよかろう。
大理石のような材質の石で、四角く囲って水を溜めただけのものならすぐに作れそうだが、凝り性のルナと、遊び好きのユキによってそれは却下された。多様な素材を集めなければならない。
「ハル君、準備出来た?」
「うん。じゃあメイドさん達に手伝ってもらおうか」
「私が教える!」
ユキが教えて大丈夫だろうか、と少し心配になるが、メイドさんの動きは非常に洗練されている。ユキにもついて行けるだろう。
大して時間の経たないうちに、屋敷のロビーは異様な世界感に様変わりしていた。
床には泥の溜りや砂地が広がり、絨毯を汚す様は冷静に見ると目眩がしそうだ。泥も砂も魔法なので、消せば汚れも綺麗に無くなる、メイドさんには安心して欲しい。
その脇にはこれまた床から直接木が生えており、枝には様々な果実が実をつけている。
「何の木だコレ。こんなのあったっけハル君」
「僕も少し成長したのさ」
「丸ごとコピーではなくアレンジを加える余裕が出たのね?」
「そういうこと」
「それで最初にやる事が、生命への冒涜なのね」
「絶好調だねルナ」
「次はモンスターでやりましょう」
キメラの誕生である。実際、ドロップアイテムもその分多く手に入る、などとなったらハルはやるかも知れない。
そもそも生命ではないのだ。特に躊躇はない。
「ユキはメイドさんに教えてくれたらこっちね」
「瓦割りだね」
「ずいぶん大きな瓦ね?」
黒光りする鉱石の塊だった。瓦でもなんでもない。
特に何の鉱物、という設定は無く採取ポイントの一種だ。この鉱石に衝撃を与える事で、鉱物資源を入手出来る。普通はツルハシなどで叩くところ、ユキは素手でパンチしたがる。その様子が瓦割りだ。
「何が出るの?」
「ムー鉱まで出るよ。確率は低いけど」
「ハル君がやった方がよくない?」
「<幸運>はアイテムの入手には影響しないんだ」
「私と契約した人だけ有利になっちゃいますからねー。ダメ出しされちゃいましたー」
<幸運>がアイテムドロップや採取のレア率増加に影響すると、皆こぞってカナリーと契約したがるだろう。そのバランスを取るため、それは禁止されたようだ。
だが、神々によるその思惑が正しく機能しているとは言いがたい。まず当の本人に契約者を増やす気が無い。
「結局、カナちゃんと契約した人だけ有利になってるんだけど?」
「私のせいじゃありませんー。契約者側の人が規格外だったんですー」
「カナリーちゃんのおかげも大きいと思うけどね」
カナリーの契約者は、アイテムの増殖から体の分裂、果ては恒久的な神の降臨までやりたい放題だった。
そうこう話しているうちに、やり方を教わったメイドさんによる収穫祭が開始される。
彼女らは特に何を語るでもなく、アイコンタクトで作業分担していく。背の高いメイドさんは果物の収穫。背の低いメイドさんは土集めや草花の採集。
そして、アイテムを入れた袋をプレイヤーへ届ける遊撃隊が脇を固める。
メイドさんはNPC。ギルドへ加入してもそこは変わらない。アイテムの採取は不可能だった。収穫された素材は、プレイヤーへ届けられて初めてアイテム化される。
ただし、アイリだけは別だった。
「わたくし、収穫できました!」
アイリが引き抜いた薬草が、彼女のちいさな手の中へと消えて行くと、おおっ、とメイドさんから声が上がる。そんなに特別な事なのだろうか。
神の世界の物を収穫出来る。それは神の末席に身を連ねたと論じる事が出来るのかも知れない。アイリは、ついに神となったのだ。
「……あのウィンドウ、やっぱり僕のと繋がってたんだ」
……当然、事実は異なる。収穫されたアイテムは、ハルの所持品リストへと追加されていた。
ハルのマイルームを操作出来たことから、可能性としては考えていたが、今回の事で決定的になったと言えるだろう。
アイリが出す事の出来たウィンドウは、ハルのウィンドウだ。
「それはともかく、アイリは神というより天使だよね」
「天使ね。かわいらしさが」
非常に嬉しそうな様子で、次々と草を引き抜いて行く様子を、ルナと二人で愛でながら頷く。神レベルにかわいい、とも言えるが、やはり天使の方がしっくりきた。
どんどん減っていく草をそのつど補充しながら、ハルはしみじみ思う。
「ところでハル。ゴールの設定をしておいた方が良いのではなくて?」
「おっと、終わりの見えない作業は精神的にきついか」
「ええ、誰もがあなたのように出来る訳ではないわ」
「目標の数字でもだしておこうか。数字が増えるのは楽しいしね」
それもハルに特有の考えだ、とルナは言いたそうな顔をしていたが、一般化できる部分があるのも事実なので飲み込んだようだ。
一瞬の後、ハルの前で表情に出すのは、言っているのと変わらない、と気付いたルナが複雑なジト目をしているのがおかしかった。
「黒曜、カウント任せた」
「《御意に。黒曜にお任せください》」
『土 57/2200 果実 80/1600』、といったように、ハルの頭上にカウントが表示される。全てのカテゴリが埋まれば収穫祭の目標達成だ。
すぐにメイドさんの連携によって、足りない所を埋める配置換えがなされる。非常に洗練された動きは見ていて気持ちがいいが、もっと気楽にやってくれても良いとハルは思う。
その旨を伝えると、皆、十分楽しんでいると口を揃えた。表情を見るに、本心らしい。
ハルに気を使わせないためか、控えめな雑談が入るようになる。これは逆に気を使わせてしまったかと、ハルは頭をかいた。
「メイドちゃん達はですねー、アイリちゃんと一緒にお仕事できるのが嬉しいんですよー」
「そのようだね。でも結局お仕事になっちゃってるから、今度本当の休暇に連れていってあげたい所だ」
「プールが出来たら一緒に行きましょうかねー」
「それは良いね。楽しそうだ」
「メイド水着を用意しておきましょうねー」
「メイド水着……」
メイド水着とは、メイド服、エプロンドレス風のアクセントが加えられた水着である。
メイド服というイメージの共通認識が、水着レベルまで縮小しても通用するようになった、という事実は、ある種、感動的なものがある。
「文化的価値の集大成だね」
「文化的価値の集大成ではなくって?」
「容赦ないねルナ」
だが、いつもお世話になっているメイドさんを労いたいのは事実だ。メイド水着はさておき、ぜひ 招待したい。
◇
「そろそろ十分な量が集まったかな。皆ありがとう」
「それでは、収穫祭は終了ですね! 拍手!」
パチパチと響く拍手の音と共に、採取ポイントが消えて行く。魔境と化したロビーは常の姿を取り戻した。
練度の高いチームワークによって、目標値はあっという間に達成され、その後も思い思いの場所で採取が続けられた。最終的には目標の数倍の素材が回収されている。
足りない分はアイリの睡眠中にでも地道に集めようと思っていたハルだが、これだけあればその必要も無さそうだ。
すぐに建築に取り掛かれるが、水着の完成を待ってからが良いだろう。待ちきれないアイリが本当に裸になってしまいかねない。
「じゃあ、ご飯にしようか」
「ご飯ですか?」
「今日はお祭りなんでしょアイリ。パーティーとも言う」
古今東西、お祭りといえば食事が欠かせない。お酒も、欠かせない気がするが、ここでは止めておこう。
奥の方から、もう一人のハルが料理を運んでくる。
「いつの間に……」
「僕は割と何でもありだよ」
驚くアイリに少し得意げな顔をする。皆がここに集まっているうちに、勝手にキッチンを使わせてもらった。
分身を街に飛ばし、倉庫経由で大量に買い込み、分身で料理し、あげくリアルの方の体でレシピを検索した。何でもアリである。
「あ、タコ焼きだ。すごいねハル君」
「タコ無いからね。形だけさ」
「許せん」
「急に豹変しないで。文句は世界に言ってよ」
タコ焼きに唐揚げ、お好み焼きに焼きそば。その他お祭りの定番をずらずらと並べる。
どれもこれも妙に味が濃い。このお屋敷の料理とは、お世辞にも比べられないだろう。そこが良い、と思う心も一部ある。これは望郷の念に近いのだろう。こちらの彼女たちにも、伝わると良いのだが。
「味は勘弁してね。お祭りは雰囲気だ、ここでこのまま食べよう」
「はい!」
雨のせいもあり、薄暗くなってきたロビーを魔法の光で飾る。神界の幻光を真似て、再現したものだ。
日本のお祭りをかたどって、多めのオレンジで染めた。
「カナリーちゃん、最初に食べて?」
「私ですかー?」
「カナリーは神様ですものね」
「お祭りの主役だね」
神に感謝する祭り、神に捧げる祭りは日本には多い。その神様がこうして実際に姿を現してくれているのだ。こんなに嬉しい事はないだろう。
その事を語ると、カナリーは嬉しそうに微笑んでクレープを手に取った。彼女らしいことだ。
「では頂きますー」
「僕らも食べよう」
「わたくしこの唐揚げを頂きます!」
「タコ焼きは何焼きになったのかしら?」
「店員さん焼きそば盛ってー」
「セルフ」
雨が屋根を叩く音を音楽の代わりにしていると、いつの間にかメイドさんが楽器を手にしている。
彼女たちの奏でる、いささか雅さが高すぎる異国風の祭囃子を肴に、ハル達はこの不揃いな即興のお祭りを楽しんでいった。




