第659話 戦力の小出しは悪手と言えど
何度かの敵モンスターの群れの撃墜を経て、既に大勢は決したと言っても過言ではない戦況となってきた。
明らかに戦勝ムード、もはや誰もが完全勝利を確信している。
その安心感と高揚感は、自国の栄光とそれを齎したハルを称える声へと繋がり、誰もが喜んで<支配者>を受け入れる。
そこから流れ来る圧倒的なステータスは更にハルの、ひいてはアイリス側の戦力を向上させ、戦況は更に更に一方的になっていく。
ハルだけではない。時間経過と共に『祭り』を聞きつけたプレイヤーたちの参戦数もどんどん増えて行き、もはやハルの“射程”である街の城壁まで到達するモンスターすら少なくなっていた。
彼ら<冒険者>たちが織りなす人の壁が第二の城壁となり、戦線はむしろ押し返されてゆく。
「……タワーディフェンスあるあるだね。順調に戦局が進むと、もうそこからは放置していても敵は出現する端から自動で消滅していく」
「ほーん? 重要拠点に配置した最強ユニットさんの出番がなくなっちまうわけだ、今みたいに!」
「そうだね。最前線の施設なりユニットが作業のように敵を処理するのを、眺めて終わりだ」
「バランスが難しそうだなぁ」
その通りだろう。もともと防衛系のゲームは、ある一定のラインを越えれば勝ち、そこまで行けなければ負け、という極端なゲームバランスになりかねない。
その閾値にいかに到達するか、そのパズル的な要素を楽しむゲーム、といった割り切り方をしてもいいのだが、製作者たちはいかにユーザーを退屈させないかに常に頭を悩ませているのだ。
《良くあるのは増援系かな》
《安心したところにおかわりが!》
《でもそれも難しいよね》
《まあね。せっかく完璧な配置を組み上げても》
《急に無茶なとこから崩されて負けたら萎える》
《演出次第じゃない?》
《増援に意味が要るってこと?》
《ストーリー性があれば》
《ストーリーくどいと邪魔かも》
《難しいんだね》
「ただ、今回は増援も見込めなさそうだね」
「まーな。一気に全部目覚めさせて、その勢いで『ぶわぁーーっ!』っと首都を崩す。その絶望感が狙いだったろーからなぁ」
「実際、戦力の逐次投入は悪手とは言われるけどね。だからと言って、全軍突撃こそが巧手かと言われればそれも違う」
「その心は?」
「現状が物語っているだろミナミ? 全体マップで互いの戦力を比較するだけで、簡単に勝敗が読めてしまう」
もちろん、個人の英雄的活躍や逆に予期せぬミスにより、局地的に戦況がひっくり返ることはある。
地形や天候などの外的要因により、単純な戦力差で測れない結果を出すこともあるだろう。
しかしそれを差し引いても、単純な全力のぶつかり合いでは順当に強い方が勝つ。
そして余剰戦力が存在しない以上、もう絶対に状況はひっくり返らない。特にこれはゲームだ。数値化された戦力ステータスは非常に正直である。
《確かに、ここから乱数負けするRTSがあったらクソゲー》
《戦争は準備段階でうんたら》
《公爵ちゃんは準備が足りなかったね》
《いや、準備されすぎても困るが……》
《さっきの話だと他にどんなステージがあるの》
《ここから敵が反撃するパターン?》
《まあ、これもゲームだしな、あるかも》
《ありがちなのは、やっぱりボスかな?》
ありそうだ。一定時間が経過すると、または一定数の敵を倒すと、強力なボスモンスターが出現する。
雑魚の処理に気を取られ過ぎた布陣では、その凶悪な力を持つ敵に対処できずに総崩れになるのだ。
その緊張感を演出するには、確かにボス敵の出現は定番だろう。
ただ、このゲームだとそう単純には行かず、それこそ公爵の『準備』頼みとなる。
「ミナミ、奴は切り札を何か準備してたかな?」
「してないんじゃねーのぉ? つーか、“コレ”が切り札よ。コレ抑えられてるんだから、もうお終いよ」
「まあ、そうだよね。出し惜しみしている状況じゃないし。ふむ? 本人に聞けばいいか」
「お、例のスパイ鳥か?」
「スパイ鳥やめようね?」
ハルは『スパイ鳥』こと鳥の使い魔を高台の上で戦況を見守っているカドモス公爵のもとに飛ばす。
既にその様子は、『高みの見物』、といった余裕の感じられるものにあらず、次々と減っていく己の戦力を信じられないといった様子で見つめていた。
「《馬鹿な……、馬鹿な……、何なのだあの力は! まさに神の、いや、そんなはずはない! 神の奇跡だと!? ワシがそんなもの認めてなるものか!》」
「だが戦況は認めなくてはね、公爵。君の負けだ。ここらで大人しく投降してはいかがかな?」
「《貴様はっ!?》」
逃げ切ったと思っていたところに、ハルの声を発する小鳥が飛来してきたことに彼の目は二重に驚愕し見開かれる。
そんな使い魔から、『ローズ』の姿を模した映像が映し出され、ハルの手が逃すことなく自分に届いているのだと彼に突き付けた。
「《投降だと? はんっ! する訳がなかろうて、常識で考えて物を言え小娘が!》」
「ふむ? では、君にはこの敗色濃厚の戦局を覆す一手がまだ残っていると?」
「《くっ……、それは……、だが! どちらにせよ、おめおめと捕まる訳があるまい。その場で処刑されるに決まっておるからの!》」
「どうかな? 少なくとも僕はそんな事はしない。背後関係を洗わないといけないからね」
《処刑しない(拷問しないとは言ってない)》
《いっそ一思いに殺してっ!》
《処刑の方が優しいまである》
《お姉さま、恐ろしい人っ!》
《おらっ、黒幕吐けっ!》
《びしびし!》
《クーデターを起こせばぶって貰えるんですか!》
《ローズお姉さまが、鞭で!?》
《こうしちゃいられねぇ》
《反逆の準備しないと!》
《お前らは即処刑した方が良さそうだな……》
……なんだか定期的に色々と妙な願望が出てくるのは避けられないのだろうか?
ちなみに、ハルは鞭で叩くつもりも拷問するつもりもない。得意の観察眼にて、例え沈黙を貫こうとも真実を洗いざらい浮き彫りにしてみせよう。
「……ん-、それか、洗脳魔法みたいなのが使える人が居れば、その人を<支配者>と<精霊魔法>のコンボで強化してみるのもいいかな?」
「おいおい」
「もしくは、今の僕なら彼を対象に<解析>を掛ければ、詳細なデータが出てきたりして」
「おいおいおいぃ! やっぱ怖い人だなアンタ!」
《お姉さまが洗脳する!?》
《催眠かけられて、好き放題にされる!?》
《そんくらいにしとけよ貴様ら》
《尋問よりスマートね》
《人権は?》
《無い》
《プライバシーと黙秘権は?》
《そんなものはない》
どのみちやることがなくなって暇なハルである。既に、城壁まで到達するモンスターは皆無に等しい。
公約通りあとは、外でボーナスステージを満喫しているプレイヤーたちに任せるべきだ。ユキも暴れられて楽しそうなことであるし。
よってこのあたりで、指揮官であるカドモス公爵を捕縛してしまってもいいだろう。
彼を捕まえてもモンスターは止まらないが、もう既に止める必要もなく、また完全に戦闘が集結する段になれば本当に逃げられてしまう。
「さて、年貢の納め時という奴だね公爵。観念するといい」
「へいへいへーい! どーせ税金納めてないだろアンタ、マトモにさぁ? 脱税の罪は重い!」
「《小僧も居おるのかっ! おのれっ! 貴様こそ賢い税の逃れ方を興味深げにワシに尋ねてきおったくせに!》」
「おっと! ここはローズちゃんに任せた方が良いようだな!」
「《待たんか! ええい、ワシより先にそ奴を捕らえよ小娘! 小僧も同罪ぞ!》」
「ちーがーいまーすぅー! 賢い節税は国民の権利ですぅ! むしろ市場を活性化させるために推奨されてるんですぅ!」
「……君たち、僕の使い魔を通して醜い争いしないように」
互いに責任を押し付けあうミナミとカドモス公爵。そんな幼稚な喧嘩をさっさと終わらせるべく、ハルは公爵を生け捕りにする算段を手早く立てはじめるのだった。
◇
「《はぁ、はぁ……、ええいっ! こんな話で時間を食っている場合ではないわ!》」
「おっとぉ。頭冷えちったかぁ? もそっと、乗ってくれりゃーいいものを」
小学生のようなミナミとの口論に我を忘れていた公爵だが、それも束の間。すぐに現状を正確に把握し直してしまったようだ。
壁外はまだまだ乱戦の真っ只中だが、もはや作戦は失敗。今は一秒でも早くこの場を離れるべきと察したのだろう。
「逃げられるとでも? いや、僕が逃がすとでも?」
「《……ふん。余裕ぶっておるが、貴様はその場から動けまい。そしてこの小さな召喚獣よりも、ワシのドラゴンがスピードで勝る》」
「おや? 思った以上に冷静だ。だが、行く当ては? 僕の使い魔を振り切ったとて、優雅な生活に慣れ切ったその身では初日の野宿も耐え難かろう」
だが確かに、スピードでは分が悪いのは事実である。
ここまで追って来られたのも、彼が首都を視界に収められる位置に居てくれたからこそ。その驕りがなく初手から最大速度で逃げ去っていたら、きちんと追尾できていたかは分からない。
「《ワシを侮るなよ小娘。野宿なぞせんでも、ワシを支援する派閥の者は方々におるわ》」
「ほうほう。むしろその発言で、随分と行き先が絞り込めたね。僕の方こそ、国中の草の根を分けて探す必要はなさそうだ」
「《……食えない奴よ》」
《誘導尋問って奴ぅ!?》
《流石はお姉さま》
《プライドが邪魔したな》
《ここは『野宿なぞ余裕じゃ!』って言っとけば》
《いや、無理があるだろ(笑)》
《絶対無理そう(笑)》
《強がる公爵ちゃんかわいい》
《趣味悪いなー》
なんだか不憫キャラとして弄られるようになってきたカドモス公爵だが、普通に悪人である。
逃がしてやったら面白いかも? などと考えてはいけない。普通にハルのミスになる。それは許容できない。
だが、既に彼は乗ってきた漆黒のドラゴンを傍に呼び寄せて、そそくさと再びそれに跨ろうとしている。
この判断の早さだけは本当に歴戦のものを感じさせる。引くときはきっちり引く。
「だが逃がさない。僕のカナリアも、今ならそこそこ戦えるんだよ?」
「《ぬおおおっ!? あ、危ないではないか! 殺す気か!》」
「いや、敵対している立場なんだから、攻撃受けることを想定しておかないと……」
ただ、この辺りの甘さが自ら前に立たない貴族なのだろう。
ハルは<精霊魔法>により強化された使い魔から、逃げ出そうとする公爵に向け<神聖魔法>を放つ。
的確に対象を追尾するそのホーミング弾は黒竜を避けて、彼の体を正確に打ちのめした。威力は抑えてあるが、それにより彼は乗ろうとしていた竜から離れる。
「《ええい、ならば先に始末してしまえば良いのだろう! ドラゴンよ、この邪魔な羽虫を撃ち落としてしまえ!》」
彼は一旦この場から逃げ去るのを取りやめると、先に使い魔を倒してしまう作戦へと切り替えたようだ。
それはそれで正しい。最善は多少のダメージを無視して強引に竜に乗りこの場から飛び去ることだとハルは考えるが、それは全ての事情を知るハルだからこそ出せる結論。
戦力差を考えれば、小鳥の姿でしかないひ弱な召喚獣と邪悪なドラゴンでは、それこそ何度組んでも結果の変わらぬ試合だろう。
《ああっ、危ない!》
《いや、避けた!》
《鳥さん普通に速い》
《それに操作がローズ様だからな》
《今は<支配者>の力でパワーアップ!》
《最強のレーザービットだと思った方が良い》
そう、かつては最低保証の1ダメージしか与えられなかったこのカナリアも、今は初期レベルのプレイヤーならば問答無用で圧勝できる程のステータスを得ている。
更にその使い魔の数が集まれば、全周囲を取り囲んで<神聖魔法>を射出する空中砲台の完成だ。
これにより、家に居ながらダンジョンを攻略する計画が現在進行中である。
ただ、この場に居る使い魔は一匹のみ。いかにハルが巧みに操作をしようとも、ステータスの差は覆しがたい。
数を集めようにも、今は都市内部の支援に目一杯使用中だ。
だがそんな戦力差を覆すための用意が、ハルにはあるのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/24)




