第658話 街の全ての力を宿す者
「さあ、支配の時間だ。この国の民たちよ、僕に力を集めるがいい」
「あっ、『下ごしらえ』って、そーゆー……」
《徴収の時間だー!》
《魔力税をよこせー!》
《まさかタダで守って貰おうとはね?》
《都合が良いと思わんかね?》
《今こそ力を一つに集める時》
《皆の力を一つに!》
《王に捧げよ!》
この首都にて新たに<精霊魔法>に掛かった民たちから、<支配者>を受け入れることが次々と承認されハルに力が流れ込んでくる。
外のプレイヤーたちの戦いを観戦している者たちからは即座に、そうでない者でも、ハルに怪我を治してもらったり、避難誘導を受けたりした者からも次々と。
その波紋は、徐々にこの首都全体に広がっていった。
「だぁから先にNPCの混乱を収める必要があった訳だ。なーるほど」
そう、そうして民に<精霊魔法>を掛けていくと同時に、彼らを安全に導くことで<支配者>の承認を受けやすくする。
その為の『下ごしらえ』であり、NPCの被害も抑えられる一石二鳥の策であった。
「だけど、オーラがちょっちショボくねぇ? やっぱ、精鋭プレイヤーの力を集めた時みたいにいかねぇかぁー」
「……そこ、民の尊い協力の成果をショボいとか言わない。それに、なに、これからさ。まだこの都市全ての住人から力を分けてもらった訳じゃない」
「うわぁ、この人、漏れなく全員から集める気だ! 税金の支払いは市民の義務です、ってかぁ? 貴族こえええぇ!」
「人聞きの悪いことを言うのは止めろ」
もっとこう、都市の住人全員で一丸になって、とか、そういう耳障りの良い言葉で状況を表現して欲しい。
まあ、ハルとしてもこの状況は徴税だと思うが。
「だけどローズちゃん? どーやって認めさせんの? また一人一人、『面接』すんのかぁ?」
「さすがに今回は数が多い。個別面談しているうちにモンスターが攻めてくるだろう」
「だよな。皆が皆、この状況で観戦できる剛の者でもないだろーし」
「ならば、嫌でも目に入るようにすればいい。どれ、君たちに<支配者>の力を見せてやろう」
ハルは傾斜がひどく、不安定な塔の屋根の上にて足を踏み込むと、砕き割るようにして固定。体勢を安定させる。
固定靴のようにその身をしっかりと設置させると、武器である杖を高々と掲げ、その先端に<神聖魔法>を宿し収束させる。
「『魔法支配』。さて、景気付けの一撃だ。防衛塔となった僕の力、とくとその目に焼き付けるがいい」
スキル、<支配者>のコマンド『魔法支配』により、通常の発動時より何倍もの魔力を注ぎ込まれた<神聖魔法>は際限なく輝きを増していく。
その光は眼下にてモンスターの恐怖に怯える住人たちの目にもあまねく届き、誰もが城の上に立つハルの姿を見上げるのだった。
「発射」
そして解き放たれたその輝きは、光条の尾を広げながら一直線に城壁外へと到達する。
そこにはプレイヤーたちの奮戦も間に合わず、壁まで到達してしまったモンスターがその爪を城壁に食いこませ、今まさにその巨体を壁上へと乗り出そうとしていた。
そのモンスターの頭部を、ハルの放ったレーザー光線のような<神聖魔法>が一切の抵抗を許さず蒸発させる。
「ハハハハハ! 見るがいい、我が威光!」
「うっわぁ。どう見てもボス級だぜぇ今の敵。ボスを無抵抗で一撃って、アンタ……」
《我が威光(物理)》
《うわっ、まぶしっ》
《こーれ平伏ですわ》
《貴様に神を見せてやる》
《また宗教体験生まれちゃう》
《今度は目に見える奇跡ですよ》
《信仰やむなし》
……正直、あまりハルを神聖視するNPCは増やしたくはないのだが、この状況では使えるものは使わねば。実は、あまり贅沢は言っていられない。
見飽きたいつもの防衛ミッションとはいえど、今回のものは規模が規模だ。
ハルは余裕ぶってはいるが、一国の首都が予告なく完全に包囲されるなど本来あってはならない。
もしこれがハル不在の状況で起これば、もう完全に負けイベントである。
首都は壊滅、アイリスの所属プレイヤーはその後相当なデメリットを負う事となるだろう。
「……ただ、絶望的であるからこそ、『奇跡』は映える」
「そう聞くとマッチポンプなんだよなぁ。まっ、企画は俺なんだけどねぇ。おーおー、『奇跡』の効果は覿面だ。支配者のオーラの輝きがどんどん増してるねぇ」
そう、今の過剰にチャージし派手さを増しに増した一撃を見て、ハルの<支配者>を受け入れるNPCが急速に増えた。
今までは結果に半信半疑であったが故に承認するに踏み切れなかったところ、あの神の力の如き一撃である。『この人になら任せて大丈夫かも』、という思いが、支配される決断に踏み切らせた。
「さて、では街のこの『城壁』の範囲までが、僕の『射程』だ。そこに踏み込んだ時点で、僕という『塔』が起動する」
「《つまりハルちゃんに獲物をなるべく取られないように、城壁に行っちゃう前に狩れってことだ! よーし、頑張るぞぉ!》」
「《よっしゃあ!》」
「《ユリちゃんに続けー!》」
「《これ以上経験値をローズ様に渡すなぁ!》」
「《俺らもレベルアップするんじゃあ!》」
「モチベーションが高いのは良いことだ。せいぜい、頑張って止めてみせてくれたまえ」
ハルは己の敵処理の範囲を首都を囲む外壁までと定める。
そこに敵が踏み込んで来たら、自動で攻撃を飛ばす遠距離ユニット。
そんなハルにモンスター撃破のボーナスを渡してなるものかと、外部で奮戦するプレイヤーたちにもまた火が付く。
そうして、一歩たりとも街へと敵を近づけまいとする、アイリスプレイヤー全ての連合作戦が始まった。
◇
飛行能力を持つモンスターたちが、次々に城壁のラインへと飛来してくる。当面のハルの獲物はそれらになりそうだ。
やはりどうしても空を行く敵には対処が回らず、壁上の歩哨からの弓や魔法もなかなか追いつかない。
「本来なら群れて一方向から来るだろう奴らが、わざわざ全周に分散してから来ている」
「ご丁寧だねぇ。どう見ても、奴が指揮を執ってるねこりゃ」
「ご苦労なことだ」
一方向に厚みを持たせて一点突破するのが、本来なら正攻法だろうが、今それをするとハルのレーザーによって薙ぎ払われる恐れがある。
そう考えたのか、あえて到達まで時間を掛けてまで、首都の外壁をぐるりと包囲するまでに分散させて同時に飛行モンスターは攻め込んできた。
「そうすれば、僕一人では対処が追いつかないと考えたんだろうね。まあしかし、どちらを選ぼうが同じこと」
その空の染みと浮かぶ昼間の黒い星。どれもこれも邪悪そうな見た目の飛行モンスター達。
お馴染みのドラゴンタイプや、翼持つ人型、悪魔やガーゴイルといった種族に分類されそうなタイプ。
果ては蜂などの、見るものによっては苦手そうな巨大な虫タイプと様々だ。
それを、種別を問わずハルは次々と撃ち落としていった。
「無駄だね、無駄無駄。元々<神聖魔法>は複数相手のホーミング光弾が初期スキルにもなっている。むしろ得意分野さ」
「じゃあ一点突破が正解だったってことかぁ?」
「その時は、巨大な光弾を群れの中心で爆発させる」
「どっちでもダメじゃないですかぁー! やーだぁー!」
《そもそも相手が雑魚すぎる》
《雑魚がいくら頑張っても雑魚》
《あのあのあの、結構こいつら強いんですが……》
《そもそも相手が強すぎる》
《ローズ様の前では多少の強さは誤差》
《というかローズ様、後ろ見てもいない(笑)》
《後ろに目があるのか!?》
《あるんですよねぇ、実は》
《飛び回ってる小鳥ちゃんが全部目です》
《流石はスパイ鳥》
《スパイ鳥いうな》
そう、いかに自動追尾する機能を持ったスキルとはいえ、適当に撃って当たる物ではない。
全周囲から来る以上、対処はそれなりに忙しくなるはずだが、ハルにとってはそれもまた労せず対処できること。
民の避難誘導や、怪我の手当のために街中に放っているカナリアの使い魔。
これが全てハルの視点となり、ハルは塔にがっちりと足を固定して一方向のみを向きながらも、全ての方角を同時に把握しているのだった。
「小癪なことだ、僕を狙うのは諦めて、降下して民を襲おうとしているね」
「実際、それがローズちゃんには一番効くんでね?」
「効きはしない。もし成功したとしても機嫌が悪くなる程度さ」
「効いてんじゃーん!」
《あっ、死んだわ公爵》
《もともと死んだようなもんだが》
《ローズ様の機嫌損ねるとか死罪より重い》
《ある意味MVP》
《でも成功しないのでした》
《隙を見て降下しようとした奴から撃ち落としてる》
《相変わらずしっかり見てるなぁ》
《いや見え過ぎだろ(笑)》
《相変わらず脳内どうなってんだ(笑)》
申し訳ないことに、普通の脳ではない。
並列処理に特化したハルの思考は、襲い来るモンスター全てを脅威度順に順位分けし、そのランクが高いものから光弾を放っている。
その優先順位はNPCを襲おうとする物が最も高く、いかにハルの死角と隙を突いて彼らを狙おうとも、その目論見が達成されることは決してあり得ないことだった。
「《こんなものですかねー? この程度じゃあ、ハルさんが居なかったとしても、メインイベント足り得ませんよー?》」
「《カナリー、それはイキリすぎっす。しかし、まあそっすねえ。本来、このイベントが発動するのはもっと後半になってからのはず。その時にはプレイヤーの数も戦力も、今よりずっと上がってるでしょうからねえ。わたしたち抜きでも、守り切れるんじゃないでしょーか》」
《いや、それは二人も強いから(笑)》
《十分きついっす》
《後半だったら丁度いいんかね》
《このくらいが、歯ごたえあって楽しいレベル》
《今回は少し早すぎただけか》
《公爵も本当はもっと準備したかったからな》
《本来はもっと後半のイベントかぁ》
《二人とも冷静だね》
なにせ二人とも、長く世界全体を使ったゲーム運営に関わってきた者だ、その辺りのバランス感覚は年季が違う。
そんなカナリーとエメは街の裏門の方へと回り、二人で大暴れしていた。
いや、正確には二人ではない。カナリーとエメ、そして、エメの<召喚魔法>で呼び出した多数の召喚獣たちだ。
「《数だけは多いっすけどねえ。強さはイマイチ! わたしの呼び出したモンスター達の方が強いとか、意味ないんじゃないすかねえ。インスタントな<召喚魔法>に負けるとか、わざわざ消費アイテム使ってまで呼び出す価値あんすかー?》」
「《それはー、あれですよー。<召喚魔法>を使えない剣士かなんかでも呼び出せるのとー?》」
「《自分には何の力も無い偉そうな貴族でも呼び出せることっすね。にししっ!》」
二人は煽りに煽っているが、実際のところはそこが脅威である。
何の訓練もしていない、兵士ですらない者であっても、水晶を持つだけでその瞬間から軍隊並みの戦力となる。
これはゲームであり、プレイヤーは皆強いのが当たり前なので軽視しがちなことだが、このことは戦いにおいて非常に重要なことだ。
銃器と同じ、持つだけで非戦闘員を一端の兵士に仕立て上げるアイテム。
その存在は本来、戦争の在り方そのものすら変えてしまうほど重要な存在であった。
それをこれだけの数用意してのける組織の目的とは一体、どんなものなのだろうか?
「……まあ、ゲームでそこまで考える必要はないのかもね。なんにせよ、ロクなもんじゃないことは間違いない」
「なにがだい、ローズちゃんいきなりさぁ?」
「このモンスターが出る水晶を用意した黒幕のこと」
「さてなぁ? 俺みたいな下っ端には、その取引に関わる秘密なんか当然教えてくれねーワケで?」
《世界征服を企む闇の組織だ》
《いや、地上侵攻を目論む悪魔の手先》
《地底人!》
《いや宇宙人だ》
《水晶生命体!》
《ファンタジーじゃなくてSFなんよ(笑)》
《公爵ちゃんがトップって訳じゃなさそうだねぇ》
そんな紫水晶から生まれたモンスター達であるが、危なげなく処理されていくその様子と、それを成した神聖な光の乱舞を見て、次々とハルに力が集まって行く。
そうして高まり続ける<支配者>のオーラ。それにより、最初からハル優勢だった彼我の戦力差は更に開いてゆく。
もはや壁外に居る全てのモンスターが一斉に掛かって来ても容易く処理できるのではないか?
そう思えてしまうほどに、この首都中の力がハル一人へと集中し、更に更にその輝きを増しているのであった。
※一部スキル名を調整しました。(2023/5/24)




