第657話 狂乱するようでしない王都
「さぁて始まりましたよぉ、『第一回王都防衛戦線』! 企画、運営はこの俺でお送りしまぁすっ! 参加条件はアイリスの首都にいること! 参加費なし! むしろ強制参加だぁ!」
「……お前、知ってたねこの展開?」
「まぁねん。だって準備したの、何を隠そう俺だしな! 俺だけじゃないけど」
「知ってたなら先に教えておけと……」
「いやいやいや、サプラーイズッ、重要よ? というか教えちゃったら、ローズちゃん対策しちゃうだろ!」
《それはそう》
《もう一個も埋まってないだろな》
《ローズ様、探知機持ってるしね》
《一晩で全部掘り起こしちゃいそう》
《発動しなきゃただの石だし》
《キャンプ作ってるとき実はビクビクだったんじゃ》
《気が気じゃなかっただろうね》
《探知機が反応しなくてよかったな(笑)》
《割とその辺運良いよなミナミって》
《持ってるな》
確かに、門前に駐屯地を作っていた時、もしそこに紫水晶が埋めてあれば、偶然その場所が被っていたならば、所持している紫水晶の探知機が反応していたかも知れない。
探知範囲がかなり狭いので、運よく(運悪く?)その範囲には入らなかったらしく、ミナミの『企画』は無事に成就した。
もともと、公爵と袂を分かつ前からこれは計画をしていたことのようだ。
もし今の立場になっていなかったら、その時は悪役として振る舞っていたのだろうか? 後で聞いてみようと思うハルだった。
「さぁて、水晶から現れた謎のモンスターが、街を襲ってきているぞ! 悪の貴族の企みを、みんなで阻止しよう! あ、阻止しないと国が滅びます」
《おまえの企みなんだよなぁ……》
《やっぱこいつ、一回シメた方がいいんじゃ》
《ただ、盛り上がる展開なのは事実……》
《でも現状じゃ難易度高すぎね?》
《大丈夫だ、ローズ様が付いてる!》
《それ逆に、もうローズ様だけでよくね?》
「まあ、さすがに僕もこの数と範囲は骨が折れる。なるべく、手伝ってもらえれば助かるかな」
《よっしゃあ! よわよわマンだけど行くぜぇ!》
《今からログインしよ》
《俺も、せっかくの祭りだ》
《アイリス民でよかったー》
《行く人がんばれー》
誰でも参加できて、やることはモンスターを倒すのみ。民を守るという大義名分もある。
前回のクラン対抗の戦争よりも、よほど分かりやすく参加もしやすいイベントだ。
いささか急すぎるが、『これぞお祭り』、といった感じで、次々と参加者がログインし街の外へと向かって行った。
これこそが、ミナミが本当にやりたかった企画なのだろう。
きっと、これは彼にしか出来なかった催しだ。特にハルでは、NPCの犠牲を許容しないために、こうした危険性が高すぎるイベントは絶対に候補に上がらない。
「だけどそれ故に、僕としてはかなり忙しい状況だ……」
「《そういう時は、仲間を頼ろうハルちゃん! 一人では出来ないことでも!》」
「力を合わせれば、だね。キツそうな所はやっぱり正門だ、頼んだユキ。馬車に使ったドラゴンを使ってくれ」
「《おお、ドラゴンライダーだ! んじゃ、いてきまー!》」
ようやくの出番に、ユキが大喜びで飛び出して行く。
自分たちの『馬』を馬車から手綱ごと引きちぎるように外すと、その背に乗って入って来た正門側へと逆戻りしてゆく。
それに続くように、召喚獣を率いたエメと、ついでにその背に乗り込んだ魔法使いのカナリーも街の外へと飛び立った。
突然すぎる出来事だったので、まだ門の外にも人の往来がある。
恐慌状態になりつつあるその場へと、真っ先に戦力を到着させねばならないのだった。
「……よし、ちょうど冒険に出ようとしていたプレイヤー達も多い。第一波は、当面なんとかなるだろう」
「全体を囲むように分散させてっからなぁ。一ウェーブごとの脅威度はさほど高くはねぇ」
しかし、逆に言えば気を配るべき方向が多すぎる。
少しでも見逃しがあれば、予期せぬ方向から街の外周の城壁を越えて、市街地にモンスターが侵入しかねなかった。
「はーっはっはっはぁ! 慌てよる、慌てよるわ! だが一度発動してしまったが最後、もうこの軍勢を止めるのは不可能よ」
「不可能な訳ないだろ? 僕が居るんだから」
「また大層な自信で余裕ぶりおって……、しかし、いかな貴様でも多大な犠牲は免れん! そうして焦土と化した王都を見れば、この国の体制がいかに脆弱で間違っていたか、誰の目にも明らかとなるだろうよ!」
つまりは、この仕込みは本来その計画のための下準備だったという事だ。
こうして中央を危機に陥らせることで、現行の体制がいかに脆いものかを白日の下に晒す。
ついでに現政権と『真の貴族』たちの力を殺ぎ、根回しした家々との連携をもって、貴族制度の転覆を狙うのだろう。
「少し面白いのが、ここで革命が成功したとしても歴史は民主側に進むのではなく、いっそ封建側へと逆行するってことだね」
「面白がってる場合ぃ!? ローズちゃんもほら、そろそろ動かないと!」
「そうだね。とりあえず、あの煩いのを退場させてしまおう」
もう『イベント』の切っ掛けとしての役割も終わったカドモス公爵だ。あとはやかましいだけである。
ハルは彼の乗る黒竜に向けて、適当に<神聖魔法>を何度か発射する。
やはり見た目通り聖なる属性には相克し弱点となるようで、苦しそうにもがきながらドラゴンはハルから距離を取ろうとしていた。
「くっ! もう遅いぞ! ワシを殺したとしても、モンスター共は止まらん! 奴らはワシの意思を継ぎ、それを全うするまで果てることなく、」
「やかましい、どっか行け」
「ぐわぁーっ!!」
続けざまに、今度は彼の身をかすめるようにレーザー状になった光の魔法を放ってやると、ようやく腰が引けたのか捨て台詞もそこそこに公爵は飛び去って行った。
《逃がしちゃっていいの?》
《逃がしたのではない、猶予を与えたのだ》
《改心の?》
《いいや、絶望までの》
《人生を掛けた計画が崩れていく様を見よ》
《そのくらいの罰は必要》
《それにどうせローズお姉さまが追ってる》
正解である。逃がす気はない。視聴者も最近はハルのことをよく理解してきた。
彼は街から少し離れた高台へとその身を移し、首都の崩れゆく様を文字通り高みの見物しようとしているようだ。
ハルの使い魔が、更に少し離れた場所からその様子を監視している。
彼にはそこで、自分の渾身の作戦が何も成せない所を見届けてもらうとしよう。
「さて、まずは街の混乱の収束からかな」
「お手並み拝見ンっ!」
モンスターはボス級の大型が多く、それゆえまだ城壁まで到達するには間があった。
その時間を使って、パニックによる二次被害が出ぬように処置するとしよう。
*
ハルは己の<召喚魔法>の呼び出し枠を上限まで使い、その大半をこの首都内に放った。
召喚したのはもちろんカナリア型の小鳥の使い魔。それと<存在同調>し、自身の姿と声を届けてゆく。
「《怯えるな、市民たちよ! 現在、城壁の外の脅威へは、勇敢な<冒険者>たちが対応中だ。君たちは落ち着いて、彼らに声援を届けるのだ》」
ユキを筆頭とした、この祭りに我先にと飛び出したプレイヤーたち。彼らは既に前線へと到着し、振って沸いたボーナスステージを楽しんでいた。
その様子は見ようによっては死を恐れず勇敢に戦う不屈の冒険者。
カメラ代わりに配置した小鳥の一部が、その様子を住民の目に届けていた。
《やべぇ、現地実況じゃん》
《臨場感あって楽しそう!》
《俺らも出来るよ、パブリックビュアー》
《ログイン要るんでしょ?》
《キャラ作ったり要らないよ》
《簡単だよ》
《意識ってか、視点だけ飛ばす感じ》
《やってみようかなぁ……》
現地で広場などに集まって、声を上げながらプレイヤーを応援し始めるNPCたち。
その様子に触発されて、同じように観戦したいと考えはじめるプレイヤーが出てきた。
このゲーム、生放送の視聴だけならば意識をフルダイブさせずともモニターで行えるのだが、フルダイブ視聴することで、まるでプレイヤーの隣で観戦するような臨場感を味わえる。
手軽さが無いことが敬遠されて、そこまで広まっていなかった機能であるが、ここにきて利用者が増しているようだ。
……これは、実はそうしてログインしてしまうと、プレイヤー同様に魔力を発生させる仕様となっている。
アイリの世界の為になるので、ハルもそれは嬉しいことなのだが、運営陣の隠れた目的を推し進めることにもなるだろう事から、素直に喜べない気持ちもまたあった。
「いいねいいねぇ、盛り上がってきたぁ! しかしローズちゃん、NPCってモニター見れないっしょ? 俺のスキルなら見せられるけど、どーなってんの?」
「ああ、彼らは実はモニターを見ている訳ではない。<精霊魔法>で脳内に直接映像を届けているんだ」
「まーた訳わからんことしてるー、この人ぉ!」
それによって、あり得ない臨場感と一体感をハルは演出していた。
彼らは自分の街が今まさに襲われている事実を一時忘れ、非日常の英雄譚に浸っていた。
それにより混乱は最低限に収まり、徐々に騎士団や城の兵士たちも街中の警備へと展開が済んで行く。
逃げまどって転んだNPCの怪我なども大量に用意してあった回復アイテムで既に処置し、パニックにより逃げまどう人々が路地を埋めるような事態は未然に防がれている。
「お見事ぉ! だーが、NPCを落ち着かせたからって勝利じゃないぜぇ? 今は良くとも、じきに手が足りなくなって来そうですねぇ!」
「だったらお前も手伝えミナミ。君のスキル、結構有効に働くんだけど?」
「いや、俺、主催者なんでっ! 不干渉っ! 民事不介入っ!」
「どう見ても刑事事件だが?」
ここでの主催はカドモス公爵だろうに、ちゃっかり自分の手柄としているミナミであった。
手柄というか悪事となるのだが、それは良いのだろうか?
《まぁ要らないっしょ、別に》
《そうそう。ローズ様も、『下ごしらえ』は万端だし》
《全ての準備は整った》
《なんのこと?》
《民が落ち着いたから前線に行く?》
《まだ浅いな、その認識は》
《君もファンを続けていれば分かる》
《そう、分かるようになるさ……》
《きっっしょっ(笑)》
言い方はともかく『ハル慣れ』し訓練された視聴者たちは、今後の展開が読めたようだ。
読みは実にその通り。最大戦力となるハルが、敵の撃破よりも民の鎮静にまず動いたのは、なにも慈愛の心からではない。
もちろん、無いとは言わないが、全ては次の手の為の布石であった。
「さて、タワーディフェンスの開始だ。少し、懐かしいね」
「《おー、あったね、そんなこともさ》」
言葉には出さないが、ユキも同じことを思い出したようだ。
かつてアイリの世界で、シャルト、当時のセージと領地防衛のゲームを模した駆け引きで争ったこと。
迫りくるモンスターを、櫓のように防衛する塔を建設して迎撃し、拠点を守るというゲームジャンル。
今回のシチュエーションも、それと似たようなものになるだろう。
「<建築>で防衛塔を建てるってことかぁ? ちょっと悠長すぎね?」
「分かってないなミナミ。塔ならあるだろう、もうさ?」
言ってハルはドレスと翻し、王城の屋根へと飛び上がる。
一歩で頂上を飛び越えそうなその跳躍力をもって、最も高い尖塔の上へと着地する。
「つまり、僕自身が防衛塔になればいい」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/24)




