第655話 悪事の集大成
「……これは、どうやら今回の容疑以外にも、余罪を追及する必要があるようですな、公」
「馬鹿な……、なぜこのような記録が……、装置の不具合? いや、整備は完璧であったはずだ……」
裁判官たちの厳しい視線が突き刺さる中、カドモス公爵はそれすら目に入らない様子で、ぶつぶつと一人呟きながら焦点の合わぬ目で記録映像を見つめていた。
ミナミから提出されたその映像、そこには彼の自室、スキルの発動を封じるはず部屋においての悪だくみがしっかりと撮影されていた。
あらゆる魔法も技術も封じ、本来そんなことがあり得ぬはずの安全地帯。
そんな唯一気を抜くことが許される空間で、完全に敵の術中に落ちていた。そのことは、彼にとって相当なショックであったようだ。誰の言葉も耳に入っていない。
「ぐぅ、ぐぐぐっ……、おのれ、おのれおのれ! これは罠だ! ワシは嵌められたのだ、この小僧共に!」
「見苦しいですぞ、カドモス公」
「ええい五月蠅いわ! 考えてもみよ! 領地攻めの提案を持ってきたのも、我が屋敷へ小娘を連れてきたのも、そこな小僧よ! 記録にも映っておったろう!」
「確かに、ミナミ子爵。貴方も今回、国家を混乱させたことに関する責任、追及無しとはいかぬかも知れませんな?」
「ははぁ~~~っ! 紛れもなく我が罪。神妙に、お縄につかせていただきますればぁ~~っ!」
ミナミの提出した映像、それは全て、まさかの未編集であった。
やろうと思えば、自分の音声だけを消し、公爵の姿だけを選択抽出して、彼一人の悪事の証拠とすることも出来たはずだ。彼はその編集技術を持っている。
だがミナミはそれをせずに、自分も共犯であるとすべてこの審判の席にさらけ出したのだった。
「ふむ。とはいえ貴君の存在により、カドモス公の悪事がこうして明るみに出たのも事実。最低限の罰則で済むよう、考慮いたしましょうかの」
「感謝いたしまっす!」
「馬鹿な! なぜそうなるのだ! まるで理屈が通らぬわ!」
現代で言えば、司法取引、というやつだろう。大犯罪者や大企業上層部の不正を取り締まるため、その証人となる人物は、証言をすることを条件に恩赦を約束される。
そうすることで円滑に証言を引き出しやすくなり、第一優先の目的を叶えることができる訳だ。
それに加え今回は、『神前裁判』の席であり神に誓って偽らぬことが重要となる。
そこで、己の罪を隠すことよりも大罪を告発することを選んだミナミの態度が、誠実さとして評価されたと考えられる。
相変わらず、世渡り上手というべきか、そういったバランス感覚に優れる男であった。
「そうだ、実行犯! その小僧こそ実行犯であろうに! ワシは何やかやと語ってはおれど、口先のみのこと。実際に行動に移したのは、そこな南観の小せがれよ!」
「……公爵、見苦しい、と申し上げた。この場合、部下に命じた決断の責任というものは何よりも重い。『部下が勝手にやった』が通る局面ではありませぬぞ!」
「おのれ、おのれおのれおのれ、この小僧っ子めがぁ……ッ!」
「んべっ」
彼と視聴者にだけ見えるように、絶妙な角度でミナミはチロリと舌を出す。
完璧にミナミにしてやられた公爵は、屈辱に顔を真っ赤に染めていく。無理もない
飼い犬として、手の平の上だと思っていた新米貴族が、実は逆に自分を嵌める為に最初から動いていたのだ。
確かに、密室での悪だくみの証拠が映像として記録されていなければ、トカゲの尻尾切りとしてミナミが全ての責任を負わされていた可能性は高い。
むしろ、公爵はそうする気満々だっただろう。彼の自信たっぷりな態度はそこにも由来していそうだ。
だが、記録アイテムには彼がミナミに対し軍備を貸し与え、詳細に命令を下した場面がしっかりと録画されていた。
さすがにこれでは、知らぬ存ぜぬは通らない。年貢の納め時、という奴だ。
《終わったな》
《ああ、もう言い逃れ出来ないな》
《ミナミの奴、ここまで考えて?》
《結局これってミナミの手の平の上?》
《そうなるのかねぇ》
《なんだかんだ、すげーな……》
《腐っても有名配信者か》
《でも腐ってるんだ(笑)》
《性根がな(笑)》
確かに、あまり褒められた態度ではない行動も多く、プレイスタイルも正統派ではない。
どちらかと言えば、悪役であり悪党であるプレイヤーだろう。
だがその行動の結果は、見ての通り。
クラン同士の戦いに始まり、一連の展開は非常に生放送を盛り上げた。
最近はハルの領地も動きがなく、どうすれば視聴者を楽しませられるか考えていたところ。彼からの『コラボ』の持ちかけはハルとしても多いに恩恵を受けたと言えよう。
そして、その行動の集大成は、いつの間にかこの国に暗く影を落としていた巨悪を追い込むに至っていた。
ミナミが最初からこの図式を思い描いていたとすれば、ハルも素直に賞賛に値する。
「……これを狙っていたのかい、君は?」
「んっ? いいや、いやいやいや。んなこたぁねーですよローズちゃん? 俺は、奴の下で甘い汁を吸わせて貰おうとしか思ってませんよー」
「神前で偽りは良くないらしいよ、ミナミ」
「本心なんだよなぁ……、この結果は、ローズちゃんの活躍の成果っしょ!」
まあ、自画自賛にはなるがそれは大きいとハルも思っている。
ミナミ一人では、公爵の権力に抗うことは難しかっただろう。裁判にまで持ち込めず、握りつぶされて終わりだ。
とはいえ、そんなハルの協力を得られたのも彼の行動力の結果だろう。
その締めくくりとして、ついにカドモス公爵の捕縛が決定しようとしているのだった。
◇
「くぅ、くそぅ、もはや、これまでか……」
「身柄を、拘束させてもらいますぞ、カドモス公。確かに貴君をこの場で有罪と断じるには、おっしゃるとおり物証に乏しい。だが」
だが、もはや叩けば埃が出るのは明々白々。
屋敷へ帰ってそんな物証を処分されてしまわぬように、彼の身は厳重な監視下に置かれるだろう。
警備の兵を見渡してみれば誰もがその身を緊張に硬くして、立ち位置は、じりりじりり、と少しずつ公爵の方へと詰め寄る準備をしているようだった。
「この場で拘束、連行か。その後に、彼の屋敷に査察が入って、証拠の書類やらなにやらの押収、って感じかな?」
どうあれ、ここでハルの出番は終わり、あとは警察機構に準じる組織の仕事だろう。エリアルの騎士団などが対応にあたるのだろうか?
どうなるかはともかく、ハルと公爵の因縁はここで終わり。後は結果待ちとなる。
その空いた時間、それこそ暇になってしまうので放送内容はどうするか。そんなことを暢気にハルが考えていると、ミナミが素早くハルへと近づいて耳打ちしてきた。
「……ローズちゃん。気を付けなよぉ? アイツ、多分ここで終わんないぜぇ?」
「ん? なにかまだ策があるっていうのかい?」
《いや、まさかまさか》
《そんなそんな》
《こっから大逆転なんて、そんな》
《なこと、あるわけ……》
《さーすがに勝ったっしょ》
《お前らフラグ立てるのやめろ(笑)》
《しかし、真面目になんだ?》
《もう論理の上じゃ勝ち目ゼロだろ》
《あとは、実力行使?》
《それこそ無理だ。ローズ様が相手だもん》
実際、実は彼が恐ろしい魔法の実力者であったりだとか、いや実は本気を出せば筋肉がムキムキに盛り上がって大暴れするのだとしても、ハルの敵ではない。
あのスキルが封じられていた安全な室内ですら、近衛の後ろに隠れていた彼だ。最高でもあの近衛兵以下の実力である。
その段階で、どう頑張ってもこの場ではどうしようもない。暴れて逃亡を図ろうとしたとて、彼一人では高が知れている。
この神聖な場には、双方共に護衛の兵力は連れて来れなかったのだ。
「……なぁローズちゃん? アイツ、これから逃げ出すと思うけど、見逃してやっちゃあくれないかねぇ?」
「どうした? 情でも湧いた、って訳じゃないとは思うけど」
「湧くわけ、あるかぁーいっ。じゃなくてよぉ、悪党の集大成っての? 悪だくみの結実? 悪事の行きつく先? そーゆーんをさぁ、見届けてあげないかねぇ」
「まあ、君がせっかく用意したこの『イベント』だ。大人しく逮捕で幕引きってのも、確かに盛り上がりに欠けるか」
「あざーっす。話が分かるぅ」
これが裁判ドラマであるなら、被告人が見苦しく暴れだして判決を受け入れない、なんて展開は見ている方も困るだろう。
そこは、法と論理の勝利でしめやかに終わるべきだ。
しかし、これは派手な戦闘が売りのRPG。そうした大人しい幕引きは、駄目とは言わないが華に乏しいのもまたその通り。
ここは、ミナミの思う通りにやらせてみることにした。
「とはいえ、あまりに手際が悪いようだったら、そこまで手加減は出来ない。僕の沽券にも関わるからね」
「あ、そこはダイジョーブ。どーせ奥の手用意してっからアイツ」
嫌な信頼感である。確かに、この審判の間がある神殿施設は原則として持ち込み自由で通された。ハルもきちんと武装している。
不用心ではあるが、そこは信頼により成り立っている。そんな最低限の信すら置けぬ者が相手の場合は、裁判を開く必要すらない、ということだろうか。
そんな、何か逆転の手段を持ち込んで来たらしいカドモス公爵に、ついに拘束の命が言い渡された。
「抵抗なさいますな、公。これより貴君の身は、城内にて監視下に置かれることとなります。その際怪しい動きあれば、罪状が重くなるのは避けられますまい」
「これまで、もはやこれまでか……、だが、最悪ではない……」
先ほどから、『もはやこれまで』、を繰り返すその姿は、観念しきったかのように見える。そのため、裁判官たちや警備の騎士たちも多少は安心し緊張をゆるめている。
だがミナミの言葉もあって、ハルには良く理解できた。あれは、『本当にこれまでか? 本当にこの場は詰みか?』、ということを慎重に確認しているのだ。
この場で切り札を切っていいのか、カードは温存しておかなくて大丈夫か。
その判断が、付いたようだった。
「近寄るでない、下郎共が。そこからもう一歩でも寄ってみろ、命は無いと知れ」
打ちひしがれた態度から、一転、目に力の戻った公爵が懐から輝く紫の水晶を取り出して掲げる。それは、ハルも良く知るあの『紫水晶』アイテムであった。
やはり、一連の紫水晶に関わる事件の裏では、彼が糸を引いていたのだ。
「おやめなさい。これ以上罪を重ねるものではありません。この神聖な場で争いを起こすような振舞いは、最悪死罪も避けられませぬぞ?」
「はんっ! ここで拘束され、屋敷にある数々の証拠が押収されれば、それこそ死罪は避けられぬわ! ならば、ここで抵抗する事それこそが最善の策よ!」
「うわあ、最悪な開き直りだ」
まあ、リスク管理の観点では非常に正しい。自分の命も含めて、冷静に状況把握が出来るその判断の正確さは、やはり優秀な経営者ではあるのだろう。方向性はともかく。
「……騎士たち、それは危険だよ、下がるがいい」
「ご心配、誠に痛み入りまする。ですが、ここで我が身を盾にして貴女さま方をお守りすることこそが、我らが、」
「口上が長いわ、マヌケめぇ!」
騎士が命を掛けて公爵を止める宣言を上げている最中に、彼はもう紫水晶を発動してしまった。ヒーローの変身を待たないタイプだ、きっと。
そんな公爵を中心に、巨大な爆発が巻き起こりこの部屋を爆風が満たしていくのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/24)




