第654話 裏目裏目のまた裏目
あわや審議不要で判決が下りそうになったこの神前裁判。その急すぎる展開にはさすがのカドモス公爵も焦ったようだが、天秤が水平に戻り通常通り裁判が始まると、いくらか余裕を取り戻したようだ。
いつもの不敵な笑みを浮かべ、堂々とふんぞり返る様子は小悪党の貫禄すら感じる。
その様子だけ見れば、裁判に絶対の自信あり、なんらかの裏工作をしてきたのは明白だろう。
これで天秤が彼を支持していたなら、『お前何かイカサマをしたな』、という主張も理解できる展開となるのだが、残念なことにその天秤の針はハルの方へと傾いたのだった。
まあ、まことに遺憾ではあるが、公爵以上の裏工作をしたと取られても仕方のない状況である。
展開がもう裁判官全員の買収のようになっている。
「では、カドモス公。今の主張に対しての反論を」
「うむ。この資料を見ていただきたい。長い資料なので要約して話すが、ここには奴の行った数々の違法行為、越権行為が記されておる。国政を預かるものとして、見過ごす訳にはいくまい」
自信満々の公爵から提出された資料の束には、非常に細かい文字でずらずらと小難しい文章が並んでいた。
あえて難解な文章で風情を表現するのはハルも好きだが、これはさすがにやりすぎだ。もはや暗号である。
それは銀行関係の契約同意書のように、まるで読ませる気のないような難しさと長さであった。
違いがあるとすれば、あちらは実際に何かあった時の為に書いておかねばならない事である一方、こちらは本当に読ませる気がない。
いや、詳しく読んでもらっては困る文章であった。よくこれだけ書いたものだ。
「優秀な経理を雇っているみたいだね」
「くくくっ、その通りよ。そして優秀である以上、不正な資金の流れは見過ごさん」
「そう? ここに矛盾があるけどね」
「なにっ!?」
別に、ハルはこの暗号のような調査書類を全て一瞬で精査した訳ではない。
いや、やろうと思えば、並列思考をフル動員すればそういった人並外れた計算も行ってみせるハルだが、今回はその必要もない。
この書類に向けて、スキル<解析>を発動すれば、ハルを貶めるために無理筋を通した記述が自動で浮かび上がるのだった。
その内容はすぐに裁判官たちに共有され、皆がその部分のみに注目する。
読み難くしたのが仇となってしまった。難解な部分を読み解くよりも、ハルが<解析>した明解な部分に注視した方が分かりやすい。
「くっ……、単なる計算ミスであろう! それだけの文章量を用意したのだ、ケアレスミスもするだろうよ!」
《よく言うぜ(笑)》
《それだけの量を用意させたのお前やろー!》
《担当者かわいそう》
《ブラックすぎ笑えない》
《経理が一晩でやってくれました》
《会計さん寝て》
《いや、逃げて。もう終わりですよこの家》
《本当に世情に敏感なら逃げてるだろう》
まあ確かに、今回の急すぎる招集に合わせて徹夜で資料を用意したのであれば、そうした些細な見落としも仕方のないことだ。
ただ、今回見つかった矛盾点は、あえてハルの印象を悪くするために用意された物。クリスタの街の輸入量と輸出量をごまかし、ハルが脱税しているように見せかけた物だった。
その改竄の印象は非常に悪く、そこが発見されてしまったことにより公爵の資料全体の印象も大きく落ちてしまった。
実は、割と真実も記載されているのだが。
ハルが本来国から許可されているのは小麦の輸入だけであるところ、個人的な伝手でガンガン何でも輸入していたことだとか。そのあたり、惜しい話である。
「ぐぬぬぬぬ……、おのれ! 次だ! 奴の罪状はこれのみに留まらぬぞ!」
「公、罪状、などと語ることは控えるように。して、続く主張はいかなるものですかな?」
「神殿だ! 奴は、領地において無許可で神殿を建ておった。貴様らが最も嫌う神への不敬であろう、これは!」
「……ローズ侯であれば、我が神により許されていようものでしょうけどな」
「それは“今”の話であろう!」
そこで、カドモス公爵はハルの後ろに証人として控えるミナミをきつく睨みつける。
かつては味方、いや手駒として働いていたが、今は己の敵に回っているミナミ。そんな彼に向かって躊躇することもなく、以前のような調子で命令を飛ばす。
「おい、小僧! 南観、貴様だ、素知らぬ振りをするでないわ!」
「あー、いやー、そう言われっしてもぉ? 今は陣営が逆ですからぁ」
「ぬけぬけと……、判事、あの証人に証拠の提出を依頼したい! 所持しているはずだ!」
「どうされますかな? 黙秘も可能ですが、不利となる証拠を隠していた場合、後々印象が悪くなる場合もありますぞ?」
この場はいわゆる、『神に誓って偽らぬ』、という席だ。その宣誓は、現実のそれより数段重い。
なにせ目の前の巨大な天秤には、実際に神が宿ってこちらを見ているということになっている。
そんな席での隠し事は、プレイヤーたち日本人が思う以上に悪とされる。
故にこの場での戦い方は、いかに都合の良い真実のみで相手を責め立て、自分の弱みは相手に察知されないことにあった。
公爵はそうした手管にも、年季が入っているようだ。
「いやいや、公開しますけどねぇカミサマに嘘はつけませんしぃ。もちろん、ローズちゃ……、ローズ侯爵様がよろしいのならですけどぉ?」
「構わないさ。僕に恥じる部分などありはしない」
《うっそだー! 女装してることをそもそも恥ずかしがってる癖にー! 皆のものぉー、ここに嘘つきがいるぞー! 神の前で堂々と偽りを述べる悪女がいるぞー!》
──黙れアイリス。女装と言うな、これはロールプレイだ。あと悪女と言うな。女として扱うのは止めろ。
《ぬへへへへー、悔しかろうお兄ちゃん! 明確な弱みを握られているのは!》
──は? 僕を脅迫するとか良い度胸だな。本格的にミントに鞍替えするぞ? 課金も彼女にする。
《おのれー! ひきょうだぞお兄ちゃんー! 課金して、私にっ!》
なんだか脳内が騒がしいので、よく法廷の状況を見ていなかったが、どうやらそこにはミナミから提出された記録アイテムが再生されているようだった。
そこには住人たちの要請によって、自宅付近に神殿を『領主コマンド』で作るハルの様子が映し出されている。ハルの放送を切り取ったものだ。
そこではハルと、複雑な領主コマンド内容の精査を手伝ってくれるルナとの会話が記録されていた。
「《……なんだか面倒ね? 承認されているのかいないのか、理解しにくいわ?》」
「《特に神殿関係の許可は厳しく制限されてるみたいだね。まあ、何故か僕には認可が下りてるみたいだけど》」
「《これね? <信仰>レベル達成による特別許可。あとは、住人の要請件数が規定値を突破したことによる許可。更には必要資金の達成。なまぐさいわね……?》」
「《ボロい神殿を立てるのは失礼にあたるってことだろうね》」
その映像には、神殿を建立する際に必要となる様々な認可を一つずつ確認していくハルたちの姿があった。
その内容は特に違法性があるようには見えないどころか、むしろハルの正当性を補強しているようにしか映らなかった。
「なんだこれは! 小僧、この内容はなんだ! ワシに見せた時にはこんな記録は無かっただろうに!」
「ん? あー、そーだったっすかねぇ? 俺は、望まれた証拠を望まれたように出したまでだったと記憶してますぜぇ? おっと、ちょうどこの後じゃないですかねぇ」
ミナミが言うように映像にはまだ続きがあり、ハルとルナは建設コマンドの実行の前に、雑談のようにとりとめもない会話を続けている。
その内容こそが、問題のシーンとなっていた。
◇
「《……ところでハル? この許可が、もし無かったとしたらそのときは、どのようになるのかしら?》」
「《気になる? やはり、お主も悪よのうルナ屋》」
「《屋ってなにかしら……、まあ、気になるわ? それは》」
「《よし、じゃあそれを見ていこう》」
それは、もしこの許可が無かった場合の仮定。それでも神殿を作らなければいけなくなったとして、ハルはどうするのか。
その確認を二人で行っていた。その場面の記録。この時は領主コマンドが出たばかりで、色々と無茶な注文を出してみていた時期であった。
「《まず、やはり定番の賄賂だね。送り先は、っと、自動で出るね。神職の関係者、これは、中央の貴族かな?》」
「《やはり神権政治として、政治と宗教は深く結びついているのね? いえ、貴族が宗教団体そのものなのかしら、これは?》」
「《そう見えるね。そこに送金して、許可を偽造する。うわ、高っか。これは、信仰心が高い証拠だね。並の金額じゃ動かないぞ、ってことだ》」
「そうだ、これだ! この会話だ、ワシが見たのも! 見よ、不正があったであろう!」
「お静かにお願いしますぞ、公爵。最後まで、確認するとしましょう」
どうやら、ミナミはこの部分だけを更に切り抜いて、カドモス公爵を焚きつけたらしい。
まあ、確かにここだけ見れば、悪女二人が悪だくみしている図にしか見えない。彼の得意な、偏向報道というやつだ。
「《でだ、住人の反対意見は、っと》」
「《これね? あら、ありがち。武力で抑え込むのね? こちらも賄賂というか買収もあるけれど、やはり弾圧が効果的ね?》」
「《首謀者を無理矢理に反逆罪で投獄、か。それにより僕に逆らう者に恐怖を植え付け、反抗心を水面下まで抑え込むんだね》」
「《やりすぎるといずれ爆発しそうね?》」
「《その辺の管理と、バランス感覚が重要になるね》」
画面の中のハルとルナは、次々と危ない発言を繰り返す。
その表情は仲の良い友人が遊びの予定を話し合うかのようで、その容赦のなさ、躊躇のなさが非常に不気味にも思えた。
……ただし、ここだけを見れば。
「《最後は、高すぎる建築費用か》」
「《それは、どうしようもないのではなくて? 誤魔化すためにまた賄賂を払っては、本末転倒になるわよね?》」
「《そこは、技術で解決だね。僕の得意分野だ》」
「《真っ当でない努力の方向性ねぇ……》」
「《楽する為に努力する、って奴さ。多分? これは、ゴミにしかならないような下級アイテムを<錬金>で分解して再構築、基本マテリアルに変換するんだね》」
「《なるほど? 無駄に高度だこと。それを使うのね?》」
「《うん。もちろん品質は最低なんだけど、見栄えだけは良い素材が生成可能らしいよ。エーテル技術のようなものだね》」
例えるなら、このファンタジー世界に突然プラスチックのような素材が出てくるようなものだ。
それは、石造りなどと比べれば未来的で美しい造りに見える部分もあろうが、最初だけのこと。経年劣化は激しく、すぐに文字通りボロが出るだろう。
そんな手抜き工事によって、安く材料費を抑える裏ルートもあると、わざわざ公式でコマンド内に用意してくれていた。ご丁寧なことである。
ちなみに、その下級アイテムの分解は別方面で非常に役立った。物は使いようである。
「《……という感じでやれば、一切許可なく神殿が作れるね》」
もしここで記録が終われば、ハルは神を冒涜した大罪人としての印象を避けるのは難しいだろう。しかしながら、当然映像には続きがあった。
当たり前だ。元々、認可は下りているハルである。リスクを取る必要などない。
「《でもまあ、僕はそんなことせずとも、普通に神殿が作れる。むしろ、可能な限りコストを掛けて盛大な大神殿でも作るか》」
「《豪勢なことね? 維持費も嵩むわよ?》」
「《まあ、構わないさ。仮にも神様の家だ。そこは良い物を用意したい》」
何だかんだ言って、神様、元同僚であるAIたちには仲間意識の強いハルだ。そこは効率を無視してでも、敬意を示したい想いがある。
《んん~~、良い話よなぁ~。愛されてるねぇ、私はお兄ちゃんにさぁ》
……ちなみに、今は少し早まったかと後悔していたりもするハルだった。
「以上が、俺のスキルで記録した証拠映像の全てになりまぁす。ご清聴、ありがざぁしたぁ」
《これはひどい》
《ミナミ、お前やったな?》
《悪意ありすぎぃ!》
《これ切り抜いて見せられた公爵ちゃん……》
《そら、勘違いするわぁ》
《悪だくみ部分だけならねぇ》
《まるで悪の女帝二人だったからな》
《やはり偏向報道は規制されて当然》
《この世界に現行法が無くてよかったな(笑)》
そこで今度は本当に、ミナミの用意した記録が途切れる。
これは、特に恣意的な編集の入らぬノーカットの物であった。ハルの生放送を保存したものと同一だ。
ここから、都合の良いように抜き出して編集したものが公爵の見た物なのだろう。それは確かに証拠になりそうだ。
なんだか、諸悪の根源はこの味方面しているミナミのような気がしてきた。
まあ、それに釣られて嬉々として領地攻めを決めてしまうカドモス公爵にはやはり同情などできないのだが。
「あ、ついでに公爵側の証拠映像なんかもあるんですけどぉ、それも提出しちゃいますねっ!」
そんな軽いノリで、公爵にとってトドメとなるであろう爆弾が法廷の場へと上がってしまうのであった。
※句読点の追加を行いました。(2023/1/14)
誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/24)




