第562話 侯爵への道
ハルの<侯爵>への叙爵。それは今回のこの計画をハルが企てた最大の目的でもあった。
己の<役割>のランクを上げるために、この国の裏で暗躍する黒幕を処理して評価を上げようというものである。
それが、ここで労せず叶うという。
悪いことではないのだが、なんだか手段と目的が入れ替わってしまったような気持ちのむずがゆさを覚えるハルだった。
「……それは、大変ありがたいお話ですが、しかし何故? 僕は特に、まだ何もしていないはずなのですが」
「いや、しておるぞ。そなたの名声は、領地から遠く離れたここ王都へも常々届いてきておる。此度はそれに報いる良い機会だと、余は思っておるのだ」
「あぁ確かに? なんか税金すげー払ってるんだよなぁローズちゃん。公爵が『こっちによこせー』って唸ってたぜぇ?」
「いや唸られても……」
確かにハルは、国に、国王へ向けて、領地から得られた収入を税金として大量に収めていた。
しかしそれは忠義の気持ちの表れというよりも、領地で好き勝手することをそのお金でお目こぼしして欲しいという目論みによるものである。
まあ、つまりは賄賂だ。その賄賂をこうも感謝されては、また少し罪悪感が出るというもの。
「そのですね、陛下? もちろんその納税によって評価を得ようという気持ちは僕にもありました。しかし、それ以前にあれはあくまで義務。義務を果たしただけで、そこまで評価していただいては……」
「その義務をきちんと果たす者の、いかに少ないことか、そなたは知るまい。嘆かわしいことだが」
「基本的に、こちらがしつこく催促して渋々、というのが常ですね」
騎士エリアルが貴族の納税状況について補足の説明をしてくれる。
領地から徴税したお金なり作物なりは、いったん領主の元に全て集められて管理される。
そこから、更に国へと一定の割合を上納するのが決まりではあるのだが、それは必ずしも絶対ではない。
領主の最も需要な仕事は、己の領地を安定運営することでありそれは納税よりも上位となっている。
その領地経営のために税金が必要となるならば、それはそこへと注ぎ込むことを優先しても良い。
……とはいえ、本当にそんなに投資が必要な場面などもちろん少なく、大半は『領地経営に使う』といって己の私腹を肥やす領主が多いようであった。
まあ、当然といえば当然だ。
「徴税官も少なくずっと中央に詰めておるゆえ、手が回らないという事情もあるにはあるが……」
「ああ、確か最初に会った人かな。やっぱり大物だったんだ」
「いよいよ我慢の限界になると、あの人が領地まで乗り込んできて『金払えー!』ってなるみたいだぜぇ?」
「うむ。そこで、初めて納税の意思を見せるくらいでも本来は問題はないのだ。そこを伯爵は、税収があるたび余に送ってきてくれる」
「俺からも聞きたいんだけどさぁ、ローズちゃん、それって何でなん? ローズちゃんって、陛下のこと知らなかったんだっしょ?」
「ああ、単に『領主コマンド』にそういうメニューがあったから。押しただけ」
「ずっこーっ!!」
帳簿に様々な数字が日々追加され続ける、普通の人では見ただけで頭が痛くなる者も居るであろう<領地貴族>に与えられる『領主コマンド』。
多大な権限を持つ領主だが、その複雑極まるメニューの管理が難点となる。
各種数字が何を表しているかは慣れた者でも難しく、初心者にはそれこそ暗号の羅列にしか見えないだろう。
ハルはそのコマンドメニューを、ミナミや視聴者にも見えるように表示し広げて見せた。
「おいやめろ! グロいもん見せんなってーのっ!」
「失礼な。攻略に役立つ貴重な資料だよ?」
《うわっ、確かにこれは……》
《グロい分かる》
《あっ、頭が……》
《確定申告思い出した……》
《ローズ様こんなん常にやってんの!?》
《相変わらずどういう頭してんの》
《流石はリアルお嬢様》
《リアルでも経営者かなにか?》
《ようやく終わったばっかなんだよなぁ》
《俺も思い出しちった》
《お前も無職にならないか?》
《そうすれば解決》
「俺も嫌いなんだよぉこれぇ……、この仕事、経費が複雑すぎてなぁ……」
「ふーん」
「まっ! 殆どスタッフ任せなんだけどな!」
視聴者にも身に覚えのある者が多かったのか、コメントがにわかに盛り上がった。
政治の話と同様、自分の身の上を主張できる話題は盛り上がりやすい反面、そんな空気を好まない者もまた多い。ほどほどにしておこう。
そのためハルはあまり話題が過熱しすぎないうちに、メニューを閉じてラインへと向き直った。
「……まあ、確かに複雑ではありますね」
「であろう? それを苦もなくこなすそなたは、やはり評価に値するという訳よ」
これは、恐らく言葉通りの国としての評価というよりも、ゲームシステム的な評価が加算されてポイントアップしているのだろう。
プレイヤーによっては対処の難しい『領主コマンド』。それを的確に処理し、最適な対応をしてみせたハルに、ボーナス評価が出たということだ。
人によっては、このシステムを読み解けずに意図せず脱税してしまうプレイヤーも出るだろう。そのくらい複雑だ。現実だろうか?
アクションゲーム等で言うならば、ゲーム側の演出に合わせてリズム良く『フルコンボ』を決めた、といった感じか。
「それに加えて、資金の流れが直接、陛下に届いているということも大きいでしょう」
「お? お姉ちゃんからのお小遣い、ってことかぁ!?」
「ち、違うぞ!? よ、余は先にも申した通りお飾りであるゆえな? 通常の納税では父のところで止められ、余まで資金が回ってこぬのだ……」
「この阿呆が失礼しました。きちんと躾けておきますので」
「痛ったぁいっ! デスる! ペナるぅ!」
《ミナミはブレないなぁ》
《王様相手にもビビらないのは感心はする》
《お小遣いくれる優しいお姉ちゃん……》
《好き……》
《養われたい……》
《王様ちゃんが好きになっちゃうのも仕方ない》
《ローズ様、ラインくんとフラグ立ってる?》
《かもね》
《いきなり攻略対象いっぱい出てきたな》
《お父さんは許さんぞ!》
《だからお前は誰なんだよ》
……勘弁してほしい。女性向け恋愛ゲームを始めるつもりなど無いハルだ。
ちなみに男性向けでもやるつもりはない。多くの女の子たちと結ばれている身の上である。
ただ、ハルの好むと好まざるは兎も角、そういったイベント展開はありえる話だった。
異性のNPCとの恋愛イベントの末に結ばれ、それが更に己の<役割>にも影響を与える。
仮に相手が爽やかイケメンのエリアルであれば、騎士の嫁。
そして紅顔の少年ラインが相手であれば、なんと王の嫁である。王妃である。玉の輿なのである。
「……まあ、そういうルートが用意されてるかも、というのは面白い事実ではあるね」
「んー、ローズちゃん興味なさそ。陛下、残念。押しが足りないですぜ、もっと積極的にアピールしなくっちゃぁ!」
「よよよよよ余に何をさせる気なのだ!?」
調子に乗り続けるミナミの無礼を、王の護衛であるはずのエリアルも何故か止める気はない。
むしろ、にこにことこの展開を楽しんでいる様子だ。ハルの周囲は敵ばかりなのだろうか?
この予想外のからかわれ方を、どう回避したものか。
ひとまず話題を本来のものに戻すことで、ここは有耶無耶にしてしまおうとするハルだった。
◇
「……ところで陛下。僕が<侯爵>になるというのは、いかがすればよろしいのでしょうか?」
「そ、そうだな! まだその話が途中であったの!」
「あ、ローズちゃん逃げた。よくないなぁ、そういうのぉぉおぉわぁ!?」
「そろそろ黙れ。でなければ次はお前が逃げ回ることになるぞ、ミナミ?」
ハルは己の武装である杖を取り出すと、先端に<神聖魔法>を込めて脅してみせる。
圧倒的なステータスから放たれるその輝きは、触れただけでミナミを蒸発させることだろう。
さすがにその魔法圧には暢気な顔で微笑んでいたエリアルも危険を感じずにはいられなかったのか、まるで瞬間移動でもしたかのような速度で王を庇う位置へと回り込んだ。
「……失敬。戯れが過ぎたようです、お許しを」
「いえ、私こそ、申し訳ない」
「た、戯れでその魔力なのか……、実力の方も、聞きしに勝るな、そなたの力は……」
「そうなんすよぉ、見ます? 陛下? 千年の恋も醒めるほどの可愛げの無いこの子の力!」
「ほんと懲りないねえ君は……」
このミナミの胆力は素直に感心する。
彼は、例の記録用アイテムを取り出して、ハルの放送で見せた活躍を封じ込めた水晶玉を見せて盛り上がっていた。
なんだか、もう王様であるライン少年とも打ち解けている。このコミュニケーション能力にも感心するところだ。
エリアルは、そんな主の楽しみを邪魔しないように、彼に代わって説明を引き受けてくれる。
それによれば、<侯爵>になるにあたってハルのすることは特にないとのことだった。
「基本的に、陛下の決定は絶対ですので。自信に欠けてはおられますが、陛下は陛下。きちんと決定権は持ち合わせておいでです」
「ふむ? ならば本人がやろうと思えば、今すぐにでも先王を排して自分が玉座につくことも出来る訳か」
「そうなりますね。万に一つも、無い未来だとは思いますけれども」
まあ、それは仕方ない。王になったとはいえ、まだ彼は年端も行かぬ少年だ。『なった』というよりも、『された』と言う方が正確だろう。
そんな中で、大人たちの重圧をはねのけて、自らの意思を押し通せというのは酷なもの。ハルではないのだ。
「実際、貴女のような方に支えていただけたらと、そう思います」
「……まだ続けるのか、その話。まあ、いいだろう、では仮にそうなったら、何が起こるかよくよく想像してみると良い。僕は、経理が優秀なだけの補佐官じゃあないよ?」
《確実に好き放題やるな》
《贅沢三昧とは別の意味で》
《改革! 改革ぅ!》
《三日で国の構造が全て変わってそう》
《むしろ物理的な見た目が変わってそう》
《国の金も資材も全て自由に使えるからな(笑)》
《結局ショタ王はお飾りになる(笑)》
《王妃による傀儡政権の爆誕》
「……想像できました。そういえば、一夜でひとつの町を作り上げてしまった方でしたね、貴女は」
「忘れてもらっては困るね?」
初対面は先ほどのことだ。印象が薄れるのが早すぎるだろう。
まあ、それだけこの小さな王様のことを大事にしているのだろうけど、そうであるなら一層ハルのことは警戒すべきだ。
なにせ、まだハルは彼やエリアルの味方に付き、その派閥の中で活躍していくと明言した訳でもないのだから。
今はただ、共通の敵が居て、互いの利益が一致しているだけなのだ。
「とにもかくにも、叙爵についてローズ卿が何かをする必要性はありませんよ。どのみち正式な手続きなどは、後でこちらで行うのですし」
「まあ、楽でいいけどね」
ただ、一方で達成感が薄いのも確かだ。以前もそうであったので今更だが、何かしら盛大な儀式などあれば、放送的な見栄えも良くなるのだが。
今回も、ラインが威厳を込めて宣言すると(実際は『可愛い』と視聴者に好評だった)、それだけで<侯爵>へのランクアップ処理は終了してしまった。
メニューの中では確かに、紙吹雪が舞うような派手な昇格演出で祝ってくれてはいるのだが、それでもイマイチ味気ないものである。
あくまでシステム上の<役割>であり、実際にプレイヤーが行う役割とは分けている、ということなのかも知れない。
《おめでとう!》
《ローズお姉さまおめでとー!》
《侯爵ばんざーい!》
《これで名実ともに一流貴族!》
《このまま目指せ<公爵>》
《最上位まで一気にいけー!》
《おめでとー!》
《悪い貴族になんか負けるなー!》
果たして悪いのがどちらであるかは、少し微妙なところでもある。ただ、確かにこの立場の向上はカドモス公爵と争うにあたり有利に働くだろう。
ラインたちもきっと、それを見越してハルの<役割>を上げることを急いだのだと考えられる。
伯爵以上を『上級貴族』と呼びならわすことの多い爵位制度であるが、それはあくまで制度上の話。
最上位の公爵はやはり別格であり、王族に近いか、または王族それ自体を指すことも多くある。
この国はそれ以外にも仕組みが複雑であるが、そのランクが一つ下まで近づくことは見た目以上の意味を持つことだろう。
そんな、多くの思惑の絡まる面倒な裁判の開催が決まる。
果たして、今度はどんな厄介な言い訳を公爵は用意してくるのだろうか。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




