第651話 裁判への道
「して、どうなれば、そなたの勝利なのだ? 余はそうした駆け引きには疎いゆえ、よう分からぬのだ」
「私もです。武力で制圧すればいい、という話であれば楽なのですが……」
「ド素人め……、とはいえ嫌いじゃないよ先輩、その考えはさ」
「それでよー渡ってこれましたなぁ、この世界。いや、渡って来れてないから、あんな離れた地味な建物に押し込められてるのかねぇ」
「これは手厳しいですね、しかし、仰る通り。ただ、特に不自由はしておりませんよ。本城に居ても、他の貴族から煙たがられるだけですから」
この騎士エリアルたち、神に選ばれた者らがその気になれば逆に自分たちこそが本城勤務で大きな顔をして、通常貴族たちを隅に追いやれるのだろう。それだけの権力を持っている。
ただ、エリアルを見れば分かるように、基本的に良い人揃いのようだ。
だからそういった嫌がらせめいた手段を取ることを考えず、現状に納得してしまっている。
「いや、不自由をさせてしまっておる。これは、ひとえに余の不徳の致すところであろう……」
「なにをおっしゃいます陛下! 私は、小麦の一粒ほどもそのようなことは考えておりません!」
「いやむしろ考えろ。変な方向に噛み合っちゃってるよ現状」
遠慮と清貧の心は美徳であれど、現状で満足するが故に、現在のこの体制が今の位置から一歩も進まない。
それは、国全体のことを考えた時に、『向上心の欠如』、と言ってしまっても過言ではないかも知れなかった。
「なので、今回の争いに乗じて、そのあたりの情勢を一歩進めよう」
「いや、そこまでローズ卿へご迷惑を掛ける訳には」
「それがダメだって言われるんだぜぇ騎士さんよぉ? 殻に籠りすぎだってさぁ。まっ、ここはローズちゃんに任せてみよーや」
「正直それも、少々不安があるのですが……」
「それは分かる!」
分かられてしまった。まあ、仕方ない。ハルのやり方は強引すぎるのは、ハル自身でも自覚をしている。
特に今回は少し派手にやりすぎた。保守的な気持ちの強い彼らには、不安を感じるところは大きいだろう。
本来ハルも保守と停滞を好んではいるが、だからといって明確な問題を放置するのも好きではない。
「そこで、余の力が必要となる訳だな? なんなりと申すがよい。とはいえ、余に出来ることなど限られておるが……」
「自分を卑下することはありませんよ陛下。陛下はこの国の頂点に君臨されるお方。貴方が望めば、大抵のことは叶いましょう。ご自身の力を、ご自身で制限なさいますな」
「う、うむっ……!」
《あ、赤くなった》
《落ちたか?》
《そりゃ、こんな綺麗なお姉さんならねぇ》
《優しく語りかけられたら》
《誰だって落ちる》
《俺も落ちる》
《もう落ちてる》
《優しいローズ様レアだな》
《いつもお優しいだろうが!》
《そうだけど、いつもは自信満々だし》
一段高い位置に座ってなお目線の低いラインに合わせるように、ハルは少し屈んで彼と目線を合わせる。
その態度が恥ずかしかったのか、彼は照れて顔を背けてしまった。
まあ、今のハルの外見はこの少年王にとって年上のお姉さんだ。子供扱いするような態度はむずがゆかろう。
「ローズちゃん、胸元」
「……ふむ? ああ、これは、意識していなかったね」
「そゆとこ隙が出るんだなアンタでも。……はっ! まさか、この小さな王様を篭絡したらしこめようと!」
「黙れ。不敬罪の現行犯でデスペナ送りにするぞ」
「やめて!? 越権行為……、じゃないのかぁ! すげー面倒この人!」
ミナミもこの王城の一角に拠点を登録できただろう。もう安心して、存分に死ねるというものだ。
とはいえ、今回はハルのミスだろう。目線を合わせに屈みこんだ拍子に、今は女性の体な胸元をラインに向けて強調してしまったようだ。それに照れていたのか。
なにぶん中身はハルなもので、そうした女性としての振る舞いには疎い。別に谷間を見せつけるつもりなどはなかった。
普段は、傍若無人なお嬢様として振る舞っているのでそうした隙は出ないのだが。
そんな、まだまだ少年らしい振る舞いの抜けないラインが落ち着くのを待って、ハルは今回の計画についてを皆に説明していった。
◇
「端的に言いますと、公爵を呼び出して裁判にかけていただきたいのです。強制的に。僕では、その手続きも分からないし権限があるかも分かりません」
「あいつ、このローズちゃんの領地を不当に占領しようとしたんすよぉ! まったく酷い奴ですよねぇ!」
《おいミナミ、どの口》
《現場指揮官はお前だろ(笑)》
《このふてぶてしさがミナミの強み》
《長い物には積極的に巻かれる》
《王様もこれくらい世渡り上手になろう》
《いや、ならないでくれ!!》
《今のままで居て欲しいねぇ》
《ついでに体も今のままで》
攻め込んだ本人であることを棚に上げて、ミナミがクリスタの街での戦いについて彼らに説明してくれる。
このところ躍進著しいハルの領地の財を狙ってカドモス公爵が侵攻計画を企てたこと。
それに際する言い掛かりの反論となる根拠は全て提出可能であること。
そして、逆に彼が不当にハルの領地に攻め込み、またその為の兵を正規の基準に適さない徴収をしたこと。
それらすべての悪事の証拠を、ミナミが握っているこをも公開するのだった。
「……なんと。よく尻尾を掴みましたね。奴はそういった証拠を一切掴ませないことで名が通っているというのに」
「俺にかかれば、朝飯前ですねぇ!」
ミナミは王と騎士エリアルに、その『証拠』となるアイテムを取り出して再生していく。
水晶玉のような記録アイテムはその内部に、公爵が自室で自慢げに侵攻計画について口にしている所であったり、ハルとの会談において語った、己の今後の企みなどが映し出された。
「これは昨日の内容か。もうアイテム化してたんだ?」
「アンタが門前キャンプをせっせこ拵えてた時に編集したぜ。仕事早いんだっ、俺っ!」
「それは素直に評価に値する」
「っしゃあぁ! 褒められちゃったよーん」
《調子乗るなミナミ》
《頭に乗るなミナミ》
《とにかく乗るなミナミ》
《よくやったミナミ、もう帰っていいぞ》
《みんなひでえ(笑)》
そんな初めて見るレアなアイテムを、王と騎士は食い入るようにのぞき込む。
本来ならば、そんな得体の知れない物の証拠能力について疑いを入れるのが普通ではあるが、これはゲームであり、ミナミの能力はシステムに保証されたスキルであるが故にNPCは一切疑わない。
アイテムとして生み出された時点で、証拠能力はルールによって保証されたようなものだった。
「とはいえ、これを俺がただ警察的なサムシングに提出したとしても、握りつぶされて終わりなんすわ」
「そうでしょうね。彼のような、実力派の貴族を相手にするならば、神前裁判に召喚しなくてはならないでしょう。そして、大抵は拒否されるのでしょうね」
「ん? 召喚? 公爵って召喚獣だったの!?」
「本来の意味だよミナミ」
裁判などに呼び出しをかけることも召喚と言ったりする。スキルとして<召喚魔法>があるため、この世界では少しややこしかった。
その貴族用の裁判は手続きが面倒であり、そして余程の事でなければ『自分は裁判に掛けられる謂れは無い』と拒否できる。
貴族社会を牛耳る黒幕である彼は勿論そのあたりの処理に長けており、裁判を申し出ても逆に『言い掛かりで恥をかかせた』と報復を受けるようだ。
《腐ってやがる》
《これだから封建制は》
《まあ、リアルが腐ってない訳じゃないけど》
《リアルの話を持ち出すのは止めろ》
《この話題は荒れるぞ》
《それぞれが自分の主張しだすからな》
《終わり終わり》
《でも実際やりたい放題だよな》
《ゲーム的にも攻略難度高い》
そうなるだろう。攻略上で公爵とぶつかることになったとして、例えば彼の領地で起きるイベントに巻き込まれた等の展開があったとしても、公爵を打ち倒すのは骨が折れる。
政治的にはもちろん、今言ったように手続きの時点で普通の立場では手が出ない。
かといって武力で打倒しようと思っても、彼にはあのスキルを無効化する未知の技術がある。通常の方法では勝ち目がないだろう。
そして、下手をすれば自分が悪者にされ国から追われることになってしまうという、厄介極まる相手であった。
「……その場合、どうするんだろうね。逃亡し身を隠しつつ、濡れ衣を晴らす王道展開かな?」
「好きじゃないねぇ、そんな立場さぁ。やっぱそん時は逆に堂々と、大勢に呼びかけて集団訴訟よ! プレイヤーはどっちが悪か知ってんだからさぁ!」
ミナミらしい意見だった。扇動と言うと少し響きが悪いが、そうした多くの人間を招集するのは、ミナミの非常に得意とするところだ。
ハルの領地を攻める時も、よくあれだけ集めたものであった。
「たくましい男であるのだな、そなたも」
「俺かぁ? いや、俺ですか、陛下? あんた、じゃないあなたは、俺なんか見習っちゃダメですぜぇ」
「いや、見習いたいものよ。余にはそなたのような、逆境に抗う気概が欠けておるゆえ」
「おっとおっとぉ、参ったなぁ。ルート入っちゃったかなぁこれは……、あ、いえ冗談です調子に乗りました。笑顔で剣に手を掛けないくださぁい!」
「エリアル、脅かすのは止めよ……」
色々と問題のある男ではあるが、ミナミの世渡り上手からも確かに見習うべき点はあるだろう。
そんな、現状に甘んじない小さな王様ラインは微笑ましくはあるが、ゲーム的な観点で見ると彼もずいぶんな厄ネタにハルは感じられる。
何故かといえば、今は力弱くとも必死に前を向く王様、などという存在は、その身に降りかかる将来的な苦難を約束されているのとほぼ同義であるからだ。
彼のようなキャラクターの存在はすなわち、ゲーム進行の山場において彼か、もしくはこの国それ自体が大きな困難に直面することを示唆している。
それを考えると、最大権力者といっても手放しで仲良くなって良い存在とはハルには感じられないのだった。
「メタ読みのしすぎかね、これは」
「《……メタ、にゃ~?》」
「ああ、メタちゃんじゃあないよ?」
「《……にゃ!》」
その名を呼ばれたのかと、<隠密>によってこっそりと付いて来た猫(耳)のメタが、のんきに一声鳴くのであった。
◇
「よし! ことが決まれば早速動かねばならぬな! エリアル、裁判に公爵を呼び出す手筈を整えてまいれ」
「承知いたしました。我が王の仰せのままに」
「頼んだぞ。余の名は、出せるだけ出して良い」
「……僕から言っておいてなんですけど、ご迷惑ではないので?」
なんだかここまで熱心に動いてもらうと、純朴な少年を騙すように使っている悪い大人のような罪悪感があるハルだ。
悪人になり切れればいいのだが、そこまで割りきれもしない。ハルもまた中途半端な人間であった。
「よいのだ。これは、確実に国の為になることであるだろうよ」
「そうですねぇ、そりゃ、俺も保証しますぜぇ。奴を放置しとくと、遠くない将来絶対に何かやらかすでしょうよ!」
「それはそうだけどね」
「うむ。それにな? 個人的にそなたには、余も何か労ってやりたいと思っておったのだ。その良い機会であるぞ」
「僕に?」
この少年王とは今回が初対面であるハルだ。まあ、相手はこの国のトップ、部下の情報を閲覧していたとしても不思議はないのだが。
それでも、ハルのことを個人として認識しているのは意外であった。
「あぁ、確かに奴もそんな話してたっけなぁ? ローズちゃんは王からの評価も高いから、マトモなルートじゃ手を出せないって」
「ああ確かに。それは、君の生放送でも出てた気がするね」
ハルの領地を難癖付けて侵攻する際の会話である。確かに、そんな話もあった。
「それでだな。裁判が始まる前に、そなたを<侯爵>に叙しておこうと余は思っておるのだ」
※誤字修正を行いました。誤字報告ありがとうございました。(2023/5/24)




