第650話 お飾りの冠
「よくぞ参った。余がこのアイリスの王、ラインである」
《小さーい!》
《ショタ王だー!》
《ショタ来たー!》
《うおおおおまじかああああ》
《どうしたいきなり》
《一部勢力が荒ぶっておる》
《静まりたまえー》
地に引きずるような厚手のマントを身に着け、奥の部屋からこの場に登場したこの国の王を見て、声を出す訳にもいかないハルたちの驚きを視聴者が代弁してくれた。
いや、別にハル自身は少年王に何か特別思うところがあるわけではないが、それでも常識から考えると驚く部類の出来事だ。ゲームではよくあるが。
「面を上げよ、いや、楽にするがよい。余は頭が高いなどと申すほど狭量ではない」
「では、お言葉に甘えまして」
部屋の中でも、一段高くなった床の上に設えられた小型の玉座。そこに腰を下ろすと、ライン少年王はハルたちへ無礼を許す。
それを受けてハルが立ち上がると、それだけで目線が王よりも上に来てしまった。
床が高くなっているとはいえ、せいぜい十センチ程度のものだ。それだけでは、彼の伸長を補うにはまだまだ不足が大きすぎた。
「お、おいぃローズちゃんん!? 許可されたからってすぐ立っちゃ駄目でしょーそこはー!」
「いや、膝をつくのって慣れなくってね。特にスカートだと。前が開いたりしたら、逆に失礼になってしまう」
「む、構わぬ……、そして余こそ失礼をした。女子は色々と大変なのだな……」
「陛下ぁ! 騙されてますよ、やり込められてますよぉ色香にぃ!」
「ははは、お主も愉快なやつよの?」
多分に礼を失したハルの態度と、そんなハルに慌てるがあまりやはり無礼になってしまうミナミ。
そんな二人にもまるで怒りを示すことのないライン王は、見た目とは裏腹に度量は大きな王であるようだ。
それとも、やはり経験不足により王としての威厳の出し方に慣れていないのか。
《フレンドリーな王様だ》
《『余』、良いね!》
《余》
《それよりスカートですよ!》
《俺も色香にやられたい!》
《カメラ前面に回れよぉ!》
《お姉さまもう一度しゃがんでー》
《はい、粛清》
「……ローズ卿、あまり陛下をからかわないでいただきたい」
「いや、からかっているつもりはない。ただ本当に慣れていなくてね。急だったし」
「それに関しては、こちらも悪い部分はありましたが……」
「よいよい。余は見た通り小さいのだ、そんなことを気にしていたら、誰も彼もを平伏させなくては済まなくなる」
「ホントすんません陛下。この人、ナチュラルに上から目線なもんで」
「ミナミもナチュラルに下っ端気質だよね」
まるで国王と対面するに値しない二人のプレイヤーも、さほど低評価を受けずに好印象で迎えられた。
これは、そうった堅苦しい様式に慣れないであろう多くのプレイヤーのための設定だろうか。
《確かにローズ様って唯我独尊だよね》
《頭を下げただけで驚きかも》
《敬語使えたんだ》
《笑って許してくれる王様でよかったね》
《むしろ王様が良かったね》
《ケンカしてしまったら勝ち目ない》
《その場で国王入れ替えか?》
《スカートの中身について気になっちゃったか?》
《かわいい》
《無礼よりもそこが気になるのは仕方ない》
《男の子だもんね》
「しかし、驚きました。確か、陛下ってもっとオジ……、いえ、お年を召していたって記憶してたんですけどねぇ」
「会ったことは無いんじゃなかったのミナミ?」
「いや、それでも話くらいは聞いてるぜ? 末席とはいえ<貴族>なんだし」
そう、どこからどう見ても男の子である。とてもその双肩に国政の重責を負っているとは思えない。
ハルの貴族社会に対する勉強不足はともかく、こんな小さな王様が治めているならば、もう少しそういった話題が出てきていいはずだ。
ゲームとしても、アイリスの国を売り込む良い宣伝材料になるはずだ。
──アイリス。アイリスー? この子がこの国のトップで間違いない訳?
《んー。そだよう? 攻略情報に関しては本来お答えしてねーんだがぁ。ま、いっか。お兄ちゃんは私の熱心な信者だし。<信仰>の見返りに導いてやってもへーきだよなー》
なんとも適当なことだ。明らかに特定ユーザーの優遇である、平気ではない。
ただ、この発言が咎められずにアイリスの口から出たという時点で、彼女らの内部規定には反していないのであろう。
ならば特に言うことはない。ついでに、賄賂代わりに課金によって、<信仰>のエネルギーをチャージしておくハルだ。
《本日もご利用いただき、ありがとうございまぁすっ!》
そんな彼女は放っておいて、今はミナミの問いに応えるライン少年王の発言に耳を傾ける。
それによれば、ミナミの言うこともあながち嘘や誤情報ではないようであった。
「……うむ。それは、余の父である。王権は余が受け継いでおるのだが、公の場に出るのも、実務を担うのも、前王である父が引き続き取り仕切っておるのだ」
「あー、そりゃ、そっすよねぇ。さすがに陛下にいきなりは、その普通任せないっつーか……」
「そうだ、余はお飾りなのだ」
「そこまで言ってませんのですけれどぉ!?」
本人も、思う所が大きいのだろう。悔しそうな、それでいて仕方なさそうな表情を浮かべてうつむいてしまう。
なぜ前王が現役なのに彼が王権を引き継いだのか、そこも気にはなるところだが、今この場で深入りする必要はないだろう。どうせアイリスが悪いのだ。
それよりも、今回そんな彼と、直接面識を得ることを許してもらった理由の方が気になるハルだった。
ある意味、ライン王の存在は秘密にされているものだ。この城でどの程度の者がその実情を認識しているかは正確には知れないが、少なくとも末端には伝わっていないのは間違いない。
ハルや、ハルよりもっと中央の政治に深く関わるミナミも知らなかったのだから。
「……エリアル、君はこの陛下の?」
「はい、身辺警護が本来の職務ですよ、ローズ卿」
「そうだったのか。案外エリートだったんだね君」
「そうなのだ! エリアルは非常に優秀な騎士での。余も日頃からこやつには助けられておる」
「もったいなきお言葉」
顔を輝かせて臣下を自慢するライン王は、その姿だけ見れば年相応。優秀な兄を自慢する弟のようであった。
案外、裏では今のような砕けた態度で遊んでいるのかも知れない。
「んー、陛下は今は威厳たっぷりだけど、普段は結構はしゃいで遊んでたり、かなぁ?」
「なななな、なぜそれを! エ、エリアル、どこからか余のことが覗き見られておったのか!?」
「……落ち着きなさいませ陛下。今のは、カマを掛けられたのです。そこで確認してしまっては、もはや認めているのと同じ」
「わわわわわ! 余は、余はぁ……」
「あ、やっべ」
ここで、口に出して言ってしまうところがミナミである。
まあ、この小さな王の新たな魅力の一端、それを引き出したのは放送的には高評価となるポイントだろう。
狙ってやっていたのだとしたら、流石の配信慣れしたプレイヤーだと賞賛するべきか。
そんな、まだまだ未熟さの残るこの国の王様に、今回ハルたちと会う気になった理由を聞いていくハルたちだった。
◇
「さて、いささか性急かとは存じますが、本日我らを召致いただきました理由をお聞かせ願いますか、陛下」
「う、うむ! そうであったな!」
自爆じみた己の秘密の露見に、あたふたと慌てふためいてしまったラインを仕事の話で引き戻す。
未熟とはいえ、そこは当代の王様。短時間で切り替えを済ます精神力はきちんと持ち合わせていた。
「まずは、伯爵には礼を言わねばならぬ。エリアルから聞いた。既に、余の頼みを聞き入れて、門前のキャンプは引き払ってくれたようだな」
「いえ、その件に関しては、ご迷惑をおかけしまして」
「いや、余が悪いのだ。我が国の兵士、余が責任を持って面倒を見てやるのが道理だろうに……」
《王様ー! 騙されてるってー!》
《その兵士、あなたに会うためのダシだからー!》
《まんまと釣られちゃったんですよ》
《やはり経験の差がここで効いてきたな》
《ん? それ決めたの爽やかエリアルくんじゃ?》
《つまりエリアルさんが悪い?》
《悪くはないけど、こっちも経験不足だね》
《主従揃ってかわいいな》
《だが危うい》
そう、そもそも一連の騒動は、ハルが仕込んだものである。
この地にわざわざ一軍ともなる人数の兵を連れて来たのはハルの選択で、その兵はハルがやろうと思えばその日のうちに領地まで送り返せたのだ。
それを、これ見よがしに街の目の前に駐留させて、『カドモス公爵が横暴だからこうなった』、という印象を周囲に植え付けたのだった。
「仕方のないことであるとは分かるが、あの場に陣を構えられたままでは困るのだ。故に、余が直接頭を下げることも辞さぬ考えで、そなたに礼を尽くそうと思ってエリアルを向かわせたのだ」
「左様にございましたか。それは、ご心労をお掛けしてしまいましたね?」
「問題はないぞ! 優秀な臣下を持って、余は満足しておる! これからも尽くすがよい!」
どうにかあの場を退いてもらえないかと、最後の手段としてはハルに直談判することを考えていたようだ。
エリアルが行ってハルが従えばそれでよし、話がこじれたら、自分の名を出しても構わぬという命だったのだろう。
民の為には臣下に頭を下げることの出来る立派な王だと言うことも出来るが、一方、自らの頭を下げることしか武器の無い軟弱な王だ、とも言い換えられる。
この国の貴族体制を体現するかのような、歪な在り方なのは間違いないだろう。
「此度の功績、まことに大儀である。褒めてつかわそう!」
「ありがたき幸せ。感謝の極みにございます、国王陛下」
「うむ。そしてもちろん賞賛のみで済ます余ではない。褒美をとらそう、何か余に出来ることがあれば、なんなりと頼るがいい!」
「畏れ多いことです」
「よいのだ! こんな余ではあるが、なんとか頑張ってくれた臣下の役に立ちたい。実権はなくともこの名に力はある。そなたならきっと良いように使えようぞ」
「……その安売りが、あまり良いとは言えないんだけどねえ」
最後のハルのぼやきは、ラインやエリアルには届かず視聴者たちと共有されるに留まった。
ハルの計画を知っているものからすれば、また相手から勝手に言質を提供してくれた形の完成が見て取れてしまう。
王として威厳を示しているはずが、全てハルの手の上である。
それとも、そんなハルの計画すら全て承知であり、逆にハルを泳がせて思い通りに使おうとしているのだろうか?
……どうにも、そんな器用な真似が出来る相手には見えなかった。根が善人すぎる。
《良い王様じゃん》
《ほんと良い人。だが良い人止まり》
《『ライン君、良い人なんだけどね』》
《『男の子としては見れないの』》
《なんでいきなり振られた!?》
《ワイルドさが足りなかったかー》
《どっちかってと狡猾さ?》
《ローズ様もよく言ってるよね》
きっと、民からも愛される王になるだろう。ハルも色々と言いつつも、彼のような者こそ頂点に立って欲しいと思う。
だが、それは下に付く者達も全て揃って善性である場合の話だ。そして実際は、そんなことにはなり得ない。
とはいえ、今はそこを指摘するつもりも、改善を促す気も特にないハルだ。
少し嫌な奴である自覚はあるが、褒美として力を貸してくれるというのであれば、喜んで利用させてもらいたい。
「では、お言葉に甘えまして。現在、私は話にも出ましたカドモス公爵と、対立してしまっております……」
「そのようだの。余も存じておるぞ。余たちもまた、あの者には普段から手を焼かされておるのだ」
「彼との直接対決に臨まれるのであれば、陛下が力強い後ろ盾となりましょう。いえ逆に、こちらからローズ卿に助力をお願いしたいところです」
「……うわぁ、どんどんローズちゃんの思い通りに進んでくよー」
これで思い通り、『真の貴族』側の大きなバックアップを得たハルだ。
後はこのまま、公爵が事を進める前に、一気に決着をつけるだけであった。
※誤字修正を行いました。(2023/1/14)




