第65話 何でもない二人の午後
「ハル、素材が足りないわ」
休日の昼下がり、ルナと共に<錬金>に励んでいると、素材アイテムが底を付いてきた。
このゲームでは<錬金>で作れるアイテムは、大まかに三種類に分けられる。
まずは基本の消費アイテム。ハル達はあまり使わないものだ。使い捨ての回復アイテムや攻撃アイテムなど。メニューを開き、回復薬とその消費ポイントを選択する手間が無いため、他のユーザーには戦闘時などに重宝されているようだ。
ハルやユキくらい慣れると、逆にメニュー操作の方が早いので長所は無い。
次にエンチャントアイテム。プレイヤーの体や、武器防具に魔法付与するためのアイテム。
効果を発揮するまで時間がかかるため、戦闘前の事前使用が必須。プレイヤーにかけたものは効果は高いが、一定時間で効果は切れる。武器防具にかけたものは劇的な効果は出ないが、継続する。
ハルやルナも、自分では使わないもののこれは良く作っている。服の販売の際、付加価値として付けるためだ。
最後に素材アイテム。これが最も二人が求めているものだった。
「ギルドホームで大規模建築するにはまるで足りないね」
「足りないわね。このペースだと、あと二日もかからず使い切りそう」
建築には素材が必要。ある意味当たり前の事だった。
模型を組み立てるように建物を立体印刷する事が可能になったリアルでも、そのために必要な大量の材料を運んできてやらねばならない。その場で空気から物質を合成している訳ではないのだ。
しかしここは魔法世界。服を作る時のように、魔力に形を与えて終わりにしてしまえば良いのに、とハルは思う。
「いっそ服を建材の形に作って、それを組み合わせて建築してしまうか」
「以前にもあったわね。武器だけは様々な効果がカスタマイズ出来るからって、吸着力だけを追求した武器を積み上げて制限を無視したバベルの塔が」
「最終的に運営の怒りに触れた」
「アプデで大崩壊」
ふたりの思い出話なども交えながら、ハルとルナは<錬金>で素材アイテムを作成していく。<錬金>はレシピを指定したら、あとはほぼ待ち時間だ。雑談して過ごす。
セレステとの戦いの際、ハルも<錬金>スキルを習得していた。脳が繋がった際、今までのアイリ先生の授業の経験が反映された結果だろう。
だが、このスキルは、いかにハルとて介入出来る余地が少なかった。何せ待つだけだ。分身で増えても実行可能数が増えたりはしない。
それに、今はスキルを実行するための素材が不足していた。特に基本アイテムを作る最下位の素材が。
「いっそショップで買いたくなるよ」
「ダメよ。ゴールドを稼ぐ時間の方が掛かってしまうわ」
「僕らは二枠しかないから、加工貿易も出来ないしなあ」
「よっぽどの巨大ギルドを作って、よっぽどメンバーを統制しないと無理でしょうね」
店売りの商品、『ブルーベリー』があったとしよう。それが一つ10ゴールドで買える。
それを二つ消費して、『低級回復薬』が作れたとする。それを売ると25ゴールドになる。5ゴールドの儲け。
単純化して語るならば、そんな話だ。実際は、二、三段階上のアイテムまで伸ばさないと差額は発生しないため、もう少し効率は悪くなる。
ハル達のギルドは<錬金>が二枠しかない。ホーム作成用にフル回転中なので、雀の涙ほどの差額を求めて埋めるのは本末転倒だ。
<錬金>でやる事がなくなった後の話だろう。
「新しいショップはどうなのかしら」
「神界のだね。商業神の」
「ええ、遅れてオープンしたのでしょう?」
「盛り上がってるね。広大なショッピングモールに、稀にレアアイテムや安売りアイテムがポップする。運よく見つけられれば、レベルもスキルも何も無くてもゴールドが稼げる」
「少し悪辣ね」
「ゲーム内通貨でも、お金が関わる事だと仕方ないのかもね」
他人を出し抜いたり、利用したりする事を意識させる作りだ。このゲームには今まであまり無かった。
商品の価値を知らないユーザーを大量に雇って、レアアイテムを格安で買い取る人間などは確実に出るだろう。
「まあ、システムの方でそういう流れを作ってしまう事で、僕らのようなユーザーズメイドが被害にあう事を避けさせようとしてくれてるのかも」
「希望的観測ね。今までも、言えば対応してくれたでしょう」
「ガス抜きは必要さ」
このゲームは神による監視の目が強い。悪事の入り込む隙間がまるで無いと、それも息が詰まるだろう。あえてそこを緩めている事も考えられた。
「そのショッピングモール、やはり大人数で埋め尽くしてしまえば解決なのではないかしら?」
「入った人数によって広がるらしいよ、ご丁寧に」
「ついでに迷宮にしてしまいましょう」
「楽しそうだね。そのうちモンスターが出るようになって、通路で出会ったプレイヤー同士が宝を取り合って戦うようになって」
「……普通のゲームね」
「……そうだね」
何でも追加すれば良いというものではないようだ。
「いっそ商業神も、カナリーの支配下に置いてしまうか」
「カナリーの視界を借りて商品探し放題ね? そんな理由で戦闘を仕掛けられるのには同情を禁じえないわ」
カナリーの支配下に入れてしまえば、ショッピングモール内の魔力もカナリーの物になるだろう。どこでも自由に視線が通る。やりたい放題だ。
「買うのがダメなら、ダンジョンで集めるしかないか」
「今も、ユキが集めてくれているわね。気付くと増えているわ」
「ユキは戦うの好きだから、僕らの必要な採取アイテムはあまり増えないんだけどね」
「贅沢は言えないわ」
素材アイテムはモンスターからのドロップの他、ダンジョンにある採取ポイントから得られるものもある。
『石を十個入手せよ』、といったミッションの目的物であり、今まではあまり使い道の無い素材だったが、ここに来て需要が跳ね上がった。建築に使う素材は、多くがこの採取素材だ。
なお、採取ポイントからの採取の他、ダンジョンの壁などを破壊する事でも手に入る。ユキからの供給があった場合、大半がこれだった。
「足りなくなったら、また私たちで採取に行きましょうか」
「うん、ルナと一緒も、新鮮で楽しいね」
「採取でしゃがむと、私の下着が見られるものね?」
「…………見てないよ?」
「見えてしまったのよね? ハルは視界が広いもの」
「はい」
おしとやかなルナだ。見えないように押さえる事など自然にこなせるだろう。ハルにだけスカートの中が見えるようにわざわざ調整して、反応を楽しんでいるのだった。
「ハルは採取の効率化は出来て?」
「そうだねー。こっちは分身が役に立つかな」
「各地の採取ポイントに、それぞれ分身を送り込むのね」
「うん、問題は、同時に別の場所で見咎められたら、言い訳がきかないこと」
この、カナリーの神域と違い、ダンジョンは共有の空間だ。今のところ、人で渋滞するような事は起きていないが、どこもそれなりに人通りはある。
穴場のスポットも探せばありそうだが、人と出くわす可能性はどうしても付いて回った。
「現実的な案としては、また目玉だけ送り込む事だね。これなら低コストだし」
「新種のモンスターね。……目玉を鑑定されたらどうなるのかしら」
「はい、やってみて」
ハルはその場で目を複製する。角度に気をつければ、視界がおかしくなる事は無い。左右の目と補間し合い、視野が広がる。
思うに、最初から目を三つ以上増やすことを想定した仕様でないないのだろうか、これは。
プレイヤーの体の構造は、拡張性が高く作られているように感じる。
「目だけでも、『ハル』と出るのね。見つかったらアウトだわ」
「そうそう見つからないだろうけどね、これなら」
「分からないわ。マップ表示の固有スキルを持ったプレイヤーが居たりして」
「無いとは言えないねえ。ならこっちも、『他プレイヤーに見られています』のアラートが欲しいところだ」
「ところで、目だけでアイテムの採取はどうするの?」
「<念動>でやるさ。便利だねあれ。あとは採取効率は落ちるけど、採取ポイント内ならメニューから簡易採取も出来るし」
簡易採取コマンドは、<錬金>のように、時間経過で採取を自動で行ってくれる。ゲージが溜まれば、その場所のアイテムを何かしら入手出来る。
リスクを考えれば、簡易採取のみにして、目玉を送り込む場所を増やす事で効率を補うのがベストか。
誰も居ないのに、採取物が浮遊して動いて行けば嫌でも目立つ。
それに<念動>は割と集中力、つまり脳の領域使用率が高い。簡易のボタンを押すだけの処理が三つは走らせられそうだ。
「あとはダンジョン破壊だね」
「鉱石系アイテムかしら?」
「いや、結構なんでも手に入るよ。地面を破壊すれば土や砂。木を破壊すれば木材や果実。もちろんルナの言うように鉱石もね」
「大規模な魔法スキルを使う人は効率が良さそうね」
ユキは基本的に打撃系で戦っているので、わりかし自然に優しい。余波で砕いてしまうのは最小限だ。
環境破壊には大魔法で過剰攻撃するような戦い方が向いている。このゲーム、味方にも普通に魔法が当たるので、あまりやる人は居なさそうだが。
「そのおかげで、木材や石材なんかはまだ余裕があるんだよね」
「セレステの神域を破壊し尽くした時のものね。……ハル」
「気付いてしまわれましたかルナさん……」
ダンジョンとは少し違うが、セレステの神域、あの遺跡も魔力で作られていた。破壊すればアイテムが入手出来る。あの大破壊でハルは大量の素材アイテムを入手していた。
「つまり、同じ事をすれば簡単にアイテムが集められる」
「カナリーをダンジョンへ連れて行って、その場で大暴れさせるのね?」
「ダンジョンごと吹き飛んで、素材大量ゲット」
「いけるわね……」
「いけないよ……」
普通に攻略しているプレイヤーが居たら、巻き込んで死亡させてしまうし、環境を破壊しつくして、しばらくの間ダンジョンは使い物にならないだろう。大迷惑にも程がある。
自分の強くなりすぎた力で、なるべく他プレイヤーに迷惑をかけない事が信条のハルとしては、考慮に値しない選択だった。
「ハル、人は生きているだけで誰かに迷惑をかけているの。割り切りましょう?」
「限度があるってルナ」
「ハル、誰とも関わらない為にはゲームを止めるしかないわ。そしてあなたはアイリちゃんの為にそれが出来ない。ならやるしかないわ……、大破壊を」
「すごいノリノリだよこの子」
何か琴線に触れるものがあったのか、ルナお嬢様はダンジョンごと丸ごと採取をご所望だった。
確かに出来るのならば、資源問題は一気に解決だろう。使い切れない素材がハル達の懐へ入る。しかし影響が大きすぎて、実行には移せない。ならばどうするべきか。
「まだ神殿ワープが開通していない国へ飛んで行って、そこのダンジョンを破壊する……」
「それなら、プレイヤーには迷惑はかからないわね」
「いや、それはどうだろうか」
「なにかしら? ……ああ、なるほど。『こんにちは、運営事務局です。想定外のプレイが確認されたため、一部システムの変更を行います』」
「『未到達地域のダンジョンへの侵入を制限。ダンジョンを採掘した際に得られるアイテム数の下方修正。以上の二点となります』」
「恒久的に大迷惑ね」
その地域を担当している神にとっては、黙って見ていられる行為ではない。何らかの制限をかけてくる事が考えられる。
進入禁止はほとんど確実になるのではないだろうか。それなら、複数の地域で手広く先行利益を得て行った方がいい。
「ままならない物ね……、ハルの力を使えば、一気に解決しそうなものなのに」
「まあ、一気に解決してしまったら、ゲーム寿命が縮まっちゃうからね」
「ハルと私だけはずっと遊ぶのだから、好きにやっても良いはずだわ」
「すごい理屈だ」
結果はもちろんだが、達成感を何より求めるゲーマーは多い。その過程が困難であればあるほど、それを成し遂げた時の快感はひとしお。
そのため、やり込み好きのプレイヤーを狙った要素は必ず制限が厳しくなる。そのゲームのプレイ時間も増やす事が出来る。
当然、ただ厳しいだけではやる気が起きないので、運営のさじ加減が問われる部分だ。
ルナの言うとおり、今のハルにはどちらも必要ないのは確かだ。
ハルの目的はアイリのみなので、達成感は必要なく、黙っていてもプレイするので引き伸ばしも要らない。
「まあ反則は出来なくもないけど」
「聞くわ」
制限は多い。ゴールドを消費せず、プレイヤーに見咎められる事無く、彼らにも、そして神様にも迷惑をかけない。そんな方法だ。
それらを全て解決する方法が、ハルにはあった。
「はいこれ」
「果物の枝ね」
「ルナ、もいでみて」
「……アイテムが手に入ったわ」
「うん」
「…………」
つまり、採取ポイントそのものをコピーしてしまえばいいのだ。ダンジョンの組成は純魔力製。
<魔力操作>でコピーしてしまえば、屋敷に居ながら採取が出来る。
「最初からこれで良かったのではなくて?」
「ルナとおしゃべりするのも楽しくてね」
「そうね。私もこんな時間は好きよ?」
ゲームの攻略について、ああでもない、こうでもないと話す時間。彼女と過ごすそんな時間が、ハルは好きだった。
珍しく目尻を下げて、彼女はにっこりと微笑む。そんな自分の表情をごまかすように、落ち着いた動作でお茶を口に運んだ。
楽しそうで何よりだ。ルナとのそんな何でもないひと時を、その後もしばらく続けていった。




