第648話 馬車をひく者の名は?
ことが決まった後のハルの行動は早かった。最初から予定されていた事であるかのように、迅速に撤収の手筈を進行させていく。
ハルたちが家を出る前から兵は<精霊魔法>により指示を受信し動き出し、その一糸乱れぬ連携はまるで一つの生き物であるかのようだ。
兵士たちは次々に剣の代わりにハンマーを振るい、瞬く間に先ほどまで使っていた仮設住居を解体していく。
「こ、これは……! ローズ卿、彼らはいったい、なにを……」
「なにって、帰り支度だけれど? もう此処を不当に占拠する意味は無い。早々に、お暇しなくては」
「……不当である自覚はあったのですね。いえ、それよりも。良いのですか? せっかく苦労して、私財も投じて作り上げたこの場を、あっさり崩して」
「いいんだよ」
立ち退きを要求したのはこの騎士エリアルたちであるが、いざ実際にハルがそれを実行に移すと、それはそれで反応に困るようだ。
まあ、そうだろう。こうもあっさり了承されるとは思わないし、何より自らの手で実行に移すとも思わない。
「立つ鳥跡を濁さず。それに処理をお役所仕事に任せると、後回しになって廃墟化しかねない。そうなれば今度こそ、よからぬ輩が住みつく可能性もある」
「それは、あり得ないとは言い切れませんが……」
特に、カドモス公爵を始めとする反体制派からの横槍が入った時がやっかいだ。
わざと対処を遅らせ、ハルの作ったものだからと責任を追及する。そういう手がある。そうした弱みを見せる隙は残さない。
《めっちゃ壊してる》
《兵士も楽しそう》
《そりゃ楽しかろう》
《俺もやりたい》
《良いストレス解消になりそう》
《きっと公爵だと思って壊してる》
《ちょっともったいないー》
「しかし、豪快です。町だった物が、どんどんとただの瓦礫の山に」
「不謹慎かも知れないが、見ていて気持ちがいい」
エリアルのお付きの騎士も、次々と破壊されて廃材と化す家々の様子に、驚きを通り越し一周して感心している。
なんだか、自分も混ざりたいと言わんばかりだ。
それを諌めるようにエリアルは咳払いをひとつ、重ねてハルに問いかける。
「まことに大胆な決断だ。私には、決して成せない類のものでしょう」
「いやまあ、財力には余裕があるからね、僕は。嫌味に感じたら、すまない」
「とんでもない。いえ、仮に私が貴女と同じ経済力を持っていても、同じことは決して出来ませんよ」
「違いない。それに、渦中のカドモス公爵なども、絶対にしないでしょうね」
「どケチで有名ですからね」
「お前たち」
エリアルに叱責されるも、彼の仲間の騎士たちはさほど意に介さず、それどころか小さな笑いの渦が生まれる。
嫌われているようだ、カドモス公爵は。
派閥が真逆というのも勿論だが、平民の出が多い彼らにとっては決して良い見方の出来ない相手なのだろう。
「失礼。しかしこうした決断の大胆さが、ローズ卿の強さの一つなのでしょうね」
「……持ち上げてもらってるところ悪いが、そんなに大層なものじゃないんだけどなあ。むしろ、この瞬間のために町を作ったまである」
「はあ……、そう、なのですか……?」
ハルは目のまで次々と粉砕されていく“元”駐屯地を眺めながら、その光景に悦を感じながらしばし達成感に浸る。
元々、この地の<建築>物を残し活用する気はない。こうして壊れて、初めて『完成』と言えるかも知れない。
「憶えがないかな、エリアル。砂の城でも、積み木の家でも何でもいいけど、子供の頃、作っては壊していた。そんな記憶が」
「いえ、あいにく。むしろ、小さい時の作品は母が大事に保管して、未だに家に飾られていますよ。少々恥ずかしいですがね」
「くっ……、話が通じない。真面目な奴め……」
暖かな家庭のエピソードを披露されてしまった。爽やかなヤツである。
ハルのような、街づくりゲームで広大な都市を作り上げては、それを一気に粉砕して更地にするような遊びを嗜むタイプではないようだ。
《私は分かるなーローズ様の気持ち》
《破壊の美学》
《一気に台無しにする快感》
《そしてまた一から作り直す》
《ちょっと分からないなー》
《自爆スイッチがあるとむずむずするよね》
《やるのは自分の作品だけにしとけよー?》
《友達のにやって殴られた》
《そりゃ殴る》
視聴者たちは、ゲーマーが多いこともあって理解する者がそれなりに居るようだ。
とは言えこの辺りは、万人の同意を得られるものではなく人によるようである。
そんな砂上の楼閣を儚くも崩して流し、周囲は見る間に更地となった。
元の小高い丘陵地帯の風景が再び顔を出し、その上に瓦礫が新たな山をこしらえる。
商人や見物人も入り交じり、打ちこわしのお祭り騒ぎとなって盛り上がっていた現場は、最後の建物が崩れ去ると、その達成感に歓声が沸き起こるのだった。
「なんだ、やっぱり分かるようだね、皆も」
「……市民や警邏の者までも参加して。注意しておかねば。ローズ卿であったから良かったものの」
「おカタいことを言うなってエリアル。ここで器物損壊などと言い出すような相手かどうかは、きちんと判断してくれるさ」
何より正門前に陣取る不気味な集団として迷惑を掛けたのだ。その見返りと言ってはなんだが、ひと時のお祭り騒ぎ、楽しんでもらいたい。
「さて、このままにもしてはおけない。つぎは瓦礫の収集だね」
「それこそ、このままで構いませんが? 後は我々で掃除することも適いましょう」
「それこそ、冗談だろう? 廃材といえど僕の私財。無駄なく回収しなくては」
無駄に粉砕しておいて矛盾しているようだが、それはそれだ。捨てるのを良しとするかといえば、また違う。
ハルは資産価値でいえば何分の一にも下がってしまったその素材の数々を、次々にアイテム欄へと回収していった。
「す、すごい……」
「どんな魔法なのだ」
お付きの騎士が驚く中で、見る間に瓦礫の山は宙に吸い込まれて消えていく。
実際は、何もない訳ではない。廃材の山の上空を飛行する使い魔、ハルの<召喚魔法>により呼び出されたカナリアを通じて、ハル自身は一歩も動かずにアイテムを収納している。
地味に便利だ。これを歩いて行うと思うと日が暮れる。
そうして真に綺麗な更地となったその土地を、兵たちが空いた順にまた農具に装備を持ち換えて均して行った。
「これで、撤収は完了だね。完全に元の丘陵とはいかないが、まあ、そこは許して欲しい」
「い、いえ、問題ありません。むしろ以前よりも美しく、利用もしやすくなったことでしょう」
「そうかい? まあ、何かに使うというなら、今度こそ国策でやるといいさ」
見栄えの良いように、植樹でもするのもいいだろう。正当な所有者である国が主導で今度は行ってほしい。
さて、これで全て作業は終わりという訳ではない。
家が無くなってしまったのだ。この場の兵士たちを、今度は家まで送り届けなくてはならないだろう。
*
「では<建築>を始めよう」
「ま、またですか!? 壊したばかりだというのに?」
「待て待てっ、落ち着きたまえエリアル。別にまた、家を作る訳じゃない」
「は、はあ……」
「馬車を作る」
この、また拠り所を失ってしまった兵を歩いて帰す訳にはいかない。
歩いて行けと言えば彼らは従うだろうが、さすがにハルの領地であるクリスタの街は遠すぎる。加えて、道中には危険も多かった。
ハルは<建築>スキルのコマンドの中にある『乗り物』ジャンルから、馬車を選択すると家や店を建てた時のように再び高速で<建築>していく。
容赦のない課金によって<建築>時間を一気にゼロまで短縮された大型の荷馬車は、一列になって街道に綺麗に縦列で駐車を終えた。
「ふむ。当たり前だが馬はセットで付いて来ないか」
「いえ、それはそうでしょう。付いて来たら怖いですよ? 馬も<建築>するおつもりですかローズ卿」
「ガザニアには、そうしたカラクリ仕掛けの製品もあると聞きますが……」
「いや、真面目なボケをかまさなくていいぞ騎士諸君。ほんの冗談だ」
《まあ、ゲーム的にはね?》
《『馬車』を作るんだから、馬もセットだと思うよね》
《まあ客車だけ作るのは当然だよな》
《<建築>で馬が出来たら確かに怖い》
《そしてもうこの数の馬車には誰も驚かない》
《あの家の高速建築見た後だからな(笑)》
《ガザニアにはロボットがあるのか?》
《そっちも気になるね》
馬車を人数分、これでもかと大量に用意したはいいが、肝心の馬車を牽くための馬なり動物が居ない。
現代日本人としては、車には動力が付いているのが常識だ。動物は必要としない。
それは、エンジンを備えた車がほぼ消えた今でも変わらない。動力がエーテル機関に変わっただけで、やはり動物など必要としていない。
これは、ローズ伯爵まさかの間抜けな判断ミスか? と微妙な空気が漂い始める。
だが当然、それをハルが本当に忘れていた訳ではなかった。
「いかがしましょう。私が行って、可能な限り馬を徴収してきましょうか。全てとはいかないでしょうが、なるべく多くは」
「待てと言うにエリアル。考えてない訳ないだろう? エメ、出番だよ。頼んだ」
「はいっす! よーし、エメちゃん頑張っちゃうぞー? あ、ちなみにどんなの出します? なるべく馬っぽいのにしようとは思いますけど、ちょーっと保証は出来かねるというか、要望とは異なる納品になりそうって言いますか」
「いや、見た目とか適当でいいよ。それよりなるべく強そうなのね」
「らじゃっす!」
後ろで大人しく控えていたエメに声をかけると、ようやくの出番に張り切って、元気に馬車の列を先頭まで駆けて行く。
そのエメが何をするのかと訝しんでいたエリアルたち騎士一行だが、彼女が<召喚魔法>を発動するとその強大な魔力に目を見開いた。
「こら、剣を抜くな君たち。友軍判定だ」
「あ、あれだけの<召喚魔法>を、連続で……!」
「連続で呼び出さないと、馬が足りないだろう?」
「あれが……、馬……!?」
馬である。馬車を牽くのだから、馬である。
そんな凶悪すぎる見た目の『馬』たちが次々と<召喚魔法>により呼び出されて客車へと接続されていった。
馬車よりも大きなサイのような四つ足の魔獣。ドラゴンの亜種かのような首の長い爬虫類。何処を駆けるつもりなのか、巨大な翼を持つ鳥類。
様々な『馬』が、ハルのサポートによる無尽蔵の魔力により呼び出されていった。
「これなら、強敵揃いのクリスタまででも無事に引っ張っていけるっすね!」
「うん、やりすぎだね。でもまあいいだろう、強いに越したことはない」
そんな凶悪な見た目の馬たちが牽引する馬車の、荷台のようになった大人数掛けの座席へと、さすがに身を引きつらせながら兵士たちが乗り込んで行く。
信頼するハルの命で呼び出されたモンスターとはいえ、本能的に恐ろしいものは恐ろしいようだった。
「……まあ、強いに越したことは、ないよね? じゃあ、出発」
「らじゃっす!」
そんな凶悪な車列の行軍が、街道を高速で去って行く。この速度ならば、クリスタの街へもそう掛からずに到着できるだろう。
ちなみに、召喚者であるエメはまだこの場で仕事がある。馬車を率いては街に戻らなかった。
ならばあの召喚獣たちを誰が操っているかといえば、先頭の馬車にとまったカナリアの使い魔である。
召喚獣の命令権はハルへと移譲されており、簡単な命令なら使い魔を通して指揮を取れる。あとは、『道なりに前進』を命じておくだけで事は足りた。
あの凶悪な車列である。喧嘩を売って来る命知らずは居ないだろう。
「さてエメ。あとは僕ら用の馬だね。さすがにそっちは気合入れて選ぶこと」
「分かってますよーハル様あ。えへへ、わたし、こういう時に備えて、見た目の良いモンスターをピックアップしといたんす! なんかこう、神聖な感じで、威厳があるやつ! どれがいいかなー、やっぱし、強そうな奴がいいですよね! これかなあ?」
「一つ言っておく。サイズはさっきみたいな馬鹿でかいのにはしないように」
「がーん! そんなあ……、デカいのしかキープしてないのにい……」
まあ、これはハルも悪いだろう。己の権威付けと、民へのアピールのために巨大なモンスターに騎乗してパフォーマンスを行うのを常としていた。
エメがそれを汲んで、そうした用途のモンスターを選出してくれたのを責めることはできない。
「すまないねエメ。ただ、今回は平和な首都の街中を走るための馬なんだ。威圧し過ぎない、小さいやつね」
「任せてくださいっすよお! ばっちり良い馬、選ぶっす!」
「……あくまで、『馬』と言い張る気でいらっしゃる」
馬である。馬車を牽くのだから。
そうして、今度は自分たち用の豪奢な見た目の馬車を<建築>し、ハルたちはそれに乗り込むと、この何も無くなった正門前の土地を後にする。
白く輝く、神聖な見た目の小型のドラゴンを先頭に、同じく白く輝く鎧の騎士たちをその傍らに伴って、ハルたちは再び首都の門をくぐるのだった。




