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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部3章 ガザニア編

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第647話 飴と鞭と詭弁と

 ハルと向かい合い、エリアルが表情を険しくする。ただ、険しい、とは言っても元が眉目秀麗びもくしゅうれいな騎士。その真剣な表情も非常にになった。

 そんな彼の姿に視聴者の反応も上々であることを確認し、ハルもまたこの展開に満足し本題へと入る。


「さて、僕の店に何か用事だったかな? 騎士団で欲しい商品があるというのなら、領地から取り寄せることを考えてもいい」

「……いえ、そういったお話ではありません、ローズ卿。単刀直入に言います。この場に店を構えることは王都の、いえ、ひいては国の秩序を乱します」


 分かっている。それを、分かっていながらやっているのがハルなのだ。なので非常にタチが悪い。


 本来ならば、こんなことをすれば即取り締まりの末、営業停止。

 それどころか、問答無用で武力をもって制圧されても文句は言えないだろう。

 そうならないのは、ひとえにハルが神から祝福された特別な立場であるためだ。その権威が、状況を非常にややこしくしている。


「せっかく素敵なお店を開いたばかりで心苦しいのですが、なにとぞ、すぐに営業は取りやめてもらいたく思います。出来る限りの保証がされるよう、私も掛け合ってみますので……」

「ふふっ、君は、やはり貴族というよりは騎士であるんだね。実直だ。なんというか、貴族特有の婉曲えんきょくな化かし合いが不得手ふえてと見える」

「……お恥ずかしい、その通りです。元は、単なる平民の出。……そういうローズ様は、まるで生まれながらの貴族であるようですね」

「こらこら、『様』を付けるなって、先輩?」


 神に、アイリスにより選出され、<貴族>として特別な地位に就いたはいいものの、国の歴史の中で成熟した貴族社会にすぐに溶け込める訳ではない。

 これが真の貴族と、カドモス公爵を代表とする代々続いた平貴族ひらきぞくとの違いだろう。その違いから軋轢あつれきが生まれている。


「まあ、君の言っていることは僕にも分からないでもない。だが、一方で僕は君の言う通り<貴族>らしく狡猾こうかつだ」

「そうは、見えませんよ。この地に築いた施設の数々、全ては兵士たちの為なのでしょう? 貴女はお優しい方だ」

「カドモス公爵家の敷地から、この兵たちが追い出されたことは確認が取れています。それをローズ伯爵がお救いくださったと噂になっております」

「へえ……」


 知っている。むしろそうなるよう仕向けたのがハルだ。わざとらしく。

 その辺りが狡猾であるのだが、彼らにとってはハルは『お優しい領主さま』であるらしい。

 ……そう判断してしまう事それこそが、貴族慣れしていないとハルに断じられてしまう部分であるのだが。


「兵の受け入れ、飛空艇を使用しての領地への運送。共に問題ありません。どうか、私共を信じてお任せください」

「ふむ? 流石に決定権は強いんだね」


 この、一大駐屯地を築き上げるほどの兵数を問題なく受け入れると、短時間で渡りをつけて見せた。流石は上級貴族といったところか。

 やはりその辺りの裁量権さいりょうけんは、通常の貴族よりもずっと強いのだろう。


「だが駄目だね」

「な、何故です!? 街の出入口に兵が陣取っていては、市民の生活に大きく影響が出ます。ストレスも大きい」

「理解してるよ。ただ、僕は狡猾だと言っただろう。理解した上でやっているんだ。僕を動かしたければ、もっと力ある言葉を使うんだね」

「力ある……、言葉……」

「権力とも言う」


《うわー、お姉さま完全に悪役ー》

《つまり、『上の者を連れて来い』》

《聖騎士さんちょっと可哀そう(笑)》

《上の者に言われて来たんだろうしなぁ》

《中間管理職のつらみ》

《そもそもローズ様より明確に上って誰?》

《そりゃ、<侯爵>以上だと?》

《お姉さまは<伯爵>だから》

《でも普通の階級制度じゃ……》


 そう、今のハルの立場は、通常の爵位の序列では測れなくなっている。

 カドモス公爵を実験台とした様々なデータから、それを理解し悪用しているのが今のハルだ。


 ハルは今、ある意味で国の法律よりも上位にある。

 他の貴族の所有する飛空艇の航路を勝手に書き換え、定められた領空の扱いも平気で無視できる。

 本来国が厳重に管理しているはずの土地だって、この通り好き勝手に新しい町に出来てしまった。

 そう、全ては神の名の下に。


──まあ、だから苦労しているところなんだけど。僕より上の立場の人間に目通り願いたいのに、明確に上司って誰なんだ?


《お兄ちゃんも大変だねぇー》


 ……誰のせいだと思っているのか。こんなややこしい政治体系を放置した張本人であるアイリスは、特に興味が無さそうだった。


「この地の使用許可は……」

「取ってある。神に」

「…………」


 ここで二の句が継げなくなってしまうのが、そもそも法として欠陥だ。

 神が許可したからなんだというのか? ここは国の土地であると、断固として主張せねばならないところだ。絶対に。


 確かに地球の国々の歴史においても、宗教団体が国家の上位に位置していた例は多い。

 しかし、それはあくまで形式上のこと。うるさく口出して来ることはあっても、最終的な決定権は国になくてはならなかった。

 そこが行き過ぎると争いの種にしかならない。


「逆に君に問おう、エリアル。そんな神から許された僕の権利を、奪えと命じたのはいったい誰だい? 誰が、その権限を持っている?」

「……それは、もちろん国王陛下です」


 来た。そう確かな手ごたえをハルは掴む。

 大物中の大物、このアイリスの国の頂点。いささか二段飛ばしな感はあるが、王と会えるならそれに越したことはない。


 ハルはその釣り針に掛かった魚を逃さぬよう、慎重に言葉を選んでゆくのであった。





「なるほど。陛下の命であれば、僕も聞かないといけないね」

「よ、よかった……!」

「だけどその前に確認がひとつ」

「な、なにか……!?」


 ……なんだかエリアルをハルがイジめているようだ。

 最初の爽やかさを感じるほどの余裕の表情はどこへ消えたのか、今はハルの言葉ひとつで顔色を白黒させるのに忙しい。


《美男子を責めるお嬢様》

《やはり、女王様……》

《やめるんだ!》

《美青年を弄ぶのすき》

《流石はお姉さま、良い絵を撮る》

《もっとじらしてー》

《困らせてー》

《いかん、変な趣味の人たちが出てきた》


 ……ハルも中身は男なので、この展開は少々自分の首を絞めていることになる。

 ただ、今後の目的のためにも今止める訳にはいかない。なんだろうか? 試合に勝って勝負に負けている気分である。

 手早く終わらせることにしよう。


「少し、意地悪な質問になる」

「……なんだか、意地悪でなかった事が無い気がします」

「だから言っただろう? 狡猾だと。さて、僕に立ち退きを命じたのは陛下、当然だね。お膝元の首都に新たな町を横づけされては放っておけない」

「それが分かっておいでなら、どうか……」

「待て待て。話は最後まで聞くように。だけど一方で、僕にこの場での街づくりを認めたのは神だ」

「そう、なりますね」


 エリアルの顔色が悪く、表情も苦々しくなる。ハルの次の言葉が予想できたのだろう。

 どうかその先は言ってくれるな、と雄弁ゆうべんのその顔が語っていた。もはや泣き出しそうである。美青年が台無しだ。

 だが、ハルは容赦なくトドメを刺すことにした。


「つまり、王命は神の許可よりも上位に来ると?」

「っ……! それは! その……、ですね……」

「即答しないと、そこは」


 意地が悪いのは分かっている。だが、国としてそこは『もちろん王が上だ』と言わなければならない。


《お兄ちゃんひっどーい。私のことなんかどーでも良いんだー》


──やかましい。お前が適当に国造りしたからこうなってるんだろうが。


 神の威光を最上位に置くならば、自身もカナリーたちのようにもっと積極的に国政に干渉すべきであるのだ。

 そうしない半端さが、今の穴だらけの政情を作り出したと言える。


 ハルがそうして脳内でアイリスとじゃれ合っていると、今度はエリアルの方から問いが投げかけられて来た。

 言われっぱなしの状況に一石を投じようというのか、何かを決意したかのような真剣さだ。

 果たして、この意地悪なハルに一矢報いることは適うのだろうか。


「逆に、お聞きしたい、ローズ卿。貴女はアイリス様からの許可を軸に話を進めておられるが、それを証明する手段は持っておいでなのか?」

「うん。本人に聞けばいいんじゃないの? 君も彼女に選ばれた一人なんだろう?」

「っ……! それは……、そうなのですが、恥ずかしながら私は……」


 適わなかった。一矢報いることは。エリアルの手番ターンは終わり、早すぎる終幕である。


 これも問題の一つだろう。神を最上位に据えておきながら、その本人と連絡を取れる手段を確立していない。

 だからハルの『許可がある』の適当な一言だけに、これほどまでに翻弄ほんろうされてしまうのだ。

 ……まあ、交信できたらできたで、本当にハルが好き勝手やって良いことが証明されてしまうのだが。


「まあ、そんな訳だ。状況の危うさが理解できたかな?」

「はい。非常によく、理解出来ました」


 使命に燃えた青年騎士は、がっくりとうなだれ、来る時の溌溂はつらつさは見る影もない。

 言葉を尽くせば分かってもらえる相手だと思っていたのだろう。そこは、少し悪いことをしたとハルも思う。

 当然ハルも分かってはいるのだが、この程度でやり込められていてはこの先が心配だ。この国の真の貴族たちは、もっとからめ手を覚えるべきだ。


「とはいえ、君や陛下を困らせるのも僕の本意ではない。ここは僕が直接、御許みもとに出向いて釈明するとしよう。ああ、もちろんこの場も引き払うさ」

「本当ですか!?」


 ……こうした素直さが、危ういところなのだが。アイリスももう少し人選には気を配った方が良いのではないだろうか?

 まあ、そんな良い人ばかりを選んできたから、特権を悪用されるような問題が起こっていないのだろうけれど。


「ただ、僕は陛下と直接お会いしたことが一度もない。取り次いではもらえるのかな」

「ええ、私が責任をもって手続きいたします。なに、ローズ卿であればすぐに許可が下りましょう」


 そうしてまんまと、あめと鞭の詐欺師のような手段でこの国のトップとの面会を取り付けたハル。

 ことが決まれば、もうこの土地に用は無い。ハルは手早く撤収を兵に<精霊魔法>を通じて通達すると、この場の片づけに取り掛かるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最上位に神がいるのに存在感がなく、かといって偶に真なる貴族とか言う神に次いで権限の高いやつをなんか知らんけどポコポコ生み出される国なんて、クーデター待ったなしやな
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