第643話 建築完了まであと何時間?
「小さいながらも素敵なおうちです! ……しかし、このおうちではわたくしたちが全員暮らすには少々、せまいですね!」
「そうだねアイリ。一人暮らしや、夫婦二人か、あってもその子供くらいの生活感想定だろう」
「まあ」
失礼ながらこの少し狭い一軒家で、夫婦二人がいつも一緒の光景を想像したのだろう。
そんな生活にもアイリは憧れの気持ちはあるようだが、贅沢なことにハルの妻はアイリの他にも人数が居る。
もっと広い家を、用意せねばならなかった。
「あれじゃねハルちゃん? アップグレード、出来るんじゃないこういうのって」
「流石に慣れてるねユキは。そうみたいだよ」
「あ、わたくしも以前見ました! 上位のおうちに、改装するのですね!」
「楽しみね、アイリちゃん?」
「はい! ルナさんとも一緒に住めるのです!」
「嬉しいわね」
「もちろんです!」
微笑ましいやりとりを横目に、ハルは家を上位の階級へと強化する。
改築のようなものだ。こうした建築要素のあるゲームでは、ユキの言うようにこの機能はありがち。
アイリも、かつて『世界の果て』付近の防衛都市において、こうした施設アップグレードは目にしていたか。それを思い出したようだ。
この人数が入るともう肩を寄せ合うくらいの家だ、早急に改築することが求められる。
「つぎは、どんなおうちになるのでしょうか!」
「どれがいいアイリ? この中から、選べるみたいだ」
「むむむっ! では、この軒先のお花が可愛らしいおうちにします!」
《サクラちゃん、意外とつつましい感性》
《意外でもないだろ》
《むしろ成金ハウスが似合わない》
《自然の中の閑静な別荘がよく合ってる》
《自然の景色を眺めながらのんびり過ごすサクラちゃん》
《いや、むしろ元気に大自然を駆け回るサクラちゃん》
視聴者たちが言っているのは、アップグレードの選択肢でアイリが安い家の選択をしたことについてだ。
選択肢の一番右、要は最もグレードの高い改装内容には、外装が一気に豪華になった一軒家が置かれていた。
それを選ばず、今と外装はさほど変わらない物を選んだのが、お嬢様キャラとして意外だったということだろう。
別に、アイリを知っていれば意外でもなんでもないことだ。
彼女は元々、誰も居ないカナリーの神域にて言わば別荘のようなお屋敷で自然の中生活をしていた。
「ハルちゃんならどれ選ぶ?」
「たぶんユキの想像通りだよ。とりあえず全部やってみる」
「あはは。だと思った。そんで、作り終わったら取り壊して、また一から作るんでしょ?」
「その通り。最も経験値効率のよさそうなものをね」
それとは別に、デザインの気に入った物を一軒くらいは残すかも知れないが、ハルの急務としているものは自宅の作成ではなく、<建築>のレベルアップだ。
その為に、費用対効果の良い建築ルートを検証し、それをひたすら繰り返す気でいた。
「じゃあ、アップグレードしようか?」
「また、わくわくですね!」
「どうせこれも、待ち時間が掛かるのでしょう?」
「そしてそれを、課金で短縮する」
ルナとユキの言う通りだ。アップグレードを実行すると、家には改装中の表示が浮き出して、その残り時間が表示された。
今度は先ほどの十分から一気に、一時間待ちに待機時間は伸びてしまった。
《一時間、普通に遊ぶ分にはすぐだが》
《生配信向きじゃないな……》
《致命的に相性が悪い》
《そうですね。<建築>には逆風です》
《結果を見せるタイプだな》
《しかも、その結果が出るまで長すぎ》
《狭い家だけ発表してもバエないもんな》
こうした建物を作るタイプのプレイも、決して放送に不向きという訳でもない。
しかしそれは、大規模で見ごたえのある大型建築を行う場合にほぼ限られる。今彼らが言っていたように、ただ小さな家を発表しても反響は見込めない。
しかし、そんな大規模な<建築>が可能となるのはレベルが上がったずっと後半のこと。
それを夢見て下積みを続けるのは、なかなか雌伏の期間が長く思える。
自分がそうしている間も、<冒険者>などのプレイヤーは今も生放送で派手な画を披露して視聴者を集めているのだ。
「その為にどんどんレベルを上げようにも、先立つ物が必要、か。出資者を集める技量も問われるね」
「もしくは、あなたのように金持ちの道楽ね?」
「ルナ、道楽言うな……」
「ふふっ」
《課金の時間だー!》
《これを見に来た》
《今日の浪費》
《さーて、今日はいくら使うのか》
《及ばずながら支援いたす》
《俺の金も使ってくれ!》
《浪費することで稼ぐという矛盾》
《<建築>家に本当に必要だったもの》
《それは現金》
その、壁に表示されたアップグレード待ち時間にハルが触れると、その時間を短縮するためのメニューが重ねて浮き出てくる。
その方法は、当然のように課金。随所で隙あらば課金誘導してくる、このゲームでは予想されてしかるべきもの。
その、普通のプレイヤーならなかなか踏み切れない金銭の投入を躊躇いなく行うハルを、視聴者も見に来ているところは大きい。
「まあ、まずは小手調べって感じだね。栄養スティック一本分って感じだ」
「ハル? その例えはどうなのかしら? 飲み物一杯分、の方が良いのではなくって?」
「ルナの基準は、ちょーっと通常の感覚からすると高いかもね?」
「……迂闊だったわ」
まあまあ、ありがちな価格帯。ただ安くはない。これでは普通のプレイヤーは躊躇するだろう。
しかし、今こうしている間にも、ハルには生放送経由でそれ以上の額が入ってきている。こうしてプラス収支を得ることが適うからこその、攻めの金額設定なのだろう。
リスクを取ることで、リターンを引き上げられる。
「はい、課金」
「おお! おうちが広がりました!」
当たり前だが、ハルは躊躇することなく課金を決定する。
すると、待ち時間も物理法則も無視して、その瞬間に家の改装が完了した。
狭かった居間は広がり、部屋も一つ追加されている。
まだハルたちの人数では狭くはあるが、先ほどのように少し動けば肩がぶつかるほどではない。
「お花もきちんと生えていますね!」
「これ、家に付属なんだねぇ……、ねえ、ハルちゃん?」
「ああ、僕は良いよ。アイリに聞いてみて」
ユキがやろうとしているのは、きっとこの花を抜いてアイテムとして採取することだ。
もしかすると、この何の変哲もない庭先の花も、家を作り出した時にしか発生しないレアなアイテムの可能性もある。
「アイリちゃんアイリちゃん。このお花、抜いてみてもいーい?」
「はい! ご自由にどうぞ! きっと次も、素敵なお花が付いてくるのです!」
目ざとくアイテムに目を付けたユキも、もう既に次の家のことを想定しているアイリも、そのあたりハルの仲間であると感じさせられる。
ユキが花を採取している間に、家の周囲をぐるりと見て回っていたアイリは、一周すると満足したのか、上気した顔でハルを見上げ、次の家を催促してきた。
「次のアップグレードだねアイリ?」
「はい! 楽しみです!」
「でも残念ながら、まだ僕のレベルでは次には行けないみたいなんだ」
「そんなっ! 悲しいですー……」
ハルが改装メニューを見せてみると、その選択内容は暗く選択不可で表示されて、触っても詳細が確認できない。
そこには<建築>の必要レベルを満たしていないことが記載されており、アイリは目を凝らして、その暗めの表示から次のお気に入りの家をなんとか見繕おうと頑張っていた。
《せっかく課金で短縮したのに……》
《<建築>道には困難が一杯だな》
《でも、リキャストを短縮できるのは珍しい》
《そうだね。生産系は必ず一定時間かかるもんね》
《レベル上がるまで次はお預けかぁ》
《今日はここまで?》
《んなわけない。ローズ様だぞ?》
《お姉さまの前に課金を用意した。後は分かるな?》
そう、レベルが足りないのなら、レベルを上げればいい。
訓練するための土地は、この国の何処でも好きな場所を使えるのだ。
ハルはその権力と持ち前の資金力でもって、<建築>スキルの高速レベル上げに勤しむのだった。
*
「ほい、ハルちゃん、とりあえず十棟くらいかな。土地の開墾終わったよー」
「ありがとうユキ。流石にセンス良いね」
「えへへ。あ、これで私にもなんか余計なスキル生えてきたらどーしよっか」
「その時は手伝うよ」
槍を鍬に持ち替えたユキが、周囲の土地を家を<建築>可能な形に耕してくれる。
この地はなだらかな丘陵となっており、それをある程度平面に均さなければ、<建築>スキルは実行できないという制限があった。
ハルたちから少し離れた地点でも、兵士たちが各々武器と持ち換えてその作業に従事していた。
なんだか、<建築>だけ面倒な制限が多すぎるように思えるのは気のせいだろうか?
この制限の数々を越えた先には、それに見合うだけのスキル効果が果たして待っていてくれるのだろうか。
「とりあえず、レベルを上げてみてから考えようか」
「この耕した土地に家を並べて行くんですかー?」
「そうだよカナリー。力の限りね」
「そうして取り壊すんですねー。諸行無常ですねー」
「練習ってそういうものさ」
なんとも無駄な気がしてくるが、ゲームのレベル上げにはよくあること。
そこで、『なんで自分は今こんな作業を?』、などと考えたら負けである。そう思いそうになったら、『それでも二十四時間ずっと素振りをし続けるよりマシだ』、と考えて気を落ち着かせよう。
素振りオンラインはさすがにハルもこりごりである。
ハルはその整地された区間に、次々と<建築>にて一軒家を建てるコマンドを実行していった。
同じ構造の家々が、綺麗に十軒整列する。それらは本来なら完成まで待ち時間が発生するも、課金し強引に短縮し完成。
更に完成した家をアップグレードし、再びの課金短縮。強引に改築。
結果、先ほど作った二段階目の家がずらりと十個、この場に立ち並ぶことになった。
「住宅地だねハルちゃん。きっと近くの職場に住む若者が、この家を借りるのであろう!」
「その住宅地の花壇から、花を盗み出していくコソ泥が居るね?」
「許して~。この花、やっぱ思った通りの専用品だぜハルちゃん? 集めておくに越したことない」
「思わぬ副産物と見るべきか、面倒な『義務』が発生したと見るべきか、悩みどころだね」
アイリがこの家を作る切っ掛けとなった小さな家の慎ましい花壇。
その花壇も、家を作るごとに必ず備え付けられる。ユキが目を付けたその事実は見込み通りの結果となり、その花はこの方法でしか採取できないレアアイテムであるようだ。
「エメ、確認とれた?」
「はいっす! ユキさんの言う通りに、この花はこのゲームの何処でも見かけられない専用品に間違いないですね! 一応、高レベルの未開拓ダンジョンのものって線もありますけれど、物が二段階目のアプグレなんで、それも考えにくいかと」
「ただのコレクション品か」
「むしろそうであって欲しいですねえ。何か有効な使い道があった場合、ハル様には安い家を作り続けるマシーンになっていただかなければなりません。ひたすら作業のように家を作っては取り壊し、その度に課金し続けるんす! にししっ!」
「笑いごとではない……」
本当にこの花にそれだけの価値があれば、実際にハルはその作業をせざるを得ない。
出来れば、そんな状況にはなって欲しくはないハルだった。<建築>はスキル実行枠を占有するだけでなく、このようにキャラクターの肉体による作業も強要される。
ついでに、ハルの生命線である放送との相性がすこぶる悪い。
「さて、レベルは上がったけど、まだ第三段階には遠いね」
「じゃあ次はー、成金ハウスを作ってみましょうかー。十軒ー」
「……見た目が凄いことになりそうだねカナリーちゃん」
「ぎらっぎらですよー?」
どうせ経験値集めのための作業である。ハルたちはそうして、色々な住宅街を作っては壊して<建築>レベルを上げていく。
身の丈に合わない派手な装飾で飾られた家がずらりと立ち並ぶ様は、中々に品が悪く目に痛い。
そのようにして強引に、ハルは本来あり得ない速度で強引に<建築>をレベルアップさせることに成功したのだった。
※誤字修正を行いました。ルビの振りミスを修正しました(2023/1/14)




