第642話 待つのか課金するのか
「さて、狙い通りに<建築>を覚えられた訳だけど」
「毎度のことだけどさぁ、何で覚えようと思ってさっくり覚えられんの?」
「それは少し違うよ? 順序が逆であって、覚えられそうなときだけ『覚えたいな』って言ってるんだ、僕は」
「なる……、ほど……?」
「失敗するのが怖いからね」
正確に言うならば、前々から<建築>は習得したいとは思っていた。その為に、建材を<錬金>で<大量生産>したりと準備は積み重ねていたのだ。
ただ今回、初めて条件が全て整った感覚があったので、初めて本格的に習得へ動いたというまでだ。
ミナミはそれを聞いて分かったような分からないような顔をしている。
小声で、『だからって実際に覚えちゃってるのは変わらないんだよなぁ』、とボヤいているのがいじらしい。
「いや、そりゃ今はいっかぁ! それよかどーすんだ、お目当てのそれ覚えてよぉ。現場の手伝いに入るんかねぇ?」
「いや、彼らの仕事は彼らに任せよう。お手伝いは遠慮されてるしね」
晴れて<建築>を得たハルではあるが、そんな初心者建築士に現場を荒らされるのは職人たちも望むところではないだろう。
少なくとも、今日の就業時間のうちは彼らに全て任せよう。その後、やりきれずに残った範囲をハルが仕上げればいい。
それに、今のハルで仕事になるのかはまだ不安が残るところだ。まずはスキルの仕様確認と、実用に足るまでのレベル上げに注力すべきだろう。
「ということで、他人に迷惑の掛からない建物。すなわち僕ら専用の家をまず作る」
「やりました! わたくしたちの、郊外の別荘ですね!」
「アイリちゃん、ここって扱い的には郊外というよりも、街を追い出された人たちの行きつくスラム街、といった感じだけれど大丈夫かしら?」
「いずれはここも首都の一部となるので大丈夫です!」
過激な発言にルナも苦笑いだ。通常なら、いずれは騎士団がやってきて立ち退きを迫られるのが常だろう。
指揮を取っているのが国の中枢に食い込むハルであるというのが、事態をややこしくしている。
見れば今も、なにごとかと正門に集まった見物人に混じって、明らかに上位の騎士であろう鎧姿がこちらを見据えていた。
「エメ。既存の<建築>家たちは、スキルの実行をどうしている? やはり、こういった土地に自由に家を建てるのはNGか?」
「そのとーりっす! 家に限らず、土地の上になんか作るには必ず、くっそ面倒な手続きを経たうえで行わねばならないっす。それは個人で許可を取るのはほぼ不可能で、その契約は主に職人ギルドを通して行われてるっす!」
「なるほど、ありがとう」
やはり、許可なく勝手にスキルを使うのは許されないようだ。
となると、仕事として依頼が来るまでは、せっかく覚えたスキルも発動する機会が無いのかも知れない。
「ふむ? そうすると、<建築>はスキルのレベル上げにも苦労する、ってことなのかな」
《おっしゃる通りですね。難儀してます》
《お、<建築>持ち本人か?》
《数少ない建築プレイヤーもよう見とる》
《よく察知したなほんと》
《いや、人気ナンバーワン放送ぞ?》
《とはいえ全くの別ジャンルじゃん?》
《『すぐにこれ見ろ!』って流れてきました》
「やはりか。使わなければ、スキルも持ち腐れだもんね」
「まあ、言うほど依頼が無い訳じゃあないみたいですけどね。ただスキルはその依頼の期間中しか使うことが出来ずに、しかも好きに建物なんか作れない。<建築>プレイヤーが増えるほど仕事は取り合いになる。制約が多いっすねえ」
「なるほど、見習いのうちは大変だ」
「ギルドを通さずに、大口の仕事を受けて来れるようになれば違うのでしょうけれどね?」
起業家のルナとしても、実感のある話のようだ。
いわばスキルを指定した人材登録のようなもの。出向し相手先の要件を満たす、お手伝い要因である。
そこに自分の意思や色などは当然出すことなど御法度。そうしたければ、実力を示し自由に動ける環境を勝ち取らねばならなかった。
《ゲームの中でまでそんな仕事ちっくかぁ》
《仕方なくね? オリジナル物件乱立されてもね》
《景観が壊れるね》
《許可は慎重にせなばならん》
《でもつまんなくね?》
《そうでもないです》
《地道にランクアップするの、楽しいですよ》
《冒険者と同じようなもんかー》
《でも本音は?》
《自由に建築したい!》
《次々にスキル使いたい!》
「まあ、そうなるね。となると、今回の僕の出した仕事、職人の彼らとしてはなかなかの好条件なのかな」
「ええ、そのようですねハル様」
「アルベルト」
「はっ、どうやら、広大な土地に、制限なく好きなだけ<建築>を発動できるのは、己の実績のために非常に役立つ案件なのだとか」
「実績、僕らで言えばスキルレベルやギルドランクだろうかね。それで、気前よく参考書も貸してくれたのかな」
「恐らくは。反応としては皆、大抵の条件なら通せそうな機嫌の良さでした」
プレイヤーに例えれば、普段は制限の多く依頼は少ないギルドに、突然スキル使いたい放題の依頼が舞い込んできたといったところか。
好きなだけ作ってスキルアップできるし、材料も依頼者持ちだ。
ちなみに、スキルに必要なHPコストだってもちろんハルが常時回復する形で負担している。
「休み時間さえ与えない過酷な現場かと思っていたが、喜んでいたのか」
「ええ。無駄な待ち時間が発生するのは、彼らとて本望ではないようですから」
そのあたりの価値基準は、NPCもプレイヤーと近く設定されているのだろう。
休息、という概念はHPMPの量に置き換えられ、体力が減っていなければ休息は特に必要としない。
《自分も今からそちらに行きたいくらいですよ》
《お、海を越えてローズクランに加入者?》
《<建築>持ちなら全員憧れる》
《土地の許可取らなくていいですからね》
《まさかの<建築>の最適解は貴族だった?》
《実際、貴族のお抱えになるのがゴールかも》
《土地と金、どちらも持っている依頼人が条件》
《国は? 最強じゃね?》
《最強だけど、最強に口うるさい》
「はははっ」
それは仕方ない。がんじがらめな制約を課されるだろう。
ハルの今の立場は、その国の広大な土地を利用できながらも、本来それに付随する面倒な制限の一切を無視した、都合の良すぎる状態だった。
「まあ、僕のクランに入るってのは確かに良い手だとは思うけど、自由にさせてあげられるかは保証できないね。仕事は沢山あると思うけどね」
さすがにハルも、その辺の危機感は国と変わらない。奇抜な建造物を所構わず立ち並べられては困る考えだ。
ただ、スキルの練習場所だけなら用意できるだろう。それがあると無いとでは、それだけでも大きな違いだ。
「そして、僕自身は自由にする」
「横暴なのです! 頂点に立つ者の権利なのです!」
「まあ、そだよねー。そうしたければ、ハルちゃんみたく自分で地道に頑張って権力を勝ち取らないと」
「僕も別に、地道に勝ち取った地位じゃあないけどねユキ」
むしろ、降って沸いた地位と言える。とはいえ、持っているものは活用しない手などない。
ハルはそれを多いに活用して、自分好みの家をこの地に打ち建てるのである。
*
「選択肢が少ない!」
《そうなんですよねー》
《最初は基本セットです》
《何でも作れるはずだったのに》
《真の敵は国ではなく自分だった》
「そうだね。まあ、初期レベルのスキルなんてどこもこんなものだ。レベルを上げればいいだけのこと」
「頑張りましょう! わたくしも、頑張って応援するのです!」
「ありがとうアイリ。頼りにしてる」
「はい!」
自分好みの家を建てると意気込んだものの、初期レベルで<建築>できるのは、それほど好き放題できる内容がない。
あるのはいくつかのデザインの一階建ての小さな民家。ハルがアイリス国民であるからか、ここの景観に合わせた、石造りの家から選べるようだ。
「レベルを上げれば、他国のものも選べるようになるみたいっすね。そこも<建築>家としての経験と、あとはやっぱ許可っす。作れるようになったとはいえ、それをいきなり、どーん! ってやったら周囲はいい顔しないでしょーから」
「まあ、歴史ある街にいきなり他国風の家屋が混じれば、それはちょっと挑発が過ぎるものね」
ぼやいていても仕方ない。手を動かさねば経験値も入っては来ない。
ハルはまず、その基本セットの一軒家を手始めに<建築>していくこととした。
「わくわくです! わたくしたちの、初めてのおうちなのですね!」
「そう、でもないねアイリ? 最初の家は、貴族街のあの屋敷だよ?」
「……そうでした! お姉さまの作った、初めての家ですね!」
「まあ、自分で家を建てることなんて、ない方が大多数だけれども、っと。これは生産スキルのキューを占有するのか」
ハルが早速<建築>しようとするも、早速エラー表示が出てしまった。
今もハルは建材を<錬金>によって生産し続けており、その実行枠を共有する<建築>スキルが実行できない。
ここも、地味に<建築>家プレイヤーを悩ませる仕様だろう。同時並行し他でレベル上げが出来ない。
《ただ、ローズさん向きの仕様がありますよ》
《あれだな! 私は無理だ(笑)》
《なんだろう?》
《お姉さま向き? ステータス?》
《あ、分かった》
ハルも分かった。そして、枠が空いてすぐさま<建築>を実行すると、それはやはり予想通りだ。
この仕様は、割とよくあるパターンである。
「課金だね。待ち時間を、課金で短縮できる」
「あー、ありがちですねー。そして、確かにハルさん向きですねー?」
そこで納得されてしまうのは、『ハル』としては少々癪ではあるが、『ローズ』はそうして売り出しているキャラクター。
お金持ちのお嬢様であり、課金で解決可能なものは派手な課金で何でも解決。
その、自分では出来ない金使いの荒さを見どころのコンテンツとしている。今回も、その見せ場がやってきたという訳だ。
《出た! ローズお姉さまの課金だ!》
《今回はいくら使ってしまうのか》
《これを楽しみに生きてきた》
《いきがい》
《これで今週も生きられる》
「君たち、もっと良い生きがいを持ちなよ」
まあ、そうして楽しみにしてくれる者が多いからこそ、ハルの放送は人気であり得られるステータスポイントも多いのだ。
ついでに言えば、使った資金も放送の人気度でかなりの部分回収が出来ている。
「さて、初回は十分か。普通ならのんびり待つところなんだろうけど、当然、課金で時短だ」
「最低値が十分というのは長すぎないかしら? 確かに待てる時間ではあるけれど、これは、今後が思いやられるわね?」
「まあ、これは『家』カテゴリの最低値だろうからね。実際、今も作業中の職人たちはもっと速いペースで作り上げている」
スキルの上昇で多少はマシになるらしく、加えて彼らが手掛けているのは家ではなく仮説の宿舎というのもあるだろう。
ただ、ルナの懸念は恐らく正しく、今後高度な建築となってくると日単位の長時間を占有する建築物が出てくることは想像するに容易かった。
その時間を、スキル実行枠を占有されるというのは、ハルのプレイスタイルとしてはあまりに致命的。
「うん、やはり<二重魔法>は持っていてよかったね。建築しつつ生産が出来るし、なんなら二重建築だって可能だ」
「便利だなぁそれ。ただ、俺としては<賢者>を選んだ先に何があるのか知っときたいとこだったけどなぁ」
「僕も気にはなってる。そこも、後で詳しく聞かせてもらおうかミナミ」
「おー、とりあえず、出来た家に入らねぇ? 出来ればさっさと、拠点の更新をですねー……」
「え? ここは僕らの家だから、君は駄目だよ? その辺の宿舎をどれか使いなよ」
「この扱いぃぃ!! 俺も一応貴族なんですけどぉ!?」
まあ、それはさすがに冗談だ。ハルは少し離れた場所に、ミナミ用の一軒家も<建築>してやることとした。
※ルビを追加しました。「十分」が「十分」と紛らわしかった為。(2023/1/14)




