第641話 見学
またルビの振り忘れで遅れましたー。申し訳ありません!
現実的な建築スピードを無視した速度で、次々と兵の宿舎が作られてゆく。
ここの速さはゲーム準拠であり、作る側もそれを見守る側も、そのあり得ないスピードに疑問を持つことなどまるでなかった。
この世界では、ここで暮らすNPCにとってこれが基本なのだろう。
そんな中で、作業着姿の職人たちに混じって、自ら宿舎の建築を行っている兵士が居る。
彼らはこの現場にて<建築>を習得したという訳ではない。元々が<建築>によって生計を立てていたNPC(という設定)だったようだ。
「職業兵士じゃなくて、今回の戦いで公爵に徴兵された大工さん、ってことなんだろうね。つまりは、こっちが本職だ」
「へぇー、面白いねそれハルちゃん。もしかしたらもっと、レアなスキル持ちも混じってるのかも。調べてみれば?」
「そうだね。彼ら一人一人の来歴がどんなものか、ユキの言うように一人一人『面接』してみた方が良いのかも知れない」
彼らはひとくくりの雑多な『兵隊』ではなく、一人ひとりが個別の来歴を持つNPC。もしかしたら、その中には雑兵にさせておくには惜しいレアな人材も混じっているかも知れない。
そんな人材資源を適材適所に上手く活用するのも出来る領主の仕事だ。
個人ごとに割り振られた得意不得意の適正値とにらめっこする作業もまた楽しいもの。
行き過ぎると本筋そっちのけで、高品質な適正を備えたユニットを揃える作業に夢中になってしまうので注意せねばならぬくらいである。
その『面接』は、この場で今すぐにでも始められる。
彼らに今も掛かりっぱなしの<精霊魔法>によって、テレパシーのように口を開かずに聞き取り調査が可能だった。
「あら、あの兵士、いま突然びくりと肩が跳ねたわね? もしかして、彼に今ハルが『面接』を?」
「ああ、こうしてる間の時間も活用しないとね。僕はまだ<建築>を覚えられていないんだから」
「ファイトなのです! 才能を引き出す、『女神の調』を弾いて応援します!」
アイリがヴァイオリンを取り出すと、周囲に荘厳なメロディが響きわたる。アイテム生成系スキルの成功率を上げ、更なるスキルの開花を助けるという<音楽>のコマンドだった。
とはいえこの曲によってどの程度効果があるのかはいまいち実感がないところで、今回はそのデータを取る良い機会かも知れない。
ハルは全ての兵士へと効力が届くように自身を『アンプ』とし、スピーカーとなる使い魔を飛ばしてその範囲を拡大させていった。
「これが兵士たちにどう作用するかを見てデータ取りもするか。待ち時間も最大限活用しないと」
「……データ取りって、アンタ脳みそいくつあるんだよ? 時間活用なら、生産コマンドの実行で十分じゃね?」
「いや、それはもう呼吸と同じ。なにせ公爵との会話中もずっとやってたくらいだし」
「それでスキル封印されてた事に全く気付かなかったとか、もうギャグだよなぁ。少し爺さんに同情するぜぇ……」
少しいつもの調子で、並列作業を重ねすぎたようだ。常人にほぼ不可能な処理の多さに、さすがにミナミから変な顔をされる。
少し調子に乗ってやり過ぎたかも知れない。あまり処理能力の高いところを表に出せば、こうして訝しむ者も出てくる。
ミナミも普段はおちゃらけた様子で過ごしているが、きちんと実力を備えた人物である。
そのためある種の『人間の限界』というものは感覚で知っており、それを大きく逸脱した行為には敏感だ。
そのため少し公爵をダシにして話題を逸らす。
「それに、何も僕一人でやる訳じゃないよ。データの採取と分析作業は、カナリーとエメに任せる形だ」
「お任せですよー」
「はいっす! らじゃっす!」
ここで、兵士たちが新たなスキルにでも目覚めれば実験成功だろう。数量の多さは力となる。
「……ただ、ここで僕よりも先に兵の誰かに<建築>が発現でもしてしまったら泣けてくるね」
「それは仕方ないんじゃないですかねー。スキルはどうやら、所持していればしているほど出にくくなるみたいですからー」
「そっすねえ。わたしが取ったデータでもその傾向は出てますよ。最初の頃はぽんぽんとスキルが出てきて気持ちよくなるんすけど、後に行くほど基本のスキルであろうと出にくくなるっす。なもんで、必須スキルが何時までも出なくって、結局キャラ作り直しになった人も少なくないっすねえ」
ハルも最初の頃は、比較的簡単にスキルが発現していた。思えばその頃に、<信仰>を取れたのは非常に良い展開であったのだろう。
その他のスキルも普段から便利に使っているものばかりで、ハルはといえばこの『ローズ』を作り直そうという気は微塵も起こらない。
「ローズちゃんその辺も完璧なんだよなぁ。俺も、別に転生しようって気は無いんだけどよぉ? スキルビルドについては無駄がないとは言えねぇなぁ」
「可能なら取り直したい?」
「おー。どっかにスキル振りなおしさせてくれる神殿とかねぇかなぁ」
「あったら大繁盛だろうね」
このゲーム、そのあたりの仕組みは少し厳しい。
好みのスキルを自由に取れるわけでもないし、取ったスキルは削除できない。
これは、キャラクターを演じることを重要視するが故の制限なのだろう。一度きりの人生と言いたいのか、その巡り合わせを大切にすべきという考えだろうか?
ミナミも自らの方向性に不満点は多かれども、その中の一つが他に類を見ないレアスキルであったものだから、やり直すにやり直せないという状況のようだ。
例えるなら、攻撃力には不満があるが特定の種族を即死させる特殊効果の付いた剣だから捨てられない、といった感じか。
他には配信者としての矜持もあるだろう。
「しかし、転生か。そうした一からのやり直しじゃなくって、ある程度引き継いだ『転生システム』とかあったりしないかな?」
「転生、ですか? それは、どんなものなのでしょうか!」
「そうだねー、アイリちゃんはよー知らんか。こういうゲームにたまにあってさ、限界まで強くなった後に、最初のレベルからやり直せるの」
「最大レベルからやり直し、ですか? 一気に弱くなってしまいます!」
「一時的にね。でも、何割かのステを引き継いでおけるのだ」
「すごいですー! ではもう一度最大まで上げれば、最初より強いのですね!」
「そうそれ。そうやって、限界以上の強さにしていくのだ」
色々とゲームによって種類があるが、非常に重い制限が掛けられていることが多い。軽すぎると運営によって制御が効かなくなるからだ。
そうしたユーザーごとの差を制御できなくなることを嫌って、搭載しないゲームは多い。
「あったねぇ、そんなほぼオフゲー専用システムも。元から見ないのに、このゲームじゃいっそう無理じゃねぇ?」
「まあ、確かにね。無理というよりも、あったら随分と嫌らしい」
《どうしてだろ?》
《便利そうじゃない?》
《スキルビルドの救済にもなるし》
《いや、意味無いだろ》
《このゲームレベル上限無いんだから》
《あ、そっか! ローズ様1000レベル!》
《100で終了だから1に戻るんだもんね》
《わざわざ戻る意味がない》
「もし、戻る意味があったとしても、その実行は見た目以上に失う物が多い。実行には勇気が要るだろうね」
「だわなぁ。仕様上、強ければ強いほど出来んか。確かに嫌らしい。俺はその勇気は無いねぇ」
このゲームのステータスは、他者から与えられることで強くなる。
仲間から、そして自分の放送を応援する視聴者から。それらのステータスポイントは己の強さである以上に彼らからの信頼の証となる。
それを捨てるということは、支援してくれた人々からの信頼を失うことに繋がりかねない。
ミナミが『強ければ強いほど』と言ったのは、このあたりの肌感覚を元から人気者の彼はよく知っていたからだろう。
果たして、自分を応援してくれた人たちからの贈り物を無にしてでも、その転生は価値があるのか?
まあこのあたりは、ミナミが最初に言った『転生』、キャラの作り直しにも同じことは言える。
気に食わないからと頻繁に最初からやり直す人の放送を、継続して見たいと思うのか、ということだ。
「はっ、影も形も見えない机上の空論になんぞ、語る価値なしっ!」
「まあ、そうかもね。ただ、雑談のテーマとしては上等だろう」
《面白かった!》
《まだ見ぬシステムを妄想するの楽しい》
《ゲームするより楽しいまである》
《そこはゲームしろよ……》
《気持ちは分かる》
《俺はローズ様が最初からやるのも見たい》
《強くてニューゲーム》
《ん? それって今回と同じなんじゃ?》
《ニューゲームから強い》
さて、そうして雑談で間を持たせている間にも、職人と兵士はせっせと働いている。
一見休んでいるようにしか見えないので、ハルも早く<建築>を手に入れたいところだ。貴族なのだから、休んでいても問題ないのだろうが。
そんな手持無沙汰な自らの両手を、職人たちから借り受けた設計図面で慰めながら、ハルは独自のルートでスキル開眼に挑むのだった。
◇
「ハル様。こちらを」
「アルベルト。どうしたんだい、これ」
「<建築>を習得したいハル様の事情を話し、職人たちから借り受けました」
「……あまり仕事の邪魔はするなよ?」
「問題ありません。ここで多少の遅れが出ようと、ハル様がスキルを習得さえすればいくらでも取り返せます」
……そういう事ではないのだが。まあ、いいとしよう。助かるのは確かだ。
アルベルトがいつの間にか用意していたのは、建築関係の専門書であった。これは、ガザニアのプレイヤーも使っていたのを見たことがある。
恐らく<神聖魔法>の習得の際に使った物と似たもので、これを読むことでスキルの習得が早まるといったアイテムであろう。
「ふむ。すると僕のやっている今の作業、無駄だったということか?」
「いえ、そこまで万能なアイテムではなさそうです。聞けば、その書を読み込み、更に職人の下において修行を重ねなければ、一流にはなれないのだとか」
そのゲーム的発言を翻訳するならば、『<神聖魔法>の書とは違い、読んだだけでスキルは覚えられない』、『他の方法で、不足分の<建築>関係の経験値も貯めなければならない』、といったところか。
「んー……、今の作業が無駄に終わらず喜ぶべきか、万能の解決法が手に入らず悲しむべきか……」
「それよりもハル? あなたが今なにをやっているのか、口に出して説明しなくては駄目よ? 私たちとは違うのだから」
「確かに、ルナの言う通りだね」
「迂闊だったわね?」
確かに、なんの説明もしていなかった。ルナの言う通りである。
仲間たちは口に出さずとも、何となくハルの行動を察してくれるのでそれに甘えていた部分があった。
今も<建築>に勤しむ職人たちの為に<鍛冶>によって高品質の道具を生産しているルナに礼を言うと、視聴者向けの説明をしていくハルである。
《頼みます!》
《ボタンさまお優しい》
《ボタンちゃんは分かってるんだ》
《さすがボタンママ》
《正妻力が高い》
《なにやってたのー?》
「ああ、僕はこの図面に片っ端から、<解析>を掛けていってたんだよ」
「そうすることで、建築関係の経験値を手に入れようとしていたのですね!」
「うん。そういうことだねアイリ。幸い、<建築知識>はもう持っているから、それを発動させる作業ということになる」
地味にスキルを得ようと思った際に必要になってくるのが、この<知識>系スキル。<鉱物知識>であったり、<薬物知識>であったり、<宗教知識>などというものもある。
その内容に関わる行動をプレイヤーが取った時、そのスキルが反応し経験値を得られる。それだけのスキルだ。
なるべく多くの経験値を求めるハルには実はこのスキル群は重要なもので、生産スキルでアイテムを生み出す際、反応する種類が多いほど経験値の入りが良くなる。
この<建築知識>も、建材の<大量生産>によって得た<知識>スキルであった。
「本来なら今の兵士たちのように、師となる職人のことを手伝って経験を得るんだろうけど、手伝わせてもらえなくってね……」
「そだねー。私もお嬢様ってことで、お手伝い禁止されちゃった。ここで戦う訳にもいかぬし、体なまる」
「ゲームの体はなまらんて。ちょっと我慢しててねユキ」
「あーい」
ここでは<貴族>の立場が仇になったハルだ。『お貴族さまはお休みください!』と、修行にあたるだろう職人の手伝いを禁止されてしまった。
強行してもいいのだが、それもそれで貴族ロールプレイに反する。立場のブレは、いい結果をもたらさないだろう。
そこで苦肉の策として、図面に<解析>を掛けるという邪道をもって習得に臨んでいたハルなのだが、アルベルトの機転により話は大きく進みそうだ。
ハルがその本を開くと、自動的に<読書>が発動した。
「この<読書>も、地味に汎用性が高いよね」
「それな! 俺も持ってるぜぇ。というか<貴族>やってる奴は、全員持ってんじゃねぇの? 無きゃお話にならん。貴族クイズに正解できないからなぁ……」
「貴族クイズ?」
「おーさ。貴族の歴史とか、家の成り立ちとか、家同士の力関係とか、それに関わる本を読んで必死こいて勉強すんの」
「大変なんだね?」
「くぁーっ! これだから神に裏口入学させてもらった『真の貴族』サマは気楽でいいよなぁ! もう試験受けなくても卒業まで全自動だもんなぁ!」
通常の貴族ルートは、ハルの知らない様々な苦労があるようだ。そちらはそちらで、また面白そうだった。
「よし、覚えたよ。これで僕も<建築>が可能になったね」
「くぁっ!? こ、これだから『真の貴族』はぁ! スキルの習得も一瞬かよっ!」
「いや、これ貴族関係ないんだけどね?」
以前<神聖魔法>を覚えた時と同じ、<解析>による時間短縮だ。
本来少しずつしか溜まらないゲージを一気に飛ばして、ハルは裏口にて<建築>を習得したのだった。
※誤字修正を行いました。「自信」→「自身」。これが、もしくはその逆の変換ミスが非常に多いですね……。気を付けてはいるつもりなのですが、申し訳ありません。(2023/1/14)
追加の修正を行いました。(2023/5/23)




