第640輪 無から湧き出る無限の資材
「それで、二つ目は?」
「はっ、はい! 二つ目は単純な話で、資材が足りません。こればかりは、いくら貴族さまがお金を積まれても、特別な発言力をお持ちであっても、どうすることも出来ないでしょう……」
「なるほど、単純に物が無いのか」
「ええ……、ここのところ、カゲツからの資材の輸入が滞っておりまして、慢性的な建材不足となっているのです……」
ここで唐突な逆境イベントが襲ってきた。いや、どうやら国全体、むしろ世界全体にまたがる事情のようだ。これが今ハルを苦しめるためだけに突然決まった訳でもあるまい。
「輸入輸出のデータは『貿易コマンド』に常に現れている訳だからね」
「はいっす! 確かに、建材の輸入は好調とは言えないですね。わたしたちもそれを商機と見て動くというよりも、むしろ建材は自分のとこで湯水のように使いまくった立場ですから、むしろ品薄に加担した立場ってことになるっすねえ」
「いえ! 滅相もない! 自国の領が発展するのは素晴らしいことです!」
「そうですよ! ローズ伯爵の名声はここ王都にも響きわたっています!」
職人たちは口々に、ハルの手腕を褒めたたえる。
聞けば何やら、クリスタの街まで行けば存分に職人としての腕を振るえるとあって、彼らも出稼ぎを検討していたようだ。
その他にも噂の街を一目見ようという観光客や、新天地にて一旗あげようと目論む若者など、ハルの領地を目指すここの人間も多いのだとか。
「どーするローズちゃん。嬉しい悲鳴ってやつだなぁ? こりゃ、自分とこの人口が更に増えることになるんじゃねぇのぉ?」
「そうかもね。そして、あっちでも建材はまた大量に要求されることになると」
「どぉするどぉするぅ? どんなバランスで何処に割り振るか、ゲームの腕の見せ所だぜぇ?」
ハルを煽るように、また期待するように、ミナミが問いを投げかけてくる。
もしここで資材を使い過ぎれば、今回の件が終わり自身の領地へと戻った時に必要なリソースが不足する事態に陥るかもしれない。
そうすれば住人の不満は蓄積し、名君としての評判も落ちるだろう。
しかしそれを恐れて、この地での出力を弱めれば、そもそもの話今のこの計画が失敗と終わってしまうかも知れない。
そのバランスを見極めて、最適なリソースの割り振りを考えるのは、確かにゲーマーとしての知識と経験が問われるところだ。
当然、そういった繊細な調整はハルの得意とするところであるが、今回はそれを披露することは特に無いのであった。
「……なんだか期待してもらってるみたいだけど。これに関しては特に問題ないんだよね」
「はい! ハルお姉さまなら、この程度逆境のうちにも入りません!」
「むしろ、単純に商機が転がってきただけね?」
「ハルちゃんのとこじゃ、建築関係の品薄なんかまるで意識してなかったもんねぇ」
「朝飯前ですねー」
「えっ? えっ? どゆこと!?」
納得する仲間と、混乱するミナミの対比が現状をよく示している。
要は、ハルを良く知る者にとっては資材不足など何も問題にはならないという話であった。
ハルは少し皆から距離を取ると、その空いたスペースにアイテム欄から大量にアイテムを実体化させてゆく。
どさどさ、といった擬音が似合いそうなほどの勢いで、次々と積み上げられていく建築資材。
これは、ハルが<錬金>にて作りに作った基本のアイテムなのだった。
「僕が<建築>スキルを手に入れようと思ったのは、何も今日突然に始まったことじゃない。むしろ前々から、どうにか取れないかと腐心していた部類のスキルだ」
その苦労の成果が、この資材の山である。
かつての<調合>から<信仰>を生み出した時のように、どうにかして<建築>関係のスキルも手に入れることが出来ないかと、それに関わりがありそうなアイテムを片っ端から作成していた。
しかし何か他の要素が不足しているのか、今に至るまでついぞそれらのスキルが派生することは無かったのだった。
「一つのスキルから伸びるツリーの数には限度があるみたいだしね。少し<錬金>は、派生元として使い過ぎたのかも知れない」
「いやいやいやいやいやいや! いあいあ! なぁにこの量ぅ! こんだけのアイテムストックしてたのローズちゃん!? つーか、むしろこんだけせっせこ作ってたの!?」
「努力家なのですなぁ……、お貴族さまというのは、やはり日々の研鑽を欠かさぬものなのですね。感服いたしました……」
「下積みの重要さはこの業界に携わる者であっても軽視する者が多い中、我らとしても感じ入るばかりです」
「いや、僕も別に下積みしたくてした訳じゃないんだけど?」
なんだか建築NPCが持ち上げてくるが、ハルとしては楽にスキルを習得できるならそれに越したことはない。
それを生業にする彼らには悪いが、ハルにとっては便利枠の基礎スキル。メインに据える気は無いのである。
「ともかく、資材問題は気にしなくていい。第一の問題に比べれば、こんなもの問題など皆無に等しい」
山と積まれた資材は、簡易な宿舎を作るには十分。むしろ、砦でも作るのかといったくらいの過剰さであった。
その備蓄によって<建築>家の職人たちの挙げた問題は全て解消し、彼らは早速作業に移る。
周囲に待機していた兵たちも、そのサポートとして命じずとも資材運搬などの雑務を担ってくれるようだ。
そんな人海戦術も相まって、驚くほどの早さでこの地に野営地が建設されていった。
*
このゲームにおける建築作業は、専用のスキルを必要とするだけあってなにかと縛りが多い。
カナリーたちのゲームであったように、家としてシステムに判定される作りであれば、例え手作業でレンガを積んだとしても問題ないという自由度は存在しなかった。
ここで同じことをやろうとも、それはただの資材の集合体。
それは家ではなく、ただのアイテムの群れである。
「現在の<建築>スキルの所有者の少なさから見ても、このゲーム、勝手に拠点を作ることは許さないってことなんだろうね」
「まー、普通そうっしょ。国とか領地の概念が強く出てる以上、みんなが好き勝手に自分の土地や家を持ったら収集がつかない」
ユキが語るように、こうした多人数接続のRPGは土地や景観の管理に厳しい。
それはせっかくの世界観を壊さぬためには当然であり、プレイヤーの所有できる土地というものは最初からシステムによって定められた箇所に限ることとなる。
その点でいえば、このゲームはまだ自由度が高い方だ。
特別な許可を得たり、それこそハルのように特別な権力を得れば、このように普通なら手出しできないフィールドであっても自分の好きなように扱えてしまう。
「そこで国が、そしてゲーム自体がどう判定するのか、それを見極めるのが今回の目的の一つだね」
「なるほど、お姉さまの自由にさせて何も口出しをしないのか。それとも許されないことだと止めにくるのか。そこの、試金石にするのですね?」
「そうだねアイリ。今まで、僕はかなり好き放題やってきたと思うけど、国は一切止めてこなかった。まあ、そこの男が初の邪魔者ってことになるのかな」
「ですが、“ぷれいやー”ですもんね!」
「そうだねアイリ。彼が動かなければ、まだ僕は好き勝手してたかも知れない」
そのミナミを見ると、なんとも複雑な表情をしている。仕方あるまい、調子に乗りっぱなしのハルを止めてやろうと思ったはずが、今はハルの更なる躍進に手を貸しているようなものだ。
「一応、ヘイトは買ってたぜぇアンタ? ただなぁ、やっぱ手が出しづらいんだろーよ、その立場って」
「神から祝福された、って立場だね」
「そーそー。俺が同じことやったら、そっこーで討伐対象だもん、間ぁ違いない!」
どうやら同じ<貴族>でも、NPCから見るとハルとミナミの扱いは雲泥の差であるようだった。
ミナミは金とコネによる元来の取り入り方で、そして持ち前の口の上手さで<貴族>位を手に入れた。ある意味で正当な貴族だ。
神が直接人と関わらない世界であれば、ミナミのやり方こそが正しい道だろう。そんな世界でただ家紋一つ作ろうと、『それがどうした?』、となって終いだ。
「罠だよなぁ。必死こいて手に入れた立場が下級だったとか。そんな中、最短ルートでアタリを引いたアンタは、やっぱ持ってるぜぇ」
「悪いねっ」
「うわ腹立つ! ……しかし、国の反応見るってーのは、その絶大な権力がどこまで許されるのかのテストってことか」
「その通りだね。これは今回の公爵との戦いの為というより、今後を見据えての話となるけど」
「深慮遠謀こええぇ~」
いくつかあるハルの計画、それを総合したものが今回のこの、『首都の目と鼻の先に野営地を建設する』というものだ。
職人たちに『責任は取る』などと言ってはいたハルだが、当然まだ誰の許可も取っていない。
しかしながら、ハルの行動を咎めるのは通常の貴族では不可能であるのはもう明らか。
それならばその上の、カドモス公爵が神官貴族と呼んでいたハルと同等の貴族が出張ってくるのか。はたまた王族が降臨するのか。
それを見極めるのが、この作戦の一番の狙いと言えた。
「既に公爵なんか目ではなくー、彼を倒した次のことを考えてるんですねーハルさんはー」
「すごいですー! 一手も二手も、先を読んでいるってやつですね!」
「いや、そんな格好良い話じゃあないよ実は。単に、なかなか自分以外の貴族と関わるイベントが起きないから、自分を餌にして向こうから来てもらおうってだけさ」
ハルは<貴族>ルートに入った時には、今後は貴族社会の、ドロドロとした陰謀渦巻く世界のイベントに揉まれて行くのだろうと考えていた。
それこそミナミのように、知略と駆け引きによってその魔境を渡り切り、徐々に自分の位階を上げて行くのだろうと。
しかし蓋を開けてみれば、ハルの関わるのは神ばかり。ある意味らしいと言えばらしいが、同僚たる貴族と関わるイベントがまるで無いのは拍子抜けだ。
最下位からの成り上がりかと思いきや、『家紋』さえ見せればいきなり立場は最上位である。
「城に顔を出しても出会うNPCは兵士と使用人ばかりだしさ。城をうろついてれば、上級貴族に因縁をつけて貰えると思ったのに……」
「あはは、もらえるてハルちゃん。まあ、確かにお約束だもんね。それを切っ掛けに、実力を示していくわけだ」
「見る目がない貴族は、決闘でやっつけるのです!」
そうして貴族社会で頭角を表し、いずれは派閥など作り上げていく。
そんなハルの思い描いた予定表は最初の一手で崩れ去った。初任務はなんと神国への特使という重要ポジションだ。
「今思えば、アンタ避けられたんだろーなぁ」
「げ、城に誰も居なかったのはイベント配置の手抜きじゃなくて……」
「おお、居たぜ、俺が行ったときには城に貴族たち。アンタの前に顔見せたの神官っぽいおっさんだけだったってコトは、やっぱそうだよなぁ」
「ショックだ……、軽い見学のつもりが、城内に恐怖を振りまいて歩いていたのか……」
なんということだろうか。道理で城に詰めている貴族が少ないと思った。居ないのではなく、皆ハルを避けていたのだ。
彼らはひよっこの新入りに因縁を付ける側の立場ではなく、謎の新星に因縁を吹っ掛けられてしまう立場だったのだ。
それを知らず首をかしげていたハルが、逆に間抜けに見える。
「……しかし、となると今回出てくるとすれば、本当に高位の貴族か」
「そうですねー、『祝福』持ちで、しかもハルさんより上の<侯爵>とか<公爵>だとすればー、それはもう相当に国の中枢に関わる存在でしょうねー」
「ですねカナリー様! それか、もしくは一気に王族が出てくるのですね!」
「わーお。王族来ちゃいますかー。まーたアレですねー。可愛いお姫様なんかが出てきて、うるんだ瞳で『お力をお貸しください……!』、なーんて頼んで来ちゃうんですよー。そうして明かされる国の危機、始まるワールドクエストですねー」
「いえ……、あるとすれば『許可証見せろ』だと思うのだけれど……?」
三者三様と言った感じで、おのおのが思い浮かべる今後の展開を話し合う女の子たち。
そんな様子に遠慮して輪に入れないでいるミナミに、ハルは妙な親近感を覚えるのだった。彼はこんな中でもよく頑張っている。
しかし、ハルも今は女性キャラクター。女子トークに気圧されていては不自然だ。
そんな会話に混ざりつつも、どんどんと進んで行く建築を指揮し、あわよくば己も<建築>を得ようと動いていくのであった。
※誤字修正を行いました。ルビの振りミスを修正しました。(2023/1/14)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/24)




