第639話 ここを駐屯地とする
この国の裏で暗躍するカドモス公爵との、政治的な直接対決を決めたハル。とはいえ、決めたからといって何かイベントが発生する訳でもない。
それを進めるためには、自ら積極的に動く必要があった。
「まあ、僕が何もしなくとも、待っていれば敵の方からアクションがあるだろうけどね。でもそれは、イベントの意味としては『時間切れイベント』に等しいだろう」
「そうだなぁ。相手からアクションが起こる、それすなわち! アッチの準備が完了したって訳だもんなぁ」
今ハルとミナミは、首都の玄関口である『北門正面街道』を少し逸れたなだらかな丘陵に陣を敷いている。
ハルはあのまま、馬車でこの街の貴族街にある旧自宅に帰宅しようと思っていたのだが、そこには入れてもらえないと知ったミナミが怒涛の勢いで異議を申し立てたのだ。
何でも、彼は自分の家という物を持っていないらしい。
「ミナミさ、普段はどうしてたの? こういうとこで野宿?」
「なわけあるかぁいっ! リスポン登録されんてぇ、それじゃあさぁ。今まではフツーにジジイの世話になってたっての」
「ふーん。彼の所有物件ってことか」
つまり、彼と完全に袂を分かった今、彼は帰る場所というものが無いわけだ。
その状態でも、首都の街中に出られた時点で問題はない。宿屋にでも登録すればそれで済む話だ。
だがこうしてしつこく食いついてくるのは、ハルに見捨てられたら終わりという危機的状況をよく理解してのことだろう。
……別に、見捨てるつもりなど無いのだが。
「アンタこそ、街から出てどーすんだ? 野宿か?」
「貴族は野宿などしない。いや時と場合によるだろうけど……」
「いやするだろ? しかし、言いたいことは分かる。野営であろうとわざわざフカフカのベッドを用意するのが貴族ってモンだよなぁ」
「そういうことだね。イメージは大事にしなきゃ」
そうした貴族ロールプレイを積み重ねることは重要だ。そうした細かい判定の積み重ねの上に、今のハルの<伯爵>という立場がある。
「……なら、なおさら自宅に戻るべきじゃねぇ? それか、いっそもっとデカい家を今度は買ってみるとかよ!」
「それも良いね。でも、今じゃあない」
「んだよ、俺が居るからかぁ? 男子禁制が徹底してんなぁ」
「それもあるけど、君というよりは、兵士たちが居るからだね」
言いながらハルは、自らの周囲を守るように展開する多くの兵士たちを見回してみる。
いきなりの強行軍で野営となったが、彼らに不満も疲労の色もなく、その顔はハルを守るという使命に燃えている。
相変わらずの怖いほどの忠誠心だ。まだハルに仕えてそう時は経っていないというのに。
この兵たちを、全て首都において宿泊させる訳にはいかない。
プレイヤー用の宿が満員になることはないが、NPCはそうはいかない。普通にこのゲームは、建物ごとに物理的な収容人数が定められているのだ。
「まあ、街の宿屋全てに分散させれば一応可能かも知れないが……」
「あー、止めた方がいいかもなぁ。そりゃ同時に、戦力の分散っつーことに繋がるしよぉ」
その通りである。今ハルはカドモス公爵との抗争の最中にある以上、味方の危険に繋がるリスクを取るべきではない。
一応、今も全ての兵士と<精霊魔法>で接続しており、誰かに危機が迫ればすぐに察知することはできる。とはいえ、その際に動かせる周囲の仲間が少なすぎては、取れる対応の幅も狭まるだろう。
「そこで、お外で一か所に集めることにしたのですねお姉さま! これならば同時に、この首都の方々の目にも否応なく留まりますし!」
「そうだねアイリ。むしろ、それが一番の狙いだ」
《サクラちゃんは賢いなぁ》
《どういうこと?》
《『何かあったんだ』って一発で分かる》
《黒幕お得意の暗躍が出来なくなる》
《公爵家からここまで歩いてきてるし》
《ぞろぞろと見せつけるように》
《妹お嬢様、やはり天才か……》
アイリの読みは正しい。ハルはあえて、堂々と大通りを選んで兵たちを率いて行進させてきた。
その行軍の出発点がカドモス公爵の屋敷であり、率いているのがハルであることはすぐに街中に知れ渡るだろう。
そのことによって、二家が何か事を構えているのだと暗黙のうちにはっきりとさせる。
これが、今回のハルの狙いで会った。わざわざ兵士を連れてきたのは、公爵を武力で脅すためというよりもこの為が大きい。
「でもさでもさ? ここにずっと居たら邪魔になっちゃうんじゃない? ここって街の一番メインの出入口だよ?」
「それ故目立つのでしょうけど、その通りね。時間が経てば要らぬ不興を買うわ? 住民はもとより、プレイヤーにもね?」
「そうだね。だからなるべく短期で決着させるのはもちろん、要らぬヘイトを買わない策も考えている」
ユキとルナが言うのは、前回の戦いの際にミナミが与えたクリスタの街への悪影響と同様だ。
同じ国の兵とはいえ、武装勢力が生活空間のすぐ隣に陣取っていては気が休まらない。ずっとその状態が続けば、カドモス公爵よりもむしろハルの方に文句が行くだろう。
そうさせない為には、このむき出しの野営状況をどうにかせなばならない。兵士の為にも、気が休まる空間の提供は必須だろう。
ハルはその為に、思い描く計画を進めていくのであった。
*
「一夜城を作る」
「へー、思い切ったねハルちゃん。街の外に、外付けで街を作ろうってんだ?」
「おお! わたくし、知ってます! そうして事実上の領地を作り、権利を主張し、じわじわと王都そのものも支配していくのですね!」
「良い発想だねアイリ。でも違うよ?」
「まちがえました!」
「……オタクの妹ちゃん、どういう教育してんだぁ?」
王族としての英才教育である。
実際、アイリの言った手は支配者としては厄介なもので、そこに人が住んでしまうとなかなか手を出しづらいという事情がある。
強制的に排除すれば人道に悖ると非難され、放置していると『自分たちの土地だ』と厚かましく主張してくる。
ハルの好きな戦略ゲームにおいても、敵の街のすぐ隣に自領を配置するというのは非常に嫌がられる行為である。
有効な手ではあるが、一歩間違えればそれを理由に開戦、逆にこちらが攻め滅ぼされるだろう。
「今回は、単に兵を休ませる簡易な宿舎を作るだけさ。どうあれその作業は必須だ」
「まー、そうですねー。自領であるクリスタの街と違ってー、ここでは勝手に街の構造を弄れないですもんねー?」
「いや、普通は自領も好きに弄れんからな?」
《すっかりツッコミ係になったなミナミ》
《重要な役だ、励むがいい》
《でも確かに感覚マヒしてたわ》
《反対意見が出ないのがおかしい》
《喜んで自分の店を明け渡すとか普通無い》
《首都を自由に弄れたらそれはもう王なんよ》
「しかしハル様? ハル様は建築関係のスキルは持っていないっすよ? 今までハル様がクリスタの街をいじくり回せたのは、『領主コマンド』があったからこそ。それがない一般人だと、<建築>スキルが必要になるっす!」
「いい目の付け所だエメ。当然、これから覚える」
「えええぇ……」
「そこでエメ、君の出番だ。その<建築>の習得法を教えるんだ」
「もう一夜城というよか一夜漬けっすねえ。その意味不明な自信、嫌いじゃないっす! そしてそういう何でも出来ちゃう社長は、社員にも『明日までこの手順覚えた上で仕上げといてね』って無茶ぶりしちゃうんすね!」
「……別に君のお得意のブラックネタは披露せんでよろしい」
冗談はともかく、エメも同様に優秀な人材だ。彼女の持つ、全てのユーザーの生放送データから、<建築>を習得済みの者を抽出する。
その者たちの習得方法を総合し、ハルが習得するための条件を洗い出すのだ。
「……完了したっすよー。ただこの人ら、一人残らずガザニア所属ですねえ」
「なるほど? 確か、鉱山と職人の国、だったね『ガザニア』は」
「はいっす! そこで現地の職人に弟子入りし、修行という名の使いっ走りをこなしたのち、更に高い金を払って機材教材を購入するっす。そして何の役にも立たない練習アイテムを無駄に量産した結果、晴れてスキルが生えてくるようですよ!」
「うん。毒と偏見に溢れた解説ありがとう」
スキル所有者は恨むならエメを恨んでほしい。
そんな、RPGではよくある『お使い』と『修行』の末に習得するのが<建築>スキルのようだ。
以前ハルも遭遇した、<神聖魔法>の習得方法に似ているかも知れない。
「ただ、僕がこれからガザニアに行って覚えてくる訳には、当然いかない」
「そうですね! その時点で、一夜が明けてしまいますー……」
そこまで一日で完成させることに拘ってはいないハルだが、アイリのこの残念そうな顔を見るとそうも言っていられない。
むしろ、必ず一日で完成させてみせるとやる気が湧いてくる。
「……なら、別ルートを取るまでだ。なに、今までもそうして覚えてきたんだ、今回も出来るに決まってる」
「すごいですー!」
「いやいやいや! 決まってないから! なんなのその自信! そして姉へのその信頼!」
「諦めなってミナみん。ハルちゃんはやると言ったらやってしまう人だじぇ」
「ミナみん可愛いな! だからちょっと止めてね!」
ハルたちの常識を外部から見るとミナミのような反応になるのか。
少し新鮮な感心を抱きつつ、しかし加減はするつもりなく、ハルは<建築>習得のために動き始めた。
*
「それで? 具体的にはどうするつもりなのかしら? 確かにあなたならやってしまいそうだけれど、さすがに気合でスキルが出てくる訳ではないわよね?」
「ハルさんなら、やってしまいそうではありますけどねー」
「……一応、僕のやることは毎回それなりに理屈は通っているはずだけど」
まあ、その道理もそれなりに無理筋なものが多いのは確かだ。結果が出て初めて、無理を無理のまま気合で押し通したわけではないと証明できる。
ただ今回は、そんな無理の中でもそれなりに道筋の整ったものであるとハル自身は考えていた。
「今回は、何もゼロから生み出すような手段を取るつもりはない。普通に正攻法でいく」
「というと、誰かに師事するということね? でも、ガザニアに留学している暇は無い。となると、この街の職人ね?」
「ルナ、正解。流石だね」
ルナの読みは完璧にハルの計画を言い当てたものだ。既にハルは、この都市に済む建築職人にあたりをつけ、彼らを徴収している。
ちょうど、その者らを引き連れたアルベルトが、こちらへ向かって来ているのが確認できた。
「よくやったねアルベルト。相変わらず怖いくらいに万能だ」
「はっ! お褒めに預かり光栄の至り。恐悦至極に存じます」
「正に恐悦至極、ですね!」
「そうだねアイリ。さて、それでアルベルト、彼らが?」
「はい。この街で建築業を営む者たちです。腕の良い者を集めました」
「なるほど。君たち、今回はよろしく頼む」
アルベルトに連れられてきた職人たちは、周囲の兵の圧と貴族の威光に、それこそ『まことに恐悦至極』といった恐縮っぷりだ。
既にアルベルトによって前金が多量に支払われているようで、これから出されるであろう依頼に失敗できぬ緊張が伝わって来る。
「そ、その、貴族様……、この度のお話、大変願ってもないご依頼なのですが、二つほど、確認させていただきたい点がございまして……」
「聞こう。何なりと言って欲しい」
その集団の中の代表者らしき者が、おずおずとハルに仕事の内容に確認を入れてくる。
彼らはプロであるが、プロであるからこそ要件の把握はより重要だ。無理なものは無理であり、報酬以上に自らの首を絞めると知っている。
「で、ではまず一つ目なのですが、この地に建物を作るとなると、特別な許可が必要です。その許可は、国から取っておいででしょうか」
「問題ない。責任は僕が取る」
そう言ってハルが取り出したのは、例の『家紋』であった。
神により祝福されたその家紋による保証の効果は絶大で、それを見せただけで彼らはすんなり納得してしまった。
もう一つ二つ、問答が悶着することを想定していたハルはいささか拍子抜けである。
華麗な言い訳テクニックを披露する機会を失してしまった。
そんな『家紋』の効力に、何故かミナミと視聴者が満足げだったので良しとしよう。
さて、そんな平伏しつくす彼らの言う二つ目の問題点とは、いったい何だろうか。
※誤字修正を行いました。(2023/1/14)




