第638話 余裕の裏側
「おー。怖かったぁ。ローズちゃん、よく余裕の態度のまま居られたなぁ」
「どんな時でも貴族は余裕を崩すことは許されないからね」
「ご立派な心掛けですことぉー。で、本音は?」
「いや、実際本音ではあるんだけど……」
まあ、ミナミの読みは実は正しい。ハルはなにも、ただ単純に自分のステータスに絶対の信を置いてカドモス公爵の策に立ち向かった訳ではない。
このゲーム、ステータスよりもスキルの重要性が極めて高い。そんな中でスキルを封じられるというのは正に致命的。
もしかしたら、ただステータスが高い敵なら、高レベル相手でもなんとかなるスキルも存在するかも知れなかった。
「そうだね、実のところ、僕は特にスキルを封じられていなかった」
「うぇマジぃ? 俺はきちんと封印されてたから、装置の不具合じゃないはずだぜ!?」
「なんだろうね? ぼくが彼よりも上位者だから効かなかったのか」
「それだったら、真の貴族万能すぎだろ……」
堂々と退室したハルたちは、そのまま仲間と合流して更に堂々と公爵屋敷を後にする。
彼と決別した以上、帰りは飛空艇を使うことは出来ず、徒歩での帰宅となる。
いや、現在も飛空艇の所有権はハルのままとなっており、飛ばそうと思えば飛ばせるのだが、今後は政治的に争うこととなる。
ここで持ち帰って、『飛空艇を奪われた』などと言われても面倒だ。
そのため乗せてきた兵たちも、ぞろぞろと徒歩での帰宅。
非常に大きな公爵邸の正門だが、それでも全ての兵士が一度にくぐれる訳もなく、ぎゅうぎゅうに詰まるようにしての窮屈な退去となった。
《しゅ、シュールだ……》
《満員列車に乗り込んでるみたい》
《やめろ! あの光景を思い出させるな!》
《あれ経験なーい》
《俺も、一度も無いから興味ある》
《ネタには上がるけど、滅多におこらなくね?》
《無いなら無い方が幸せだよ》
《ぞろぞろ出てくなー》
《地下鉄なんか無くて徒歩だし、どーすんだろ》
「お嬢様、馬車の準備が整っています」
「おや? 仕事が早いねアルベルト。じゃあこの場の対処は任せて、僕は先にそちらに移るか」
「そうなさるのが良いでしょう。高位の貴族が、長々とその身を晒して待機などするものではありませんから」
非常に用意の良い護衛である。そのSP姿も相まって、良く出来る執事のようだ。
そんなアルベルトが準備してくれた大型の馬車に、ハルたちは乗り込んで一足先に移動することにした。
兵の退去が全て完了するには、もう少し時間が掛かる。その間、道端で待ちぼうけは風聞が悪い。
「アベル、そしてシルフィードたちも、ご苦労だった。クリスタの街からは離れてしまって悪いが、ここで解散とする」
「……よろしいのですか主様。ここで“ろぐあうと”すれば、その者はクリスタへと戻ってしまうのですよね?」
「それでいいよアベル。ああ、久々の王都だ、すぐに戻らずこのまま街へと遊びに行くのもよし」
「そういう意味ではございません! 分かりました、この地の宿にでも“りすぽーん”を登録するとします」
「まあ、それも自由だ」
「では、私達もこちらに残りますねクランマスター。次の用向きの際にはご連絡ください」
「ちゃんと部下を遊びにいかせなよ?」
真面目な騎士を演じるアベルとシルフィードは、ハルのためにこの地に残るようだ。
彼らの言ったように、ここでログアウトしてしまえば次のログインはクリスタの街だ。一瞬で戻れる。
しかし、兵たちはそうはいかない。彼らのためにも、物理的な移動手段が必要だった。
元傭兵たちなど、その他のプレイヤーの選択は様々のようだ。
同様にこの地に残る者。クリスタの街に戻る者。元々の活動領域がこちらで、ここでハルとは別れる者。
自由を標榜するギルドだ。そこの選択は強制しない。
シルフィードの部隊などは、久々の首都でのショッピングに沸いているようだった。
「そんで、どこか行き先はあるんですかねぇ、お嬢様?」
「ミナミ……、自然に乗ってくるけど、君もついてくるのかい?」
「女性ばかりの馬車へと飛び乗るなんて、貴方も良い度胸しているわね?」
「あはは、ルナちゃ辛辣ー。でも、確かミナみーのリスポーンってあの飛空艇じゃなかった?」
「だから乗るんだって! 俺ここであそこ戻ったら、今度こそ死ぬ、絶対死ぬ! そしてリスキルされる」
「あはは、詰みだ」
ユキはおかしそうに笑うが、シャレにならない事態である。死亡する度にステータスが下がるこのゲーム、大げさな比喩でなしに詰みかも知れない。
「まあいい。乗せてってやろう。ただし、大人しくね」
「了解だぜローズちゃんっ!」
「既に大人しくないわね……」
あまり歓迎していないルナの半眼もどこ吹く風、ハルたちお嬢様組とミナミを乗せて、一足先に馬車は出発する。
いくらかの兵がそれを守るように周囲に配置され、道ゆきは貴族らしい大げさで物々しい行軍となるのだった。
*
「でさぁ、あいつらどーなんの? あの数、ちゃんと制御できんの?」
「出来るよ? 彼らには今も、僕の<精霊魔法>が掛かっている」
「だから何処に居ようと、直接ハルさんの命令を受信できるんですねー。安心ですねー」
「あ、安心かそれ……? いや安心なのか、偉大なるお方の声がいつも聞けるもんな……」
なんだかハルは心酔されすぎていて嫌なのだが、便利なのは事実。
これならば直接指揮することもなく、穏便に兵たちを街から退去させることだって出来る。
「……待てよ? もしかしてそのせいで、例の結界内でもスキルが使えたとか?」
「そうかもね。もしくは、こいつのせいか」
ハルは馬車の窓を少し開けると、そこから飛び込んできたカナリアを指にとまらせる。
ハルの使い魔であるこの小鳥たちは、<召喚魔法>から派生したスキル、<存在同調>によりハルの手足として遠隔地でも活動が可能だ。
「この使い魔は僕の一部として、僕と同じスキルを発動可能だ」
「それなんで、ハル様の本体だけ封じたとしても、サブの召喚獣のスキルが生きてるので無意味ってことっすね! これは思わぬ収穫だったかも知れませんよー? つまりはなんらかの似た方法でハル様の力を封じようと思うなら、全ての召喚獣も同時に封じなければなりません!」
「うげ、無理ゲーじゃんそんなんあさぁ……」
ハルの使い魔は、やろうと思えば世界中に散らすことが出来る。
それに付随した<存在同調>も距離は無関係で、どこまででも自由にコントロールが可能。
一定の距離を離れると、強度が減衰するということが起こらなかった。
「そういうミナミの方はどうなのさ? 何か、隠し玉があるようだったけど?」
公爵が『スキルを封じた』と得意げになっているところで、ミナミは意味ありげなパフォーマンスを取っていた。
あれは公爵の目論みが、自分には無意味であるという事を宣言し、彼の計画の杜撰を茶化したものだ。ミナミの方も、きっと何かある。
「俺かぁ? まー、ローズちゃんの対処不能の超スキルの後だと、ドヤ顔で言うの気が引けるんだけどさぁ……」
「ドヤ顔するつもりだったんだ」
「するさ! 俺だもんなぁ! ……いや、なんだ、単に俺のスキル、別にあの場で発動する訳じゃないんだよねぇ」
「まあ、そうね? 他人の放送を切り抜くスキルなのだもの。リアルタイムでしか使えないなら、少々使い勝手が悪いわ?」
「そのとーりっ」
ルナが言っているのは、他人の弱みを握るのに、何か失敗の場面を見つけてそのシーンを切り抜くには、その人が失敗するまで待つ必要があるということだ。
たまたまリアルタイムで失敗してくれればいいが、基本的にはそうはいかない。
故にミナミは、誰かが過去に『失敗した』という情報を聞きつけて、そのシーンを後から見つけてスキルを使っていたと考えるのが現実的だろう。
複数の放送に張り付いてリアルタイムで待ち続けるなど、ハルでないのだ、出来はしない。
「だからさぁ、あの部屋でスキル封じられても無意味なんだよねぇ。ほら、こうして取り出したるは俺の配信枠。巻き戻してスキル発動しましてぇ?」
ミナミが慣れた手つきでスキルを操作すると、見る間に先ほどのワンシーンが切り取られアイテムとなって物質化する。
よくある『遠見の水晶玉』のようなそれを、ミナミがハルへと投げて渡すので、ハルも受け取ってそのまま使用してみた。
すると、その手の中ではついさっきの、カドモス公爵が勝ち誇ったシーンが再生された。
「《……れが何だと言っている! ここで当主を殺し、そいつを埋めてしまえば何の証拠も残らぬのだぞ!》」
「おお、ハッキリ見えるねこれは。すごいじゃんミナみー」
「だろぉ? 今までの悪事も、ぜーんぶ記録済みよ。もちろん? 俺が加担した部分は全て編集でカットさせてもらいますがぁ!」
《うわせこ》
《一緒に捕まってしまえ》
《でも強いよなミナミのスキル》
《そうだな。これも封じる術がない》
《なんせ放送は絶対に封じられることがない》
《運営が一番重要視してるとこだもんな》
《世界の上にあるルール》
《全てのルールはその下で動いている》
聞けば、全体配信していない間も、彼は常に身内専用で配信はしているのだとか。
つまり彼の足跡は全て、そのスキルで再現可能。
何故そんなことをしているのかとハルが尋ねると、配信外で何か見せ場となるイベントが起こった際は、後でそのシーンだけ編集して見返せる動画データとしての形で発表するのだそうだ。
生放送以外でも自身のコンテンツへの入口を作る、お手本のようなネット活動者だった。
「つまりどういうことかと言えばぁ? 余裕ぶっこいてる奴の目の前に、法廷でこのアイテムをズラリと並べてやることが出来るって寸法よぉ!」
「なるほど、それは楽しみだ」
「楽しみだよなぁ? どんな吠え面かくのかってなぁ!」
「いや別に、そこは楽しみじゃないけど……」
そういった所は、相手を挑発することを生業としているミナミらしい。
だがハルとしても、証拠がないと油断しているカドモス公爵の裏をかけるのは素直に喜ばしい。
相手は長年この貴族社会で生き残ってきた、海千山千の猛者である。
まともに正面から政治的なやり合いをしても、彼の裏工作で潰されてしまうだろう。その辺りは、お手の物に違いない。
「で、ローズちゃんはこれからどーすんの? 俺はここでローズちゃんに勝ってもらわにゃ、明日をも知れない身なもんで、そりゃもうトコトン付いて行くけど」
「えー、嫌だなぁ。まあいいや、兵のこともあるし、まずはこの王都で拠点を設けないとね」
「あの兵士たち目立つもんなぁ……、大丈夫か、こんなにぞろぞろと引き連れて歩いて……?」
「大丈夫、というか狙ってやってる所もある。嫌でも目に留まるだろう? これだけ公爵邸から兵が流れ出していく様子は」
「ローズちゃんも大概、性格悪くね?」
そうかも知れない。わざわざ目立つように、公爵の顔に泥を塗っている訳なのだから。
さて、そんな公爵との直接対決。舞台は少し久々の、このアイリス首都となりそうだった。




