第636話 悪徳貴族のお約束ふたたび
さて、カドモス公爵への返答やいかに。
当然ながら断るに決まっているのだが、断り方に角が立てばこの場にて争いになりかねない。
実力行使も望むところなハルであるが、今回は可能なら法的に、この国のルールに則って事を収めたいと思っている。
とはいえ、毎回まいかい武力制圧では芸がないし、困ったら力で抑え込む貴族というイメージが付いてしまう。
立場が違うだけで、それではやっていることは目の前の黒幕と同じだ。
「……君についてどうなる、カドモス公爵。共に国の転覆でも目指すというのか」
「転覆はさせん。王に仇成すことはワシも望まぬ。しかしだ、貴族の在り方だけは一新せねばならん」
「……真の貴族の優位性を完全に廃すということだね」
「無論じゃ! ただ、貴族位の剥奪をしようという程ワシも鬼ではない。<男爵>ならば男爵の、<子爵>ならば子爵の、相応の扱いに統一するというのみだ」
……良く言う。もちろん、これそのものは嘘ではないのだろう。
しかし、特権を失い“家”による後ろ盾もない一代貴族は、神の名の下に保証される権利がなければ、歴史ある貴族家に容易く飲み込まれるだろう。
その長期的な視点による計画が、彼の本質的な狙いである。
流石にことあるごとに歴史を強調するだけあって、計画も気が長い。
「……君の代じゃ見届けられないだろうに。気が長いことだ」
「フン、察しよったか。神とやらの目というのも、存外節穴ではないのだな」
「うえぇ!? まずいですよカドモっさん! 『神とやら』なんて言っちゃ! この人、神殿の新規建設まで許可されてるバリバリの神官貴族っすよ!?」
「構うことか。それとも、神はここでの発言まで保証してくれるのか? はっ、傑作だ。裁判での証言、重視されるのは信仰心より家格よ」
「むしろ、その辺を改善したいところだね……」
地位の高い人間の証言ならば証拠もなく尊重される。現代でも無い訳ではないが、ここで語られているのはもっと露骨なものだろう。
その流儀に合わせるのは、あまりに前時代的。
「権力を失うのが不安か? 安心せい。貴様なら特権がなくとも生き残るであろう。むしろ、神への奉仕などという雑事が減る分、その能力を存分に振るえよう」
「なんだか君からの僕に対する謎の評価が気持ち悪いね……」
「これでも人を見る目はあるわい。それこそ神よりもな! そうせねば、我が家系はこれまで生き残ってはおらなんだ!」
「苦労してんだね、君も」
既存の貴族家同士の勢力争いに加え、日々神によって気まぐれに追加される新たな神興貴族。
それらとの鎬の削り合いを経て生き残ってきたのだ。確かに伊達ではないだろうし、現状を何とかしたいと考える気持ちも理解は出来る。
ただ、それは理解できるだけだ。納得するかは、また別の話。
確かに『真の貴族』がカドモス公爵の語るように、歪な既得権益を振りかざしているのはその通りだろうが、それは彼とてまた同じなのだ。
公爵は公爵で、自分の保持する歪な既得権益を守りたいだけ。
そんなカドモス公爵は、なおも現状の体制の抱える問題点について熱弁を振るい続けていた。
「この歪みを抱えたままでは、王国の辿るのは内部からの崩壊への道よ! 今こそ我らは一丸となって、外へと目を向けていかねばならん!」
「ずいぶんと大きなビジョンを持っているんだね」
「カドモス爺さん、外国のヤバい裏事情もいっぱい知ってるみたいだからなぁ」
「その通りよ! 敵は多いぞ? 味方同士でゴタついている場合ではないのだ!」
……どの口が言っているのだろうか? 味方に戦いを仕掛けた張本人であろうに。
ただ、こうまでハッキリと自分の正当性を主張できるある種の前向きさは少し羨ましくもあるハルだ。
ハルであれば、自身の主張の非も必ず見てしまうので、そこを気にして結局停滞しがち。
世の中全体を変えていけるのは、ハルのような者よりも、このカドモス公爵のような熱量のあるタイプなのかも知れない。
そしてそんな勢いのまま、彼はハルに改めて自分の陣営へとつくように求めてくる。
熱くお得さをアピールして思考力を奪い、その場の勢いで契約を迫るセールスのようだな、とハルはなんとなしに考える。
ただ、ここでの決定が左右するのはお財布の中身に留まらない。自分の人生を、プレイヤーの場合は<役割>を決める大きな転換点となるだろう。
「そういえば、ミナミはどんな風に決めたんだい?」
「俺かぁ? その場の、ノリ!」
「……だろうと思った。いいけどね」
「別にどっちを選んだって構やしないぜぇ。俺は、大将の選択について行く!」
「小僧はもう要らんわい。クビだと言っとるだろ」
「僕も、ミナミを仲間にするなんて一言も言ってないんだけど?」
「俺の扱いひどくねぇ!?」
《ミナ虐が板についてきたな》
《たすかる》
《お姉さまもミナミの扱いに慣れてきたようで》
《ぶっちゃけ、ミナミは仲間になる気は無い》
《そうなん?》
《そう》
《いつものパターン》
《一区切りついたら、『俺は俺の道を行く』って》
《あったなー確かに》
どうやら、長く活動しているだけあって、ミナミの行動方針も視聴者には広く知れ渡ってるようだ。
まるで道化のように対象に媚びてつき従うように行動を共にするが、ある程度の期間が過ぎるとフラリと居なくなる。
そうした掴みどころのないプレイ方針が魅力のようだ。ある意味で、彼も本質的には誰の下にもついていない。
「さて、小僧のことより貴様よ、伯爵。返答やいかに?」
「…………」
彼の主張は理解した。本当は、もっと彼の目的なり何なり、聞き出してから返答をしたいところだが、そこまで気分よく喋ってはくれないらしい。流石にしっかりしている。
断りを入れるのは確定なのだが、さてどう断ったものか。しばし黙考するハルなのだった。
◇
「……残念だけど、お断りしよう。そもそも僕は、君と対決するためにここに来たんだからね」
「愚かな……、それに対決だと? 外の兵を使ってか? 止めておけ。どのように手なずけたか知らぬが、アレはワシへの手出しは出来ん」
「知ってる。随分と弱みを握るのが得意なようで」
兵たちは今回の徴集にあたり、それぞれ断れないような理由をもって集められた。これはハルも<精霊魔法>による『面接』にて知っている。
「別に、彼らは脅しの武力として連れてきた訳ではないよ。あくまで、僕のスタンスを示すためのこと」
「あとは、俺の言い訳のためだなぁ!」
「小僧は黙っとれ……」
「きゃいん!」
一人も殺さずにこの地へと送り届けたことで、ハルの立ち位置、無益な殺生はしないということは『甘さ』としてカドモス公爵にも伝わっているだろう。
それを分かっている彼にとって、兵らは『武力で争う気は無い』というメッセージとして伝わっているはずだ。
「その甘さ、やはり青い。付け入られるだけよ。ここを何処と心得る?」
「君の屋敷で君の部屋。まあ、本拠地だね」
「左様。……者ども、出あえい!!」
「おおっとぉ!? このシチュエーションはっ!」
公爵が声を張り上げると、部屋の外で待機していたであろう近衛兵が室内へとなだれ込んでくる。
彼らはがっちりとカドモス公爵の脇を固めるように陣取り、ハルたちへと剣を向けてきた。
その様子につまらなそうな表情でハルを見据える公爵と、何故かうきうき顔で表情を輝かせるミナミがいやに対照的だった。
「さて、この状況においても同じように断れる、」
「おおおっ、来た来た! クリスタの街でもあったお約束の展開! ローズちゃん! アレ、アレの出番!」
「……断れるか伯爵? ……なんじゃ! なにを興奮しとるか、やかましいぞ小僧!」
「いやー、カドモス爺さんも分かってるぅ。テンプレって、やっぱ重要」
意外にも、時代劇的な展開のファンであったのだろうか。それとも、この展開は視聴者が盛り上がり、放送的に美味しいという計算でのことだろうか。
なんとなく、ミナミのテンションの高さから前者の割合が大きいのではないかと感じられるハルだ。
「ええい、控えい控えい! 尊きお方に向け無礼であるぞ!」
何故かミナミが場を取り仕切り始め、ハルはとりあえず成り行きに任せることにする。
カドモス公爵は、この状況の展開が理解できず、あっけに取られているようだ。無理もない。それを狙ったのだとしたら、大したものなのだが。
そして、視聴者コメントに目を向けてみれば、ミナミの目論見通りであろうか、彼に追従するように大盛り上がりとなっていた。
《来るのか!?》
《来るぞ!》
《条件は全て整った!》
《こ、このっ……》
《かもっ、かもっ……》
《かもん……》
《カモンッ!》
《この……かも……》
《この家紋が……》
《カモン家紋!》
「……ほらっ、ローズちゃん、アレ出して、アレ早くっ」
ミナミがお約束の流れに乗らないハルに呆れるように、小声で催促をかけてくる。
視聴者からの圧もあり、どうやら、やらねばならないようだ。
ハルとしては、外では今もセレステやセフィと同時視聴していることもあって、微妙に恥ずかしくやりたくない気持ちがあるのだが。
「……はいはい。これでいいのね」
「おけっ! しゃあ刮目しろぁ貴様ら! はい皆様ご一緒にぃ?」
《目に入らぬか!》
《目に入らぬか!》
《目に入らぬかぁ!》
《ははぁーー!》
《ははー!》
《びたーん!》
《ずさぁー……》
《お前らが平伏すんのかーいっ》
《楽しそうだね君ら》
「……満足かな?」
「うっし、一仕事終えたぜ……、あ、はいローズちゃん、家紋返す」
ハルが黄色い鳥の紋章が刻まれた、家紋を刻んだ細工造りを取り出すと、すかさずミナミがひったくるようにして近衛兵たちに突き付けた。
その唐突であり迫真のテンションに、流石の熟練兵たちも気圧されているようだ。戸惑っている、ともいえる。
その一連の流れで彼は満足したようで、家紋をハルへと返してくる。
……この流れ、果たして本当に必要だったのだろうか?
「ただのネタにあらずよローズちゃん。じきにこれが生きてくる」
「……まあ、楽しみにしておくよ」
こう見えてミナミも彼にしかない特殊スキルを持つエリートだ。撮れ高以外にもなにかしらの考えがあるのだろう。
ひとまずハルも、この場の進行はミナミに任せる。
「……その忌々しい家紋が、どうしたのだ小僧。よもやそんな物で、ワシが止まるとでも思ったか!」
「あれあれー? いいんですかねー、そんなこと言っちゃってカドモス爺さん。このアイテムは、アンタが存在を疑う神さんの実在を示すきっちょーなアイテム。それを持つローズちゃんに危害を加えるのは、マズいんじゃねーのぉ?」
この家紋は、NPC的にどういう内部処理になっているかは知らないが、見せるだけで貴族であることを証明できてしまう便利アイテムだ。
いわば聖遺物。神の実在を、証明するアイテムというミナミの言もあながち言い過ぎとは限らない。
だがそんな神聖な『家紋』を見ても、公爵の対応は変わらなかった。多少、憎らし気に顔をしかめたのみだ。
「だから、それが何だと言っている! ここで当主を殺し、そいつを埋めてしまえば何の証拠も残らぬのだぞ!」
「……あー、そこは俺らプレイヤーだから、それは無理なんだが。まあ、そりゃ今はいっか」
ミナミのつぶやきは、公爵へは届かず消える。
これは、公爵の言うことがまあ尤もだろう。証拠として絶大な効力を持つ『家紋』であろうと、それを提示すべき第三者がここにはいない。
ここは裁判の席ではなく、黒幕の本拠地。闇に葬ればそれで終いだ。
《おっ、レアケース》
《例え上様であろうと》
《上様がこんなところに居るはずがない》
《それはまた別じゃね?》
《でも、前も歯向かってこなかった?》
《この世界の住人は分かってないね》
《お約束を何だと……》
《いや当たり前だからこれ!》
そんな対応も、視聴者は喜んで受け入れているようだ。
とりあえず、今はそれで良いということにするハルだった。真意は後でミナミに問いただすとしよう。
※誤字修正を行いました。「家計」→「家系」。家計が生き残っていない! 支出を抑えるべきだだ!
ずいぶんスケールの小さい話になっていました。報告、ありがとうございました。(2023/1/13)




